第6話 狭心症4
「やっぱり、携帯食だけだとつまらないじゃない?」
「いや、だから頑張ってロックアルマジロを狩ってきたんだけどさ」
テントに帰ると少しだけ回復したノイマンが薪の運搬をさせられていた。レナが土魔法で作った竈の中で火が燃えている。そしてそこの上にはおいしそうなシチューが入った鍋が置かれていた。
「レナが作ったのかい?」
「……いえ、ギルドの酒場で作ってもらって鍋ごと持ってきたのよ」
たしかにどこかで見たことのあるシチューだと思った。しかし、おそらくは二人で食べる予定だったのだろう。四人では少し量が足りない。
「じゃあ、これも焼くよ」
そういって僕はロックアルマジロを解体してから火にかけた。ゆっくり時間をかければ美味しく焼きあがるだろう。コショウはこの世界では結構高価なんだけど、塩は手に入るから持って来ている。
本来は魔物の出る場所でこんな風に臭いのでる食事をするというのはしないほうがいい。しかし、この場所はまだ出たとしてもフレイムドレイクやロックアルマジロ、そしてマグマスライムくらいのものだという事を僕たちは知っている。そのくらいの魔物ならばレナがいれば問題なく撃退できる。数回来たこともあってキャンプ地として使える事もギルドに伝えているほどだった。
二人はあまり食欲がないようだった。そりゃ
「なんでそんなムキになってるんだよ?」
「そりゃ、キャンプで寝ている間に治癒師にロックアルマジロを狩ってこられて、剣士としてのプライドってもんが……」
すでに打ち砕かれているような気がしないでもないけど、ノイマンにも思うところがあったらしい。対してミリヤはまだ水分しか取れていないようだった。
「
「そうね、そうそう簡単に経験できるものじゃないわ」
僕が言うとレナは満足げにそう答えた。僕らにとっては当たり前の事だったから褒めたつもりはなかったんだけど、褒めた感じになったからかな。まあ、Sランク冒険者という時点でなかなか存在しないだろう。
そこでふと思い出した。
「そう言えば、ロンとアマンダもSランクだったんだよね」
「ああ、あの二人は凄かったんだぜ」
アマンダは「心眼」、ロンは「業火球」という二つ名で呼ばれていたという。特にロンはその二つ名の通りに炎の魔法の使い手で、ロンの最大火力は村一つくらいならば吹き飛ばせるとまで言われたそうだ。その原動力となったのがロン自身の魔力もあるのだが、ロンの持つ杖にあった。
「まさか、サンライズを手放すとは思わなかったぜ」
「そのサンライズって何よ?」
僕の疑問をレナが先に言ってくれた。でも、おそらくはその杖の名称ではないかと思っている。
「ああ、あのデカい魔石の杖を見たんだろ? あれがサンライズって名前の杖でさ。大魔獣カイドウを討伐した時に体内から出てきたって言われている魔石なんだとさ。あれを持ったロンさんに何か文句が言えるのはそれこそアマンダさんくらいだった。昔はキレッキレのおっかねえおっさんでさ」
意外である。僕と出会った時のロンはそれこそ紳士とでも言える人物だった。しかし若いころはかなり血の気が多かったのだろう。
「私たちが冒険者になりたての頃はすでにロンさんはギルドマスターに、アマンダさんは後進の育成に力を注いでる状態だったんですけど、最近はアマンダさんの調子が良くなくて」
「ああ、俺たちユグドラシル出身の冒険者は多かれ少なかれ、二人には世話になってるんだよ」
アマンダは新人冒険者の付き添いなどを積極的に行っていたそうだ。ノイマンもミリヤも新人の頃にアマンダとともに依頼に出たことがあり、そこで冒険者の基礎を教わったことがあるという。ノイマンなんかはピンチを救ってもらったこともあるそうだ。
「そういえば、ロンさんがあんなにやつれてきたのもアマンダさんが呪いにかかっているっていうのが分かってからだったな」
「ええ、ロンさんも呪いにかかってるんじゃないかって噂がたったくらいで」
