9-6(48)
「どこやったかな~ 火と交換してくれるとこ」
「あっ! あそこちゃう?」
「ほんまや、行こか」
「うん!」
僕達が向かった先は中央に高さ40センチほどの大きな瓶(かめ)
が設置され、そこから立ち登る火柱を村人達が談笑しながら囲む
まるでキャンプファイヤーのようなお店だった。
僕が子魚との交換をお願いすると「いいよ」と砂のような茶色の
粉が乗った貝殻に火を移し僕にそっと渡してくれ、お釣りなのか
赤い印が付いた2枚の葉っぱを貰った。
僕達は火が消えないよう慎重にお互いの手で囲いながら市場と
反対側の平らで草木がない場所まで移動した。
「ひな、袋から木くずと枯葉出して小さな山作って」
「うん、わかった!」
「ゆっくりでええで、ゆっくりで」
「よっしゃ! 火つけるからひな、離れとき」
一瞬にして火が燃え上がる中僕は手際よく魚に小枝を刺し
東京から持って来た塩を丁寧に振りかけた。
「何それ?」
「塩や」
「かけたら美味しいん?」
「ちょっと辛いけど魚によう合うねん」
「ひなもやりたい!」
「ええよ、全体にかけるんやで」「それとシッポは焦げやすいから
多めにな」
「うん、わかった」
「できたか?」
「うん、でけた」
「かしてみ」
僕はひなをなるべく火に近づかないように気を使い、魚を炙り
ながら彼女に少し突っ込んだ質問をしてみた。
「ひなはなんでこの辺にお店出さへんの? ココやったら人も
多いしひなの作ったもん交換し易いと思うで」
「ひなはアカン言われてん」
「何で?」
「知らんけどアカンねんて」
「そっか~ でももしココでお店出エエことになったらひなどうする?」
「ええわ、やめとく」
「なんでなん?」
急にひなの表情が曇り始めたので僕はそれ以上聞かず話題を
変えたが彼女に笑顔が戻ることなく時間だけが過ぎ去った。
「ひな! 出来たで」
僕はひなに魚が刺った枝を横向きに渡し、お互いまさに食べようとした
その瞬間いきなり3人の男達に囲まれてしまった。
「おい! こんなとこで火焚いたらあかんやろ!」
その男は大きな体に鋭い目つきで僕達を睨(にら)みつけた。
そして額には赤や黄色の札が大量に貼っつけた威圧感満載の
風貌に僕はかなり動揺してしまった。
「おまえ見かけん顔やな、誰や!」
「ソ、ソラです」
「ソラ? 変な名前やのう」
「おっ! ひなやんけ、このへんウロウロするな言たやろ」
怯えるひなを前になんとか切り抜けようと僕は必死に謝り続けた。
「すいません、本当にすいません、今度から気つけますんで
許して下さい」
「どうしても許してほしいか?」
「は、はい!」
「それやったらその魚こっち渡せや」
僕は迷わず自分の持ってる魚を渡そうとするとその男は
いきなり奪い取り不敵な笑顔を見せ今度はひなの方に目を
向けた。
「それもや」
僕は1本で勘弁してほしいとまるで拝むように懇願すると
その男は呆れた様子でなんとかひなの分は諦めてくれた。
「まぁ、おまえ新入りやから今日はまけといたるわ。それともう
この辺ウロウロすんなよな! ひなっ! お前もやぞ」
そう言い放った3人は笑いながら僕達の前から姿を消した。
僕は手や背中に尋常じゃないぐらいの汗を掻(か)き、恐怖に震える
ひなの両手を握り締めた。
「怖かったな~ ひな、もう大丈夫や」
彼女は安心したのか急に大声で泣き出しが僕はどうしていいのか
分からずただひたすら泣き止むのを待つほかなかった。
市場で楽しそうな顔を浮かべる村人達とは対照的に一人悲しむ
彼女に対し不謹慎ながら僕は少し嬉さを覚えていた。
それはたとえ村人達に暴力を振るわれても決して涙を見せなかった
彼女が号泣しているのは少なからずも僕を頼ってくれている証
ではないかと感じたからだ。
次第に落ち着きを取り戻したのか彼女は串に刺した魚をまじまじと
眺め始めた。
「ひな、早よ食べ、冷たなんで」
「そらちゃんは?」
「僕はええよ、それひなのんやん」「僕のことは気にせんでええから」
「ええの?」
「ええよ、食べる時骨あるから気い付けや」
「うん、分かった」
彼女はゆっくり魚の背中の方からかぶりついた。
「どう、旨いか?」
彼女は以前のように目を丸くしウンウンと頷くような仕草で
答えた。
「良かった、安心したわ」
「なんで?」
「こんな感じで魚焼いたん初めてやったから心配しててん」
「ひな、かしてみ、身採ったるわ」
僕は壺で手を洗い、指で丁寧に骨を取り除き、採れた身を
彼女の手のひらに置いてあげた。
「そらちゃんも食べて」
「ほんなら少しだけ貰うわな」
「美味しい?」
「ほんま、美味しいわ! ひな」
「ふふっ!」
「ししっ!」
この村に来て初めて怖い思いもした反面、こんな小さな焼き魚
なのに僕達をこんな幸せな気分に変えてくれる”美味しい”という
食べ物の凄い力を改めて実感させらた1日でもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます