第22話 深層記憶 -野崎雅登は何を見たのかー

 「なあ、野崎、自分、ここで、いつも何やってんだろって、思うよ。」


 橋本は、風間平和についての調査を報告するために来ていたのだった。

 

「橋本、まあ、いいじゃないか。珈琲飲みに来ると思えば、休憩だよ、休憩。では、では情報、お願いします。」

 

「了解。野崎、面白い事が分かった。なんと風間も能登で繋がったよ。」

 

「えっ、なんだ、それ。」

 

「母親は、風間典子、再婚で、離婚はしているが、名前はそのまま風間で変えていない。

 母親が、生まれたのは、能登の内田町宮野というところだ。地区は離れてはいるが。あの火事のあった同じ町だ。」

 

「加奈子や智子を知っている可能性もあるのか。」

 

「絶対に知っている。火事で、放火が疑われた夫の愛人が、小坂典子という女性だった。風間典子と同一人物だ。」

 

「ほう、そう来たか。智子と、何かトラブルがあってもおかしくないな。そんなに櫻井光一ってモテたのか。そして典子は、その光一を巡って、逃げた智子を今でも恨んでいる?」

 

「それじゃ、野崎はこう考えているのか。『風間親子が、智子だと思っている加奈子を狙った。爆発事故、いや、事件を起こした。』と、言いたいのか。いくらなんでも、それは、早急すぎるよ。」

 

「なら、橋本、風間典子と息子の周辺調べてみてよ。」

 

「いや、加奈子の身元が判明したら、自分の役目は終わりだよ。無理言うなよ。」


 橋本は、思い切り背伸びをした。

 

「じゃ、あのこと、あの美しい奥様に、丁寧にご説明申し上げますか。お仕事で入ったことが、きっかけでしたねぇ。」


「いや、いや、あんなの、浮気でも何でもないじゃないか。自分だって、楽しんでたじゃないか。」


「自分は、ほんとに取材だよ。あれから、君はプライベートで行ったんだろ?」


「なんで、知ってるんだ。でも、でもそんなんじゃないから。」


 野崎は、焦った橋本の様子に追い打ちをかけた。


「それにしちゃ、ずいぶん、ご心酔してましたね。何か、プレゼントですか、私、渡してるとこ見ちゃいました。見えてしまったんですよ。君にそんな趣味があったなんてね。メグミさん、だっけ?この前、蛇夢で他人の振りなんかしてたけどね。」

 

「うそ、野崎、あの店に来てたのか。まあ、蛇夢で見た時は、確かに、びっくりしたよ。他の店にもいるってっ聞いてたけど。でも、そんなんじゃないから、全然。」

 

 野崎は不敵な笑みを浮かべながら、珈琲を淹れた。

 

「もう、あぁ、もう分かったよ。調べるよ。」

 

「さすが、瑛士ちゃん。珈琲おかわりどうぞ。」

 

「野崎には負けるよ。それはそうと、この前言ってたと思うけど、その能登って、お前、なんか関係あるのか。」

 

「そうなんだよ。能登はうちの親父の出身地だった。自分は知らなかったと言うか、忘れてた。」

 

「そんなこと、忘れる事ではないと思うけど。」


「そうだよな。向こうで、親父と自分の顔が似てるって、声かけてきた女性がいるんだが、その女性が言うには、あの火事の時、中学生だった俺と親父があの火事の現場にいたようだ。助けに入ったが、助けることは出来なかったって。」

 

「自分の事なのに、他人事だな。まず、忘れる内容ではないぞ。」

 

「夢で、見るんだ。自分が燃える家を見つめてる。逃げるところで、目が覚める。」


 野崎は珈琲を飲み干して、言った。


「親父が言ってたそうだ、人が燃えるところを、見てしまったって。自分も。それで、もう無理だと出てきたそうだ。」

 

「それはキツイな。ショッキングすぎて、記憶が無くなったとか。親父さんには聞いてみたのか?」


「いや、親父も、あの時から能登へは行ってない。親父は、高校から東京だったが、祭りとかでは毎年のように能登に行っていたらしいが。あの火事以降、行ってないんだ。聞けないよ。」


「そんな過去がね。あ、そうだ、催眠療法というのを受けてみたらいいかも?忘れていた記憶が戻せるらしいよ。」


「そんな事、どこでやってるんだよ。」


「大学病院でだけど。」


「何科に行けばいいんだ。」


「何科それは…、ま、いいか。そのうち、記憶戻るよ。そ、戻る、戻る。」


 橋本は、空になった珈琲カップを何度も口にした。


「それ、もう空じゃないか。何、ソワソワしてんだよ。なんか、怪しいな。それ受けてみるよ。なんか、分かるかもしれない。そこ紹介してくれ。」


 橋本は困った表情を見せた。


「なんだ、自分から、言っておいて。」


「いや、あの、メグミ…さん…なんだ。メグミさんから聞いた事なんだ。本業は、城南大学病院の心理学の准教授だって。」


「はあ?なんだそれ。お前、おもしろいネタ持ってるな。」


「ほんとだって。」


「へぇ、まあ、興味はあるけど、思い出したくないかも。」


「どっちなんだよ。」


「すまん、すまん。一応、そのメグミちゃんに連絡とってくれ。」


「わ、分かった。良いよ。」

 

 橋本の声のトーンがあがった。


「なんか、嬉しそうだな。」


「そんな事はない…よ。」

 



