6-8(32)

 帰りの時間まで余裕のある僕は再び一夜を過ごした川原方面に

向かうことにした。

 しばらくすると突き当たりに土手が見え、それに沿うように左奥へ

ある程度進むと先ほどの賑やかさとは一転少し寂れたような風景

が現れた。

 小道を挟んで両脇には出店はあるものの数自体少なく、道の 

真ん中で夢中になって遊ぶおじさんやお兄さん達の方が明らかに

幅をきかせてるように見える。

 どうしてこんな場所でお店してるんだろ?

 さっきの市場の方が活気があって圧倒的に買い物客が多いのに

不思議だな。

 もしかすると縄張りみたいなものがあるのかもしれないな。

 そんな考えを巡らしながらも僕は村人達を搔(か)い潜るように奥へ

と進むと遊びに興じる村人の数が更に増えとても商売にならない

状況下、突然見覚えのあるシルエットに僕は心を奪われた。

 あれ? どっかで見たような……。

 あの子確か……あっ! 昨日の夜、そう月明かりの少女だ!

 顔ははっきり確認出来なかったがあの子に違いない。

 僕は彼女に気づかれないようゆっくり慎重に近づき思い切って

声を掛けてみた。


「こんにちは」

「…………」

 俯き気味の彼女からは返事はない。

「何屋さんなの?」

「…………」

 見るとゴザの上には花の首飾りと数点の小さめのブレスの

ような物が丁寧に並べてあったがお世辞にも綺麗とは言えず

花はすっかり枯れ、しかも編み方もムラがあり素人の僕が 

見ても売り物としてはかなり厳しいだろうことは容易に理解

出来るものだった。

「キミが作ったの?」

「…………」

 

 終始俯き無反応な彼女はあの時と同様どことなく落ち着きがなく、

何かに怯えてるような様子から僕は何も言わずそっとその場を

立ち去ろうとしたがどうしても彼女の事が気になり小道を挟んだ

向かい側に腰掛けしばらく彼女を見守る事にした。

 おじさん、お兄さん達が道の真ん中でキャ―キャ―はしゃぐ姿 

には違和感を覚えるが検証の結果皆小学2年生、7才児だから

当然か。

(もっと向こうで遊べよ~)

(そんなにドタバタ砂煙上げて走るなよ~ 商品汚れるやんか)

「危ない!」 

 少女のお店にボールのような物が飛び込んだ。

(おい、おい、ちゃんと謝れよ~)

(あれ! もしかして商品踏んでるんじゃない? 腹立つな~)

 さすがに彼女も業を煮やしたのかそそくさとゴザを丸め

店じまいの為か木の陰に隠れ見えなくなってしまった。

 いつまで経っても現れない彼女に痺れを切らした僕は再びお店に 

近づいたが既にその姿はなかった。 

 仕方なく微かに聞こえる村人達の声を頼りに斜面を降りると

なんと昨夜の河川の向こう側に広大で美しい田園地帯が広がっていた。 

 僕はまるで導かれるように脱いだ靴を片手に慎重に川を  

渡りきり、実際真近で田園地帯を目にするとその流れるように   

美しい花々のグラデーションに心底圧倒された。

 スイレンのピンクからコスモスそしてアサガオ、アジサイと

実に見事な並びで脇には小さな畑がいくつも点在し野菜や果物を 

栽培してるようだ。

 お花畑の中心部には子供からちょっと年配のおばさんまで

それぞれグループごとにキャ―キャ―とはしゃぐ様子は

見ているこちらまで楽しくなってしまう。

 ところがよく見るとそんな楽しそうな輪の中に何故か少女の 

姿はなかった。

(おかしいな?)

 不思議に感じた僕は目を凝らすように辺りを慎重に見回すと 

小さな畑と畑の間に少女らしき人物を発見した。

 髪が腰の辺りまであり彼女に間違いないのだが思ったより

小柄で装飾のない短めのポンチョから出る手足のあまりの 

細さに驚いた。

 少女は花を摘みカゴに入れてるようだが何故か枯れかけ花や

雑草ばかりで近くに咲く色鮮やかな草花をあえて避ける様子に

僕は違和感を覚えた。

 その後も少女は決して村人達が集う場所に近づくことなく屈んだ 

姿勢のまま小さな畑を縫うようにこっそり進む姿を村人グループの 

1人が気づいたようだ。

 見た目は少女より少し年上らしき女性が近づき何やら話してる

ようだが当然話の内容は分からずひき続き注視していると

いきなり少女のカゴを覗き込みそして中の草花を地面に

勢い良く捨て始めた。

(あっ! 何すんねん!)

 少女は抵抗することなく終始無言で俯きじっと耐えてる

ようにも見える。

(ひどい事するな~)

 すると事態を察してかあちらこちらから村人が集まりだし

俯く少女を下から覗き込んだかと思うと背後から数人 

の男性が草のような物を彼女の頭に乗っけるなど集団で

からかいだした。

 村人達の行動は次第にエスカレートし彼女の頭を平手で 

叩いたり背後から蹴ったりなどあまりにも酷い状況に

「なっ、なんとかしなきゃ!」と焦りに似た感覚を覚えたが

情けない事に僕はその場から1歩も動けず彼女同様だだ

ひたすら嵐が過ぎ去るのを願う事しか出来なかった。


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