仲の良い夫婦だったのだろう。たしかに、妻が病気で先に逝くと後を追うように夫も何かの病気にかかるという話はたまに聞く。この世界でも同じなんだろうか。ちなみに夫が先に病気で逝っても妻が後を追って病気になるって話はあんまり聞かない。
「なら、明日はしっかり働かないとな」
「ああ、そうだな」
ノイマンとミリヤは何か決心したかのように頷き合った。僕らは見張りを交代で行いながら、早めに休むことにした。
翌日になると二人の体調はほとんど回復していた。
「さあ、マグマスライムの討伐だ」
今回の素材調達で欲しいマグマスライムのスライムゼリーは三十匹分である。ここにくるためにはレナの
「あの、私たちはマグマスライムは初めてなんで…………」
「そうね、でも特に心配いらないわ」
「ああ、これを…………」
僕が取り出したのは一枚のマントだった。ティゴニア火山に来るにあたっての必需品である「耐炎のマント」である。
「マグマスライムの攻撃手段は触手かマグマを吐くかしかないから、そのマントがほとんどの熱を防いでくれるのよ」
レナが説明する。ちなみに間違っていないが、正確でもない。そのマントは「ほとんどの」熱を防いでくれるが、さすがにマグマが当たれば熱い。かつてシードルが必死に攻撃を防いでくれていた光景を思い出すけど、彼は二度とここには来たくないと言っていた。言っていただけでブラッドとレナに引きずられて連れて来られてたけど。
「お、俺にやらせてくれ!」
はい、ノイマン。罠にかかったな。僕は明後日の方向を見て彼とは目を合わせないようにした。まあ、どちらにせよこのパーティーで前衛職を勤めることができるのはノイマンである。僕? 僕は冒険者としては治癒師なんで。
「うわぁっちぃぃぃ!!」
軽い火傷を負いながらもノイマンは必死に前衛として働いた。その間にレナが後ろから魔法でマグマスライムをしとめていく。普通のスライムよりも二回り大きく、体内にマグマが流れているマグマスライムの見た目は意外にも怖い。
僕とミリヤは安全圏に入ったスライムゼリーの回収が仕事だった。
回収にはもちろん耐熱性の容器が必要である。これの移動とかは一人では大変である。三十匹分ともなると荷車の半分は占領してしまうほどだった。ミリヤが手伝ってくれるが、それでもかなりの重労働である。レナと二人だけで来ていたら大変だったなと思う。
マグマスライムの攻撃というのはそこまで速くはない。だからこそノイマン一人で全ての攻撃を防ぐことができているのだけども、ずっと軽い火傷を追い続けるために回復魔法も継続的にかけつづける必要がある。
当初はミリヤがそれを行っていたのだけれども、さすがに魔力が尽きそうになったために僕と交代した。
攻撃の主体はマグマを吐くことである。これは他のスライムであれば酸を吐く攻撃と同様であり予備動作なんかもある。だけど、頭からマントを被っている前衛には見辛いために避けにくい。結局マグマを被ってしまうために火傷し、回復魔法が必要になる。
そして避けたら避けたで足場の一つにマグマ溜まりができてしまう。
触手の攻撃は近寄った場合に繰り出してくるものだった。マグマよりも遅いが、捕まってしまうと抜け出すのに苦労する。特にマントを被っていない場所を捕まれると大火傷を負ってしまうのだ。
熱傷はだいたい三段階にわけられ、赤く腫れる第一度熱傷、水膨れができる第二度熱傷、黒く炭化する第三度熱傷である。第二度から先は神経がやられて痛みを感じにくくなる。第三度熱傷はほとんど痛みを感じないと言われている。
もちろん第三度熱傷に自然治癒は期待できず、第二度熱傷もかなりの月日が必要となってしまう。回復魔法がよく効くのも第一度熱傷の状態で、二度以上はこめる魔力量が格段に増える。
僕はノイマンの火傷が第二度熱傷にならないように気を付けながら回復魔法を使っていた。
「あと何匹だぁぁぁ!?」
