夏の章
夏―①
強い日差しが白い城壁に照り返してまぶしい。
メルは薄いピンク色の袖なしドレスをかろやかにひらめかせ、夏空の下を小走りに急いだ。
城門を出てすぐ目の前の橋を渡る。メルたち炎の一族が住む城の前には一本の川が流れていて、その上に大きな橋が架かっているのだ。橋の向こう側にはすぐまた城門があり、そこが氷の一族の居城になっていた。
ヤーレスツァイテン国の城は二つの城から成っている。外側を大きな城壁で囲ったなかにさらに城壁の囲いが二つあり、中央を流れる川の東側が炎の一族、西側が氷の一族の城である。外側の城壁があるので橋の両端にある城門は双方つねに開かれており、それぞれの一族は自由に互いの城を行き来することができた。
そのためメルが氷の一族の城内に駆け入っても「おやメル姫様、ごきげんよう」などと声をかけるばかりで咎める者はいない。
氷の王族の居城に入って行っても同じだった。さすがに王城は入城可能な人間が限られるが、炎の王族であるメルは自由な出入りを許されていた。
慣れた足取りで王城内の庭園の入口までやって来て、辺りをきょろきょろと見回す。そうして目的の人物を発見するとメルは大きく手を振った。
「フィーネ様―!」
庭園の一角にいたその人物も元気よく手を振り返してくる。
「あらメルちゃん、いらっしゃい!」
白く細い腕が振られると、腰まである白銀の髪もさらさらと揺れた。
メルにフィーネと呼ばれた女性はレース刺繍を施した純白のドレスに身を包み、空のように澄んだ水色の瞳以外は浮世離れした美貌や線の細い身体つきもあって全体的に白く儚げな雰囲気を感じさせた。
ただ、元気いっぱいの表情や身振り手振りは儚さとは反対に生き生きとした印象だ。
フィーネはメルより5つ年上の氷の一族の王女で、メルは小さい頃からよく一緒に遊んでもらっていた。
メルはフィーネのところまで駆け寄って行き、ドレスの裾を少し摘み上げてお辞儀する。さすがに王族同士とあって気の知れた仲でも挨拶の礼儀は忘れない。フィーネも同じように礼を返す。
ただし、フィーネは左手を騎士に預けていたため片手のみでドレスの裾を摘み上げたところがメルと違っていた。
メルはフィーネの隣にいる騎士へも一礼する。
「ブリッツ兄さまも、ごきげんよう」
ブリッツと呼ばれた騎士は騎士式の礼を返してきた。
フィーネはメルより頭二つ分ほど背が高いが、ブリッツはさらに頭一つ分背が高い。長身にキリッと太い眉と真一文字に結んだ唇。黒髪はオールバックになでつけ、翡翠色の瞳は鋭い目つきのなかにおさまっている。
フィーネとは対照的に物静かで無口な性格のせいか、騎士よりは武士という言い方がしっくりくる若者だ。
ともすれば話しかけづらそうな人物にもかかわらずメルが気さくに話しかけることができるのは、彼がもともと炎の一族で又従兄妹にあたるからだった。
ブリッツはフィーネと同い年で幼馴染ということもあり、騎士としてフィーネに仕えるため氷の一族へうつったのだ。故に軍人でもある彼は赤の軍ではなく青の軍に所属し、そちらの軍服を着用している。
「立ち話もなんだからテラスへ移動しましょうか」
挨拶が済むとフィーネがそう提案したので、メルは異論なく頷いた。
フィーネとブリッツが先に庭園を出て、メルはその後に続く。
幼い王女の前を歩く氷の王女と騎士は、まだ手をつないだままだった。
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