第12話 『ぱーくのおわり』


 登場人物

ともえ(ヒト)

イエイヌ


クロヒョウ


????


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場面:独白


周りが真っ黒な闇の中に、目だけが光る。


「ここは懐かしい。どこか心地よい」

「でも」

「私はまたここに、戻ってきたのか」


私は昔よく、こうしていた。

ヒョウをお姉ちゃんと呼ぶ前の、ゴリラをお姉ちゃんと思い込んでみる前の、その昔。

私は、檻と城の中にいた。

そこにあるのは灰色。或いは雪の白と、ジャパリメイトの黄色。

その世界で私のものだと言える色は、それらがない闇の中の黒だけだった。


私はクロヒョウ。


決して何もできない、クロヒョウだ。



場面:黒い怪物と対峙するイエイヌとゴリラ


巨大な怪物の一つ目が、イエイヌを睨む。


イエイヌ:「ひっ」

イエイヌは後ずさる。

ゴリラが無言で前に出る。

イエイヌ:「…ゴリラ?」

ゴリラは怪物へと走る。怪物は走るゴリラを一つ目で見ている。

ゴリラは走りながら振りかぶり、怪物の足を勢い良く殴りつける。

ガラスが割れるような音が響き、怪物の足が削れて白く舞う。

イエイヌが嬉しそうな顔をするが、すぐに驚き顔に変わる。

怪物の足が、黒いものですぐに修復される。

その黒いものが触手のように伸び、ゴリラへと向かう。

イエイヌ:「ゴリラ!」

ゴリラは怪物の攻撃を、顔を軽く横に逸らして避ける。

連続で来る触手攻撃を、横に飛び、前に進み、バックステップで避ける。

ゴリラはちらりと怪物の一つ目を見ると、そのままイエイヌへと走ってくる。

イエイヌ:「ちょっと! なんでこっちに来るんですか!」

ゴリラの後ろには、触手の数を増した怪物がいる。

ゴリラがイエイヌの横を通り過ぎざまに、「逃げるぞ」と言う。

イエイヌの近くに、触手の攻撃が落ちる。

それに驚き、視線をあげた先に怪物の一つ目がある。

イエイヌ:「ひっ」


イエイヌが全力で走る後ろを、触手の連続攻撃が続いた。


   ●


場面:クロヒョウ独自


最初に私は、檻にいた。


急に叩かれて起こされ、これを運べと叩かれて言われ、それを運べとも言われ、進んでやろうとしたらそれは運ぶなと叩かれ、使えないと叩かれた。


またある日は、これを動かせと叩かれ、だけど中々うまくいかずに叩かれ、少しずつましになったと思ったら、それはこうに決まってるだろ知らないのかと知らない事や、滅多に使わないやり方だと言われて忘れていたことで叩かれた。


そして私は私を、なんて役に立たないのだと責めた。


これは理不尽だと、私は悪くないのだと不満を覚えたり、思わず反応してしまった時に叩かれた私を、どうして私はダメなんだと私は責めた。


私は私を消えるべきだと思い続け、それでも消えたくないと生にしがみついていた。


いつだって、ジャパリメイトの味はおいしくなかった。

でも闇はいつも、私の姿を隠してくれた。


   ●


場面:地面の穴の中


地面の穴から、遠くにいるセルリアンをイエイヌが見ている。

イエイヌが穴に戻り、ふぅと落ち着く。

ゴリラ:「どうやら、逃げきれたようだな」

イエイヌがゴリラを、にらみつける。

イエイヌ:「まったく!どうしてあんなことしたんですか!おかげで消えるところだったんですよ!」

ゴリラ:「倒すにしろ逃げるにしろ、情報は必要だろ?それには殴ってみるのが手っ取り早い」

イエイヌ:「そうですけど!せめてこっちに言ってから、動いてくださいよ!心の準備ってものがあるんですから!」

ゴリラ:「あぁ、わかった」

イエイヌがふぅと溜息を吐く。

イエイヌ:「で、相手のことが何かわかりましたか?」

ゴリラ:「そうだな。攻撃自体は大したことはないな。手数が多少多いが、威力も速度もそこまでではない。狙いもおおざっぱだし、アムールトラの攻撃に比べれば楽な相手だな」

イエイヌ:「攻撃が通じる相手ってこともわかりましたしね。殴った後に舞った白いのは、サンドスターでしょうし」

ゴリラ:「多少硬かったが、まぁそんなものはどうにでもなる。ただ問題は、あの回復力だ」

イエイヌ:「攻撃された箇所が、すぐ回復してしまいましたね」

ゴリラ:「そうだ。理不尽な相手だな」

イエイヌが頭をがしがしと掻く。

イエイヌ:「あー!なんなんですか!あの怪物は!どうやって私はともえさんを助ければいいんですか!」

ゴリラは、穴から少しだけ見える怪物の巨体を見る。

ゴリラ:「あれは……あの話に、出てくるやつだろうな……」

イエイヌ:「……あの話?」

ゴリラ:「あぁ。本物は見たことも聞いたこともなかったから、とっくに絶滅したか、別のフレンズを空想の怪物に置き換えただけかと思っていたんだがな。どうやら違ったようだな」

イエイヌが驚く。

イエイヌ:「それって、まさか」

ゴリラ:「あぁ。伝説の『かばんとサーバルの旅』。その話によく出てくる――」


ゴリラ:「――セルリアンだろうな、あれは」


   ●


場面:クロヒョウ独白


次に私は城にいた。


前にいた場所は負けたことによって滅び、私はそこから連れ出された。

勝った人々の一番えらい人が、数ある私達の中から、私を選んだ。

黒は『みすてりあす』だから、というよくわからない理由だ。


そこからは部屋と『ころせうむ』を行き来する日々が始まった。


『ころせうむ』では、フレンズ達が戦っている。

自分の爪や牙や足や武器を使い、相手を消そうと必死に腕を振るう。

消されると次の『ごらく』で使えないので、大抵は審判が止めていたが、それでも間に合わなくて消えてしまうこともたびたびあった。


勝ったフレンズは、ジャパリメイトを幾つか受け取って誇るように帰り、負けたフレンズはジャパリメイトを一つだけ受け取り、その場でむさぼるように食べた。


後から耳にしたことでは、勝つ側のほとんどが、見に来ている他のボス達の子飼いで、訓練も食事も豊富に得ているそうだ。

負けた側は他に行き場もなく、食べるものもないフレンズが思い詰めて参加する。

これでは勝てるわけがなかった。


これに、何の意味があるのですか?と私はボスに聞いたことがある。

ボスは、単独の組織では負けることがあるから、複数にするんだ。ジャパリメイトでは奪い合うことしかできないが、『ごらく』なら分け合うことができ、協力することができる。とそう言った。


私はよくわからなかったが、ボスになるほど。そうなんですねと頷いた。


私はその戦いを、これを主催しているボスの隣でじっと見ていた。


時々下に向けて笑顔をしたり、手を振ったりする以外、やらされることはなかった。

それをしたら、あとは用意された部屋の暗がりでじっとしているだけで許された。


それでも私はうまくやれてなくて、闇の中ではこのまま消えてしまいたいと思っていた。


   ●


場面:地面の穴の中の、イエイヌとゴリラ


イエイヌとゴリラの間に、沈黙が続く。


イエイヌ:「で、どうやって倒すんですか?あの、セルリアンを」

ゴリラは呆れた顔でイエイヌを見る。

ゴリラ:「倒す?そんなことできるわけないだろ」

イエイヌ:「え?倒さないんですか?戦闘狂のゴリラさんが?」

ゴリラ:「お前は俺のことを何だと思ってるんだ。戦闘狂はヒョウだろうが」

イエイヌ:「私から見れば、どっちも同じなんですけど」

ゴリラが変な顔でイエイヌの顔を見る。

ゴリラがため息を吐く。

ゴリラ:「……まぁいい。話に戻るぞ」

ゴリラ:「で、なんであのセルリアンを倒せないかといえばだ。回復力の異常なあいつを倒す方法があるとするならば、圧倒的な力か圧倒的な物量で殴るしかないからだ」

イエイヌ:「……あぁ。どちらも、今の私達にはないものですね」

ゴリラ:「そうだ。だから逃げるしかないわけだ」

イエイヌが立ち上がる。

イエイヌ:「でも!ともえさんを置いてなんていけるわけがありません!ともえさんは私のすべてなんです!私はともえさんに助けられて、それでも一緒にいたいと思える大切な存在なんです!だから、私は絶対に逃げません!」

