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 夕食が近いのか焼き物やスープらしき匂いが立ち込める中、僕は

少女の手を引き村人達に紛れるかのように奥へ奥へと進んだ。


「なんか焼き魚のええ匂いするな」

「うん! する! する!」

「ひな、魚の味思い出したんちゃうか?」

「え―、やっぱり思い出せへんわ」

「そっか~ そやったら早よ食べんとな」

「うん、ひな早よ食べたい」 

「ちょっと……ひな、なんでお店と反対側へひっぱるん? 何のお店

か分かれへんやんか」

 少女は無言で僕の体に隠れる仕草を取った。 

「ひな! あれ見てみ卵ちゃうか? アレ、見えるか?」と僕は

不安な表情を浮かべる彼女の手を引きお店の前まで行った。

「やっぱり卵や。ひな、卵は栄養満点なんやで」

「そうなん」

「そやで、これ食べたら元気も出るし風邪も引きにくうなる、

しかも美肌効果もあるみたいやで」

「美肌効果?」

「お肌ツルツルの美人さんになるってことや!」

「ツルツルなん、ツルツルツルツルッきゃははっ!」

「見てみ! 奥にニワトリおるで」

「ひな、ニワトリって美味しいって知ってる?」

「え~ 食べたの?」

「僕の町では鶏肉以外にも豚肉や牛肉も食べるよ」

「…………」

「ちょっと~ そんな顔で睨まんでよ」

「可哀想やんか!」

「そう、可哀想やな。ホント、ひなは優しいな~」

「…………」

2人の間に漂よう気まずい雰囲気をまるで切り裂くかのように

派手な若い女性が僕に声を掛けてきた。


「ソラちゃ~ん! 久しぶり!」

「えっ! キミはえ~っと確かミカちゃん!」

「違うわよ、リカよ!」

「ご、ごめん、リカちゃんお久しぶり」

「また戻って来たの?」

「そう、また来たの」

「またうさぎクラブ来てね、待ってるから! じゃ~ね~」

 そう言ってリカちゃんは足早に消えてった。


「そらちゃん、うさぎクラブって何よ?」

「ジュース飲むとこだよ、うさぎ見ながら」

「ふ~ん、そうなん」

「そ、そうだよ」


 再び訪れた気まずい雰囲気の中、助け船がごとく辺りが急に

真っ暗になり雨がポツポツと降り始めた。


「あかん! 本降りになりそうや、ひな早よ帰ろ!」

「うん!」


 大急ぎで少女と手を繋ぎ、跳ね上がる泥に塗(まみ)れながら  

走り去る光景は僕にとって何の違和感もなく、あたかもずっと  

この村に住んでいたかのような、そんな錯覚すら覚えるものだった。

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