6-10(34)

 僕はショ―ちゃんと出会った市場通りを目指すべく走り続けた。

 次第に焼き魚のいい匂いと共に賑わう村人達の声が大きくなる中、 

右に曲がると初めて見る夕暮れ時の市場が現れた。

 普段運動してないせいで疲れ果てた僕は一旦走るのを中断し

しばらく辺りを観察しながら歩く事にした。

 やはり夕食時なのか昼間より村人の数が若干多く、スープや

焼き物のお店などその場で食べれるお店に行列ができていた。

 まるで今で言うイートインコーナーのようだ。 

 でも7才児が火を扱って大丈夫なのか? など余計な心配を

してたら時間がかなり迫ってる事に気づき再び大慌てで走り始めた。

 

 それにしても少女がいた通りとえらい違いだな……はぁはぁ…… 

ショ―ちゃんは格差社会に反対みたいだけど実際幅はまだ小さい

けどあるもんな~ はぁはぁ……生活格差以外もなんか微妙な

人間同士の序列みたものも感じたし……はぁはぁ……実際

いじめも存在したわけで……確かに大人社会も似たような

もんだけど、そこは大人だから上手くお付き合いしたり法律が 

あるので叩いたり蹴ったりしたら傷害罪に問われるわけで 

……はぁはぁ……てっきり7才児の世界だから純粋で嘘のない 

平和な世界だと思ってたけど実際は全てにおいて未熟なせいか

強い者と弱い者の立場が露骨にはっきりしてるから弱い者は

たまったもんじゃないよな……はぁはぁ……はぁはぁ……んぁ~ 

なんて独り言いつつ走り続けると、どうも気づかぬうちに小山を 

超えてしまったようで目の前には昨日恐怖で逃げ回ったあの

背の高い草木がまるで僕の行くてを阻むかように立ちはだかっていた。

 僕は遠くに見える背の高いひまわり群を目指しひたすら草木を 

掻(か)き分け進む事にしたが思いのほか大変で次第に

焦りの色が濃くなり始めた。


「くっそ~ 邪魔やな~」 ガサッ、バキッ! ガサッ、ガサッ、

バキッ! 「イテッ!」 

 はたしてこの方向で合ってるんだろうか?  

 それにしても日の長い夏季で良かったがこれがもし冬だったら

確実に遭難するとこだった。

 ガサッ! バキッ! あれ? なんかカビ臭い匂いがする……、

もしや! ザク、ザク、ザク、そのままに前に進むと草木の 

隙間から地下に通ずる階段を発見した。

 僕は最後の草木を払い除け、一気に階段を駆け下りると脇目も 

振らず改札を通り抜け既に停車中の列車に飛び乗った。

 シートに崩れるように腰掛け、リュックからおもむろにペットボトル

を取り出しわずかに残ったお茶を一気に飲み干すと安堵からか

うつらうつらと軽~い睡眠状態に入ってしまった。

――

――――

――――――

 あれ? ここは……あっ、また寝ちゃったんだ。

 ふと目線を右にずらすと杖を胸の真ん中で抱え込むように 

座っているおばあちゃんと目が合った。


「ど、どうも」

「よっぽど疲れてたんじゃね」

「は、はい」(恥ずかし― ずっと寝顔見られてたかも) 

