第11話 祠のはじまり。ー蛭児姫の悲しい物語ー
「昭和の空気いっぱい吸うわよ。さ、登ろう。」
彩乃が軽々と登っていく後を、嵐は必死について行った。
そして、彩乃は50段ほどもある石段を、あっという間に登り切り、息を整えていた。
「やっと、着いた~。彩乃、早いよ。」
「嵐が遅いの。ほら、ここからの眺めいいわよ。」
嵐は、まだ整わない息をしながら、景色を見下ろした。
「ほんとだね。でも、あぁ、しんどい。」
「嵐、ここが、蛭児神社の拝殿。奥が本殿。」
振り返ると、そこには小さいながらも、両側に狛犬を従えた立派な神社が立っていた。
「そう、私ここでよく遊んだの。隣の公園で、かくれんぼが始まって、この神社の裏とかにも隠れてた。」
「へえ、彩乃、可愛かったんだろうな。」
「あんまり想像しないでくれる。」
「そんなこと言う?そっちが、絵を描いてよこしたんだろ。想像してしまうのは仕方がないよ。」
「さすがに、お祭りの時期だから、にぎやかね。さ、参拝しましょ。」
言いたくない質問には答えないのが彩乃である。
「彩乃、もしかしたら、ここから、戻れるかな。」
「さあ、どうかな。」
二人が手合わせていると、彩乃たちの後ろから、誰かが声をかけてきた。
「あら、あんたら、文子と昭かとだと思ったら、違うんか。あり得ない組み合わせだなと思ったよ。」
法被を着た、小太りの中年の男性だった。いかにも祭りの
「僕も?」
「渡辺さんちの昭さんだと思ったよ。」
「彩乃、知ってる?」
「知らないわ。」
「あんたら、知り合いに、よう似てたもんで。ま、他人のそら似ってことか。あの祠の話みたいだな。」
「えっ、祠って階段上った先にある?」
「そうだ、話を知らないのか。」
「東京から来たんです。」
「東京から?またなんで、こんな田舎に。」
「ちょっと、田舎暮らしに憧れてまして。」
嵐は、彩乃の機転の良さに感心した。
「物好きもいるもんだな。」
「おじさん、その祠の話聞かせてください。」
「そうかそうか、聞きたいのかい。そうだな、あの祠はな、この神社が分身と言うか。元々あの祠の方が、ずっと昔からあったんだ。」
「オヤジさん、好きだね。また、昔話おじさんしてんのか。」
参拝にきた、青年が声をかけてきた。
「いいだろ、これは、大事な文化の伝承なんだよ。この子たちに、この神社と祠の話をしてあげているんだよ。」
「良いことですよね。自分の住んでいる所を守ってくれている神社の事知らないとね。」
「さすが、兄ちゃん、分かってるねぇ。」
「そう、守られてるおかげで、この辺は、水害とかもほとんどないんだ。昔はね、大雨で、川が氾濫したという記録もあったが、今は、治水も進んでる事もあるが、そこの湖が、雨量を調整してくれるんだよ。」
「おじさんの話、益々、聞きたくなったわ。」
「お姉ちゃんも、嬉しい事言うね。今日はいい日だ。じゃ、始めるよ。」
彩乃と嵐は、石段の一番上から2.3段降りた端に座り、オヤジさんが語る、その神話に聞き入った。
「遠い昔、この国には、お殿様がいてね。国は日照りが続き、農作物も取れず、雨乞いや、川の水を引いたり、色々やってはいたが一向にいい方向に好転しない。ある日、その殿様はある夢を見たんだ。夢枕に女の神様が現れて、こう言ったんだよ。
『床下に白い蛇の抜け殻がある、それを祀りなさい。その後に現れる若い女性を奥方に迎えなさい。』って。
それで、床下確認したら、本当に大きな白い蛇の抜け殻があったんだ。言われた通りにそれを祀ったら、その日を境に雨が降り豊作に恵まれた。それで、これも夢で言われた通り、若い女性も現れた。その女性を妻として迎え、そして可愛い双子の女の子が生まれたんだ。
でも、この時代はね、双子は災いをもたらす不吉な事とされていたんだ。だから赤ん坊のうちに、その一人の子は殺されたんだ。むごい話だ。母親は、嘆き悲しみ、それを苦にして湖に身を投げてしまったんだ。
一人残った子は蛭児姫と名付けられ、それは大事に育てられたそうだよ。美しく成長し、姫が二十歳になったころ、自分と同じ姿の娘を、城の中で見かけるようになったんだ。父親に問うたところ、現れたのは、他人のそら似ではなく、妹なんだと。双子で生まれた事、そして母の事を知った。蛭児姫はたいそうなショックを受けてな、何日も泣き続けたんだ。
