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 市場では怖く悲しい思いをさせたが、ここ数日は以前のような

村人達からのいやがらせなどなく無邪気な笑顔を見せる彼女

に僕はいつも癒されてる気がする。

 僕達にとって鬼門の田園地帯には未だ足を踏み入れてないが、 

日常生活では出来るだけ彼女に寄り添い、常に見守る日々が 

続いていた。

 今日もいつものように彼女の出店を後ろ側から見ていると時折

おどけたように何度もこちらに向かって手を振る仕草に思わず

笑みがこぼれる。

 僕は少し安心し、すぐ後ろに流れる川に向かい水辺に移る自身の 

顔を見つめるとなんとも言えない不安な気持ちに駆られた。

「なんとかしなきゃな……」 

 ひなが安心してこの地で暮らせるまで見守るには僕自身仕事を

探す必要があった。

 調味料以外リュックにある食料もそろそろ底を突きはじめ、不安な

な面持ちでもう一度水面を覗くと無数の小魚が群れをなし、降り注ぐ 

太陽の光が彼らに反射しキラっと輝いて見えた。

 

 ……!! その瞬間僕は閃いた。


「そうだ! レストラン始めよう!」

 確かに市場には焼き魚やスープを提供してるお店はあるが

東京から持参した調味料を駆使すれば差別化が可能でしかも

人を幸せにする飲食業に携われる……まさに僕にとって適職

だと感じた。 

 一気に気持ちが高ぶり、自然と出るガッツボーズに水を差すかの

ように後ろから聞き慣れた声がした。

「ソラちゃん、何してるの?」

「うわっ! びっくりした!」

 そこには困惑ぎみのショ―ちゃんがいた。

「どうしたの?」

「い、いや何も」

「後姿がソラちゃんに似てたから声掛けたんだけど、やっぱり」

「まだいたんだ」

「うん、まぁね」

「どこで寝泊まりしてるの?」

「実は今あそこでお店出してるひなの家に居候してるんよ」

「えっ……ひなちゃんと?」

「ショ―ちゃん、ひなのこと知ってるん?」

「うん、まあ狭い村だからな」

「ところでソラちゃんそんなしゃべり方だったっけ?」

「ごめん、僕の地元とひなのしゃべり方がいっしょだからつい」

「そっか~ まぁそんな事よりちょっと相談乗ってほしいんだけど」

「いいよ、僕で良ければ」

「赤札、黄札のこと覚えてる?」

「あ~ あの悪い事した人に貼られる例のヤツ?」

「そう、そう」

「実はこの前アキから聞いたんだけどゲンタってヤツがさ~

皆に迷惑掛けてるらしいんだ」

「迷惑ってどんな?」

「アキが言うには高圧的な態度で無理やり交換迫ったり、時には

暴力も振るってるみたいなんだ」

「赤札の効果はないの?」

「効果どころかそれを自慢してるフシもあるみたいなんだ」

「実はこの札制度自体、昔オレが集会で提案してそれが多数決で

決まったもんなんだけど今となっては時代遅れなのかな?

どう思う? ソラちゃん」

「う~ん、難しい問題だね」

「ちなみにソラちゃんの町ではどうなの?」

「僕の町では刑務所って言うまぁ~ 牢屋が密集してる所があって

犯罪を犯した人はそこに一定期間収監されるんだよ」

「シュウカン?」

「あっ、ゴメン、要は牢屋に閉じ込められ自由を奪われるって事」

「厳しいんだね」

「もちろん罪の重さによって期間は変わるけどね」

「それっていきなり入れられちゃうの?」

「いや、初めてだったり軽い罪だと執行猶予と言って定められた期間  

反省し、いい子でいるとオマケしてもらえるんだ」

「へぇ~ そうなんだ」

「でもこれってショ―ちゃんが提案した札制度と似てると思わない?」

「そっか~」

「だって札は貼られるけど自由が奪われるわけではないし、一定

期間過ぎると札が剥がれるんだろ」

「まっ、そうだけど」

「やっぱりショ―ちゃんらしいって言うか、ショ―ちゃんの優しさが 

出てるよね」

「よせや―、そんなんじゃないよ」

「でもね、ショ―ちゃん、僕はこの件に関しては厳しさも必要だと

思うよ」

「厳しさか~」

「そのゲンタって人にとっては暴力、つまり力づくで何でも思いどうり

になるのを知ってるんで、たとえおでこが赤札で真っ赤になろうが

彼にとって赤札は勲章にこそなれ決して抑止力、つまり彼の悪事を

止めさせるのは難しいと思うんだ」

「じゃ~ ソラちゃん、どうすればいいと思う?」

「やっぱり善良な村人達の為、そして似たような人が増えない 

ように牢屋を作って一定期間自由を奪う方法しかないと思うな」

「なんかちょっと気が引けるんだけど……」

「でもショ―ちゃん、このままだとゲンタって人のようにケンカが

強い村人の中には彼の真似をする輩も出てくるだろうし、実際

札制度が辛く感じないんだからその先に更に辛い罰を設けないと」

「そういうもんかね」

「そういうもんだよ。更に辛い罰があってこそ札制度の存在意義

があると思うんだ。このままの状態を続けてると札制度自体

崩壊するよ、ほぼ確実に。せっかくショ―ちゃんがあみ出した

優しい制度がなくなるのってもったいないじゃん!」

「そっか~ 確かにそうかもな」「ソラちゃん、ありがとな。今度集会 

で提案してみるよ。それにしてもソラちゃんって妙に説得力あるよね」

「そんなことないよ~」

「そうだよ~、難しい言葉もたくさん知ってるし」

「ソラちゃんの町ではどんな仕事してるの?」

「ごく普通の仕事だよ」

「またまた~ きっとみんなから頼りにされる有名人なんだろ!」

「う、うん……まぁそんなとこかな、ふふっ」


「そらちゃ~ん!」


「ひな、どないしたん?」

「見て! 見て! きゅうり、ほんでトマトと交換してもろた~」

「すごいな~ ひな!」

「ソラちゃん、オレそろそろ行くわ。また相談乗ってくれよなっ!」

「もちろん! またねショ―ちゃん」

「ひな~ 今日はもう片づけて帰ろか~」

「うん! ちょっと待っててな~」


 僕とひなはお互い寄り添い、他愛無い会話の中にも温もりを

感じつつ草木香る川辺をゆっくり時間を掛けながら家路に

向かった。


「今日はひなが晩ごはん作るわ!」

「へぇ~ 何作ってくれるん」

「トマトときゅうりのサラダ」

「旨そうやな~ ひなはサラダ作るの上手やしな」

「うん! ひな野菜好きやもん!」

「ひなはベジタリアンやもんな~」

「べじたりあん? 何それ?」

「野菜しか食べへん人のこと」

「けっこう外国の女優さんとかに多いんやで」

「女優さん?」

「そう美人さんのことや」

「美人さん……しししっ、あっ! でもひな、この前魚食べてもたわ」

「ひなは魚食べても美人でカワイイもんな!」

「どないしたん? ひな、顔赤いで」

「赤ないわ!」

「こめん! 赤いのひなのほっぺやったわ!」

「そらちゃんきらいや」

「ふふっ!」 


 家に近づくにつれ深まる木々や草花、不規則に吹く風が

まるで僕達2人をそっと見守ってくれてるかのような、そんな

空気を僕だけでなくひなもきっと感じていたに違いない。

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