9-1(43)
前回より大きいリュック故、より慎重に枝から枝へ摑まりながら
降りると昼食を終えた村人達で賑わう市場が目の前に広がった。
僕はわき目も振らず少女がいるであろう川辺近くの少し寂れた道を
急ぎ足で目指した。
道中、男性から声を掛けられ振る向くと大量の野菜や果物を積んだ
荷車を汗だくになり引っぱるショ―ちゃんだった。
「ソラちゃん! また来たの」
「そう! ごめん、ショ―ちゃん、ちょっと急いでるからまた後で!」
「何だよそれ」
しばらくすると突き当たりに土手が見え、僕は土手沿いに対し道を
挟んで反対側の脇道をひたすら左に向かって進むと、次第になんとも
言えない不安と緊張感に包まれ心臓の鼓動が高まるのを感じた。
朝から砂煙りを上げ遊びに興じる村人達を尻目に必死に少女を
探すが先ほどの市場に比べ明らかに少ない出店の中に彼女の
姿はなかった。
(おかしいな~ 確かこの辺りなんだけどな~)
僕はとりあえずリュックを置きその場に座り込み、道の真ん中で
遊ぶ村人達の足の間から見え隠れする土手沿いの方をしばらく
の間観察することにした。
1時間が過ぎ見覚えのある村人の出店がポツポツと見受けられ
るが少女がゴザを敷いていた場所は何にもなく、まるで静止画
ようにひっそり静まりかえる様子に僕は次第に焦り出した。
彼女の身に何かあったんじゃないかなど良からぬ憶測が過り
始めた時少し奥の大きな木の辺りに何かが動くような気配を
感じた。
巻き上がる砂煙から微かに浮かび上がるシルエットはまさに
僕が初めて夜の川辺で出会ったあの月明かりに照らされた
少女のシルエットそのものだった。
僕はとりあえず安堵したが次第に湧き上がる僕に対する少女の
反応に怯えながら最後まで商品を並べ終えるのを待つことにした。
少女の準備が整うのを確認後僕は1つ大きく深呼吸しリュックを
再び担ぎ少女の元へゆっくり向かった。
「また来たよ!」
少女は一瞬顔を上げ僕を見つめたが再び無言のまま顔を下げた。
「ごめん! ホントごめんね。実は仕事が忙しくて遅くなっちゃった
んだ、ホント申し訳ない。でも約束どうりいっぱい持ってきたよ、
ほら!」とリュックをグイっと持ち上げた。
リュックを目で追う彼女の表情が一瞬和らいだかのように感じた
僕は一方的に話続けた。
「うわ~ すごいね! 前来た時よりすごく増えたね! これ全部1人
で作ったの?」
まだ少しスネた表情の少女はコクリと頷いた。
「お花の首飾りも前は1つしかなかったのに今は4つもあるんだね!」
と話続けると少女は「まだあるもん」と初めて僕に対して口をきいて
くれ奥からさらに2つの首飾りを出してきた。
僕の為に沢山用意してくれたのかは分からないがとにかく彼女が
元気でいてくれた事が嬉しく一刻も早くリュックの中身を彼女に
見せたい衝動に駆られた。
「交換する物見せたいんだけど何処か静かな場所知ってる?
