11-3(53)
僕達は川を渡り遂に2人にとって鬼門でもある田園地帯に入った。
美しいお花畑から聞こえる村人達の賑やかな声が2人にとって
トラウマとなっているのかひな同様僕も先ほどの決意とは裏腹に
辺りを警戒し少し動揺し始めた。
僕はひなに悟られないよう心の中で再び呟いた。
……たとえ怖そうな風貌であろうと中身は所詮最高でも7才児なんだ。
理屈では絶対勝てるはずだ。
そうだ、負けるわけがないんだ。
知識にしても僕が確実に勝ってるはずだ。
ただ逆に相手が子供ということは理屈が通じないかもしれない。
つまり大人と違いいきなり逆上して襲い掛かって来る可能性も
否定出来ない。
それはマズい、非常~にマズい。
喧嘩などしたことのない僕に勝ち目はない。
ヤバイ! どうしよう~ 困ったな~
「そらちゃん、どないしたん?」
「えっ! 何でもないよ」
「あそこ見て!」とひなの指差す先には今まで見たことがない
カラフルな果物らしき物が木の上辺りいっぱいぶら下っているのが
見えた。
「あれ食べれるんか?」
「うん! 昔食べた」
「うまいんか?」
「ちょっと酸っぱいけど甘~くてひな大好きやった」
「よっしゃ! ひな、採ったるわ!」
僕は慎重に太目の枝に足を掛けそこから手を伸ばし、力の限り
何度も何度も揺さぶり続けると果物がボトボトとびっくりするほど
落ちだした。
「ひな~っ、早よ拾てや~」
「すご~い! そらちゃん!」
ひながチョコチョコと拾う様子があまりにも可愛くしばらく上から
眺めてると中年ぐらいのおじさんとおばさんがひなに近づくのが見え、
僕は大慌てで飛び降り一気にひなの元へ駆け寄った。
「何ですか?」ひなを後ろにかばう様に問いかけた。
「すごいね~ これアンタが落としたの?」
「そうですけど」
「すごい力だね」
「いやいやそんなことないですよ」
「アンタ、見慣れん顔だね」
「はい、最近この村に来たんです」
「ほ~ それでか……」「ところでオマエ、ひなか?」
「うん……」
「あんまりこの辺うろちょろすんなって言うたやろ!」
「あの~」
「なんだよ、なんか文句あんのか?」と男が僕に顔を近づけてきた。
するともう1人の女性がびっくりした様子で僕に話かけた。
「アンタ、もしかしてソラって名前?」
「はい、どうして分かったんですか?」
「アンタ、リカって子知ってる?」
「リカ? あ~ うさぎクラブのリカちゃんですか?」
「そうそう、私リカの友達なんよ」「アンタ頭いいんだってね!」
「そ、そんなことないですよ」
「えっ? コイツそんな頭いいのか?」
「そうよ~ すごいんだって!」
それを聞いた男は急に態度を改め僕に対する目つきまでもが
変わった。
「なんか……、悪かったな」
「別にいいですよ」「ひな、行こか!」
「うん」
僕達は果物が詰まった袋を担ぎ川辺に向かうことにした。
ひなの目利きで道中、食べれる草を採りつつ進むと見た目が
ひなと同年代ぐらいの女の子が2人でおじゃみのような物で
遊んでいるのが目に留まった。
「こんにちは!」と僕が声を掛けると2人はまるで不審者を見るか
のような目でこちらを見たかと思うとすかさず彼女達の視線が
僕の後ろに隠れるひなに集中した。
「アンタもしかしてひな?」
「…………」
「うっとおしい髪切ったんだ」
「うん」
「なんだ君達ひなの友達かぁ~」と僕は安心した様子で話すと
なんとも意外な答えが帰ってきた。
「ひなとなんか友達違うよ、ね――っ!」と2人で声を合わせた。
「どうして?」
「どうしてって嫌いだから、それだけ」と言い残し一瞬のうちに
僕達の前から姿を消した。
なんとも言えない気まずい雰囲気の中、僕は必死にひなのフォロー
に徹したが結局川辺に着くまで彼女を救うことが出来なかった。
「あ~ しんど、ひな、ちょっと休憩しよ」
「ひな、これからええもん出したるから手洗いに行こ!」
しぶしぶ手を洗うひなを横目に僕はポケットから缶詰を1つ取り
出した。
「ひな、手出してみ!」
僕はひなの手の平にやきとりを3つ置いてあげた。
「これ何?」
「まぁええから食べてみ」
ひなは初めて見る不思議な固まりを恐々口に運んだ。
「どう、美味しいやろ?」
しばらく無言で噛み締めていたひなだったが徐々に満面の笑みに
変わり始めるとすぐさまもう1つの固まりを口に運んだ。
そんな彼女の表情はあえて味の感想を聞く必要もないぐらい
分かり易いものだった。
「みんなひなのええとこ分かってへんねんて」
「ひなは素直で明るいし可愛いやん!」
「しかも優しいしな~」「ひな覚えてる? この前市場で魚焼いた時
ひな優しいから僕に魚分けてくれたやん!」「それと僕がニワトリ
食べる言うた時、『可哀想やん!』ゆうて怒ってたもんな~」
「あれ? どないしたん、ひな」
「そらちゃん、やきとりって何? ここに書いてるんやけど」
「あ~ それな……、それは羽の生えた魚のことや」
「ふ~ん、そうなん」
「そうや! せやから捕まえるん難しいんやで、たまに飛ぶから」
「そ、そんな事より今度始めるお店の名前なんやけど”ひなのや”
ってどう?」
「ひなのや?」
「そう! ひなのや」「出来るだけひながみんなと仲良くやって
いける様ひなのお店って一目で分かるようにしたいんやけど」
「ええの?」
「もちろんええよ、だってひなのお店やん!」
よほど嬉しかったのかひなが川辺を飛び回るように喜びを表現
する様子から僕はまたひなの新たな一面を発見したような気がした。
それは周りにいる人間を一瞬で楽しい気分に変える才能があると
いう事。
そんな一面を垣間見た僕は彼女がココに住む村人達と仲良く
暮せる日がそう遠くない将来必ずやって来るような、そんな
ちょっと確信めいたものをこの日感じた。
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