9-2(44)
夕食が近いのか焼き物やスープらしき匂いが立ち込める中、僕は
少女の手を引き村人達に紛れるかのように奥へ奥へと進んだ。
「なんか焼き魚のええ匂いするな」
「うん! する! する!」
「ひな、魚の味思い出したんちゃうか?」
「え―、やっぱり思い出せへんわ」
「そっか~ そやったら早よ食べんとな」
「うん、ひな早よ食べたい」
「ちょっと……ひな、なんでお店と反対側へひっぱるん? 何のお店
か分かれへんやんか」
少女は無言で僕の体に隠れる仕草を取った。
「ひな! あれ見てみ卵ちゃうか? アレ、見えるか?」と僕は
不安な表情を浮かべる彼女の手を引きお店の前まで行った。
「やっぱり卵や。ひな、卵は栄養満点なんやで」
「そうなん」
「そやで、これ食べたら元気も出るし風邪も引きにくうなる、
しかも美肌効果もあるみたいやで」
「美肌効果?」
「お肌ツルツルの美人さんになるってことや!」
「ツルツルなん、ツルツルツルツルッきゃははっ!」
「見てみ! 奥にニワトリおるで」
「ひな、ニワトリって美味しいって知ってる?」
「え~ 食べたの?」
「僕の町では鶏肉以外にも豚肉や牛肉も食べるよ」
「…………」
「ちょっと~ そんな顔で睨まんでよ」
「可哀想やんか!」
「そう、可哀想やな。ホント、ひなは優しいな~」
「…………」
2人の間に漂よう気まずい雰囲気をまるで切り裂くかのように
派手な若い女性が僕に声を掛けてきた。
「ソラちゃ~ん! 久しぶり!」
「えっ! キミはえ~っと確かミカちゃん!」
「違うわよ、リカよ!」
「ご、ごめん、リカちゃんお久しぶり」
「また戻って来たの?」
「そう、また来たの」
「またうさぎクラブ来てね、待ってるから! じゃ~ね~」
そう言ってリカちゃんは足早に消えてった。
「そらちゃん、うさぎクラブって何よ?」
「ジュース飲むとこだよ、うさぎ見ながら」
「ふ~ん、そうなん」
「そ、そうだよ」
再び訪れた気まずい雰囲気の中、助け船がごとく辺りが急に
真っ暗になり雨がポツポツと降り始めた。
「あかん! 本降りになりそうや、ひな早よ帰ろ!」
「うん!」
大急ぎで少女と手を繋ぎ、跳ね上がる泥に塗(まみ)れながら
走り去る光景は僕にとって何の違和感もなく、あたかもずっと
この村に住んでいたかのような、そんな錯覚すら覚えるものだった。
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