 ―城南大学病院にて


「篠崎隆志です。橋本さんから聞いていますが、もう少しお話を聞いてから、催眠療法に入りましょうか。ちょっと時間かかりますが、大丈夫ですか?」


「今日は一日、休暇取りましたので、大丈夫です。あの、メグミさんですよね。」


「そうですよ、全然違うでしょ。いつもこんな感じでやってます。では、昔の記憶を思い出したいとのことですね。いつ頃ですか?」


 蛇夢で会ったメグミとは、まるで別人。白衣を羽織り、仕事の顔だった。


 人間って不思議な生き物だ…。


「自分が中学生の頃です。自分の父親と能登の祭りに行ったんですが、全く記憶がなくて、次の日、火事に遭遇しているのですが、それも覚えてないのです。父の同級生と言う人から、自分と父親が、助けに入って、人が燃える姿を見てしまったと、父が言ってたらしくて、でも思い出せないんです。その火事と今、追っている事故が関係しているかもしれなくて、思い出したいのです。」


「なるほど、分かりました。今、聞いた話ですと、かなりショッキングな場面のようですが、大丈夫ですか?その頃の感情も蘇るので、精神的に辛くなるかもしれませんが。」

 

「覚悟はしてきました。お願いします。」

 

「それでは、そこのベッドに横になってください。催眠に入りやすいように、少し暗くしますね。あと、静かな音楽も流します。気になるようでしたら仰ってください。」


「はい、ほんとに先生みたいですね。」


「そうですよ。では、眼を閉じてください。私が言う事を、野崎さんも、心の中で、唱えてください。ゆっくりと、深く息を吸いましょう、気持が良くなっていきます。今度は、ゆっくり吐いてください。だんだんと力が抜けていきます。も一回いきましょうか…。

 

 野崎さん、今から、野崎さんの右手は重くなっていきます。今度は左手が…。

 はい、お腹が温まってきましたね。そうですか、どんな感じですか。


「はい、身体が重いです。温かくなってきました…。」


 野崎は全身の身体が弛緩し、言葉は出しているが、唇が思うように動かないのを感じていた。


「では、野崎さん、目の前のドアがあります。そこをそっと開けてください。階段がありますね。降りていきましょうか。またドアがありますね。そこを開けたら、あなたは25歳です。あなたは何をしていますか。」


「母の病室にいます。」


「お母さんと話していますね。」


「はい、母は、私を心配しています。ごはんは食べたかとか、仕事は大丈夫かとか。私は泣いています。」


「そうですか。では、その隣のドアを開けて、階段を降りましょう。あなたは高校生です。家に中にいます。お父さんがいますね。」


「家で、父と誰か知らない人が話をしています。私に大きくなったねと笑っています。能登のお土産を持ってきました。」


「では、また、ドアを開けましょう。あなたは中学生です。さあ、野崎さんは今能登にいます。平成15年、火事があった場所にいます。何が見えますか?」


「家が、燃えています。家の前で、女の子が燃える家を見ています。父が家の中に飛び込んでいったので、私も追いかけました。」


「中には誰かいますか?」


「中は火が凄いです。階段付近で、動くものが見える。あ、こっちに来ます。火の塊が動いてる。足を、自分の足を掴まれました。やめてくれ!ズボンの裾が燃えてる! 父が、父が必死に私の足を掴んでいる赤い手を、振り払っています。赤い手が…。

 

 息もできなくて、私は怖くなって、怖くなって、逃げました。家の外に出ました。父が、私の足に水をかけてくれてます。足が痛い、ものすごく痛いです。その隣で、女の子が燃える家を見ています。笑ってる。炎に照らされた顔が、何故か顔が笑ってる。その先は…。」


「野崎さん、野崎さん、もう大丈夫ですよ。はい、息を吸って、ハイ、吐いてー、五つ数えたら、もう、戻ってきますよ。いち、にい、さん、しい、ごっ、ハイっ。戻ってきましたよ。大丈夫ですか?」


「ちょっと気分が悪いです。」


 野崎は、動悸と汗が停まらなかった。


「夢で見たことが、詳細に見えた。確かに足に火傷の痕があったけど、今はほとんど分からなくなってて、気にしてなかった。母からは、お湯をこぼして火傷したんだと聞かされてたから。そういう事だったんだ。」


「野崎さん、たぶん、これをしなくても思い出してたかもしれません。ふつう、なかなか、こう、スムーズにここまで思い出せないんです。記憶の引き出しを開ける鍵を見つけるのが、難しくて、何度かやって、それで、何かの弾みで、鍵が見つかるんです。見つかっても、引き出しの滑りが悪くて引き出せないことも、よくあります。割と早かったので、ある程度引き出しもう開いていたのだと思います。今ので、滑りを良くしたってことですね。」


「そうでうすか。ありがとう、ございます。少し、落ち着いてきました。」

 

 野崎は手渡されたおしぼりで、顔や、首をまんべんなく拭き、提供された、お茶をゆっくり飲んだ。。


「でも、ほんとうに熱さと痛みと恐怖を感じたんです。」


「思い出すこともそうですが、何故、記憶が消えてたのか、それを知る事が、苦しみから救われるかもしれません。」



「そうですね。足の火傷の真実と、一番は、女の子が笑ってたのがショックです。」


「たぶん、その事が、記憶に蓋をしたのかもしれませんね。」


「その子が誰か、心当たりはあります。でも、その事はとても聴けないですね。彼女の記憶にも残ってない。」


「そこがクリアできれば、夢も見なくなるかもしれないですね。」

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