イエイヌはゴリラを睨みつける。

ゴリラは真顔でイエイヌのことを見ている。

ゴリラ:「……誰がともえを見捨てると言った?」

イエイヌ:「……え?」

ゴリラ:「ともえを助けて、そっから逃げる。その為の作戦会議をこれから行うって話を、俺はしようと思っていたんだが」

イエイヌ:「え?」

ゴリラ:「あぁそうだ。すまないな。約束していた、この島から去ってもお前達が長生きできる方法だが、もうできなくなってしまった。だから、ここから逃げれても三週間くらいしか生きられないだろう。間もなくあいつに食い尽くされるここよりはましだけどな。こんな状態だが、それでも良いか?」

イエイヌ:「え?あっ、その。いや、そうじゃなくて!」

ゴリラ:「なんだ?アムールトラを倒したのに約束を守れなかった、俺を殴るなら今のうちだぞ?」

イエイヌ:「それは驚いてムカついてもいますけど!そうじゃなくて!」

イエイヌは、ゴリラの顔をじっと見る。

イエイヌ:「どうしてゴリラは、当たり前のようにともえさんを助けようとしているのですか?アムールトラを倒すことにしか興味のなかったあなたが」

ゴリラはまぶしそうな顔で、じっとイエイヌを見る。そんなゴリラをイエイヌが真剣に見つめ返している。

そこからゴリラは、ふっと視線を下に逸らす。


ゴリラ:「ただの……きまぐれさ」


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場面:クロヒョウ独白


そんな日も、崩壊の日が訪れた。


私が部屋の暗がりでじっとしていると、突然部屋の壁が壊れて、そこから光が差し込んだ。

たまたま雪がやんでいて光輝く陽ざしの中、そこから現れたヒョウに、私は心を奪われた。

その壁の後ろから、ゴリラとプロングホーンが続いて入ってくる。

三匹はクロヒョウのことをちらりと見たが、すぐに視線を他に向ける。

黄金の目をしたゴリラとヒョウとプロングホーンは、光の中で輝いている。

クロヒョウは、ヒョウをじっと見ている。

ヒョウ:「これで、ジャスティスも終わりやな」

ゴリラは黙って一つ頷いた。

ヒョウ:「あーあ、次からはどこから食料を奪えばええんや。強いやつももうおらんのやろ?」

ゴリラ:「いや、いる。ただ、そいつと戦う為には、戦力が足りない」

ヒョウ:「はぁ?ごっついプロングホーンさんが加わってもあかんのか!うちらでジャスティス最大のとこを倒せるくらいなんやで!」

ゴリラ:「まだだ。今度はサポートタイプが必要だ。ヒトの残した機械を使えるフレンズを探す必要がある。それでも勝てるかはわからないがな」

ヒョウ:「はー。そうなんや。まぁええわ。そこらへんはあんたに任せるわ」

ゴリラ:「そうさせてもらう」

二匹は、こちらを気にもかけず、去っていこうとしていた。


私は、ヒョウを呼び止めなければならないと思った。


でも何を伝えたらよいのかわからなかった私は、ふと『ころせうむ』で、負けて消えていくフレンズに、駆け寄ってきたフレンズが叫んだ言葉を思い出した。

それを、関係がある似たフレンズに向ける言葉だと思った私は、ヒョウを呼び止めたくてこう叫んだ。


クロヒョウ:「お姉ちゃん!!」 


ヒョウ:「・・・・は?」


変な顔をして、ヒョウ――お姉ちゃんは振り返った。

後にその言葉は違うとわかったが、でも振り返ったのだから、それは正解の言葉だったと今でも思う。


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場面:ともえを隠してた洞窟近くの森


木の下に、セルリアンの液体が流れている。

セルリアンの液体は、木をゆっくりと登っている。

木の上の枝から枝を、ゴリラとイエイヌが跳んで渡っている。ゴリラは木の箱を脇に抱えて、跳んでいる。

大きな木の大きな枝の上で、ゴリラとイエイヌが止まる。

ゴリラ:「……あれだな」

イエイヌ:「……えぇ」

木の隙間から、遠くの方に洞窟があるのが見える。

洞窟からは、次々とセルリアンの液体が出てくるのが見える。

イエイヌ:「ゴリラの予測は当たってましたね。ともえはまだ最初の洞窟にいる可能性があると。まだそこにいるなら、原理はわからないがセルリアンの液体を生み出し続けてるはずだと」

ゴリラ:「当たって欲しくはなかったがな。探す苦労はないが、救う困難は増しそうだからな」

洞窟の入り口全体から液体が出ている。

ゴリラ:「ふん。入る隙間すら、なさそうだ」

イエイヌ:「何か考えがあるんですよね、ゴリラは。だから途中で木の箱を持ってきたんでしょ?それって何が入ってるんです」

ゴリラ:「そうだな」

ゴリラは、木の箱を置き、地面に座る。ゴリラは、木の箱を開き始める。

ゴリラ:「あの洞窟は、博士の地下研究所を探す時に見つけた場所だ」

ゴリラ:「あの洞窟は、入口より先も続いていてな。すぐに真下へと続いて、別の場所に出ることができる」

イエイヌ:「でも、そんなのがあるなら、今頃セルリアンの液体で埋もれているはずですよね」

ゴリラ:「そうはならない」

イエイヌ:「どうしてですか?」

ゴリラ:「あの場所の真下の通路は、どっかから入ってきた海水で足上くらいまで埋まっている。『かばんとサーバルの旅』が正しければ、セルリアンは海水を苦手とするはずだ。だから、その通路は無事である可能性が高い」

イエイヌ:「でも、仮にその通路は通れても途中までなんですよね。ずっと海水が続いているわけじゃないでしょうし」

ゴリラ:「途中まで行ければいい。あとは向こうから落ちてきてくれるからな」

イエイヌ:「天井が崩落するってことですか?でも、そんなの偶然起きるはずが」

ゴリラが木箱の梱包を開く。

イエイヌ:「……!まさか……」

ゴリラ:「そうだ。これを使えばいい。これを使って天井を殴って落とせば、海水がある安全な真下に、セルリアンの一部ごとともえが落ちてくる。セルリアンは海水に弱いから、引き出せるはずだ。まぁ海水に付いたら石化を始めるから、それより早くともえを引き出す必要があるがな」


