第11話 『それぞれのせんたく』
登場人物
ともえ(ヒト)
イエイヌ
イリエワニ
ロードランナー
クロヒョウ
ゴリラ
アムールトラ
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場面:夜のジャングル
イエイヌが息をはぁはぁしながら、ジャングルを掻き分けてくる。
何度も掻き分けて、火を囲うゴリラがいる所に出る。少し離れたところにイリエワニ、ロードランナー、クロヒョウがいる。
ゴリラが顔をあげてイエイヌの方を見て、ニヤリとする。
ゴリラ:「だから言っただろう? これは八つ当たりだと」
ともえを背負っているイエイヌが、ゴリラを睨みつける。
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(OP 祝兄貴作成の『足跡』)(※変更点:カルガモとロバのシーン→旗を掲げたプロングホーンを追いかけるロードランナー。
パンダとレッサーパンダ→黒い影になってるヒョウに、抱き着くクロヒョウ)
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場面:崩壊する島を背に、階段から出た先で。ともえとイエイヌの回想。
島がサンドスターに還元され、消えていく。
イエイヌ:「島が……、どうして……」
ともえを背負っているイエイヌの力が抜けて、ともえがずり落ちる。ともえはそのまま地面に倒れる。
イエイヌ:「あぁ!すみません。ともえさん!」
イエイヌが近寄ると、ともえは生気のない目をして、ぶつぶつ言っている。
ともえ:「……複数脳媒介型出力装置。……博士。……夢が覚める時間。……それを壊したということは……」
イエイヌ:「ともえさん!ともえさん!しっかりしてください!」
イエイヌは、ともえを起こして揺さぶる。イエイヌの手を、ともえが思い切りはじく。
イエイヌは手を見て、呆然とともえを見る。ともえは俯いたままでいる。
イエイヌ:「……ともえ、さん?」
ともえ:「わかったの、ようやく。ゴリラさんが何をしようとしていたか」
ともえ:「それは、とても簡単な話だった。ゴリラさんがやろうとしたことは、サンドスターの供給源を閉じるということ」
ともえ:「それを閉じたとしたら、他に供給していた先がどうなるかなんて、少し考えればわかったはず」
ともえ:「でもあたしは、それを見抜けなかった。アムールトラちゃんのことばかり考えていて、他がどうなるかなんて考えてもいなかった」
ともえ:「これは……あたしのせいなんだ」
イエイヌが、俯いたともえの顔を覗こうとする。ともえはそれをされたくないと、頭を振り、立ち上がる。
イエイヌ:「大丈夫ですから大丈夫ですから」
ともえは、大丈夫と言い聞かせてくるイエイヌを振り払い、離れる。
ともえ:「何も、大丈夫なんかじゃない!!」
ともえ:「あれを見て!イエイヌちゃん!!」
ともえはサンドスターになっていく島を指差す。
ともえ:「あれは、あたしがしてしまったことなの!!あたしがみんなを消してしまったの!アシカちゃんと一緒にショーを見せて仲直りしたフレンズ達。これから頑張って生きようとしたフレンズ達を、あたしが、消してしまったんだよ!」
ともえ:「それの、どこが大丈夫なの!!」
顔を手で覆うともえに、イエイヌが心配そうに近づく。
ともえ:「来ないで!!」
イエイヌが立ち止まる。
ともえ:「全部、あたしが悪いの」
ともえ:「みんなを助けようと思ったのに、みんなを傷つけてしまったの」
イエイヌ:「違う」
ともえ:「違わない!」
ともえは顔をあげて、イエイヌを睨みつける。
ともえ:「あたしがあんなことを思わなければ!そっちに気を取られてばかりじゃなかったら!」
ともえ:「アムールトラちゃんを、ちゃんと――」
イエイヌ:「やめてください!!」
ともえがイエイヌのことを見る。イエイヌは奥歯を噛み締める。
イエイヌ:「それは……言っちゃダメなことです」
イエイヌ:「ともえさんが考えたことでも、それをすると決めたのは私なんです」
イエイヌ:「だからこれも、やると決めた私も、責任は半分こなんです」
イエイヌ:「責任を全て奪わないで下さい。フレンズである私達を、見下ろさないで下さい」
イエイヌ:「ともえさんは、半分だけでも私を罵倒していいんです。何で止めなかったと、イエイヌちゃんが弱かったからと勝手なことを言っていいんです」
イエイヌ:「私も言いますから。身勝手なことを言いますから」
イエイヌ:「だからどうか、私が守れない半分のともえさんの心を、ともえさん自身が守ってあげて下さい」
ともえはうつむいている。イエイヌはそんなともえを困ったようにじっと見つめてから、急にふざけるような笑みを浮かべる。
イエイヌ:「ねぇ、ともえさん!ほら、見て下さいよ、この島を!このパークを!」
イエイヌは両手を広げる。その後ろにはサンドスターに還元されてる島がある。
イエイヌ:「ここって滅茶苦茶じゃないですか。ともえさんが生まれる前から、私が生まれる前から既に世界はこうだったんです!外の世界だってきっとそうです!」
イエイヌ:「もうとっくにみんながとんでもない失敗をしてきてるんです。みんなが悪いんですよ。誰も誰に責任あったかなんて覚えてないし、誰も誰かが悪いなんて言える資格なんて、持ってないんですよ!」
イエイヌが耳を下げて、優しい顔をする。
イエイヌ:「だから、ともえさんのせいじゃない」
イエイヌ:「そもそも、あんな場所のあんな装置、ちゃんと説明しなかったやつが悪いんです。絶対にともえさんのせいじゃないですよ」
ともえはうつむいている。イエイヌは悲しい顔をする。
イエイヌ:「たぶんともえさんは、自分は何もできなかったと思ってるんだと思います」
イエイヌ:「でも、そんなことはないんですよ」