「まだ十二匹目だからまだ十八匹必要だね」
「頑張りなさいよ~」
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ、熱いぃぃぃぃ!!」
ノイマンの叫びはもちろんマグマスライム三十匹分のスライムゼリーを回収するまで続いたけど、なんとか彼はやりきった。
「お疲れ様」
「は、話がちが…………」
地面に突っ伏しているノイマンに水筒を渡しながら、僕は本日の功労者をねぎらった。彼がいなかったら僕がやらなくてはならなかったのだから、本当に感謝しかない。
「いや、でも十分な量が手に入ったよ」
このマグマスライムのスライムゼリーを塗料に混ぜれば耐水性ばっちりの壁になるし、錬金術師に加工してもらえば点滴のルートを初めとして様々な医療器具になる。
もしかしたら今後は定期的に取りに来ないといけないかもしれないけど、少なくともアマンダの手術までに必要な量は十分にあった。
「明日、レナの魔力が回復したら帰ろう」
「えっ、また
ミリヤが嫌な顔をする。ノイマンにいたっては絶望的な表情をしていた。明日は二人ともウージュの診療所に詰め込んでおくとしよう。
ユグドラシルの町に帰った後に、僕らはマグマスライムのスライムゼリーを道具屋に持ち込んだ。ここはロンから紹介してもらった道具屋である。ここで点滴を作ってもらうつもりだ。
「だから、こんな感じで瓶から液体を移動させる曲がる筒状のものを最終的に中を通すことのできる針に通して……」
「いや、こんな複雑な注文してくる人って初めてですよ」
道具屋で受付してくれた女性にそう言われてしまう。そりゃ僕だってそんな無茶は言いたくないけれど、これがないと治療ができないんだから仕方ない。
「でも、うちの看板にかけて作ります」
しかし道具屋の女性は目に力をこめてそう言い切った。
「よろしく頼むよ、センリ」
「はい、ギルドマスター」
そして道具屋にはロンもついてきていた。彼がいるから僕はかなり無理な注文もできている。女性の名前はセンリと言うらしい。ちょっと小柄な、あまり職人という感じはしない女性だが、親方が奥にいるのだろうか。
さらに調子にのって僕は三方活栓という点滴の方向を変えることのできる接続器具と滴下速度の調節器具まで注文した。これで専用の瓶に入れた薬を点滴することができ、術中と術後の管理ができる。
さらには針と糸の注文をすると、センリは魔物の糸を使って作ってみると言った。あの感じであれば期待できそうだ。
他にも手術の器械は鍛冶屋に頼んである。この前みたいに解体用のナイフで手術をするなんていうのはもう勘弁してほしい。針を持つ器械も必要になるし、
「かなり細かい作業をするつもりなんだな。その割には長い道具だ。使いにくいだろう」
「深いんだよ、作業をするところが」
「ふむ、なるほど」
精密な機械なんかを作る職人に必要なのは短くて使い回しのいい道具である。だが、手術に必要なのは長く深い場所で作業ができるものだった。なかなか需要のない道具の作り方に鍛冶職人も困惑しているが、それでも作れないわけではないと言ってくれた。ギルドマスター直々にお願いに回ったこともあって優先的に作ってくれるそうだ。数日待てば手に入るだろう。
「シュージ、他には何が必要だ?」
ロンは焦っているのだろう。できることは全て行いたいのかもしれない。
手術室も改築が始まっている。魔道具も手に入れた。道具も目途が立った。準備は順調に進んでいたが、絶対にないとだめなものもある。
「ロン、頼みたいものがあります」
「なんだ、何を持ってくればいい?」
「……世界樹の雫を採りに行こう」
手術に必要なもの。前回の急性虫垂炎のように短時間で終わらない手術である。
抗生物質が必要だった。それは世界樹の上にある。
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