イエイヌが視線を向けた先には、金色の雫の瓶が大量に入っていた。


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場面:クロヒョウの過去。ヒョウとの特訓。


ジャングルが、そこにはある。

クロヒョウ:「くっ」

クロヒョウが転がりながら、木にぶつかる。

クロヒョウ:「ぐはっ」

クロヒョウの肺にある息が、吐き出される。

クロヒョウは苦痛に顔を歪めながら、地面を手で押し、横に体を転がらせる。

跳んできたヒョウの蹴りが、クロヒョウがいた場所に刺さり、それが木を根本から破壊する。

ヒョウ:「やられた瞬間は、さらに無防備になるんで、なんとか避けろってことは覚えたか」

既にクロヒョウはヒョウから離れており、そこで構えながら息を整えている。

ヒョウ:「戦い中に休む時は、距離を取れってことも学んだわな」

ヒョウ:「なら、これはどうや」

ヒョウがひょいと跳び、クロヒョウの目前に片足で降りてくる。

降りてくるヒョウに向かって、クロヒョウが右爪を振るう。ヒョウは攻撃をいなしつつ右腕を掴み、クロヒョウの右腕が伸び切った状態にする。

ヒョウは左足を強く踏みしめ、左腕を後ろに振りかぶる。

その時、クロヒョウが左手に隠していた大量の砂を、ヒョウの顔面にまく。

ヒョウは左拳の軌道を変え、左腕で砂をガードするやり方に変える。追撃にそなえる為、ヒョウは右手の拘束を外す。

手の拘束が弱まったクロヒョウは、体を無理矢理ねじらせて、後ろ蹴りをヒョウに放つ。

ヒョウは右手を追加し、両手クロスでその蹴りを受け止める。

ヒョウは蹴られた勢いのまま後転し、少し距離が出たら開脚後転で立ち上がる。

ヒョウ:「予測外にも対処できるように、のうてきたわな。でもな。それも連続となるとまだまだや。今も追撃する時間が、ワンテンポ遅いわ」

そのまま足をそろえたヒョウに対し、クロヒョウが殴りかかってくる。

クロヒョウの両手足の連撃が続く。それを事もなくヒョウはいなしていく。

ヒョウ:「並の相手なら、これまで教えたもんで倒せるやろ。だがな――」

クロヒョウの拳が、ヒョウの顔へと向かう。

ヒョウの額に当たる直前で、クロヒョウの拳が止まる。

ヒョウの拳が、クロヒョウの腹に当たっている。

クロヒョウは、地面へと崩れ落ちる。

ヒョウ:「あかん。やっぱ致命的に腕力不足や。それじゃあ爪の勢いや距離は出ん」

腹を抑えながら、地面に転がっているクロヒョウを、ヒョウが見下ろす。

ヒョウ:「……もう、ええやろ」

クロヒョウが、俯けていた顔をあげる。

ヒョウ:「訓練で、うっかり消してしまったことにしてしまお。いくらやってもこいつつまらんし」

クロヒョウ:「……お姉ちゃん」

ヒョウ:「――ハッ!」

ヒョウ:「こんなんで、ワイの姉妹を名乗れると思うとるんか!」

ヒョウが、光らせた右爪をクロヒョウへと下ろす。


ヒョウの切れた右腕が、空へと飛んだ。


ヒョウの視線の先には、ひざをついたまま刀を振り上げたクロヒョウの姿がある。白く光っていた刀が今、鉄の色に固定される。

ヒョウ:「………。ほーん」

ヒョウが、懐から出した五個のジャパリメイトを左手でぼりぼり食べる。

ヒョウの右腕が、根本から回復していく。

口を膨らませ、ごくりと飲み込む。

回復した右腕で、ヒョウは乱暴に口をぬぐう。

苦痛に耐えながら、クロヒョウはヒョウを見ている。

ヒョウは戦う構えを取る。

クロヒョウは刀を杖にしながら立ち上がり、刀を正面で構える。

ヒョウがニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。


ヒョウ:「おもろいやん。……お姉ちゃんってのも」


   ●


場面:足上くらいまで海水に浸かった通路


ゴリラが目をつぶっている。

ゴリラは息を吸ったり吐いたりしている。

両手を拳の形にして伸ばし、ゆっくり胸のあたりまで持っていく。

腰を少し落とし、構えを取る。

天井に顔を向け、目を開き、岩の天井をゴリラが思いきり殴る。

重い音が響き、ほんのわずかに欠けた岩がサンドスターに変わっていく。

僅かにゴリラの口元が引きつる。

ゴリラが右拳を戻し、代わりに左拳が天井を叩く。

狭い洞窟内に、岩の天井が叩かれる音が響く。

イエイヌは、水の上に浮かばせた木箱を支えながら、ゴリラを見ている。

ゴリラが苦痛に顔を歪めた後、片手をイエイヌに差し出す。

イエイヌは無言で金色の雫のふたを取り、ゴリラに渡す。ゴリラはそれを飲み干す。

ゴリラの瞳が金色になる。ゴリラの顔は苦痛に歪む。

その苦痛を振り払うように構えを取ると、天井を再び殴る。大きな音と共にわずかに欠けた岩がサンドスターになる。

イエイヌが、ゴリラを黙って見ている。天井を殴る音が響く。


イエイヌが金色の瓶を渡す。天井を殴る音が響く

ゴリラの顔が苦痛に歪む。天井を殴る音が響く

イエイヌが金色の瓶を渡す。天井を殴る音が響く

ゴリラの顔が苦痛に歪む。天井を殴る音が響く

イエイヌが金色の瓶を渡す。天井を殴る音が響く

ゴリラの顔が苦痛に歪む。天井を殴る音が響く


イエイヌは思う。ともえさんの為に、ゴリラはどうしてそこまでしてくれるのかと。


  ●


切り株に座り、目を閉じていたゴリラを思い出す。


イエイヌ(心の声):「……どうして」


  ●


ともえとイエイヌを図書館に閉じ込める指示をした、冷たいゴリラの瞳を思い出す。


イエイヌ(心の声):「どうして」


  ●


ともえを背負って戻ってきたイエイヌに対し、囲んだ火の前でニヤリとしているゴリラを思い出す。


イエイヌ(心の声):「どうして!!」


  ●


ゴリラの足は微かに震えている。

服は自動修復されずボロボロで、

腹も体も腕も傷だらけで、

顔は岩を殴る拳の痛みで歪ませ、くわえて金色の雫の副作用で顔の筋肉が痙攣しているゴリラがいる。


イエイヌ(心の声):「どうして、こんなボロボロになってまで、ともえさんと私のことを!!」


  ●


高い音と共に、天井が崩れる。

ゴリラがニヤリと笑う。

ゴリラの姿が落ちてきた岩の中に消える。


イエイヌ:「ゴリラ!!」


イエイヌは、はっと岩の天井を見る。

岩の天井は穴が開いていて、その上に光が射した天井が見える。


イエイヌ:「セルリアンが、……落ちて……来ない?」

イエイヌ:「くそっ、危険を感じて、逃げ出しましたか!」


イエイヌははっと、崩れた岩の方を見る。

イエイヌ:「ゴリラ!ゴリラ!!」

イエイヌはサンドスターが舞う中で、小さな岩をどかす。もどかしそうに、岩を崩したり、岩を投げ飛ばしたりして、岩をどかしていく。

岩をかき分けた先に、地面に倒れたゴリラを見つける。

イエイヌ:「ゴリラ!ゴリラ!!ゴリラ!!!」

ゴリラはゆっくり目を開く。

ゴリラ:「うるさいぞ。で、セルリアンは?」

イエイヌ:「ダメです!逃げてしまったようです!」

ゴリラは穴が空いた天井の向こうに、光が射しこんだ天井があるのを見る。

ゴリラ:「……。――ふん。まぁこの場所から外に出しただけ、ましか……」

ゴリラが立ち上がろうとする。イエイヌが驚いて、止めようと手を伸ばす。

イエイヌ:「ダメです!そんなボロボロの体で!」

ゴリラは、手を伸ばしたイエイヌの手を払う。

ゴリラ:「勘違いするな。お前の目的はなんだ」

イエイヌ:「それは、……ともえさんを助けることです」

ゴリラ:「そうだ。それを忘れるな。お前はその目的の為に、俺を利用し尽くせばいいだけだ。他のことは何も考えるな」

イエイヌ:「……でも」

ゴリラ:「いいな。わかったな」

ゴリラはイエイヌを睨みつける。イエイヌは、困惑した顔を覚悟をした顔に変え、頷く。

ゴリラ:「ふん。それでいい」

ゴリラがよろよろと、立ち上がる。

イエイヌが思わず手を伸ばそうとするが、その手を自分の横に戻す。


ゴリラ:「そうだ。それでいい」


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場面:ともえがいた洞窟の入り口付近


イエイヌが洞窟の中から出てくる。

イエイヌ:「やはり、ともえさんはいないですね」

ゴリラは、洞窟外の壁に寄りかかり、目をつぶって座っている。

イエイヌ:「……ゴリラ?」

ゴリラ:「……聞いている」

ゴリラはふーとため息を吐く。

ゴリラ:「まぁ、そうだろうなとしか思わないな。何故だか知らないが、ともえがセルリアンを産む中心となっている。そりゃ連れてくだろうとしか」

イエイヌ:「くっ。どうしてこんなことに」

ゴリラ:「それはわからん。だが、そうならばここから探す方法もある」

イエイヌ:「えっ、今ものすごく広がっているセルリアンから、ともえさんがいる場所を見つけられるのですか?」

洞窟前の崖下には、一面セルリアンに広がった光景がある。

ゴリラ:「あぁ。少し観察していたのだがな。ともえがセルリアンを生み出しているのならば、その場所は他の場所より液体が波打っているはず。それをたどればいいだけだ」

イエイヌは、この洞窟に来た時に、中から液体が大量に出てきたことを思い出す。

イエイヌ:「なるほど!その手がありましたね!」

イエイヌ:「じゃあ、このままいってしまいましょう。はやくともえさんを助けないと」

イエイヌが尻尾を振って、崖下への道を行こうとする。ゴリラは座ったまま動かない。

イエイヌ:「……ゴリラ?」

ゴリラ:「俺はもう、ここまでだ」

イエイヌ:「……えっ?」

ゴリラ:「見てみろ」

ゴリラは腕に付いたアームカバーをめくる。そこが薄くなりかかっている。

ゴリラ:「俺はもうすぐ消える。それに金色の雫の使い過ぎで、体もおかしくなっている。大して動けないやつを連れていっても、足手まといだ。だから置いていけと言っている」