イエイヌ:「知ってますか?犬って、必要とされるだけじゃなくて、一緒にいてくれるだけでも嬉しいんですよ」
イエイヌ:「ましてや、ともえさんは私を、あの場所から救い出してくれた。だから、私はとてもともえさんに感謝しているんです」
イエイヌ:「だから、そんな悲しいこと思わないで下さい」
イエイヌ:「私をあの場所から連れ出してくれた時から、私はともえさんに永遠に救われているんです」
イエイヌ:「だからどうか、みんなを守りたいと思った、ともえさんの心までは、否定しないで下さい」
ともえはまだ俯いている。イエイヌの眉が下がり、でも優しい笑みを浮かべる。
イエイヌ:「だからもう、いいじゃないですか。逃げましょう。この島の外へ」
ともえが顔をあげる。
イエイヌ:「こんなに頑張ったんです。もう全てを忘れて、島の外でやり直してもバチは当たらないと思います」
イエイヌ:「ゴリラさんから許可をもらって、小舟をもらいました。食糧も入れてもらっています。だから、逃げるには十分ですよ」
イエイヌが指差した先に海の洞窟があり、そこから小舟が少し見える。
イエイヌ:「まぁ大変だと思いますよ。どこまで漕げば他の島に着くかわからないし、人類も滅んだと聞いています」
イエイヌ:「でも、私はそれなりに力が強いフレンズという存在ですし、そもそもこれだけすごい場所を作ったヒトですよ。簡単に滅ぶわけないです。少しはどっかに生きているはずです。きっと良い場所が見つかるはずです」
イエイヌ:「だから、これは悪い話じゃないですよ。そうは思いません?ともえさん」
イエイヌがともえを見ると、ともえはとても疲れた顔をしていることに気づく。
イエイヌ:「ともえ……さん?」
ともえ:「はは。イエイヌちゃんは気づかなかったんだね。あたしの正体に」
イエイヌ:「正体?ともえさんはともえさんじゃないですか」
ともえ:「そうじゃない。そうじゃないの。だから、あたしはこの島の外で生きられないから、だから、だから――」
ともえが倒れる。
イエイヌ:「ともえさん……?ともえさん――!!」
ともえの青色の瞳が、明滅を繰り返している。
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場所:夜のジャングル
イエイヌは火を見つめている。膝にはともえが横たわっている。
少し離れたところに、イリエワニ、ロードランナー、クロヒョウがいて、ゴリラはここにはいない。
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場面;ゴリラに会った直後の回想
食ってかかろうとするイエイヌの前で、ゴリラは拳を振り下ろす。
大きな音にイエイヌはびびって立ち止まるが、ゴリラを睨みつける。
ゴリラ:「ふん。島の外へ行かなかったんだな」
イエイヌ:「ともえさんが、自分は外では生きられないからと言ったので」
イエイヌは背負っているともえを、気遣うように見る。ゴリラはその二人をじっと見て考えている。
ゴリラ:「……やはりな。そういうことか」
イエイヌが振り向く。
イエイヌ:「何か知ってるんですか!」
イエイヌがゴリラに迫る。ゴリラは近くに来たイエイヌに応えず、笑いながら木に寄りかかり、腕を組む。
ゴリラ:「この夜が明けた後、私達はアムールトラを攻撃する。これが最後の戦いになる。お前も参加しろ」
イエイヌ:「誰がもう! 戦いなんか!」
ゴリラ:「いいのか? ともえが島の外に出れる方法を知らなくても?」
イエイヌ:「えっ、あなたはそれを知ってるんですか!」
ゴリラ:「あぁ。あいつの正体がアレだというなら、アレでなんとかなるだろうな」
イエイヌ:「教えてください!!」
ゴリラ:「ふん。だから交換条件だ。お前が戦いに協力し、アムールトラを倒せたなら、ちゃんと教えてやる」
イエイヌが奥歯を噛み締める。
イエイヌ:「くっ。また、あいつと戦わなきゃいけないんですか。本当に勝てるんですか」
ゴリラ:「あぁ。あいつは確実に弱っている。それにサンドスターの追加もない。だから次倒せば、それで終わりだ」
イエイヌは苦々しい顔をゴリラに向ける。ゴリラは真顔でいる。イエイヌは溜息を吐く。
イエイヌ:「ふぅ。まぁ、終わりが見えないよりましですかね」
イエイヌは背負うともえを振り返る。ゴリラは、そんなイエイヌを見ている。
ふっと、ゴリラは二人から目を逸らし、背を向けてジャングルへと歩き出す。
イエイヌ:「あっ、ちょっと」
ゴリラ:「明日は早い。ちゃんと休憩を取るんだな」
ゴリラは暗いジャングルへと消えていく。
イエイヌ:「うーん」
イエイヌは火から離れた位置に座って顔が見えない、イリエワニ、ロードランナー、クロヒョウを見る。
イエイヌ:「この空気の中残されるのは、困るんですけどね」
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場面:翌朝のジャングル
火が消えた周囲で、イエイヌとともえ、イリエワニ、ロードランナー、クロヒョウがいる。みな俯いている。
ゴリラと、弱弱しいチーターがやってくる。
ゴリラ:「起きたか」
皆は起きているが、誰も反応しない。
ゴリラ:「こっちを見ろ!」
皆が苛立たし気に、座ったままゴリラの方に向き直る。
ゴリラ:「よく休めたか」
皆が半目で、ゴリラの方を見てる。ゴリラは鼻で笑う。
ゴリラ:「休めたなら、それで結構だ。それじゃあ作戦を話す」
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地面に地図が書いてある。右下には木が三つ。そこから長く書いた矢印が、左上へと続いている。
ゴリラ:「昨夜、アムールトラの後を追ってみたんだが、奴はどうやら島の北西に向かっているようだ」
イエイヌ:「北西……?」
イエイヌは、ともえと過ごした家を思い浮かべる。
