13-4(63)

 気付けばすっかり日が暮れ、僕は大急ぎで帰りを待つひなの元へ

向かった。

 しばらく走るとひならしき姿が薄明かりの中徐々に見え始め、

僕は彼女に向かって手を大きく振りながら目一杯声を張り上げた。


「ひぃ~な――っ!」


 いつもなら満面の笑みでこちらに駆け寄るはずのひなの反応が妙に

薄かった。

(あれれっ? 怒ってるんかな?)

 だが次第に近づく彼女の表情に僕はある異変を感じた。

「おかえり……、そらちゃん」となんとも元気のない声と共にまるで

吸い込まれるように僕の胸元に寄りかかった。

「どないしたんや! ひな」と僕は真っ赤な彼女の頬を摩りながら

額に手を当てた。

「物凄い熱やんか! ひな」「こんな熱あんのに外で待ってたら

アカンやん!」

 僕はもうろうとするひなを抱きかかえ、とにかく必死に家路を

目指した。

 そして家に着くやいなや彼女をゆっくり柔らかいワラの上に

横たわらせた。

「ひな、待っとりや、今おでこ冷やしたるからな」と僕は前の川で

タオルを水に浸し、そっと彼女のおでこに当てがった。

「どや? ひな、気持ちええやろ」

「うん……」

「ひな、なんか食べるか?」

「なんもいらん」

「そっか~ ほんならひなの好きなミックスジュース飲むか?」

「うん、飲みたい」

「よっしゃ! すぐ作ったるから待っとりや」と僕は数種類の果物を

専用カップに絞り出し、ひなをゆっくり起こし飲ませてあげた。

「美味しいか?」

「うん、なんかス―ッとする」

「なるべく栄養取って早よ元気にならんとな。明日はムリやけど元気に

なったら絶対お花畑行こなっ!」

「うん」

「約束したもんな~ 今度は今までと違ごてお花畑の真ん中やで、

真ん中!」

「うん! まんなかっ」

「もう誰にも遠慮せんと好きなだけお花採ってエエねんからなっ!」

「ええのん?」

「ええよ、僕が見といたるから心配せんでエエよ」

「ひな、ちょっとだけ手離してくれるか」と先ほどから僕の手をしっかり

握り締めるひなの手をゆっくり解き、僕は空の水瓶を持って再び

外の川辺に向かおうとすると彼女が焦ったように僕を呼び止めた。

「どこ行くのん?」

「どこって川やん、ひなのおでこ冷やす水取りに行くだけやから

待っとりや」と笑顔で答えると安心したのかゆっくり体を横たえた。

 その後もひなの熱は一向に下がる気配がなく発熱で意識がもうろうと

する中、僕は一晩中彼女の側で看病を続け夜が明けるのを待った。


――

――――

――――――


「そ・ら・ちゃん……」ひなはまだ意識がはっきりしない中ゆっくり

こちらに目を向け、僕に細く小さな自身の手を差し出した。

 僕はその手をしっかり握り締めると安心したのかスースーと寝息を

立て彼女は再び深い眠りについた。

 眠ったばかりのひなに一言声を掛けようか迷ったが出来るだけ早く

薬を与えて楽にしてあげたい一心で僕は彼女を起こさないまま

そっと家を出た。

 大急ぎで早朝の市場に辿り着いたが予想どうり村人達の対応は

厳しく、まるで当然の報いかのように市場に携わる者達全員が結束し

僕を敵対視しているようだった。

 それ故、薬が買えるお店を尋ねても無視、或いははぐらかされ、

ようやくお店に辿り着くも薬の効能が違ったりと次第に焦りから

悲そう感漂う表情に変わろうと誰一人そんな僕に同情する者など

なかった。

 それでも薬をなんとしてでも見つけ出し売ってもらわないとひなを

助けることが出来ない状況下、僕は必死の形相で市場を駆けずり周り

やっとの思いでわずかばかりの薬草を手に入れた。

 お昼をとっくに過ぎ、ひなの容態が急変しているかもしれないなど

最悪のケースが頭を過るも僕はそれを強引にかき消すかのように

ただただ必死に走り続けた。

 家が近づくにつれ高まる胸の鼓動をなんとか冷静に抑えつつ勇気を

持って中を見渡すとそこにひなの姿はなかった……。

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