ゴリラが閉じていた目を開く。ゴリラの目は金色と黒の入れ替わりを滅茶苦茶に繰り返している。

イエイヌは驚くが、すぐに怒った顔になる。

イエイヌは、ゴリラの前へとしゃがみ込み、ゴリラの手を取り、背中に負おうとする。

ゴリラ:「……何をやっている。役立たずは置いていけと話したはずだが?」

イエイヌ:「いいえ。あなたはまだ役に立ちます。ろくに動けなくても、作戦を考える力があるじゃないですか」

イエイヌはゴリラを背中に背負う。

イエイヌ:「ここまで来たのです。最後は私の代わりにやられるくらいしてくれないとダメです。だってこっちは散々あなたに振り回されたんですからね!」

ゴリラは変な顔をして、ははっと小さく笑う。

ゴリラ:「――ふん。お人好しめ」


イエイヌは無言で、崖下への道を歩いていく。


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場面:クロヒョウ独白


ヒョウをお姉ちゃんと慕って過ごす日々は、頼りになってとても楽しかった。

ゴリラをお姉ちゃんと思って戦った時間は、何も考えなくてとても楽だった。


でも、そんな時間はもう終わり。

あとは私の命が尽きるまで、この闇の中でじっとしているだけ。


何の役にも立たない私。

飾られて何もしない私。


そんな私には、この闇こそがふさわしい。


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場面:崖と、崖に挟まれた海に面した少し広い空き地


イエイヌと背負われたゴリラが、崖下を見ている。

少し広いだけの空き地からは、セルリアンの液体が大量に生み出され、波打っている。

ゴリラ:「ここだな」

イエイヌ:「また奥まったところにいますね。狭いところが好きなんですかね?そのセルリアンってのは」

ゴリラ:「それは知らないがな。でもまぁ好都合だ」

イエイヌ:「何か作戦が?」

ゴリラ:「あぁ。下におろせ。これから説明する」

イエイヌは背負っていたゴリラを地面におろす。ゴリラは落ちていた石を拾い、地面に書き出す。

ゴリラは左横にした丸底フラスコみたいな図を描く。

ゴリラ:「この細いところの上が高く切り立った山の部分。下が今俺達が歩いてきた少し高い場所の道だ。ここから見下ろすと下は、両方の崖に挟まれた狭い道になっている」

ゴリラは石で、細い部分を指す。

ゴリラ:「丸い方の外の上と横は海。下は俺たちの先にある道だ。ここまではいいか」

イエイヌ:「はい」

ゴリラ:「そしてともえがいる位置だが、ここから見る限り、この丸い部分の中心だろう」

イエイヌが崖下を見る。空き地の真ん中あたりから、液体が湧いて盛り上がっている。

イエイヌ:「まぁ、そうでしょうね」

ゴリラ:「かばんとサーバルの伝説では、この大きなセルリアンの液体は少しの時間は潜れるらしいが、長時間はいられないらしい。とてもじゃないが、この中心まで泳いで行って、無事に戻っては来れないだろう」

イエイヌ:「じゃあ、どうします?」

ゴリラ:「簡単な話だ。あいつらは脅威が来たら、ともえを逃がすようになっている。だから、こっちの空き地の方で脅かせば、この細い通路を液体が通って、ともえを逃がそうとする」

ゴリラ:「そこで待ち受けて、ともえが来たら捕まえればいい。来るのは一瞬だろうから、液体から出る時間はあるはずだ」

イエイヌは腕を組む。

イエイヌ:「質問いいですか?」

ゴリラ:「なんだ」

イエイヌ:「勢いよく液体が流れている中で、どうやってともえさんを待ち受けることができるんですか?液体に入った時点で流されたり、勢いが強すぎてともえさんを受け止めきれなくなりませんか?」

ゴリラ:「それはこの近くの倉庫にある長いロープを使う」

イエイヌ:「え、ロープがあるんですか?」

ゴリラ:「ある。これの片方をまず、崖の近くの岩に引っ掛ける。もう片方をお前の体に結ぶ。こうすれば流されずに済む。だが、ほぼピンと張った状態になるから調整は難しいだろう」

イエイヌ:「あっ、ならそれなら二段階の方法を取りましょう」

ゴリラ:「二段階?」

イエイヌ:「はい。最初に待ち構える位置では、ロープの長さの3分の1くらいになるような結び方をします。この結びをほどけば、元の長さまでロープを使えます。流れで伸び切るまでの間に、ともえさんを捕まえたり、勢いを殺したりできるはずです!」

ゴリラ:「液体の中で結びをほどくのは難しくないか?」

イエイヌ:「いや簡単ですよ!輪の中に手を入れて軽く引っ張れば取れる結び方です!でも輪の中に入れない限り引っ張る力は強くて、水の中でも簡単にほどけたりしないんですよ!」

ゴリラ:「……本当に、そんな結び方があるのか?」

イエイヌ:「ありますよ!私は、ある程度のサバイバル知識は持っているんですから!」

ゴリラ:「……ふん。昔にお前と仲間になっていたら、変わった未来もあったのかもな」

イエイヌ:「……ゴリラ?」

ゴリラ:「なんでもない。役割を決めるぞ」


イエイヌ:「わかりました!」


   ●


ゴリラ:「で、役割分担だが、俺がセルリアンに脅威を与える。イエイヌ、お前が受け止める係だ」

イエイヌ:「待ってください」

ゴリラ:「なんだ。逆は難しいぞ。お前がセルリアンに脅威を与えられるのか?」

イエイヌ:「まぁ、難しいですね。ボロボロのあなたより、私の方が弱いのは確かです」

ゴリラ:「じゃあ、なんだ?」

イエイヌ:「具体的にどうやって脅威を与えるのですか?そんなボロボロの体で」

ゴリラ:「簡単な話だ。金色の雫を飲んで高い所から、あいつらに殴りこみだ」

イエイヌ:「それは!!」

ゴリラ:「まぁ今度こそ消えるだろうな。さすがにあそこに落ちたら助かる術はないだろう」

イエイヌはゴリラの胸倉を掴む。イエイヌはゴリラをにらみつけるが、ゴリラは真顔でイエイヌを見る。

イエイヌ:「どうして!どうしてそこまで!あなたはもっと、非道なフレンズだったでしょうが!」

ゴリラはイエイヌをにらみ返す。

ゴリラ:「それ以上は言わない。もはや俺に言う資格はないからな」

イエイヌの胸倉を掴む手に、力が込もる。ゴリラはイエイヌをにらみ返し続ける。

イエイヌ:「くっ!」

イエイヌが胸倉を掴む手を放して、後ろを向く。

ゴリラは掴まれた部分を直し、苦痛に耐えながら立ち上がる。

イエイヌは奥歯をかみしめながら、歩き出す。

ゴリラはイエイヌの方に顔を向ける。

ゴリラ:「さぁ行け!お前はお前の大切なものを選べ!本当に大事な時は、その選択を間違えるんじゃない!」

イエイヌは歩く速度を上げていき、走り出した。


イエイヌ:「何が私がお人好しですか!あなたの方がずっとお人好しじゃないですか!」


   ●


場面:クロヒョウ独白。


……いつまで、この闇でこうしているのだろう。

……私は、あとどれだけ生きていけば消えるのだろう。


闇。闇。闇。

闇の闇の闇の闇の闇。

闇という闇の、闇としての闇の、闇のなかの闇の、闇からの闇。


私はここから生まれて、ここにいて、ここに帰ってくるのだと思っていた。


それをしていれば、心地よく終われるのだと、そう思っていた。


そう、思っていた。


   ●


場面:崖の上にいるゴリラ


ゴリラが走り、崖の上から飛び降りる。

ゴリラが頭から落下していく。

ゴリラが右手を振りかぶる。右手が黄金色に輝く。

ゴリラ:「うおおおおおおおおおお」

ゴリラの右手が、セルリアンの液体の海にぶつかり、爆ぜる。周囲のセルリアンの液体が周囲にちらばり、サンドスターとなって舞う。

セルリアンの液体が、ゴリラが開けた穴をふさぐように戻って行く。ゴリラの上半身が、その勢いで水面から出る。

ゴリラの右手は完全に消滅している。

僅かに金色を遺す瞳で、ゴリラが周囲を見る。

遠くの方で、ともえの体がセルリアンの液体の中を移動しているのが見える。ゴリラは笑みを浮かべるが、すぐに眉をひそめる。

ともえの体がイエイヌがいる狭い山道でなく、高い山側の外に向かって運ばれている。

ゴリラ:「くそっ、何故だ!」

ゴリラが目を細くする。

高い山側の後ろに、人一人歩けるくらいの狭い道があるのが見える。

ゴリラ:「そんな道があったのか!」

高い山の外側へと、ともえの体が運ばれている。

ゴリラ:「させるか!」

ゴリラは懐から金色の液体を入った瓶を取り出す。口で瓶のふたをガラスごと噛みちぎり、傷ついた口からサンドスターがこぼれる。ゴリラは瓶の中に、サンドスターのつばを吐く。ゴリラは腕のアームカバーをちぎり、瓶の口をそれで封印する。

ゴリラは残った左手に力を込める。ゴリラの腕が膨らみ、思いきり瓶を投げる。

瓶が遠くへ速く飛び、移動しているともえの体を追い越す。

瓶が高い山の崖へとぶつかると、爆発した。

イエイヌが驚いたように、そちらの方向を見る。

ゴリラが手を振り切った格好で、見ている。

セルリアンの液体内の、ともえの体移動が方向を変えて、狭い山道の方へと向かう。


ゴリラがやり切った笑みを浮かべる。


   ●


場面:クロヒョウ独白


ここにいれば、最後にはすべてが否定されていく。

楽しい思い出も、楽な思い出も、私から出る否定に全て消されていく。


忘れてしまう。何も覚えておくことができなくなる。

感情が、感情が削れて何も反応できなくなる。

消える前に、消えたような気分になっていく。


そういえば前にも、こんな感覚を覚えたことがあった。

これは、いつの感覚だったか。


……あぁそうだ。檻と城の中での感覚だ。


頑張ってるのに否定をされ続けて、

何もしないまま刺激だけを求めて、

同じ、一つだけのものに塗りつぶされていく感覚だ。


同じ、一つだけのもの?


