夏―③
あっけにとられた顔で固まるメルにお構いなく、フィーネはわくわくした表情を向けてきた。
「恋はいいわよ!で、メルちゃんは?誰かいないの、好きな子」
私は話したわよさあ次はあなたの番!とでも言いたげな空色の瞳。
「うーん……」
ところがメルの歯切れは悪かった。
メルが言い淀んでしまったのは、好きな子を打ち明けるのが恥ずかしいからではない。メルも恋愛に興味を持ち始める年ごろではあるのだが、それは今のところ自分以外の周りの恋愛事情に対してであって、いざ自分のこととなるとピンとこなかった。
別に、まったく思い当たる人物がいないわけでもなかった。実際フィーネに言われて、周りにいる男の子としてヴィンの顔を思い浮かべた。だがメルのなかでヴィンと恋とがいまいち結びつかなかった。ヴィンは赤子の頃から一緒に育ってきて兄妹同然なので、恋愛対象と見るにはあまりに親しすぎたのだ。
他には、と考えを巡らせてみるもののメルの頭には誰も思い浮かばない。まだ城外に出たことがないメルにとって、恋愛対象になりそうな同年代の子はヴィンくらいしかいなかったのである。
メルが口を割らないので、フィーネは面白くないと拗ねるかと思われたが、逆に彼女は目を輝かせて両手を打った。
「いないんだったら、うちの弟なんてどう⁉ちょおーっと引っ込み思案の人見知りなんだけど、いい子だから!」
「弟さん……ですか?」
フィーネに弟がいることも初めて知った。フィーネとブリッツの関係といい、今日は驚くことばかりだ。しかし昔から氷の王城にはよく遊びに来ていたのに、フィーネの弟には一度も会ったことがないが――。
「フィーネ、そういうのは当事者で決めることだ。ライフは魔法の修行に忙しい時期でもあるし、無理強いはよくない」
不意にブリッツが声を出したので二人の王女は驚いてブリッツの方を見た。王女たちはこそこそ話をしていたはずだが、フィーネが手を打って弟の話を持ち出したあたりから声が通常のボリュームに戻ってしまっていたのである。
フィーネはしまった、という表情をしたもののこそこそ話の内容を悟られないように平然を装ってそのまま会話を続ける。
「分かってるわよう。いずれメルちゃんとライフが出会ったときに、もし縁があるならそうなってもいいなーって話」
フィーネの弁明を理解したのか、ブリッツは黙って瞑目した。
(……ライフ、君)
フィーネたちの会話からフィーネの弟はライフという名前で、魔法の修行中というなので魔法使いであることは分かる。しかしそれ以上の情報はない。
何歳かな、フィーネ様に似ているのかな、どんな子かな。そもそも、王族なのにその存在を少なくともメルは全く知らなかった。何か事情があるのだろうか。
メルはライフのことが気になってもう少し話を聞いてみたかったのが、ちょうど侍女がフィーネ王女に急用を伝えてきたため、今日のおしゃべりはそこまでとなってしまった。
◇ ◇ ◇
氷の王城からの帰り道は、ブリッツが炎の一族の城門前までメルを送り届けてくれた。
メルは城門を少し入ったところでくるりとブリッツの方に向き直ると、別れの挨拶をする……前に、尋ねた。
「ブリッツ兄さまはどうしてフィーネ様のお側にいるの?」
幼い姫の突然の質問に、ブリッツはわずかに目を見開いた。
「やっぱり、フィーネ様のお身体のことがあるから?」
今日のフィーネとの会話で彼女の本当の気持ちを知ったメルは、もう一方のブリッツがどう思っているのかも知りたいと思ったのである。
テラスで王女たちがこそこそ話していた内容を知らなかったブリッツは、メルの言葉でどんな話題だったか悟ったのか、見開いた目がいつもの眼差しに戻った。そして、
「いいや。身体のこともあるけど、それが一番じゃない」
と言って少し微笑んだので、メルはきょとんと小首をかしげた。
「じゃあ、一番の理由は……?」
「あいつが分かりやすい嘘なんかつかなくても、同じだから」
(嘘……同じ……?)
言葉数の少ないブリッツの言葉を、メルはすぐに理解することができなかった。
そしてしばらくしてその意味に気づいたとき、メルは本日二発目の豆鉄砲を食ってしまったのであった。
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