ゴリラ:「どうした?何か向かう所に心当たりがあるのか?」
イエイヌ:「いえ、なんでもないです」
ゴリラ:「なら、邪魔するなよ」
イエイヌは不満そうな顔をする。
ゴリラ:「で、この北西の道なんだが、整備されていた場所じゃないから、邪魔なところが多い。道もそんなに広くない。だから、そこを抜けた先の、左右を崖で囲われた広い平原で戦おうと思ってる」
ゴリラが北西への矢印の先に、枝で大きな〇を書く。
ゴリラ:「ちょうど今から追いかけた場合、その辺りで追いつくことになるだろうから、ちょうど良いだろう」
ゴリラは皆を見渡す。イエイヌも周りを見るが生気がないので、溜息をついてから、手を挙げる。
ゴリラ:「なんだ、イエイヌ」
イエイヌ:「広い平原で戦うメリットはなんですか」
ゴリラはちらりとロードランナーを見て、イエイヌへと視線を戻す。
ゴリラ:「チーターやお前が走りやすいからだな」
ゴリラ:「今回の作戦はシンプルだ」
ゴリラ:「チーターとお前が走り回って、相手の意識を逸らしたり、挑発して走らせて残りのエネルギーをできるだけ削る。その後で、他の連中がただアムールトラを殴ればいい。それで終わりだ」
イエイヌ:「そんな乱暴な」
ゴリラ:「ふん。もう罠として利用できるものもないし、それを作れる奴もいないだろ」
イリエワニが下を向く。
ゴリラ:「それに、アムールトラは既に弱りきっている。あとは単純な力任せでどうにかなる。あれだとヒョウだけで倒せるくらいになってるはずだ」
クロヒョウは死んだ目をしている。
イエイヌ:「なら、あとはゴリラだけで倒せばいいのでは?」
ゴリラ:「おいおい。いくら強いとはいえ、私も万全ではないんだぞ。ダメージも蓄積していて、二割出せるかくらいなんだ」
ゴリラ:「それに、せっかく皆で戦ってきたんだ。最後は皆で倒すべきだろう?」
ゴリラはニヤリと笑みを浮かべる。その笑みを誰も見ていない。イエイヌだけが白けた顔をしている。
イエイヌ:「……わかりました。では、もう一つ質問です。別に今アムールトラと戦う必要はないのでは?自分達が回復してからでもいいのでは?」
ゴリラ:「それは馬鹿な話だな」
ゴリラ:「こっちが回復するってことは、向こうだって回復するってことだ。こっちの戦力が落ちた以上、倒せるのは今のタイミングしかない」
イエイヌ:「……なるほど」
ゴリラ:「で、質問は終わりか?」
イエイヌ:「いや、一番大事なことがあります。私が戦っている間、ともえさんはどうすればいいんですか?」
ゴリラ:「それは既に考えてある」
ゴリラは長い矢印の真ん中、その隣に枝で書き始める。
ゴリラ:「まず、ジャングルを抜けてしばらく歩くと檻がある」
ゴリラは矢印の隣に、四角に網をかけたものを書く。
次に平原の丸の下に、上に細長い四角を書く。
ゴリラ;「で、これが塔だ」
ゴリラ:「ここの檻で、ともえとお前は、別行動をしてもらう。近くに洞窟があるから、そこにともえを置いて、その後で塔を目印に合流し、戦闘に向かう。案内はチーターだ」
チーターが頷く。
イエイヌが不満そうな顔をしている。
ゴリラ:「何か問題があるか?」
イエイヌ:「できれば洞窟より建物の方が良いと思うんですけど」
ゴリラ:「この道じゃ近くに無事な建物はない。そんな所より頑丈な洞窟の方がましだ」
イエイヌ:「その洞窟は寒くないんですか?暖かい所にいさせたいと思うんですが」
ゴリラ:「雪が降らなくなって暖かくなってるし、見た所冬でも乗り切れた服装だろ、そいつが着てるのは。多少肌寒いくらいがちょうど良いんじゃないか?」
イエイヌが不満気に黙り込む。
ゴリラ:「他に質問はないか?」
ゴリラは見渡すが、周りの反応は薄い。
ゴリラ:「よし!これで最終決戦だ!これでようやくアムールトラが倒せる!」
ゴリラは拳を振り上げるが、周りの反応は薄い。
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場面:移動中。
皆がジャングルを歩いている。
ジャングルを抜けて、木がまばらにある場所を歩く。
皆が座って、ぼそぼそとジャパリメイトを食べている。
別の方向へと道が分かれている銀色の檻の場所に、皆が到着する。
イエイヌ:「じゃあ、塔で」
ゴリラは頷く。
ともえを担いだイエイヌは、チーターと歩き去る。
ロードランナーとイリエワニが、ゴリラの所にやってくる。
ロードランナーとイリエワニは、ゴリラと何かを話す。
2匹と話終わった後で、ゴリラは頷く。
ゴリラ:「わかった。別行動だな。塔へは、クロヒョウと行くことにしよう」
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場面:チーターと、ともえを担いだイエイヌ。
イエイヌとチーターは黙って、とぼとぼと歩く。
イエイヌは時折、チーターをちらちら見ている。チーターはずっと前を見ていたが、溜息をしてイエイヌに向く。
チーター:「……何?」
イエイヌ:「いえ、ちょっと聞きたいことがありまして」
チーター:「だから何よ?」
イエイヌ:「ええと、どうして、あなたは戦いに戻ってきたんですか。あなたは戦う目的も特になさそうですし」
チーター:「ええ、そうね」
チーターは遠くを見る。
チーター:「私は特にアムールトラを恨む理由なんてない。食糧は必要だけど、別にここに入る必要もないわ。私の足なら幾らでも他のフレンズから奪えるもの」
チーター:「結局、あいつらに仲間意識なんてものも、持てなかったし」
チーターは苦笑をする。
チーター:「それでもそうね。私がここにいるのは、本気で走れる理由があるからなんでしょうね」
イエイヌ:「戦いの中で走らなくても、どこか広い場所でただ走ればいいだけじゃないんですか?」
チーター:「そうね。昔はそうだったわ。食糧がなくなるって聞く前は。でもね、それを聞いてからは単純に走ることができなくなってしまったのよ」