・・・・・・・・・


私は今、消えていきそうなヒョウとゴリラの日々を思い出す。


私の中で一番輝いていた瞬間、

私の中の全てと思えるこの瞬間、


この瞬間は、これもまた同じ、一つだけのものに塗りつぶされていただけではないか?


・・・・・・


信頼の感情のみだけで生きて

忘却の感情のみだけで生きて


それがどんなに望ましい感情だったとしても、それ一つだけで生きるとしたら、

それは、あまりに容易く消えてしまうものだったのではないか?


――それなら、消えるのも当然だ。


穴の開いたバケツに、無理矢理詰め込まれたような感情。

過去の私を忘れようとして、そこと繋がっていない感情。


そんな感情では、どんなに積み重なっても、永遠のように長い時間を経たものであっても、

いつかは、何も残らなかったと思わされる時が来るのだ。


――今、パークの雪が、何も残っていないように。


あぁそうだ。私は、もっといろんな感情で生きていくべきだったのだ。

過去の感情とも向き合い、その感情を今どうするか、今の行動でその感情はどう変化しているのか、

そういうことも、感じるべきだったのだ。


でももう遅い。私には、もう何をする力も残っていない。

どんなに叫ぼうとも届かず、

どんなに手を伸ばしても触れられない。


ただ、闇の中で一人、朽ちていくことしかできないのだ。


  ●


場面:山道の上で待っているイエイヌ。


イエイヌが跳びこむ構えで、セルリアンの液体を見ている。

セルリアンの液体内を、ともえの体が移動している。

イエイヌが跳びこむ構えで、セルリアンの液体を見ている。

セルリアンの液体内を、ともえの体が移動している。

イエイヌが跳びこむ構えで、セルリアンの液体を見ている。

セルリアンの液体内を、ともえの体が移動している。


イエイヌが、セルリアンの液体内に跳び込む。


イエイヌが水中に落ちて、手足をもがかせている。

ロープが、セルリアンの液体の流れによって徐々に張られていく。

イエイヌが水中内で目を開く。

薄黒い液体が、イエイヌの横を通っていく。

勢いよく流れた木の枝が、イエイヌの頬を傷つける。

イエイヌは歯を食いしばり、左手を結んだロープの中に入れる。

イエイヌは、液体の中を見据えようとする。

イエイヌは、液体の中を見据えようとする。

イエイヌは、液体の中を見据えようとする。

薄い影が水中の先に見える。

イエイヌの目が開かれ、急いでロープの結び目をほどく。

ともえの体が、イエイヌへとぶつかる。

イエイヌはともえを捕まえながら、水中を滅茶苦茶に流される。イエイヌの両手はともえの服を強く掴んでいる。流れの勢いに徐々に掴みがほどけていき、左手が外れる。

イエイヌが歯を食いしばる。右手がより強い力で掴まれる。だが流れの勢いに徐々に掴みがほどけていく。小指がほどけ、薬指がほどけ、全部の指がほどける。

ともえの体が、イエイヌから水中へと持っていかれる。

イエイヌの手は、再びともえを掴もうと動く。動いた先に、ともえが手に持っているマフラーがある。

イエイヌの手がともえのマフラーを掴む。

ロープがピンと張られる。

マフラーから手が離れたともえは、セルリアンの液体内を流れていく。イエイヌは声なき声で叫びながら、ともえを掴もうと手をもがかせる。ともえは奥へと流れていく。イエイヌは邪魔なロープを体から取ろうとするが、うまくいかない。ともえはさらに奥へと流れていく。イエイヌは奥へと流れていくともえを見る。ともえはさらにさらに奥へと流れ、姿は見えなくなる。イエイヌは手をともえへと伸ばしながら、声なき声で叫ぶ。ともえがいない薄い闇が、そこには広がっている。


    ●


液体面から、体が出る音がする。


イエイヌがはっ、と気づく。のどに何か詰まっていて息がつまりそうになり、即座に横になり、セルリアンの液体を吐き出す。

ゲェゲェと吐いてる中で横を見ると、セルリアンの液体にいる誰かの手が崖を掴んでいるのに気づく。

イエイヌが気づいて視線を向けると、顔がこわばる。

下半身をセルリアンの液体に付けているゴリラは、上半身も傷だらけで、傷からはサンドスターがこぼれている。ゴリラには右腕がなく、残りの消えかかった腕がかろうじて崖を掴んでいる。ゴリラの顔半分が消えかかっている。

イエイヌ:「………あっ、ゴリ――」

ゴリラの腕が消え、ゆっくりとした液体の流れにゴリラの体が持っていかれる。

イエイヌが手を伸ばそうとするが、体が床に崩れてしまう。

床に潰れたイエイヌが、地面を掻きながら、前に進もうとするが全然動かない。

ゴリラの体が徐々に、液体へと沈んでいく。

イエイヌは必死に手を伸ばす。液体面が遠すぎて届かない。

ゴリラの顔が液体に沈もうとする。

ゴリラの口が笑みを浮かべたまま、沈んだ。

イエイヌの顔が歪む。

液体面にサンドスターがわずかに浮かび、流れていく。

流れた後に、薄暗いセルリアンの川が残った。

イエイヌ:「ゴリ……ラ………」

イエイヌは、奥歯を強く噛む。

イエイヌ:「どうして……最後まで……」

イエイヌ:「あなたを、嫌いでいさせてくれなかったんですか!」

イエイヌの後ろに影が差す。

イエイヌがふと後ろを見る。

波のように迫ったセルリアンの液体が、今まさに覆いかぶさろうとしている。イエイヌの目が驚愕に開かれる。


イエイヌの姿が、セルリアンの液体に飲み込まれた。


ロープが千切れる。マフラーを握ったイエイヌが、深い液体の奥へと流されていく。


    ●


場面:クロヒョウ独白


……あれは、……あれはなんなのだろう。


私はいつの間にか歩いていた。

どこまでも続く闇の中を歩いていた。


そこで見つけた。

私のように、真っ黒になって、ひざを抱えている存在の姿を。

帽子をつけた、存在の姿を。


……あれは、あれはどこかで見たことあるが、私はそれが誰だったか思い出すことはできない。


・・・・・・・


私はどれだけの時間、そいつを見ていたのだろう。


ふと気づくと、その黒い存在の近くに、白く輝く存在が立っていた。

耳がついて、何かを持っている存在の姿だ。


白く輝く存在は、黒い存在へと近づいていく。

黒い存在はひざを抱えたまま、白く輝く存在に対している。

私には、その黒い存在が、白く輝く存在に、おびえていることが伝わってくる。


そうだ。そんな存在を近くに置いたら、私のような存在は、消えてしまう。

相手に憧れたり、相手に劣っているような気分を抱いて、

それでその感情のことばかり考えて、同じ一つだけのもので塗りつぶしてしまうのだ。


そのおびえを知ってか知らずか、白く輝く存在は、黒く濁った存在に近づく。

白く輝く存在は、黒く濁った存在に優しく、何かを語りかける。

黒く濁った存在は、首を振り続ける。

白く輝く存在が優しい目でじっと待っていると、黒く濁った存在は顔をあげて口を開く。

黒く悲しい言葉に、白く輝く存在は、真摯に、丁寧に答えていく。



あたしは役立たずなの   


    私はあなたがいて、とても助かりましたよ


あたしは誰からも必要とされてないの 


    私には、あなたが必要ですよ


あたしはとてもさみしいの


    私は、あなたがさみしくないようにしますよ


全部全部あたしのせいなの!     