「あまり見かけん顔じゃが初めてかな?」

「あっ、いえ今日で3回目です」

「そうかい」

「よく乗られるんですか?」

「まあ、お兄さんよりちょいと多いぐらいかの。ところで何処に

行かれてたんじゃ?」

「今回は7番の村です」

「一桁の村は騒がしいじゃろ」

「はい、それはもうワ―ワ―キャ―キャ―って」

「どうじゃった?」

「初めは天真爛漫な空気がなんとも楽しかったんですが……、  

でもちょっと遣(や)るせないって言うかそんな複雑な気持ちに」

「子供は結構残酷じゃからな」

「はい、僕もそう感じました。それとちょっと気になったんですが

家族とかどうなってるんですかね?」

「家族?」

「いやなんか1人で生活してるぽい子がいたんで……」

「まあ7番じゃそういうケースもあるじゃろ」

「それはどういう事ですか?」

「もうお兄さんは一連の謎について気づいること前提で話すとな、

未熟な7才の子供にはまだ自立心や責任感が育ってない事が 

よくあり、育児放棄したり突然いなくなるのは一桁の村ではよくある 

話じゃよ」

「へぇ~ そうなんですか」

「未熟という点では生活環境や社会生活維持の面でも一桁の村では

何かと厳しく、ここ最近では1番から4番まで閉鎖が続いてるそうじゃ」

「実際村が存続してた時期ってあったんですか?」

「そうじゃね~ 以前は21番や24番の住人が一桁の村人達の

面倒を見てた時期があったみたいじゃがなんせ相手が3才や 

4才の幼児じゃからまとめるのが大変で中々立ち行かなかった

みたいじゃな」

「へぇ~ それにしてもずいぶんお詳しいんですね」

「色々と耳に入って来るんじゃよ」

「あの~ もう少し質問していいですか?」

「私で良ければなんなりと」

「駅の番号が住民の精神年齢を表してるまでは理解したんですが

生まれてすぐその年齢に達するんですか?」

「大まかにはそうみたいじゃよ。はっきりした期間は不明じゃが

肉体が年を重ねるごとにゆっくり成長するのに対して精神面は

駅番号まで一気に駆け上がりその後はそれ以上成長する事なく

肉体の衰えとともにその生涯を終えるそうじゃ」

「じゃあ17番の住人は永遠に青春出来ますね!」

「ふふっ、そうじゃな」

「そっか~ 死ぬまで青春か~ 東京戻るの止めよっかな」

「予定変更かい?」

「い、いえ冗談です。まだ特区に未練があるんで」

「ところでどうして特区って言うんですかね?」

「そりゃ特別区域じゃからじゃろ」

「特別? 区域ですか?」

「路線図見た事あるじゃろ。99もの駅すなわち村や町が存在し、 

1つを除いて残り全ての村や町の精神年齢が駅番号で頭打ち、

つまり成長出来ないが特区だけは肉体と精神が月日と連動し 

成長出来る唯一特別で限定的な地域なんじゃよ」

「な、なるほど」

「聞いた話じゃが最近随分人気があるみたいでけっこう特区で

降りる人多いみたいじゃよ。幼少から青年期、成熟した大人

を経験し最後は枯れてゆく……そんな成長の変化を感じとれる

のも魅力の1つかも知れんの」

(あれ! これってもしや……)

「どうかしたかな?」

「あの~ これはあくまで僕の勝手な推測なんですが、たまに 

まだ20歳そこそこなのに考えがとてもしっかりしてるっていうか  

妙に大人っぽい人っていますよね。あれってもしかして25番とか 

26番に住んでた人がたまたま肉体年齢が20歳の時、特区に 

来てそのまんま住み続けてるって事も考えられますよね」

「当然ありえるしその逆パターンもあるじゃろね」

「では仮に25番の住人だとしたら肉体はともかく精神年齢は 

永久に25歳のまんまなんですか?」

「いい質問じゃな。実は特区では本来25歳で頭打ちの精神が

住み始めた瞬間から再び月日と連動し成長し始めるみたいなんじゃ」

「え~ それじゃ仮に僕が同じ20歳だとしたらその大人っぽい人

には精神面では絶対に追いつけないって事じゃないですか~」

「絶対とは言えんが追いつくにはそれ相応の努力が必要じゃな」

(なんかブルー入ってきたんですけどぉ)

「あの~ それって本人はよその町から来たっていう認識はあるん

ですか?」

「まれに記憶が残る人がいるみたいじゃがほとんどの場合、

よそから特区に入ると記憶が消えるみたいじゃの」

(まさか……) 

「どうしたんじゃ?」

「いや実際僕の友人に年齢のわりにすごく大人っぽい子が 

いるんでもしやと思ったんですけど彼とは小学校低学年の頃から  

の友達なんで当然よその町から来た人間じゃないですよね」

「そうとは言い切れんよ」

「えっ、それはどういう事ですか?」

「よその町から特区に入るじゃろ、そん時過去の記憶が抹消

されると同時に既に特区に住んでる同じ年頃の人間に

入り込むんじゃ」

「えっ! じゃ―顔、姿が変わるって事ですか?」

「そういう事なるわな」

「おそらくその子はお兄さんが低学年の頃、2~3年上、つまり 

高学年の町から特区に来たんじゃろな」

「えぇ~ こわ~ まるでオカルトじゃないですか~」 

「でも当時、人が変わったなんて感じなかったですけど」

「そりゃそうじゃ、変わったのは精神年齢だけで性格や

その子の記憶はそのままじゃからな」

「…………」

「どうしたんじゃ?」

「いえ、何でもないです」(僕はその逆パターン確定! ケッテ―)

「他に質問はないかな?」

「いえ、特にないです」(テンションだだ下がり)


 それからしばらくの間お互い会話が途切れ、特区が近づき 

始めた頃突然おばあちゃんがひどく焦った様子で僕の膝に 

手を当てまるで覗き込むかのように再び話始めた。

 その顔はまさに真剣そのものだった。

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