2-12(13)
土曜の朝10時、あいにくの大雨、僕はリュックに数冊の本を入れ
出がけに洗面台の鏡を見ながらどうせ休日家に籠(こ)もっていても
テンション下がるだけだし気分転換、気分転換と自身に言い聞かせる
様気合を入れ寮を出た。
場所に関してはあの日かなり酔っ払っていたが迷わない自信があった。
そう! あのピンクのカエルだ。
あの日同様まるで何かに導かれるように例のカエルを頼りに突き進む
こと数分、あっという間にボスガエルのオブジェに辿り着きあの改札
まで後少しという所までやって来た。
エスカレーターを利用し地下に到着したがやはり薄暗く午前中だと
いうのに人の気配がまったくなく、あの時と変わらない様子だった。
券売機がなく改札が開いてるので僕は恐る恐る通過し、中央の
階段を降りると既に列車が到着し扉が開いた状態で待機していた。
ホームに人の姿は見当たらず車内も外から確認するかぎり無人の
ようだ。
掲示板には『内回り―3番行き』とあり、ここ特区から27番、26番、
25番そして終点の3番へと順に停車するようだ。
特にアテもないのでとりあえず内回り線のこの車両に乗車し発車を
待ってるとものの1分も経たないうちに扉が閉まりトコトコと動き出した。
真っ暗なトンネルの中をひたすら走り続け、気づくと25番駅に
到着いていた。
誰も乗り込む様子がなく、ゆっくり扉が閉まり再び動き始める中、
どの駅で降りるか思案したが中々結論が出せず、結局リュックの
ロゴに【15】とプリントされてたので15番で降りることにした。
約50分ほどかけ15番で下車し、改札に向かうとやはり駅員さん
が不在なのでそのまま通過した。
少々不安になりながらもまず帰りの時刻表を確認すると
「えっ! 1本? 帰りの電車……え~っと15時10分だけ?
こっわ~ でも確認して良かった―」
時間を再度確認し地上に出ると今朝大雨だったのに何故か
雲ひとつない快晴だった。
いつの間に? 確かにずっと地下にいたから分からなかったが
どことなく東京と違う空気に少し不安を感じた。
時計を見ると11時40分か……そんなに東京から離れてないのに
なんか変だな。
少し歩くとあちらこちらから音楽が流れ人通りが増え始めた。
それから更に10分ほど歩くと、そこから先はとにかく人、人、人で、
次第に小さな出店も増えだすと同時に人々の活気が凄まじく、
汗がジワッと流れ始めた。
土曜はお祭り? 或いは歩行者天国なのかな?
さすがに活気に圧倒された僕はオープンカフェでお茶することにした。
スタッフに案内された席は道路全体を見渡すには最高の席だが
時折通行人と目が合うのがちょっと恥ずかしい。
僕はアップルジュースを注文し外を眺めてるとちょっとした違和感を
感じた。
確かに今日は土曜日だがスーツを着てる人が1人も見当たらない。
それと東京では流行に沿ったファッションが主流だが、見るかぎり
皆さん統一感がまるでなく良く言えば個性的、悪く言えばバラバラだ。
辺りを見回すと高い建物やビルがない代わりに家屋が立ち並び、
それらは全体的に低い造りでファッション同様カラフルだが統一感
がないなんとも不思議な光景だ。
ホントにココは東京なのか?
「どうぞ!」と店員さんがアップルジュースをテーブル置いた。
陶器の入れ物で出てくるなんてずいぶん変わったお店だなと感じ
つつ一口飲むとこれが思いのほか美味しかった。
以前会社の食堂で飲んだジュースとのあまりの差につい
「コレだよ! さすが生の絞りたてジュースは旨いな」と思わず声に
出してしまった。
感動の中ふと隣のテーブルに目をやるとOLさんらしき28、9の
女性2人が談笑しているが、2人共かなり大きな声なのでいやおう
なしに会話が僕の耳に入ってくる。
どうも話題は彼氏のようだ。
「ねえねえミク、まだ付き合ってるの?」
「うん!」
「かれこれ3年経つかな?」
「で……結婚するの?」
「分かんない」
「分かんないってズルズルでイイの?」
「イイの、だって好きなんだもん! 顔も含め全部スキ!」
「たとえ彼がリッチでなくても私、彼といっしょにいるだけでいいの!」
「ふ~ん、そうなんだ」
「それに結婚とかそんな先のことより今が大切なの! そう!
私は愛に生きるのよ! フフッ」
「ユキだってホントはそう思ってるじゃないの?」
「バレたっ!」
「そうだよね~ やっぱ愛だよ! 愛に生きなきゃ~ ねっ!」
しっかり会話を聞いてた僕は自分の耳を疑った。
(あれれ? この前のテレビの情報と全然違うじゃん! 愛より
将来の安定じゃないの? お金が一番大事とか言ってたじゃん!)
と一人ツッコミしてると今度は彼女達と反対側の中年らしき男性
2人の会話も聞こえてきた。
「オレ今度課長に昇進してさ~ いつか絶対社長になるんだ!」
「オレも顧客を今の5倍にして業界ナンバーワンを目指してるんだ!」
「いつか俺たちの時代が来るまでお互い頑張ろうぜ!」となんとも
イケイケな会話だが、彼らの熱意、熱気は凄まじく、彼らの周りが
キラキラ輝いて見えたのも事実だ。
いや彼らだけでなくカフェ全体に言えることはお客さん全員が明るく
活気に満ち溢れ、生き生きとした光景は眺めていて僕自身自然と
元気を貰えそうだ。
更に詳しく観察すると誰1人俯(うつむ)いて携帯をいじる様子もなく、
お互い面と向かって会話する光景は東京に来て初めてかもしれない。
でもこれが正常、本来のあるべき姿なんだと思う。
すっかりカフェの熱気に魅了された僕はもっと深くこの町を探索
したくなりお会計の為、入り口に向かった。
おもむろに差し出した千円札を店員が困った様子で眺めたかと
思うといきなりお札を差し帰してきた。
「これ使えません」
「えっ? 使えないってどういう事?」
…………お互いしばらくの沈黙の後、店長らしき男性が飛んで来た。
「お客さん、困るんですけど」
「あのさ― 確認したいんだけどココ日本だよね」と僕は語気を強めた。
すると店員と男性は顔を見合しヒソヒソ話し始めた。
(やばい! かなりやばい!)
もう頭の中は無銭飲食、逮捕、解雇の文字で埋まり始め、
現状最悪の方向に向かってるのを痛切に感じとった僕は
反射的に「お会計分ココで働かせて下さい」とまるで懇願かするように
繰り返し頭を下げていた。
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