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「あれ? ちょっと雪が強くなったかな」
小雪が少し激しさを増す中、館内スピーカーから大きな呼び出し音
が響き渡った。
『高山さん、高山さん、至急浴室2番までお願いします』
呼び出しが終わると同時に前から入浴介助らしき女性スタッフが
高山さんを捜しているのかブツブツ独り言を漏らしながら早足で
私の横を通り過ぎた。
「あいたたっ……」
突然ひざの関節付近に強烈な痛みが走った。
ここ最近、腕に続き足の具合も悪くなり少しの移動も大変な私
だが冬になるとつい施設西側にあるロビーに向かい足を
止めてしまう。
長椅子に腰掛け前面ガラス張りの風景から見える小雪を目に
すると若き日のあの頃を思い出す。
今思えばあの時確実に私の運命の針が動きだし、どちら側に
振れるのかまさに人生最大の分かれ道だった。
なのに当の本人はまだ事態を把握しきれず、安易にしかも感情的
に選択してしまってる所が愚かだがそれも若さというものなのか。
私は2つの人生を生きた。
1つは私が望んで飛び込んだ人生、そしてもう1つは知らぬ間に
過ぎ去った人生。
今あるのは後者の方、そう無意識の方だ。
この施設にお世話になって早や1年が過ぎ、今年で75歳になる
が私に面会者が1人も来ないのは多分未婚なんだろう。
当然家族がないわけで子供や孫が会いに来ないのもうなずける。
たまに後悔してるのかと自身に問いかけることがある。
すると自身の回答はいつもこうだ。
後悔はしていない、望んでこちらの人生を選んだのだと。
「あの~ これ宜しければどうぞ」
「私にですか?」
「ええ、お口に合いますかどうか」
「どうもすみません。お気づかい頂きまして」
同じ施設に入居されてる方の息子さんのお嫁さんから最中を
頂いた。
よく見るとお孫さんも来ていて本当に楽しそうだ。
このまま見届けると自ら下した決断が揺らぎそうな私は
小雪舞う景色に目を向け再びあの日を懐かしむことにした。
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