イエイヌは黙る。
チーター:「話は終わり? じゃあ、洞窟に急ぐわよ」
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場面:洞窟
洞窟の中にイエイヌが入る。チーターが腕を組んで、入口の壁に寄りかかっている。
イエイヌが歩いて、外の光が入るギリギリの所に来る。
地面を手で少し掃いて小さな石をどかしてから、ともえを背中から下ろし、そっと横たわらせる。
ともえの目は閉じていて、少し呼吸が荒い。
イエイヌはともえの前髪をそっと撫でる。イエイヌの顔がとても優しいものになる。
イエイヌ:「少し、肌寒いですね」
イエイヌはともえのマフラーをほどきなおし、ゆっくり巻く。
その様子を後ろから、チーターが見ている。
マフラーを結び終えて、じっとともえの顔を見たイエイヌが、振り払うように立ち上がり、背を向けて歩き出す。
洞窟の外へと歩き出したイエイヌの後を、チーターがついてくる。
チーターの病んだ瞳とは対称的に、イエイヌの瞳は強い光を持っている。
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場面:塔の前で
ゴリラと下を向いたクロヒョウが塔の隣にいる。そこにイエイヌとチーターがやってくる。
ゴリラ:「ついさっき、アムールトラが平原に入った。どうやら追いついたようだ」
イエイヌ:「……そうですか」
イエイヌは緊張した顔をしている。
チーター:「ところで、イリエワニとロードランナーがいないんだけど、あいつらどうしたの?」
ゴリラ:「あぁ、別行動をしてもらってる」
チーター:「……ふーん」
チーターは意味ありげな顔を、ゴリラに向ける。ゴリラはチーターの方を見ない。
ゴリラ:「それじゃあ行くぞ。最終決戦だ」
ゴリラが横に目を向ける。クロヒョウ以外、一緒に横を向く。その先は平原が広がっている。
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平原をアムールトラが、ふらふら歩く。
以前より遅く、以前より頼りない足取りで、どこかに向かっている。
そこに、後ろからチーターがやってきて、アムールトラの頭を蹴り飛ばす。
アムールトラが、吹き飛ばされて地面を転がっていく。
アムールトラがよろよろ立ち上がる。ふらふらして、どこかを見ている。
チーター:「ふぅん。弱ってるのは、確かなようね。これだけしてもろくな反応がないわ」
腕組しているチーターの隣に、イエイヌがやってくる。
イエイヌ:「だからって油断は禁物ですよ。急にやってきますから」
チーター:「わかってるわよ――うん?」
アムールトラがこちらに背を向け、よろよろとどこかへ歩き出す。
チーター:「さすがに舐めすぎじゃないの?あいつ」
チーターが走り出す。イエイヌは首を傾げる。
チーターが、アムールトラの周囲を走る。左右前後様々な方角から、チーターは蹴ったり殴ったりして、アムールトラを転がす。そのたびにアムールはただ立ち上がり、平原を歩こうとしている。
チーター:「ったく、なんなのよ! あいつ」
アムールトラへと何度もチーターは向かう。周囲を軽く走っているイエイヌは難しい顔をしている。
イエイヌ:「アムールトラは、どこか行く場所でもあるんでしょうか?」
イエイヌ:「この先なんて、私達がいた家くらいしか、ないのに」
後ろからのチーターの飛び蹴りが、アムールトラの頭に当たる。アムールトラが地面に転がる。チーターは頭を蹴った勢いのまま、大きくジャンプし、アムールトラの前に着地する。
チーターが腰に手を当てて立つ。
チーター:「いい加減、本気でやりなさい。あなた」
チーター:「あなたが、どこに行くかなんて知らないけど、私達を倒さなければ、あなたはどこにも行けないわよ」
アムールトラが、チーターの方に目を向ける。
チーター:「はっ。ようやく私を見てくれたわね」
チーターが手首を軽く振り、跳ねる。身体が下からゆっくりと金色を帯びていく。
チーター:「こっちも、ようやく身体があったまってきたところよ」
ストレッチを終えたチーターが、アムールトラへ構えを取る。
チーター:「あなたは、私の走りについてこれるかしら」
アムールトラの身体が、淡く紫色に光る。
●
アムールトラの周囲で、チーターとイエイヌが走り回っている。
アムールトラが、イエイヌに殴りかかる。イエイヌが緊張した顔で、避ける。もう一回殴りかかろうとしたところで、チーターがぶつかってきて、アムールトラが体勢を崩す。
アムールトラがチーターに向く前に、もう一回チーターが走ってきて、アムールトラを殴りつける。
アムールトラが耐えて、次に向かってくるチーターを殴ろうと、待ち構える。チーターがやってくるので、殴ろうとしたら、後ろにいたイエイヌに殴られ、拳が宙を切り、その横をチーターが駆け抜ける。
また、アムールトラはイエイヌに殴りかかろうとするが、チーターの妨害で軽く避ける。
アムールトラのどちらかへの攻撃を、別の一人が攻撃することで逸らす連携が、交互に続く。
●
場面:ゴリラ側
チーターとイエイヌが戦ってる様子を、離れた所でゴリラが見ている。隣のクロヒョウは生気のない目で、ぼんやりその様子を見ている。
ゴリラ:「かなり弱ってきたが、まだまだか。こっちも必要になってくるか」
ゴリラはクロヒョウの方をちらりと見る。
ゴリラが視線をチーター側に戻す。
ゴリラ:「ん」
ゴリラは目を細めて、遠くを見る。
ゴリラ:「これは、まずいな」
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場面:チーターとイエイヌ側
疲れて離れていたイエイヌがはっと気づいて、顔をあげる。