ココじゃみんな集まってくるからね」
すると少女は近くに家があるから案内すると言い出したので
2人でゴザに置かれてる商品を一旦袋に詰め、彼女の家を目指
す事になった。
「いいの? 家に行って」
「うん、いいよ」
「そういえばお互い名前言ってなかったよね。僕、ソラって
言うんだ。お嬢ちゃんは?」
「ひな」
「へぇ~ かわいい名前だね」「なんて呼んだらいい?」
「ひなでいいよ、みんなそう呼んでるから」
「ちなみに僕はソラちゃんでいいよ、みんなそう呼んでるから」
「真似しんといて」
「あれ? なんか関西弁みたいだね」
「カンサイベンって何なん?」
「それは、生まれ育った地域独特の訛りのことだけど」
「ナマリって何なん?」
「また今度ゆっくり説明するわ。でもいっしょにおったら僕も
関西弁に戻ってまうわ、ハハッ!」
よく似た言葉のイントネーションのお陰で少女とはまるで昔からの
知り合いのようにお互い急に距離が近くなり思いのほか会話が
弾んだ。
それからしばらくすると河川から少し奥まった草木が茂る平地に
なにやら家らしきものが見え始めた。
すると少女は少し恥ずかしそうな表情を浮かべ「あそこ!」と
家の方を指さした。
彼女に案内された家はしっかりした木組で作られ、壁にあたる
部分は粘土のような物で固められた屋根付きの子供が作った
にしてはかなり立派なものだった。
中も想像以上に広く、床に細かい藁(わら)のようなものが
敷き詰められ雨風を凌ぐには十分な造りに僕は正直驚いた。
「すごいね~ この家ひなが作ったの?」
「ひなじゃなくパパが作ってん」
「パパとママはどうしたの?」
「知らん間におらんようになってた」
「ごめん、ごめん、ヤな事思い出させて……、じゃ~ 長いこと
1人でココに住んでるの?」
「そう」
「…………」
「…………」
しばし沈黙が訪れたが、そんな空気をこのパンパンに膨らんだ
リュックが救ってくれた。
僕がリュックから前回少女と交換したプチクッキーを取り出すと
彼女も同じようにポケットからあの時のクッキーを取り出した。
「まだ持ってるもん!」
「え~っまだ持ってたの」
「うん! まだ3つあるよ、いっぺんに食べたらもったいないやん!」
「もう大丈夫やで、ほら! いっぱい持ってきたから」
「見て! 見て! ひなが好きそうなジャムパンとクリームパン
も持って来てんで」
見た事のない食べ物に興味津々だったが多少不安もあるよう
なので2人で半分づつ食べることにした。
「はい、これがジャムでこっちがクリームな」
少女は以前のようにゆっくり顔から迎えるようにそっと口に運ぶ
と想像を遥かに超える美味しさだったのか彼女の顔から満面の
笑みがこぼれた。
ジャムパンとクリームパン同時に食べても美味しいよと提案すると
少女はパクパクと両方のパンをかじり目を丸くしながらウンウンと
大きく頷いた。
「ひな、食べながら聞いてほしいんやけど後で僕と一緒にひなの村
案内してくれへんかな?」
少女はパンを口いっぱいに頬張りながら再び大きく頷いた。
「ところでひな、何してるの?」
「また明日食べるの」と葉っぱのようなもので包みだした。
「クッキーと違って日持ちせえへんから明日中に食べや」
「うん!」
その後僕達は家を出て歩いて数分の川原方面に向かったが
次第に聞こえる村人達の声のせいで先ほどまであんなに楽しそう
だった少女がまるでウソのように口数が減り、しきりに辺りを気に
し始めた。
そんな様子を見た僕は無意識に少女の手を握りしめ「大丈夫」と
一言囁きなんとか最初の目的地でもある川原に着いた。
「ココひなが顔洗ったり洗濯したりするとこ」
「へぇ~ ここがひなの定位置なん?」
「……日によって色々」と少し困った様子で答えた。
僕はなんとなく理由が分かったがあえて聞こうとはしなかった。
少し気分が落ち着いたのか僕の手を引き川に沿って川辺を走り出し、
細く小さな指で川の向こう側にあるあの田園地帯を指さした。
「あそこが首飾りのお花摘んだり食べる草とか取るとこ!」
「へぇ~ あんなとこまで行ってるの?」
「そう、川渡って行くんやけどまた今度案内するね」
村人達が多く集まるあの場所は少女、いや僕にとってもある意味
鬼門で彼女の言葉に正直安心した僕は一人河川に近づいた。
「ひな、こっち来てみ! 魚いっぱいおるで!」
「知ってる、いつも見てるもん」
「食べたことある?」
「昔食べたことあるけど味忘れた」
「どなして食べたん?」
「焼いて食べた」
「ひながやったんか?」
「ママ」
「今度僕がひなに食べさしたるわ!」
「ホントに?」
「あぁ、約束するよ。海魚やったらお刺身にしても美味しいけど川魚は
とりあえず焼くしかないか」
「お刺身って何んなん?」
「生で食べることやんか、ひな知らんのん?」
「気持ち悪いわ~ ほんで臭いやん、シシッ」
「そやけど旨いねんで」
「ひなは焼いたやつがいい」
「わかった! そうしよな」
「ところでひなのママは火はどないしたん?」
「パパは棒みたいなんで作ってたけどママは市場でお花と
交換してた」
「市場か~ ひな今から市場行こか!」
「え~けど……」
「どないしたん、イヤなんか? 心配せんでもええよ、僕がいるから。
迷子ならんよう手しっかり繋いでたら大丈夫やから」
「うん……」
「ほな行こ!」
僕は少し不安げな少女を半ば強引に説得し沢山の村人達で
賑わう市場方面へと向かった。
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