    私はそんなことを思っていませんよ。


私から離れて!私は傷つけたくないの!


    それでも私は、あなたのそばにいますよ


私は、生まれてこなければ良かったの! 


    私はあなたが生まれてきて、とても感謝しています



    だから、私は……



白く輝く存在は、黒く濁った存在を強く抱きしめる。

黒く濁った存在は驚き、涙を流し、そして抱きしめ返す。


そこで私は気づいた。


白く輝く存在には、黒く濁った部分があったことを。

黒く濁った存在には、白く輝いていた部分があったことを。


そうか。二つは違う存在ではなかったのだ。

二つとも、同じものを抱えていた似た存在だったのだ。


だから、二人が二人でいるならば、

今は辛くて、黒く濁ったものになったとしても、

昔に誰かを助けていれば、その白い輝きによって今の黒さが癒されていく。

かつて、自分で分け与えた白い輝きが、

自分の黒い濁りを救うことになる。


そうやって、日々を笑いあった二人は、

互いに辛い時に支えあい、全てを、どこまでも乗り越えていくのだ。


それが同じ一つのものに塗りつぶされない、複雑で、豊かな生き方だったのだ。


・・・・あぁ、私は。


私の目から、初めて止まらない涙が流れる。


私は、あの二人のような、フレンズが欲しい。

私は、そんな君たちとフレンズになりたい。


私は涙を浮かべながら、心からの笑顔を浮かべる。

歩く先には、抱きしめ合った後で、黒い濁った存在の首に、祝福のように何かを巻こうとしている白い存在がいる。

そうして、二人に声をかけようと、私は近づいていく。


私は、二人に手を伸ばそうとする。


しかし私は、その輝く光の中で、自分の手の状態に気づく。


全てが薄くなっていて、今にも崩れそうな自分の身体を。

終わる時間がすぐにやってくる、私自身の気持ちも。


一度うつむいた私は、周囲を見渡し、その二人を見つめ、今の現状を全て把握する。


だから私は、少し黒い濁りを得た白く輝く存在と、

白く輝くものを得た黒く濁った存在二人に手を伸ばし、


その二人を、――崖の下へと突き飛ばした。


その二人は、深い闇の中を落ちていく。


クロヒョウ:「イエイヌ、ともえ。君たちは――こんなところに、いてはいけない」


クロヒョウは泣き笑いの顔で、二人を見送る。


   ●


場面:アムールトラと戦った平原


イエイヌが、セルリアンの黒い液体から出される。

手をついたイエイヌがゲェゲェ吐く。

イエイヌが何かに気づく。

イエイヌ:「……今のは!? クロヒョウ!クロヒョウ!」

イエイヌが立ち上がり、周りを見渡す。

イエイヌ:「あっ」

少し先の場所で、サンドスターで全身が少し輝いているクロヒョウが、イエイヌの方を見る。

クロヒョウは笑みを浮かべると、一つの方向を指す。

イエイヌは、黒いセルリアンの液体の中で、白く輝いている部分がある場所を見つける。

イエイヌがクロヒョウに顔を戻すと、クロヒョウは消えて、サンドスターが舞っている。

イエイヌが驚き、思わず手を伸ばすと、その手にはピンクのマフラーが握られている。イエイヌは、自分がマフラーを握ってることに気づく。

イエイヌはマフラーをじっと見ると、強くうなずく。

イエイヌが白い輝きに向けて、全力で走り出す。

走り出すイエイヌに向かって、液体セルリアンの触手が襲いかかる。

イエイヌが金色に目を光らせて、殴りかかろうとする。

その直前に白い影が入って、その触手をサンドスターに散らす。

イエイヌが驚く。白く輝くフレンズのシルエットが、手を振り切った体勢で立っている。

イエイヌ:「あなたはもしかして……サーバル……さん?」

そのシルエットがうなずいて消える。イエイヌが驚いている。

驚きで固まるイエイヌの背後から、セルリアンの触手が大量に襲ってくる。

そのセルリアンの触手が、跳んだ白く輝くフレンズ達によって、一斉に散らされる。


イエイヌが驚いて振り向くと、白く輝くフレンズ達は空中で笑みを浮かべる。


    ●


地下深くにある研究施設。

水槽の中に浮かぶ、赤と青の羽のついた帽子を被ったヒトが、笑みを浮かべる。


    ●


イエイヌは全力で駆け出している(ここでようこそジャパリパークの曲が流れる)。


イエイヌが駆け出す先には、白く輝くフレンズ達がいて、触手を倒している。


トキが歌い、触手セルリアンが一斉に引く。引いた先にはでかい落とし穴があって、そこに液体が落ちていく。そこを覗いているスナネコとツチノコがいて、その後ろから輝く木が大量に倒れてくる。とっさにスナネコを掴んだツチノコが木を避ける。輝く木はセルリアンの液体を押しつぶして、サンドスターに変わる。

輝く木の根元にはオグロプレーリードッグがいて、後ろでアメリカビーバーが満足そうに頷いている。


イエイヌに向かう触手攻撃をシロサイが防ぎ、弾かれた触手に跳んだパンサーカメレオンが何かをばら撒き、ぶつかった瞬間触手が爆ぜる。イエイヌがその爆風の中をくぐって、さらに前に行く。そこに触手が大量にやってくるが、イエイヌの前を走り出したニホンツキノワグマと、オーロックスと、アラビアオリックスがそれぞれの武器で殴り、道を切り開く。


5匹のペンギン達とマーゲイがそれぞれ触手攻撃を避けて苦戦していると、キタキツネとギンギツネが一つの方向を指す。その方向に一斉にペンギン達が逃げる。そこを触手が襲おうとするが、空飛ぶハシビロコウから地面に落とされたアフリカタテガミヤマアラシが巨大な針を発射して、その触手を全て倒す。倒したアフリカタテガミヤマアラシが一番びっくりしている。


アミメキリンが指示を出し、オオコツメカワウソが石を投げて触手を倒している。

ジャガーとタイリクオオカミが跳んで、液体に殴りかかっている。

追ってくる触手から逃げ回っているアルパカスリに、カバが駆け付けて触手を倒す。


イエイヌの前に巨大なセルリアンの液体が立ちはだかる。

イエイヌ:「これじゃあ、先に行けません。どうすれば」


鳥のフレンズから跳び下りた、ヘラジカとライオンが全力の攻撃をして、セルリアンの液体が飛び散る。


イエイヌ:「これで先に行けます!ありがとうございます!」


イエイヌがまた走り出すと、一緒にヒグマとキンシコウとリカオンも付いてくる。その後ろからアライグマもなぜか追いかけてきて、フェネックはそれに付き合って走ってる。

その光景を見たヘラジカとライオンは、見合って笑う。


イエイヌは、白く輝くフレンズが戦う中を、駆けていく。


ロバとカルガモが共に戦っている。

パンダとレッサーパンダが共に戦っている。

アリツカゲラとアードウルフが共に戦っている。

オオミミギツネとハブとブタが共に戦っている。

カリフォルニアアシカとバンドウイルカが共に戦っている。


リョコウバト、キジバト、カワラバト、アフリカジュズカケバト、シラコバトが、次から次へとたくさんのフレンズを上から投下させ、投下されたフレンズは液体セルリアンを攻撃し、セルリアンをサンドスターに変えている。