イエイヌにはアムールトラに全力でぶつかっていく、金色のチーターが見える。
走るチーターは笑っていて、その姿が端から消えかかっている。
イエイヌが驚いて、後ずさる。
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場面:チーター視点(スローモーション)
アムールトラが右手で殴りかかってくる。チーターは軽く避ける。アムールトラが左手で殴りかかってくる。チーターは避ける。アムールトラが蹴りを入れたら、チーターはバックステップで避ける。
チーター(心の声):「あはっ」
アムールトラが殴りと蹴りを連続で入れる。チーターは身体を捻って避けて、アムールトラに背中を向けた状態になる。
チーター(心の声):「いいわね」
チーターがそのまま少しの距離を走る。アムールトラが追ってくる。
チーター(心の声):「ほら、こっち」
チーターが急に止まり、追うアムールトラの足を引っかけて、転ばせる。
チーター(心の声):「やっぱ、楽しいわね。あなた」
チーターはアムールトラを蹴り飛ばす。アムールトラが転がっていく。立ち上がり、低い体勢で構えながら、アムールトラがチーターを睨む。
チーター(心の声):「いい顔をするわね。そうそう、遊びはムキになって、結局全力でやるものじゃないと」
チーターの姿が端から、勢いよくサンドスターになっていく。
チーター(心の声):「私は、これで最後でいいわ」
チーターがアムールトラから長く距離を取る。
チーター(心の声):「どうせ、今回でアムールトラを倒してしまうんだもの。この子が消えちゃったら、私誰とも走ってもらえないもの」
チーターは唸るアムールトラと正面から対峙して、走る構えを取る。
チーター(心の声):「さぁ、行くわよ。最後の走りを」
アムールトラがチーターに向けて走り出す。
チーターもアムールトラに向けて走り出す。
走りながらチーターは、ヒョウの姿を思い浮かべる。
チーター(心の声):「結局、あなたは一緒に走ってくれなかったけど」
二匹の姿が近づいていく。アムールトラは爪で切り裂こうとする。チーターはただ真っすぐ走る。
チーター(心の声):「まあ、悪くない生涯だったわ」
アムールトラの迫った爪が、チーターを切り裂こうとする。
チーターに爪が入る瞬間、チーターの姿が全てサンドスターとなる。アムールトラの爪は空振りをし、サンドスターを広く舞わせる。
サンドスターが舞う中、止まったアムールトラが不思議そうに爪を眺めた後、イエイヌの方を見る。
イエイヌ:「あっ、これはまずいですね」
●
場面:イエイヌ対アムールトラ
跳んできたアムールトラの全力の爪を、イエイヌが転がって避ける。
必死でかわしたイエイヌに、片足で着地したアムールトラがすぐに再び跳び、身体をひねりながら上から拳を振るう。
イエイヌ:「ひっ」
イエイヌは身体を無理矢理ひねってかわし、地面に倒れこむ。アムールトラは攻撃の拳を平手に変えて地面を押し、片手でひねり宙返りをして、イエイヌを見下ろすように立つ。アムールトラは両手を組んで、地面に転がってるイエイヌに振り下ろす。
イエイヌ:「うわっ!」
地面を必死で押して体を動かしたイエイヌは、身体低く逃げ出す。
そこにアムールトラの追撃が入り、振り向いたイエイヌの顔に拳が振るわれる。
ぎりぎりイエイヌの手が間に合い、アムールトラの手を掴み取るが、勢いは強く、押されている。
イエイヌ:「誰が弱体化してるんですか!やっぱり無茶苦茶強いじゃないですか!」
イエイヌ:「もう!誰でもいいから来てくださいよ!ゴリラ!クロヒョウ!イリエワニ!!」
●
場面:ゴリラとクロヒョウ
ゴリラ:「はっ、イリエワニ?あいつは来ない。あいつは逃げていったからな」
イリエワニがどこかの森を走っている。
ゴリラ:「勝てる方法があるから、1人行動させてくれと勇ましいことを言っていたが、嘘なのはバレバレだったな」
イリエワニが森を走り、転びそうになるが、それでも走り続ける。
走るイリエワニの、ポケットのメガネが揺れる。
ゴリラ:「あいつは、そんなことをしない」
イリエワニのポケットのメガネが、少しずつポケットから出てくる。
ゴリラ:「あいつは、戦いに命をかけることなんてしない」
イリエワニのポケットから、メガネが落ちそうな位置まで出てしまう。
ゴリラ:「だから、あいつは必要ない」
イリエワニのポケットから、メガネが落ちる。
が、地面に落ちる前に、イリエワニがメガネを掴む。
顔の汚れをメガネを掴んだ手で拭いて、イリエワニは森の奥へと駆けていった。
ゴリラ:「じゃあ、俺が本当にあてにするあいつが来るまで、時間稼ぎを頼もうか――クロヒョウ」
●
死んだ目のクロヒョウが、ゴリラの顔を見る。
ゴリラ:「いいか、お前が戦うんだ」
死んだ目のクロヒョウが、ゴリラの顔を見ている。
ゴリラ:「お前の力で、アムールトラからイエイヌを守ってやるんだ」
死んだ目のクロヒョウが、ゴリラの顔を見ている。
ゴリラ:「あいつが来るまで、お前は大変だが、それでも戦うんだ」
死んだ目のクロヒョウが、ゴリラの顔を見ている。
ゴリラ:「できるよな? クロヒョウ。だって」
死んだ目のクロヒョウが、ゴリラの顔を見ている。
ゴリラが、クロヒョウに顔を近づける。
ゴリラ:「『お姉ちゃん』の、頼みだもんな」
クロヒョウの死んだ目が徐々に消え、満面の笑みを浮かべる。
クロヒョウ:「――うん!わかったよ!お姉ちゃん!」
ゴリラが、歪んだ笑みを浮かべる。
●
場所:イエイヌ対アムールトラ
アムールトラに地面に倒され、力負けしようとしていたイエイヌの目に、アムールトラの横から薙がれる刀が見える。刀はアムールトラの爪に受け止められるが、クロヒョウの勢いは強く、三枚の爪を割りながら、アムールトラの身体を吹き飛ばした。
地面を転がってから立ち上がり、こちらを睨むアムールトラの顔に、クロヒョウの刀が振る舞われる。
