6-9(33)
少女は何をされても泣く事なく、何も言わずひたすら耐える姿
につい過去の自分を重ねてしまった。
泣けばかなりの確率で今の状況から抜け出すことが可能だが
そこはやはりプライドがある。
だからそれは最終手段として出来るだけ過度なリアクションを
避け、相手がいじめ続けても面白くないと感じさせる状況に
自ら誘導しなければならないがその為にはただひたすら耐える
しかなく僕には今の彼女の心中が痛いほど分かる。
しばらくするとおじさんが珍しい生き物を見つけたらしく村人達の
関心が一気にそちらに向かい少女はようやく辛い状況から開放された。
少女はみんながいなくなるのをしっかり見届けた後、ゆっくりと
捨てられた草花をカゴに戻し、背中をこちらに向けしばらくの間
しゃがみ込んだかと思うと突然走り出し一瞬にして僕の視界
から消えてしまった。
僕は彼女に対して何にもしてあげられなかった自責の念に
駆られながらも自身の弱さを正当化するかごとく必死に
言い訳めいた事を考えながら田園地帯を後にした。
(これで良かったんだ。もしあの状況で僕が村人の輪の中
に割って入ればもっと収集がつかない事態になり、彼女にとっても
後々生活しづらくなるに違いない。これで良かったんだ)
まるで呪文のように唱える一方で少女の一連の行動が
再び僕の過去の記憶を呼び覚ます事となった。
小学生の頃ほぼ毎日のように始業前、授業間のわずか
10分の休憩時間、お昼休みに集団で殴る蹴るの暴行を受け、
それが何年も続いた。
まさに少女と同じで僕はいつも周りを警戒し毎日怯えながら
目立たぬよう気配を消す事が当時僕が唯一出来うる事で、
家に帰るまでとにかく耐え続ける毎日を送った。
ただ僕の場合家に帰りさえすればその辛さから開放されたが
彼女ははたして日々の生活の中で安息出来る時間、空間が
あるのだろうか?
初めて少女を見たあの誰もいない夜でさえ辺りを警戒し、
怯え、そして切なさを滲ませていた彼女を想うと急に
胸が締め付けられるような感覚に襲われ僕はその場に
しゃがみ込んでしまった。
携帯を確認すると帰りの時間が迫っていたがどうしても彼女の
事が気になり、焦った様子でリュックの中を探り出した。
すると昨日コンビニで購入したプチクッキー10個入りが
ペットボトルと数冊の単行本の間に横たわっているのを発見!
僕は無意識にクッキーを握り締め少女の元へと走り出していた。
助けてあげられなかった申し訳なさ、それに起因する罪悪感、
怪我の状態、今僕に出来ること……そんな想いを巡らせながら
僕は必死に走り続けた。
立ち込める砂煙のほんのわずかな隙間から少女のシルエット
が垣間見え、ひとまず安心した僕は呼吸を整えながらゆっくり
少女に近づき声を掛けた。
「また来たよ!」
「…………」(やっぱり無視か)
「いや、ひやかしじゃないんだ」
「え~っとそうね……その右端の小さい腕輪って言うの? それと
このクッキー交換してくれないかな?」
少女は初めて顔を上げた。
円らな瞳はどこか淋しげで両目の下には泥が付着し、それが
涙ように頬を伝い顎近くまで伸びているのを見た僕は急に
目頭が熱くなるのを感じた。
初めて見るクッキーを不思議そうに眺める少女に僕は少し声を
詰まらせながら「美味しいよ!」と少女の目の前でクッキー
食べて見せた。
「ほら! キミも食べてごらん」とクッキーを少女の小さな手の平に
置くとしばらくの沈黙の後ゆっくり顔から迎えるように彼女の口に
収まった。
「どう、美味しい?」
少女は無言でうんうんと頷くようなしぐさをした。
「残り8個になっちゃたけどこの腕輪と交換して貰えないかな?」
すると少女は少し困った様子を見せおもむろに真ん中にある
首飾りを差し出した。
「いや、いいよ、いいよ、たったクッキー8個じゃ申し訳ないよ」
またまた困った様子の少女に僕は「また近いうちに必ず来る
からその時その素敵な首飾りと交換してくれる? お菓子や
美味しい物た~くさん持ってくるからね!」と伝えると少女の顔
からふっと笑みがこぼれた。
その瞬間僕の心にずっとあった申し訳ない気持ちや罪悪感
がまるで彼女の笑顔と同調するかのようにゆっくり、ホッこり
溶けてゆくのを感じた。
加えてほんの少しでも彼女に喜んで貰えた嬉しさに自身ちょっと
気恥ずかしくなり「またね!」とだけ告げ僕は急ぎ足で駅へと向った。
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