イエイヌ:「みんな、私達の為に戦ってくれるんですね」


イエイヌの隣に、オオセンザンコウが立つ。

オオセンザンコウ:「違いますね。結局フレンズは、群れでいたいだけなんですよ。それ以外は何も持たない存在なんです」

イエイヌ:「それでも構いません!私もともえさんと同じように、フレンズ達が、大好きですから!」

イエイヌがオオセンザンコウの隣を、走って通り過ぎる。

オオセンザンコウはふっと笑う。その腕にオオアルマジロが抱き着く。


イエイヌ:「見えました!!」


激しくなる触手攻撃の中で、白く輝く場所が見えてくる。


目の前を走るチーターが、触手を蹴散らして消える。

大量に来る触手に、メガネカイマンが手元のボタンを押すと次々触手が爆発していく。

プロングホーンとロードランナーも攻撃で、触手を蹴散らしていく。

ヒョウが次々に襲ってくる触手をすごい速度で倒すが、壁は厚くイエイヌは先には行けない。

もどかしい顔をするイエイヌが、ともえがいる白く輝く場所を見ると、ゴリラが白く輝く部分の隣に立っていることに気づく。イエイヌは驚く。

ゴリラがセルリアンの液体の、白く輝く部分に手を突っ込むと、そこからともえを引きずり出す。

イエイヌが驚いていると、ゴリラはともえをイエイヌの方に投げる。イエイヌは何とか、ともえを抱き止める。

イエイヌはゴリラをにらむと、ゴリラは笑いながら消える。

イエイヌが呆れた顔をする。


その後ろから巨大な四つ足セルリアンが、二人に襲いかかる。


何かが駆けてくる音がして、それが跳ぶ音がする。

イエイヌが四つ足セルリアンを見上げる。

白く輝くアムールトラが、四つ足セルリアンを殴っているのが見える。

眠っていたともえが目を開いて、白く輝くアムールトラを見ている。

アムールトラが二人を見て、笑顔になる。


四つ足セルリアンが弾けて、周囲一帯にサンドスターがきらきら舞う。


森の中にある岩のかまくらに、サンドスターがきらきら舞っている。

倒れた観覧車がある場所に、サンドスターがきらきら舞っている。

ログハウスの街と店に、サンドスターがきらきら舞っている。

ホテルが沈んだ湖に、サンドスターがきらきら舞っている。

西洋城とアシカショーの会場に、サンドスターがきらきら舞っている。

図書館とジャングルに、サンドスターがきらきら舞っている。


イエイヌがいた住宅跡地に、サンドスターがきらきら舞っている。

サンドスターがきらきら舞う中で、上を見上げた白く輝くフレンズ達は次々消えていく。


平原には、イエイヌとともえ、アムールトラだけが残される。


   ●


サンドスターがきらきら舞う中で、白く輝くアムールトラが立っている。アムールトラは優しい顔で、ともえのことを見ている。

抱えられたともえはイエイヌを見ると、イエイヌはともえを下ろす。

ともえはイエイヌを振り返る。イエイヌはともえに近づき、優しくマフラーを巻く。イエイヌはともえに頷く。

ともえは、アムールトラの方に近づく。


一歩一歩アムールトラへとともえは向かう。アムールトラはともえを優しい顔で見ている。

さらに一歩近づくと、空から降ってきた大き目のサンドスターがともえに当たる。


ともえの世界が白に染まる。


ワシミミズクとアフリカオオコノハズクの姿が一瞬、目に浮かんで消える。


   ●


場面:サンドスターが見せる過去のパークの光景。


多数のアンドロイドに向かい、巨大なロボットと男の軍人達が戦っている。

フレンズ達はおびえて、穴の中に隠れている。


負傷して足をひきずる軍人が草をかき分け、森を抜ける。

そこには風に髪をなびかせながら立つ、美しいアムールトラが立っている。


軍人がベッドの上で、アムールトラに看病されている。

軍人が何かを話す。アムールトラが楽しそうに笑う。

隣では、犬が寝ている。


基地で、コントローラーを黙って動かす男達。

別の基地で、画面を指しながら半狂乱で叫んでいる女達。


とある女がボタンを押す。

巨大ロボットの操縦席にいた、目をグルグルさせた少年が黒い液体に飲まれていく。

巨大ロボットが黒い液体に飲まれ、セルリアンになっていく。


アムールトラが家の外に出るとそこは、イエイヌ達がいた家の場所で、アムールトラが歩いた先ではワシミミズクが立っている。


杖を持った軍人が、必死にアムールトラを引き留めようとする。

アムールトラは困ったように微笑んでから、軍人に向かって口づけをする。

驚く軍人を、アムールトラは思いっきり抱き締めて、何かを叫ぶ。

アムールトラは軍人から体を離して、また思いっきり口づけした後、離れていく。

すがるように軍人が、アムールトラに向かって声を挙げる。

振り向いたアムールトラは笑いながらお腹をさする。

アムールトラはそのまま振り返らずに、去っていく。

軍人が泣き笑いの顔で、地面に崩れる。


黒い巨大なセルリアンは、パークの島にも海にも世界にも、黒い液体を降らしている。


近未来の都市の上に、大量の黒い液体が降り注ぎ、そこでコントローラーを握っている男と家全てが溶けていっている。

雑多な都市の上に、大量の黒い液体が降り注ぎ、狂乱した女が男を蹴りながら、豪華な建物と一緒に溶けていっている。


大量のアンドロイドが倒れ、大量のフレンズがサンドスターに変わる中、巨大な黒いセルリアンの前に、背中や両手に装置を抱えたアムールトラが挑むように立つ。

アムールトラが黒いセルリアンに何かを叫ぶ。アムールトラが装置に手を置く。装置が輝き出し、アムールトラが白い輝きに包まれる。アムールトラの身体が徐々に大きくなって、黒いセルリアンと同じサイズになる。


