第4話 もう一人の少女

「……え」

 楽しかった気分が一瞬で吹き飛んだ。そして、凍ったみたいに固まってしまう。目に入った光景が信じられなかった。

 湖の岸辺から少し離れたところで、美雪がうつ伏せで浮かんでいた。そして、岸辺にはさっきまで彼女が履いていたブーツが揃えられていた。

「――――っ!」

 何を言ったか自分でもわからないほど、大きな声をあげて、私は走り出した。

 ブーツの前まで来ると、寒さなど考えるのをやめて、バシャバシャと音をたてながら、湖の中へと入っていった。真冬の支笏湖。身が切れそうなほど冷たくて、奥歯を噛みしめる。

 美雪が浮かんでいたところまで辿りつくと、私はその冷たい水に胸まで浸かっていた。

「美雪っ、美雪ぃっ!」

 急いで美雪の顔を湖から出して、何度も呼びかけるけど返事はない。彼女はさっきまで赤かった頬を生気を感じさせない白にして、唇も真っ青になっていた。

 もう何がなんだかわからなかったけど、私は冷たさに耐えながら、なんとか彼女を抱きかかえて、水中で歩き出した。水を含んだ防寒着がとても重い。

 歯がカタカタと鳴って、徐々に意識が遠くなっているのが自覚できた。気絶しないように、舌を噛みながら、一歩一歩確実に湖の中を進んでいく。

 やっと岸辺にたどり着くと、私は美雪を仰向けにしてゆっくりと寝かせた。

「美雪!」

 やっぱり返事はない。頬を触ってみると、氷みたいに冷たかった。

 震える体で自分の鞄に手を伸ばして、中にいれてあったスマホを取り出す。早く、早く救急車を呼ばないといけない。

 濡れた手袋を外して、もう感覚のなくなった指でスマホを操作しながら思った。こんな雪原に、電波なんて飛んでるの? 助けなんて、来るの?

 ぷるぷると震えながら、祈るように119番を押した。

 ――コールが鳴った。



 ゆっくりと瞼を開けると、私の顔を覗き込んでいる美少女と目があった。

「……え」

 それは黒い髪をした美雪だった。びっくりして体を起こし、辺りをきょろきょろと見渡して、ここが病院だと気がついた。私はいつの間にか病衣になって、ベッドで寝ていたようだ。

 そして隣のベッドには、私と同じ格好で美雪が眠っていた。ただ、最後に見た彼女とは違って、寝息をたてている。よかった、生きている。

 ほっとして、改めて私を見つめていた美少女と向き合う。体つきも、顔も美雪にそっくりだけど、髪だけは真っ黒な少女。

「妹がご迷惑をおかけしました」

 彼女は透き通るような声でそう謝罪して、頭を下げた。

「い、妹って……美雪のこと?」

「はい」

 美雪とそっくりなのに、彼女はとても落ち着いた性格のようだった。涼しい顔で隣のベッドを一瞥する。

「美雪は双子の妹です。美冬と申します」

「……そっくりなはずね」

「よく言われます。両親にも間違えられるので、美雪が髪を染めました。美雪だから、白にしたそうです」

 美冬はそんなことを、懐かしそうに語った。

「えぇと」

「留美さんですよね? もしかして、記憶が飛んでいらっしゃいますか? あなたは救急車を呼んで、救助されました。救急隊の方に状況を伝えたところで、意識を失ったと聞いてまいす。美雪の手荷物から私に連絡がきました」

 説明されると、そういえばそんな気がしてきた。意外にも早く到着してくれた救急隊に、美雪が湖に入ったことなどを伝えた記憶がぼんやりとある。

「み、美雪は?」

「留美さんが早く助けてくださったおかげで、大事にはいたっておりません。寒さで意識が飛んだらしいです。今は、眠っているだけです」

 それを聞いて、ほっと息をついた。本当に良かった……。マジで焦った……。

「ただ、本当に危ないところでした。なんとお礼を言っていいか」

「いやいいよ。あんな状況じゃ、誰だって同じことするから」

 真冬の湖で女の子が浮かんでいたら、よっぽどの人でなし以外は助けるはずだ。

「ところでさ」

「はい」

「美雪は……なんで、自殺を?」

 そう、それが一番知りたかった。あの状況は自殺以外にない。美雪は私を一人にして、どういうわけかあそこで入水自殺をしようとした。でも、どうして? 

「……それは」

 美冬が口籠ったところで、隣のベッドで眠っていた美雪が「うぅっ」と声をあげて、ゆっくりと上体を起こした。そして私と美冬を見ると、目を見開いて驚いた。

「……み、美冬」

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