アムールトラが、紙一重でぎりぎり避ける。
だが、振るわれた刀を、クロヒョウは強引に力で戻し、その返す刀は、再びアムールトラの身体を真っ二つにしようと襲う。
アムールトラは両腕をクロスして、その衝撃を受け止めるが勢いは強く吹き飛ばされ、地面を2メートルほど擦って移動させられる。
アムールトラの腕に傷が走り、ドバっと紫の固まりが出る。
クロヒョウが、狂気的な笑みを浮かべる。
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イエイヌは地面に倒れ込み、起き上がれない。イエイヌは、クロヒョウとアムールトラの戦いを、ただ見ている。
クロヒョウ:「あははははははははは」
クロヒョウの刀が振るわれる。アムールトラはそれを跳んで逃げる。
逃げるふりをしながら不意に出されたアムールトラの裏拳が、クロヒョウに振るわれる。クロヒョウは身体を反って避ける。その顔は笑っている。
走りながら、クロヒョウの連撃は続く。勢いは増すが、アムールトラの左手にいなされている。アムールトラの右手が構えを取っている。
イエイヌ:「そんなに無防備にいったら、攻撃が!」
アムールトラの右拳が、クロヒョウの腹を打つ。クロヒョウは吹き飛ばされる。
クロヒョウが自分の腹を見る。そこは穴が開いて、サンドスターが漏れている。そんな自分の腹の状態を見ても、クロヒョウはニヤリと笑う。
クロヒョウは駆け出し、アムールトラに滅茶苦茶に刀を振るう。
クロヒョウ:「あはははははは!!」
クロヒョウの幾度も舞う刀が、アムールトラを傷つけ、アムールトラの一部を切り落とし、紫の固まりを垂らしていく。
応戦するアムールトラの爪も、クロヒョウを傷つけ、クロヒョウの一部を切り落とし、サンドスターを漏らしていく。
クロヒョウ:「あはははっははは――はっ」
クロヒョウの刀が落ちる。
イエイヌ:「クロヒョウ!!」
クロヒョウが膝から崩れ落ち、地面に倒れる。傷口からサンドスターが少しずつ漏れている。
アムールトラは左腕をなくし、片膝を付いている。
アムールトラの身体が薄い紫色に覆われる。速度は遅いが、左腕が根本から少しずつ治りはじめている。
イエイヌ:「くそっ。私が動けたら、とどめを刺せたかもしれないのに!どうすれば!」
イエイヌ:「誰か、誰か、来てください!!」
●
ゴリラ:「――来たか」
ゴリラが左の遠くに視線を向ける。
高い崖の上から、旗付き棒を持ったロードランナーが飛び出していた。
●
場面:飛ぶロードランナー
ロードランナーが空を飛んでいる。
左に揺れたり、右に揺れたりしながら、少しずつ高度をあげていく。
ロードランナーの顔は必死で、旗を持つ手はぷるぷる震えている。
ロードランナー(心の声):「つらい。投げだしたい」
ロードランナーの翼は、弱弱しく羽ばたいている。
ロードランナー(心の声):「飛ぶのは得意じゃない。こんなに高く飛ぶのも初めてだ」
下の景色が、少しずつ遠くなっている。
ロードランナー(心の声):「思えば、俺の生涯はろくなもんじゃなかった」
ロードランナー(心の声):「こんな世界はおかしいと思ってて、パークにいる奴らが悪いように思えて、片っ端から喧嘩を売って、でも弱いから簡単にやられて」
ロードランナー(心の声):「ははっ、よく生き延びてたよな、俺って」
ロードランナーは、旗を持つ位置を変える。
ロードランナー(心の声):「でも、プロングホーン様に出会って、こんな俺を笑いながら肯定してくれて、その時自分が捕まってた、ろくでもない拠点の旗を差し出しながら、一緒に戦おうって言ってくれたんだ」
ロードランナーは飛びながら、苦笑いをする。
ロードランナー(心の声):「あの時は自分が必要とされたことに戸惑って、旗を受け取れなくて、頷くだけだったな」
ロードランナーは苦しさに、顔を歪める。
ロードランナー:「プロングホーン様……」
ロードランナーが一度俯く。だが、顔は上げられ、空を強く見上げる。
ロードランナーの手が金色に包まれていく。
ロードランナー(心の声):「こんな俺でも、ようやくやるべきこと、本当に倒すべき敵を見つけられたんだ」
ロードランナーの金色が全身に広がっていく。羽ばたきが強くなっていく。
ロードランナー(心の声):「あの方に出会って、許されて、認められて、そして掴んだものなんだ」
ロードランナーの金色が全身を包む。羽ばたきが大きくなる。
ロードランナー(心の声):「あの時には、掲げられなかった旗を、今俺は掴むことができてるんだ」
ロードランナーの金色が、旗へも広がっていく。
ロードランナー(心の声):「そう、今なら言える」
ロードランナー:「旗を!この旗を掲げることが、俺の命なんだ!」
ロードランナーは金色の旗を両手で掴み、翼の動きを止めた。
ロードランナーが旗付き棒を持ち、アムールトラへと降下していく。
●
場面:イエイヌの視点
地面に倒れているイエイヌが空を見て、アムールトラを見て、空を見て、アムールトラを見る。
アムールトラは少しずつ、動き出している。
イエイヌ:「まずいです。これだとアムールトラに当たりません。ロードランナーの命がけの攻撃なのに!」
イエイヌ:「くそっ、みんなが命を懸けているのに、それでもアムールトラは倒せないのですか」
イエイヌが下を向き、もうダメだと諦める。
だが、そんなイエイヌの視線の端に一瞬、金色が移る。
イエイヌが思わず顔をあげると、金色の瞳をしたゴリラが全速力で駆け抜けて、アムールトラを拾い上げる。
ゴリラは暴れるアムールトラの体を強引に抱きしめて、空を見ながら駆けていく。
イエイヌが、ゴリラと連れていかれるアムールトラを驚きながら見送る。
空から落ちたロードランナーが、ゴリラとアムールトラへと落ちた。
●
強い音と衝撃に、思わず視線をそらしたイエイヌが、顔をあげる。
