四季の国
右峰
春の章
春―①
どれくらいむかしか知らないけど、むかしむかし、一人の偉大な魔法使いがおりました。
彼は膨大な魔力を持ちいろんな魔法が使えるだけでなく、とても優しい魔法使いでした。
彼は人々を助けるために魔法を使い、助けられた人々は彼をあがめました。
そうして偉大な魔法使いは一国の王様になり、強く優しい王様のもと王国は長らく平和に栄えました。
けれど魔法使いも人間、その命には限りがあります。
老いた魔法使いは次の王様を決めなければいけませんでした。
魔法使いには二人の子供がいました。
二人の子供は魔法使いほど強い魔力も持たずいろんな魔法も使えなかったけれど、一人は炎、一人は氷の魔法がとても得意でした。
二人は同じくらい強く、魔法使いは次の王様をどちらにしようか悩みました。
そうして悩み抜いた末に、二人の子供に、互いに協力しあって国を治めていくように言いました。
それからその国は炎の魔法使いと氷の魔法使いの二つの一族が治める、一つの国になりましたとさ――
「それがこの国、ヤーレスツァイテン国の始まりなんだってさ」
桃色の花びらが舞う木の下で、深紅のローブを羽織った少年がそう話を結んだ。
柔らかな春の陽光に宍色の髪と瞳が金色に透けている。まだほんのり冷たい風に花びらが舞うたび、少しくせのある髪の毛もふわふわとそよいだ。
「ふうん、それじゃあその二人の王様のうち、炎の魔法使いがわたしたちのご先祖さまってこと?ヴィン」
ヴィンと呼ばれた深紅のローブの少年は、隣の少女の問いに頷いた。
ヴィンの隣にいる少女もまた赤いローブを着ていたが、彼女のローブには白いファーがついていて飾りもヴィンのものより可愛らしい。肩より少し長い亜麻色の髪の上には金装飾のティアラがのっていて、切りそろえた前髪の下には炎のように赤い瞳が二つ、ヴィンの方を見つめている。
「そうだよ、メル。血の濃さでいえばメルの方が僕よりご先祖様に近いけどね」
ヴィンとメルは同じ炎の魔法使いの一族で、同い年だ。
ヴィンは現・炎の王弟の子供であるのに対しメルは現・炎の王の子供、すなわちメルは直系の王女でヴィンは傍系、従兄妹にあたる。
二人は親戚同士だが、その仲は家族同士と言ってもいいくらいとても良かった。
初代炎の魔法使いから長らく続く炎の一族は、同じ一族と言えど血縁関係が遠い者も多く、従兄妹同士でも比較的近しい親族だ。
くわえて一族のうち半数も魔法の使い手が生まれないなかで二人とも魔法の力を持って生まれたので、修行など一緒にいる時間が長かったことも仲の良い理由にあげられた。
現に今も修行終わりに木陰で一休みしているところだ。
メルは桃色の花びらが舞い散るのを見ながらため息を吐いた。
「でも、ご先祖様に血が近いはずの私よりヴィンの方が魔法を使うの上手だよね。私、魔法でこんなきれいな花びら作れないもん」
二人が休んでいる木陰の木に花は咲いていない。
さきほどから二人の頭上を舞っているのはヴィンが魔法で作り出した花びらだ。ごく小さな炎を無数に作り出し、「カリウム」という物質をくわえることで桃色にしているらしい。
ただ、小さな炎を無数に作り出すことも炎の色を変化させることもメルにはまだできなかった。
実のところヴィンのこの魔法は大人でも難しい繊細なテクニックが必要なので、ヴィンの魔法技術が並外れているだけでメルができないのも当然だった。
「魔力自体はメルの方がずっと強いんだから、落ち込むことないよ。僕は魔力が弱いからこうして手先の器用さでカバーするしかないんだ」
ヴィンは口をへの字にしているメルへフォローを入れた。
彼の言葉は謙遜ではなく事実だ。メルは歴代の炎の一族でも随一の魔力を持っていたが、ヴィンの魔力は平均よりも少し弱かった。
それでも魔法が使えるというだけで一目置かれることなのだが、ヴィンはメルより一つだけでも優れていたいという思いで努力し、今の技術を習得したのだった。
ヴィンがそのような思いで努力したのは単なる男の子の意地ではなく、周囲の反応もあったからだ。
「大人たちはみんな、僕とメルの魔力が逆だったならって言う。メルはお姫様だから違うけど、僕はあと何年もすれば軍に入隊することになる。まわりの国と戦争になったらより強い魔力が必要になる。こんな花びらを作れても、強い魔力がなければ意味ないんだ」
直系の王族以外、魔法を使える者は原則軍属になる。
ヤーレスツァイテン国では炎の一族と氷の一族それぞれに軍をもっており、炎は「赤の軍」、氷は「青の軍」と通称される。戦いに単純な強さが求められる以上、軍属の大人たちは同い年の少年少女の魔力についての憂いを隠しきれなかったのだ。
責めると言うほど強く言われたこともないが、大人たちのぼやきを聞くたびにヴィンの心は憂鬱に沈んでいた。
「そうかなあ?」
そんなヴィンの心情とは正反対の明るい声が飛んできて、ヴィンはメルの方へ振り向く。
メルは大きな赤い瞳を瞬かせながら、口元でにっこりと笑った。
「だって、むかしの偉大な魔法使いは人を助けるために魔法を使っていたんでしょ?戦争に使うだけが魔法じゃないってことだよ」
メルのフォローをありがたく思いつつもヴィンは苦笑した。
「……僕の魔力じゃ、人を救えるほどでもないけどね」
それでもメルはちがうちがう!と頭を大きく横に振る。
「そんなことない!私、今日の魔法の修行ほんっとに大変で疲れて、あ~もうダメ元気ない~って思ってたけどヴィンのお花見たらきれい~!って今元気になってるもん!これってヴィンの魔法が私を助けたってことでしょ?」
ぐわっと一気に語ってずいっと迫ってきたメルに、ヴィンは圧倒されてしまった。
ヴィンが驚いてただただ目を瞬かせているうちに、メルは弾けるような笑顔になって、
「私、ヴィンが見せてくれるお花がとっても好きよ!」
風が吹きぬけて炎でできた花びらが煌めいていく。
その煌めきのどれにも負けない、あたたかい笑顔。
(太陽みたいだ)
メルの笑顔を見て、ヴィンはそう思った。
(僕の花びらが人を元気にする魔法なら、メルの笑顔も同じ魔法だ)
いつの間にかヴィンもつられて笑顔になっていた。
(…まあ、メルが喜んでくれるならこれはこれでいっか)
少年の憂鬱は花びらと一緒に春風に吹かれ、太陽の光に溶けていった。
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