4-4(20)

「はぁ――っ!」なんと気持ちいい目覚めだろう。

 それにしても例の副作用、いや加速的な時間経過のペナルテー

を受けずに済むなんてやっぱりラッキーかもね。

 事実、現状に対しおおいに不満があるもののやはり無意識に時が

過ぎ去るのはちょっと惜しい気もするし恐怖心もある。

 僕は気分よく鏡を前に外出前の最終チェックをした。

 あれ? なんか疲れてるような……精気な抜けたような……、

今朝のテンションとは裏腹の表情に違和感を覚えながらも 

とりあえず寮を出た。

 子供の頃から臨機応変な対応、急な環境の変化が苦手な僕は

ペナルティー免除が本当なのか多少不安を持っていたがどうも 

取り越し苦労だったようだ。

 柴田部長は新聞とにらめっこから始まり歴史書へといつもの

ルーティーンワーク。

(ふふっ……やっぱりいつもと同じだ)

(あっ! 部長と目が合ってしまった)

「何っ!」

「い、いや何でもないです」

「あっ、そうそう今日の業務は2時までね」

「えっ、今日何かあるんですか?」

「何言ってるの、親睦会だよ、親睦会! 各部署合同の。

まぁ、親睦会と言っても毎年恒例の単なる飲み会だけどネ!」

「どこのお店で開催されるんですか?」

「社内だよ……、何言ってるの」

「まっ、とにかく時間までにコップとおつまみ適当に用意

しといてネ!」と部長は戸惑う僕とは対照的にすこぶるご機嫌な

様子だった。 

 そして時計の針が午後2時を指し、いよいよ親睦会が始まった。

 元来人見知りの僕はこういった会が大の苦手で一向に

気が進まぬまま部長の後を付いてくとそこは経理部で

資料部と比べ圧倒的な広さ、そして元いた営業部より

女性率がかなり高めでとても華やかな雰囲気だった。

 部長はビールケースから瓶ビールを1本抜き取り、素早く経理

部長らしき人物に笑顔でお酌し始めた。

 普段僕が見る部長の笑顔とはまた別の笑顔に戸惑い

ながらも僕もお酌のタイミングを覗っていた。

 ところがこれが案外難しく緊張の中、話の内容を理解し、 

適度にあいづちを打ち、話の腰を折らぬようビールの残量を

気にするなんて芸当は不器用な僕にとってかなり辛い状況。

 そんな僕をよそにウチの部長は完璧なお酌マシーンとなっていた。

(そもそもなんで瓶ビールなん? 缶ビールならお互い

気ぃ使わないで済むのに)

(それにしても会社って力関係ハッキリしてるよな~ だって

同じ部長同士なのに明らかにウチの部長が経理部長の

ご機嫌取って相手は完全に見下してるし) 

(まっ、しょうがないか― ウチの部長は新聞に歴史書だもんな)

 なんて独自分析していると部長が次に重要であろう人物を 

見つけたようでまたまたケースから瓶ビールを1本素早く抜き 

取り足早にその人物の元へ……。

 部長が再び笑顔でお酌を始めた相手はどうも経理課長のようだ。

 役職はどう考えてもウチの部長が上だが実際はその逆で

先ほど同様、経理課長が完全に上から目線で、部長はひたすら 

笑顔であいづち打ちに終始していた。

 その後部長は係長、主任と渡り歩き、最後はまだ役職のない

職員と楽しそうに談笑してる様子から僕は部長の違う一面

を垣間見たような気がした。

 確かに部長は出世どころか仕事すらいい加減な人物かもしれない。 

 だけど部長は相手がどんな態度を取ろうと軽く受け流せ、誰に

対しても気さくで打ち解ける事が出来るという僕には到底真似

出来ないものを持たれているという点だ。

 そんな人間観察中の僕の周りにはいつものドーナツのような空洞が  

……そう! 僕お得意の一人ぼっち状態だ。

 そもそも僕がこういった集まりが苦手な理由としてまず内向的な

性格が大きく起因するが、それ以外には大人社会特有の 

気の使い方や暗黙の了解を含む社内常識の存在だ。

 加えて大人社会独特のその場しのぎの気のない会話も苦手だ。

 それと……「おい! 宮下! 次いくぞ!」酔っ払った部長の声

がいきなりフレームインして来た。 

(うわっ! 完全に出来上がってる)

 その後僕は延々と部長に各部署引きずり回されとうとう最後の 

営業部となり、部長なりの僕に対する気づかいに感謝しつつも 

緊張した面持ちで扉を開けた。 

 すると親睦会開始からかなりの時間が経過したせいか皆さん

かなり出来上がってる様子で部署内はほとんど居酒屋状態。

 そんな中、ウチの部長はフラフラになりながらも営業部長を 

探すあたりは流石プロサラリーマンだな、なんて感心してると 

遠くの方から島田課長の声が……。


「おぉ――い! 宮下く~ん」


「ご無沙汰してます」

「元気でやってるか~」

「はい! なんとか……」 

「ずいぶん疲れた顔してるけど仕事慣れた?」

「はい!」(あの仕事には慣れたくないですけど)

「そういえばキミと会うのはたしか……キミが正月ボケで

資料部と間違えてココに来て以来だったかな?」

「そうですね。その節は色々ご迷惑お掛けしました」

「イヤイヤ別にいいんだけど、あれはたしか2年ほど前

だったよな」

「ハイ? にぃ、にぃ~2年前??」

 僕は後ろ向きに倒れそうになったがなんとか堪え、すぐさま

携帯を取り出し確認した。

(確かに月日は合ってる……で、でもなんと西暦が2年も過ぎてる!)

「宮下くん、顔色悪いよ、飲みすぎたの?」

「あっ、いえ、すみません……ちょっと失礼します」

 僕は気分を落ち着かせる為とりあえずトイレに向い、洗面台に

両腕を突き鏡に写る自身の顔を覗きこんだ。

 この顔が2年間あの資料部というぬるま湯に浸かって

出来上がったものなのか。

 なんの生産性もない日々の業務。

 2年という時の経過も気づかない業務。

 そんな環境に慣れ、初心を忘れつつあった自分。

 これは自ら進んで行動を起こそうとしない自身へのペナルティー

なのかもしれない。

 ループラインを介したわずか2時間の滞在に対して2年間ものロス、

いやこんな過激な時間経過はあまりにも危険すぎるし恐怖心 

すら覚える。

 はたして今この世界がリアルかどうか分からない。 

 いやどちらであっても今を大切にすべきじゃないか!

 お酒の力もあってか鏡を前に熱い自問自答が止まらない。

 会社の役に立ちたい……でも会社は僕の力を必要としてない。

 じゃいっそ辞めるか……辞めてどうする?

 起業する……そんな勇気も自信もない。

 ではココで頑張るしかないじゃないか。

 それは今の環境が好転するまで耐え続けるという事か。

 いや違う。

 …………!  

 そうだ! 認めてもらえるよう自らアクションを起こせばイイんだ!

そうしょう!  

 僕は新しい自分を迎え入れると同時に1つの決断を下した。

 それはもう危険なループラインを封印するという事。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る