そこには旗の棒に貫かれたアムールトラと、地面に倒れたゴリラと、サンドスターが舞っている。
イエイヌがアムールトラを見て、ゴリラを見て、サンドスターを長く見る。
イエイヌ:「ロードランナー……」
イエイヌが貫かれたアムールトラを見る。
イエイヌ:「でも、ようやくこれで……」
アムールトラがびくりと動く。
アムールトラの身体が、びくびくと強く反応する。
イエイヌの目が驚愕に開かれる。
アムールトラの右手が、旗付き棒に添えられる。
アムールトラの右手が、旗付き棒を抜こうとする。
アムールトラの右手が、自らに刺さる旗を抜く。紫の固まりが勢いよく舞う。
イエイヌの目が、限界まで開かれる。
アムールトラはふらふらとしながらも、まだ立っている。
貫かれた穴から、紫の固まりを垂らしながら、立っている。
アムールトラが、イエイヌへと振り返る。
アムールトラの手に持った旗が、力で折られる。
イエイヌ:「ひっ」
思わず目を伏せたイエイヌが再び顔をあげると、アムールトラは既にこちらを見てなく、どこかへとふらふらと歩きだす。
そこにビキビキと割れる音が鳴る。イエイヌの耳が揺れる。
イエイヌが地面を見ると、地面にひびが入っている。
イエイヌがさらに見ていると、そのひびがどんどん広がっていく。イエイヌは驚きに目を開く。
ひときわ大きなバキっと音が鳴り、地面に巨大な穴が開く。
その穴に、アムールトラもゴリラもクロヒョウもイエイヌも落ちていった。
●
場面:地中の洞窟
真っ暗だった視界から、何かが取り除かれる。
身体が引きずられる音がする。地面に置かれる。
ゴリラ:「おい。そろそろ起きろ」
イエイヌが目を開くと、崩れた岩が転がってる天井や壁までも広い大きさの洞窟にいる。
イエイヌ:「ええと、ここは……。あぁ、戦いで崩れて」
ゴリラ:「現状を理解してるようで、何よりだ」
イエイヌ:「そういえば、アムールトラはどうしたんですか?」
イエイヌが見渡すと何もない。クロヒョウが遠くの床に転がってるのが見える。
イエイヌ:「あ、クロヒョウ」
ゴリラ:「一応見つけられたんだがな。あいつはもうすぐ消えるだろう」
イエイヌ:「冷たい言い方ですね」
ゴリラ:「ふん。私を責めても無駄だ。もう何を言われようと気にする段階は過ぎたからな」
イエイヌは飽きれたように鼻を鳴らす。
イエイヌ:「で、アムールトラはどうしたんです?」
ゴリラが一つの方向を指で差す。
イエイヌが目をこらすと、床に紫の固まりが続いてる。
ゴリラ:「さすがにあれだけのダメージを受ければ、あとはもう放っておいても消える。我々は追うだけでいい」
イエイヌ:「でも、すぐに追わなかったんですね。私達を助けることを優先して。アムールトラを倒すのが悲願のくせに」
ゴリラは、無言でイエイヌを見ている。
イエイヌ:「随分、優しいんですね」
ゴリラ:「……行くぞ」
イエイヌがニヤニヤしながら、歩き出したゴリラのあとをついていく。
●
場面:ともえの洞窟
視界がぼやけている。
横たわった状態から見た、洞窟が見える。
ともえ(心の声):「……ここは、どこ?」
ともえが身体を動かし上半身だけ起き上がると、奥が暗い洞窟が見える。
ともえが辺りを見回す。入口は明るいが、奥は暗い洞窟しか見えない。
ともえが何かに気づく。
ともえ:「……イエイヌちゃん。イエイヌちゃん!!」
洞窟にともえの声だけが反響する。
ともえはうつむく。
ともえ(心の声):「そうだよね。こんなあたしなんか見捨てて、どっか行っちゃったよね」
ともえ(心の声):「こんな、こんな中途半端なあたしなんか」
ともえの視界がぼやける。
ともえ(心の声):「頭が、いたい」
ともえが頭を抱える。
●
ロバ:「あなたは、そこで何をしてるんですか?」
ともえ(心の声):「あたしは、あたしは」
レッサーパンダ:「不要だと思って捨てられたんですね。かわいそうに」
ともえ(心の声):「信じたくないけど、それしかないと思う」
アリツカゲラ:「あはは。1人なんですねー」
アードウルフ:「もう、誰からも必要とされなくなったわけですか」
ともえ(心の声):「そう、あたしは1人。誰からも必要とされなくなった」
オオミミギツネ「1人はさみしい?」
ともえ(心の声):「とても、さみしいです」
ハブ「あぁ。生きてる価値がないって、気になるもんなぁ」
ともえ(心の声):「……そう、ですね」
ブタ:「全部燃えてしまえばいいんだ!全部消えてしまえばいいんだ!」
オオアルマジロ:「相手から奪ってまでも、どこまでも生きたいと言ってた癖に、すーぐ自棄になるんだねー」
ブタ:「だって自分が消えたんだ!世界も一緒に消えるべきだ!」
オオアルマジロ:「うわー、過激~」
ともえ(心の声):「そう。みんな消えてしまった。あたしを残して消えてしまったんだ」
探偵の歪んだ笑みが、浮かぶ。
オオセンザンコウ「――何を被害者ぶってるんですか。あなたはみんなを消した加害者でしょう」
ともえ(心の声):「違う、そんなつもりは!」
リョコウバト:「でも、私が守った仲間を、みんな消しましたよね?」
ともえ(心の声):「……」
キジバト:「言いたくはないが、お前がしたことのせいで、私達は消えてしまった。それぞれ辛い思いをしながらな」
カワラバト:「そうだよねー。私たち苦しい中で消えていったもんねー」
アフリカジュズカケバト:「何もできないんだったら、自分の罪くらい、自分で背負うべきだよなぁ」
カリフォルニアアシカ:「さすがの私も、あなたくらい酷いことをしたことはありませんね」
ともえ(心の声):「違う!あたしは、そんなつもりじゃ!」
ゴリラ:「そんなつもりじゃなくてもな。やってしまったことが全てなんだよ。この世界ではな」
イリエワニ:「まぁ、そうですね。生きるだけで相手を消す生き物。それがヒトってわけです」