ある時、蛭児姫と、同じ姿をしたその娘と二人が、お殿様の前に現れたのさ。そして二人の娘は、お殿様の目の前で、その姿を白い蛇と変え、湖の中に消えて行ったそうだ。」
「昔話でも怖いね。その湖って、この近くにあるの?」
「あの祠の近くに今でもあるよ。そんなに大きな湖ではないけどね。蛭児姫ともう一人の娘が、その湖に消えてしまって以来、お殿様は、すっかり気力をなくし、二人の御霊を祀るための祠を立てたのが、あの祠だ。そのせいか、その後も国は安泰だったそうだよ。
祠をあの場所から移動しようとすると、大雨になったり、山火事になったり、地震が起こったりと良くない事が起こるんだ。だから、今でもあの場所にある。でも、だんだん人も増え、祭りの規模も大きくなって賄いきれなくなってね。それで、祠の場所は移さずに、この神社を立てたという事だ。ここらではね、祠とこの神社をセットで参拝が正式な参拝なんだよ。今でもよく似た人を見かけると、他人ではなくて、どこかで繋がっているんだと言われるようになったんだ。」
「あの祠には、そんな悲しい話があったんだね。悲劇的なお話ね。」
中年の女性が息を切らせながら、石段を上がってきた。
「父ちゃん、また、こんなとこで、さぼって。」
「いやいや、この兄ちゃんたちに、あの祠の話してたんだよ。」
「お姉ちゃんたち、こんなオヤジのくだらない話に付き合ってくれてありがとうね。」
「いえいえ、すごく興味深いお話でした。おじさん、ありがとう。」
彩乃は丁寧にお礼を言った。
「そうだ、よく似ていると言えば、さっき、そっくりな女の子を見かけたんだけど、それぞれ家族だったから、双子ではないんだよね。」
「あら、お兄ちゃんたちもそう見えたかい。渡辺さんのとこと、美川さんちの子だね。あんなに似ていて他人なんて、不思議な話なんだけど、子供たち同士は仲良くて、あの祠でもよく遊んでるのみかけるんだけど、親同士はね、犬猿の仲というか、子供たちを離そうと一生懸命だね。返って勘ぐってしまうよ。」
「ここだけの話。」
中年の女性は、二人を寄せて、声を潜めた。
「母ちゃん、よその人に、そんなことまでいいじゃないか。」
「何言ってんだよ。女はね、噂話で生きてんの。」
「ほどほどにな。」
彩乃と嵐は、頭を寄せ合って、噂話好きのおばちゃんの話を聞いた。
「それでね、どちらも、美川さんのところで、お産をしたんだけど、あ、美川さんとこは産院なんでね。その美川さんちの方は、双子と言うのは、お腹が大きい時からわかってたんだけど、産まれた時、片方が死産だったって泣いてたんだよ。見ていないられなかったよ。そんで、渡辺さんところも同じ日に女の子を産んだけど、どっちにも似てないだろ。おかしいと思わないほうが変だよ。」
「ん?どういう事?」
「お嬢ちゃん、よく聞くんだよ。美川さんの死産した子は、本当は、渡辺さんちで、双子の片方と入れ替えたんじゃないかって。」
「なんで、そんなことするの?」
「お兄ちゃん、それは誰もわからない。あの家族の間で、何かあったんだろうね。」
「意味が分かんない!」
「お嬢ちゃん、誰も核心を聞いた人はいないから、みんな噂だけでだからね、そんな怒らないで。それにしても、なんで、あの家族が、こんなに近くにいるのか。美川さんは、医者やってるから分るけど、渡辺さんなんて、どこでもいいのにね。わざとしか思えないよ。嫌だね~あ~嫌だ、嫌だ。」
「母ちゃん、何が嫌だって、活き活きしてるやんか。」
「あら、やだ、父ちゃん、そうだ、思い出した!大将が呼んでたんだった。それで父ちゃん探しに来たんだった。」
「母ちゃんはいつもこうだよ。お嬢ちゃんたちありがとな。気を付けて帰れよ。」
「ありがとうございます。」
二人は、深々を頭を下げた。
「なんか、すごいこと聞いちゃったね。」
「そうだ、僕も、渡辺って言う人に似てるって。親戚になるのかな。」
「あ~言ってたね、どうなんかな。嵐の、親って?」
「うち母子家庭だから、父親の事は聞いたこともない。母さんも話したがらないし。母は結婚してないから、未婚の母っていう奴だよ。介護関係の仕事で、自分を育ててくれた。能登の話なんてしてくれたことないし。関係ないのかなって。こればっかりは他人の空似だよ。」
