第3話
公園には彼女が先に着いていた。いや、というよりもともと公園にいたんだろうなと思う。
「突然すみませんでした」
彼女は僕が公園に着くなり、綺麗な長い黒髪をホラー映画のように垂らしながら謝った。
遊びにきていた小さな子どもが、お母さんに連れて帰られているところを見て、少し誤解をされたかもしれないと心配になった。
「別に大丈夫だけど、僕なんかになんの用?」
彼女は、自分の座るブランコのもう1つ隣のブランコを指さして、僕を手招きした。
もうすぐ落ちそうな太陽の下、僕らはブランコで話をすることになった。
「えっと、呼び出すようなことしてなんだけど、
私のこと…広野くんは、見えてる…んだよね?」
久しく呼ばれていなかった自分の名前が、僕の心に入り込んできた。
なぜかは分からないけれど、自分という存在を感じた瞬間だった。
「当たり前だよ。見えるとか見えないとか、小野田さんそういうの好きな人?」
「うーん、そうなのかな」
彼女は最近の異変について語った。
それは僕の感じた違和感そのもので、事実を見てしまった以上、信じるしかないものだった。
そして最後に彼女は言った。
"自分の存在が他人の中から消えている"
と。
更に言うと、それを感じ始めてから彼女は右手の小指が光るのだそうだ。
「怖いって…思わないの?」
「思うよ?とっても。すごい思う。
このままこの世界から私が消えたらって考えたら怖くて、いっそもう消えてしまいたいと思う。」
「そう、なんだ…」
正直これを聞いて後悔した。
彼女の辛さを僕はわかることが出来ない。
「でもね、広野くん、見えてるでしょ?」
「えっ…?」
「私、誰かひとりの中に残れたらそれでいいの。」
そこで我に返った。
僕には小野田さんが見えてるのだと。
何が原因か分からないし、なぜ僕にだけ見えているのかも分からないけど、僕が誰かに必要とされたことなんて初めてだったと思う。
それがすごい嬉しくて。
「小野田さん!僕には小野田さん、見えてるよ!小野田さんは消えない。僕が消えさせないから。」
すると彼女は驚いたようにこちらを見た。
「…珍しいね、広野くんがそんなこと言うの。私初めて見たかも。」
「………かもね。」
さっきの声はどこか行ってしまったかのように、僕の口はか細い返事をした。
でもこんなふうに喋ってしまうことなんて今までなかったのも事実で、やはりこれは恋なのかと思った。
しばらく彼女と落ちる夕日を見た。
今日という日がなければ、このブランコが西を向いて設置されていたなど、一生気づかなかっただろうな。
スマホをいじらず、ゲームの世界に入らず、景色をただ眺める時間は、僕という存在を取り戻す時間となった。
「そろそろ帰ろうか」
「……うん、帰ろう」
この話の中の見逃すわけにいかない欠点に気付かないほど、僕は今日を楽しんでいた。
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