メガネカイマン:「うん!そうですね!本にはたくさんそんなことが書いてありましたよ!ヒトはたくさんの生き物を絶滅させてきた。データにもそうあります」
ヒョウ:「ほんで、ヒトが大量に繁殖するっちゅうなら、まだ納得なんやけどな。生物やし。でもそこまで他の生き物にしといて、自分ら同士で殺しおうてるらしいで、わけわからんわ」
クロヒョウ:「そうだよね。何をしたいのかよくわからないよね。お姉ちゃん!」
ロードランナー:「結局、自分のことしか考えてないよな。ヒトって連中は」
プロングホーン:「おいおい!あんまりそんなこと言っちゃダメだぞ!本当のことでも、言っちゃ傷つくことがあるんだからな!」
ともえ(心の声):「そんな!だったら命は!生きるのは、何の為にあるの!」
博士の真顔が浮かび上がる。
博士:「だからあなたは、生まれてくるべきじゃなかった」
ともえ(心の声):「……生まれて」
カンザシフウチョウ:「生(せい)あるものが殺すなら」
カタカケフウチョウ:「生なければ殺さずに済む」
二人:「それは必然。あるべき当然の姿」
ロバ:「あなたが生まれなければ」
レッサーパンダ:「あなたが生まれなければ」
ともえ(心の声):「……やめて」
レッサーパンダ:「あなたが生まれなければ」
アリツカゲラ・アードウルフ:「あなたが生まれなければ」
ともえ(心の声):「やめて。やめて」
オオミミギツネ・ハブ・ブタ:「お前が生まれなければ!」
オオアルマジロ・オオセンザンコウ:「お前が生まれなければ!」
ともえ(心の声):「やめて!やめて!!!」
カリフォルニアアシカ・リョコウバト・キジバト・カワラバト・アフリカジュズカケバト:「お前さえ生まれなければ!!お前さえ生まれなければ!!」
博士・カンザシフウチョウ・カタカケフウチョウ:「お前さえ生まれなければ!お前さえ生まれなければ!」
全員:「お前が生まれなければ!!お前さえ生まれなければ!!お前が生まれなければ!!お前さえ生まれなければ!!お前が生まれなければ!!お前さえ生まれなければ!!」
ともえ(心の声):「やめて!やめてええええええええええええ!」
他の連中の姿が消え、イエイヌが、そこに立っている。
ともえ(心の声):「イエイヌちゃん!」
イエイヌが、こちらを見ずにそのまま去っていく。
ともえ(心の声):「イエイヌちゃん!置いてかないで!イエイヌちゃん!イエイヌちゃあああああああああああああん!!!!」
●
ともえ:「うわあああああああああ」
ともえは頭を振り乱した後、床に倒れ込む。
ともえ:「……そんなのわかってる。あたしがこんなことをしなければ。みんなは。みんなは……」
暗い洞窟の奥から、足音がする。
ともえ:「……誰?」
足音が近づいてくる。
ともえ:「……イエイヌ、ちゃん?」
ともえ:「ごめんね。あたしが変なことに巻き込んで。あたしが来なければずっとあそこで暮らせたのにね。楽しく平和に過ごせたのにね」
ともえ:「本当にごめ――」
紫の固まりがぼとりと、床に落ちる音がする。
尻尾。脚。腰。手。片腕のアムールトラの姿が、徐々にともえの前に現れてくる。
紫の固まりを身体のあちこちから垂らしながら、アムールトラがしゃがみ、残った右手をともえへと伸ばしてくる。
ともえ:「……いや」
ともえが座ったまま、後ずさる。
アムールトラが手を伸ばす。
ともえ:「……来ないで」
アムールトラの手が、ともえの顔に近づく。
ともえ:「来ないで!」
ともえの手が、マフラーをぎゅっと握りしめる。
●
イエイヌ:「――ともえさん!」
イエイヌとゴリラが洞窟の中を走ってくる。
イエイヌとゴリラは急に立ち止まり、その光景に驚く。
地面にはうつ伏せで倒れたアムールトラがいる。その前には、下を向き、手を震わせたともえがいる。
紫の固まりに染まったマフラーが、アムールトラの首を巻いている。
イエイヌ:「……ともえさん……まさか?」
うつむいていたともえが声に気づき、びくりと身体を震わせる。
ともえは、ゆっくりと顔をあげる。その顔は驚きに呆けている。
顔をあげたその目が、イエイヌの姿を認めた時、ともえの顔が泣きそうに歪む。
そして、ともえの目から黒い塊が流れる。
嘆くともえの手、足、身体から次々と黒い塊が出てくる。
イエイヌ:「えっ、えっ?」
ゴリラ:「そいつに触れるな!!」
ゴリラがイエイヌの手を強引に掴み、入口へと全力疾走する。ともえの姿が次第に遠ざかっている。ともえから溢れる黒い塊が、ともえとアムールトラを全て包んだのが見える。
イエイヌ:「ともえさん!!」
洞窟の奥から黒い塊が触手のように急速に迫る。
ゴリラ:「いいから走れ!!」
イエイヌ:「でも、ともえさんが!!」
ゴリラ:「お前が消えたら、誰も助けられないんだぞ!それでもいいのか!」
イエイヌが唇をかみしめながら、背を向ける。
ゴリラとイエイヌが全力疾走で、迫る黒い塊から、洞窟の外へと走る。
ゴリラとイエイヌが洞窟の外に出て、転がるように右の方に避ける。
そこを黒い塊が勢い強く通って、崖の下へと落ちていく。
イエイヌが息を切らして、地面を見て、そして、黒い塊が通っていった方に目を向ける。
イエイヌの視線がゆっくりと、下から上へとあがっていく。
イエイヌの目が開かれる。
そこには、山のように巨大な、四つ足の黒い怪物の姿があった。
イエイヌ:「あれは――何ですか?」
怪物の一つ目が、ぎょろりとイエイヌを睨む。
…………………………………………………………………………
――そう。これは私が覗いた異世界のけものフレンズ。
この十一話を放映したその直後に、たつき監督が息を引き取ったそうです。
…………………………………………………………………………
(最終話へと続く)
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