「ねえ、そういえば、彩乃って、何お願いしたの?」
「教えない。言ったら、叶わなくなるから。」
「えっ、叶って、やばくなって、もう一回戻してほしかったじゃないの?」
「あんたとは違うよ。叶ったあとに教えてあげる。」
「ふ~ん。まあいいや。これから、どうするの?」
「美川家行ってみる。場所は分かってるし。」
「でも、こういうのって、この時代の人にあまり関わらない方がいいんじゃ。ほら、歴史が狂うって。」
「映画の見過ぎだよ。生死に関わることなんてしないし、大丈夫よ。それに帰れるかどうかわかんないし。」
「そんな、よく平気でいられるね。」
「来てしまったものは、しょうがない。私としては、自分の母親が生まれたころの事が知れるなんて、こんな機会はないから、戻っても、いい事ないし。」
「僕は帰りたいよ。」
「あら、刺激が欲しかったんじゃないの?」
「もう、いいと思って、まさか、こんなことになるなんて。究極な刺激だ。」
「まあ、雨、降ったら、祠の場所行ってみましょ。なんか降りそうに無いけどね。」
「そっか、雨が条件だったね。彩乃といると、なんか不思議だね。だって帰れないかもしれない怖さもあるのに、変な安心感がある。」
「私は、あんたといて、不安しかないけど。」
「え~、そんな事言わないでよ。」
「行くぞ。」
「待って!」
道中、目立つのか、いくつかの視線を感じながら、渡辺家の前を通りかかった。
「ここなんだ。あの子、入ってくよ。」
「パパ、早く~」
父親が出てくる。
二人は、電信柱の影に隠れた。
「おっ、嵐、やっぱ似てるね。へえ、あの親父、適当なこと言ってるのかと思ったら、確かに、嵐を少し、中年にした感じだ。」
「自分だったら、こう、イケメンなおじさんになるのにな。」
「何言ってんだか。戻ったら、お母さんに聞いてみたら?ほんとに血縁あるかもよ。戻れたらだけど。」
「うわ、どんだけ、気持ち下げんだよ。」
「ほら、美川家行くよ。」
5分ほどの距離に、その家はあった。
「やっぱり、自分に知ってる時より、家が新しいわ。あ、洋子おばさん…。」
「あの子、彩乃のおばさん?」
「そう、会いたくないけどね。」
「ほんと、彩乃って、どんな育ち方をしたら、こんなに人に対して敵視するのかな。」
「うるさい!」
「あ、ね、雨当たった。顔に当たったよ。」
「降ってる?たいした雨じゃないわね。」
「もう、家見たんだし、祠行ってみようよ。」
「そうだ、カメラ、写真撮ってみる?」
「わかった。じゃ、彩乃、そこ立って。」
「あれ、彩乃がなんか、薄くなってる。消えちゃうんじゃない?早く、祠のとこ行った方が良いよ。」
「えーそうなの?名残惜しいけど、行きますか。雨も強くなってきたし。」
彩乃って、なんか、軽いんだよな…。
二人は、小走りで、祠の場所まで急いだ。
「さっきの兄ちゃんじやないか。顔色悪いな、傘もささんと。大丈夫か。この赤い傘持ってけ。相合傘で良いね。じゃやあな、気をつけてな。」
「ありがと~いい人だったね。ちょっと寂しい。」
「ここにずっといるか?」
「とんでもない。何が何でも帰る!」
「じや、参拝するよ。」
二人はそれぞれ、手を合わせた。
「嵐、神社は見える? 」
「ここからは、神社らしいもの見えないよ。何も変わってないんじゃ。」
嵐は走って行ったが、すぐ戻ってきた。
「やっぱり、神社はどこにも無い。人もいない。え~戻れないのかな。」
嵐は、その場でしゃがみこんだ。
「いや、嵐、よく見て。この祠、さっきと違う。古くなってない?」
「そう言えば…。それに傘、どこ行った?なんか暗くなってない?」
月の灯りが、小径を照らしていた。
嵐は立ち上がり、周囲を見渡したが赤い傘はどこにも見当たらなかった。
「どうなってるんだろう。」
「ちょっと、行ってみようよ。」
林を抜け、見た景色に、二人は、不安になった。
いつの間にか、夜になっていた。
暗いだけではない、さっきとは微妙に景色が違っていたのだ。
いったい、ここは…。
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