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〈トン!〉〈トン!〉
「宮下さん!」「宮下さん! 大丈夫かいのう?」
誰かに肩を叩かれふと目を覚ますと施設でよく顔を合わせる
武田さんだった。
「ピクリとも動かんかったんで心配じゃったが平気みたいじゃな」
「すみません、ご心配お掛けして」
「イヤいいんじゃ、いいんじゃ、何かいい夢でも見てたんかいのう」
「はい、ちょっと若い時の……」
「そうかい、そりゃ~ 良かったの」
「なんかいいですね」
「何の事かのう?」
「なんか羨ましく思えて」と私はたびたび面会に訪れる息子さん
夫婦そしてお孫さん達と楽しそうに談笑する山本さんの方を見つめ
つい本音を漏らしてしまった。
「見えない所でやってほしいもんじゃな」
「ふふっ! ホントそうですね」
「こんな事聞いていいのか分からんが宮下さんご家族はどうなっと
るんじゃ? いや、答えたくなきゃいいんじゃが」
「家族はいないみたいです、多分」
「みたいってどういう事じゃ?」
「私もよく分からないんです」
「分からんって自分の事じゃよ、変なこと言う人じゃな」
「武田さんのご家族はよく来られるんですか?」
「いや、1度来たきりでその後は音沙汰ナシじゃ」
「息子が1人いるんじゃが仕事が忙しいやら子供が受験じゃ
言うたり色々理由つけて来ようとはせんのじゃ」
「そうなんですか、ちょっと淋しいですね」
「じゃから宮下さんのようにいっそ1人っきりの方がかえって
変な期待を持たずに済むんでいいかもしれんの」
「あっ、すまん、つい余計な事を……、気ぃ悪せんでな」
「いえいえ、そんな気を使わないで下さい」
「ところで宮下さんはどんな仕事されてたんじゃ?」
「26の時上京して幼児教育関連の会社に勤めてたんです」
「へぇ~ ずいぶん難しそうな仕事じゃな」
「いえ、私は企画/開発部で知育玩具や教材を担当してた
だけなんで」
「何か子供さんに役に立つようなモン開発出来たんかの?」
「それがあまりよく覚えてなくて……」
「またまたおかしな事言うのう~ 普通1つぐらいは覚えてとるじゃろ」
「いえ、それが全然」
「困ったのう~ 宮下さん、ボケるのちと早くないかい」
「ハハッ! ホントおっしゃるとおりです」
「また思い出したら続き聞かせておくれ。風邪ひかんようにな」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「それじゃ、また」
武田さんを見送った後「仕事の話はこれで終わりなんです」と
一人呟いた。
なぜならあの居酒屋の夜を最後に私はおばあちゃんの忠告を
無視し、少女が住む村の小山にパンパンに膨らんだリュックを
背負い彼女に会うのを心待ちに立っていたから。
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