島に白い輝きと、黒い液体が降ってくる中、軍人は犬を抱きしめながら洞窟に隠れている。

洞窟が揺れた後、外を見ると、白く輝く巨大な獣が、巨大な黒いセルリアンを抱きしめ、取り込んでいる。

巨大な黒いセルリアンが、完全に取り込まれる。その瞬間、白い輝きの中に巨大な黒い輝きが飲み込まれて、強い光が一帯を照らす。

光が消えた後、巨大な白黒の獣が、小さなアムールトラと彼女が抱えた何かになり、地面へ落ちていく。

軍人が洞窟を出て、アムールトラがいる場所に向かって叫ぶ。

その軍人の上に枝が、早い速度で降ってくる。


犬が吠えている中、倒れた軍人が起き上がる。枝が腹に突き刺さっているので、顔を歪めながら、刺さってない場所の枝を折り、動けるようにする。軍人は犬を一撫でする。

軍人は少し離れたところに、様子がおかしいカルガモが籠を持って立っていることに気づく。

虚空にホログラムのワシミミズクが現れ、軍人に話しかける。

驚いた軍人が籠の中に顔を向けると、中にはヒトの赤ちゃんがいる。

その中身に戸惑っていると、カルガモは籠を軍人に渡す。

籠を渡したカルガモは、小さな旗を取り出して、どこかに歩き出す。

軍人が、ホログラムのワシミミズクに話しかける。自分の腹の枝を指さす。

息をのんだワシミミズクは、一度ため息をして、森の奥を指さす。

軍人は籠を抱えながら、頷く。


木にもたれかかったワシミミズクは小型装置のスイッチを切り、そこらへんに放り投げる。

疲れ果てたワシミミズクの視線の先には巨大な木があり、そこには大きな鎖の鉄枷を付けられたアムールトラがいて、うなっている。

ワシミミズクが悔しさに顔を歪める。


腹から血を漏らしながら軍人が、何かの建物のカプセル装置の前に辿り着く。

籠の中の赤ちゃんを取り出して、カプセルの中に置く。

男は建物の中から服とカバンを持ってきて、カプセルの中に入れる。

カプセルを閉じようとした男は、考えて一度どこかに行き、マジックを手に戻ってくる。

男はカバンに何か文字を書いて、カプセルを閉める。

力が尽きた軍人は、カプセルに背中を預ける。そこに、犬がやってくる。

軍人は寄りそう犬を、震える手で撫でる。

軍人は犬に向かって、何かを言い聞かせる。犬は強く吠える。

安心した軍人は、目を閉じる。


カプセルが起動している。

起動したカプセルの中には、赤ちゃんと服とかばんが入っている。


かばんには、『ともにいよう、えいえんに』と書いてある。


   ●


風に髪をなびかせながら立つ、美しいアムールトラが立つ光景が見える。

アムールトラはこちらに顔を向けると、嬉しそうな顔を浮かべる。

軍人の男がやってくると手をつないで、二人でどこかに歩き出す。


   ●


ともえ:「――待って!!……おかあ……さん!」


   ●


ともえが手を伸ばす。


白い輝きが消え、笑顔のアムールトラが幻に消える。

足元を見るとそこには、アムールトラの動物死体だけが横たわっている。

ともえは驚き、歩みを止める。


ともえは自分の手を見る。

手にはサバイバルナイフが握られている。

ともえは戸惑い、アムールトラの動物死体とナイフを交互に見る。

何かに気づいたともえは、アムールトラの動物死体へとふらふら歩み寄り、愕然とひざを付く。手から落ちたサバイバルナイフが地面に落ちる。

ともえはアムールトラを呆然と見ている。

ともえはちらりとサバイバルナイフを見る。ナイフから目を逸らす。またナイフを見る。

空にはまだ小さくサンドスターが舞っている。イエイヌは黙って、ともえを見ている。

震える手でともえはナイフに手を伸ばす。伸ばした手を引っ込める。周りをきょろきょろ見る。ナイフに視線を合わさずにおそるおそるナイフに手を伸ばす。

ナイフに手を置いた状態で、動物になったアムールトラをじっと見る。

アムールトラの頭。アムールトラの首。アムールトラの模様。アムールトラの足。アムールトラの尻尾。

ともえは首を横に振る。辛そうにうつむく。

サバイバルナイフを握ろうとするが、手が震えてうまく握れない。

両手を使って、何とかサバイバルナイフを手に持つ。そのサバイバルナイフを自分の目の前に持っていく。サバイバルナイフの鋭い刃を恐れるように見ている。

ナイフとアムールトラを交互に見る。ともえの呼吸が早くなっていく。ともえの震えも強くなっていく。

両手で下に向けて握ったナイフを、アムールトラへと向ける。

ナイフを振り下ろそうとしているが、ナイフはさまようばかり。

ともえは汗をかき、苦痛の顔を浮かべ、アムールトラの姿を見る。


横たわる動物のアムールトラに、風に髪をなびかせながら立つ美しいアムールトラの幻が重なる。


ともえはサバイバルナイフを、アムールトラの死体に突き刺した。


   ●


場面:イエイヌ視点。


イエイヌは腕を組みながら、ともえをじっと見ている。


ともえは刺さったナイフに力を入れて、肉を切り裂こうとしている。アムールトラの肉体から赤い血液が出てくる。

血にともえはひるみながらも、力を入れようとしている。

少しずつナイフは肉を切り裂いていく。ナイフを持つともえの手が血で濡れていく。


少し切り裂いたところで、ともえのナイフが骨にぶつかる。ナイフを握ってさらに力を入れようとするが、手が血ですべってナイフを落とす。

慌ててナイフを拾おうとするが、自分の手が血まみれであることに、いまさらのように気づく。

一瞬気が遠くなりかけるが、首を振って戻る。ともえは自分の服で、手の血をごしごし拭く。マフラーにも血が付いている。


ともえは次にアムールトラの肉体を横に切り裂こうとするが、ナイフにうまく力が入らない。いろいろ体勢を変えながらするが、それでもうまくいかない。最終的に血にそまった肉体の上に座りながら、ナイフで切り裂いている。


手で顔の汗を拭いて顔に血が付き、手が滑らないように服で血をぬぐい、アムールトラの肉体に座ったせいでズボンにも血でにじんだあとがある。

それでもナイフは肉体を切り裂き、えぐり取り、ようやく一片の肉体をともえは切り出す。ともえは地面に座り込む。

ともえは疲れ切っていて、荒い息をしている。


腕を組んでいたイエイヌがともえに近づいていく。

イエイヌがともえの背後に立つ。

ともえがイエイヌに気づいて、後ろを向く。その顔は何かを期待する顔をしている。

その顔に向けて、イエイヌは笑顔を浮かべる。


『じゃあ、ナイフの使い方を教えますね。ともえさん』(黒地の画面に、白い文字のみで表示)


   ●


場面:小さな木の船が海に浮かんでいる。島から出たばかりのところにいる。


船には小さな木箱が三つある。ともえとイエイヌは木の船に座っている。オール二つは船の中にある。

イエイヌは空を見ているが、ともえはうつむいている。

イエイヌはともえをちらりと見る。

イエイヌ:「おとといから何も話してくれませんね、ともえさんは」

ともえはひざを抱える。

イエイヌは、ともえに優しい顔を向ける。イエイヌはふと何かを思い出し、空を一度見上げてから、どうするか悩む。

イエイヌはポケットを探り、布で包んだものを取り出し、ともえに差し出す。

ともえは差し出されたものを見る。イエイヌが無言で促す。ともえは受け取る。

イエイヌ:「開けてみてください」

ともえは、布を開く。中からは白く輝く脂が乗った、焼いた肉が入っている。ともえはその肉をじっと見つめている。

イエイヌ:「食べて下さい。それがアムールトラの願いなのですから」

ともえは震える手で肉へと手を伸ばす。イエイヌはじっと見ている。

ともえは肉を手で掴み、その肉を噛む。

ともえは驚きで目を開き、泣き笑いの顔になる。

ともえ:「……ははっ。アムールトラちゃんは、おいしいや」

ともえが涙を流しながら、残りの肉を食べているのを、温かい目でイエイヌは見ている。

ともえが肉を食べて、飲み込む。

ともえが手を合わせて、目を閉じる。

ともえ:「ごちそうさまでした」

ともえが長く手を合わせているのを、温かい目でイエイヌは見ている。

ともえが目を開けて、イエイヌを見る。ともえは微笑む。イエイヌも微笑む。


   ●


イエイヌとともえが、海の方を眺めている。

ともえ:「あたしとイエイヌちゃんは出会っていたんだね……」

イエイヌ:「まぁ、赤ちゃんと、フレンズ前の姿ですけどね」

イエイヌ:「それとご主人が既に消えていたのも、少し驚きでしたね」

ともえ:「悲しい?」

イエイヌ:「そういうことだったんだなって、納得した気持ちしかないですね」

ともえ:「そうなんだ」

イエイヌ:「えぇ」

ともえとイエイヌの間に、優しい無言が流れる。

ともえ:「それでね。あたし今考えたことがあるの」

イエイヌ:「なんですか?」

ともえ:「あたしが先に死んだ場合、その肉をイエイヌちゃんに食べて欲しいかな、って」

イエイヌは不機嫌に黙る。

ともえ:「アムールトラちゃんの肉を食べて思ったんだけどね。あぁおいしいなぁ。私も最後には、こんなふうに食べてもらいたいなぁって、そう思ったの。だから、私は一番大事なイエイヌちゃんに食べて欲しいの」

イエイヌ:「……私は嫌です。餓えて消えた方がましです」

ともえ:「そう? だったら私の肉は、餓えた虎の前に差し出して欲しいかな」

イエイヌ:「もっと自分を大事にして下さいよ」

ともえ:「大事にしてるからこそ、引き継がせたいって思うんだよ。誰かにね」

イエイヌは不機嫌に黙る。

そんなイエイヌを見て、ともえは嬉しそうに抱き着く。二人はそのまま船の中に倒れ込む。


   ●


ともえとイエイヌは船の上で寝転がり、手を繋いで空を見ている。空は日が沈みかかり、夜の気配が近づいてくる。

ともえとイエイヌは、ずっとずっと空を見ている。

ともえ:「いろいろごめんね、イエイヌちゃん」

イエイヌ:「こちらこそ、すみません。いろいろと」

ともえ:「あたしと、これからも旅を続けてくれる?」

イエイヌ:「えぇ、どこまでもお供しますよ……ともえ、ちゃん」

ともえは驚いて、イエイヌの顔を見る。イエイヌはその顔を見て、微笑んでいる。

ともえが空を見る。

ともえ:「あっ」


空を赤色と青色の二羽の鳥が飛ぶ。二羽の鳥から、赤色と青色の羽が落ちる。


    ●


小さな船が海の向こうに消えていく。

夕日が沈んでいく。

今ここには、輝く星と満月だけがある。












おわり













   ●




…………これは、私が覗いた異世界のけものフレンズ。



けものとたつき監督を巡る物語も、これで終わり。



異世界では、この作品や監督が亡くなったことに対し様々な反応があったが、今それを並べるのはもはや枝葉でしかないのでやめておく。


作品への想いは基本、個人に委ねられるべきものであるからだ。


ただ、この通信の最後として、或いは自分の語ったものが本当に届いたかを念押しする無粋として、一人の人間の感想を、ここに置いてもらうことを許してもらいたい。


その人間とは、異世界のたつき監督がいる会社の社長であり、

その内容とは、その社長が葬式で彼に送った弔辞のことである。


社長は弔辞で、たつき監督との思い出を語った後で、今回の作品について言及した。


それが、今回の作品の本質だと思った為、以下、それをそのまま置き、この通信の締めとさせていただこうと思う。


ここまで、私の嘆きの放浪にお付き合いいただき、ありがとうございました。


  ●


場面:弔辞の最後



最後に、君が続編を作るべきで、しかし私達が引き継いでしまい、そして終わらせてしまった、あの作品について話して、君への言葉を終わろうと思う。


あの作品は、明らかに失敗だった。


アニメというものが娯楽であり、その成果は金銭を含む様々な盛り上がりである以上、既に盛り上がっていたけものフレンズというコンテンツを鎮静化させてしまったことは、失敗と言われるべきものだ。


作るはずだった映画の話もなくなり、そしてこの会社も解散することになってしまったこと。

それは、非難されるべきものだと私は思う。


こんな結果になってしまったのは、たつきくん。君のせいじゃない。

なぜなら私達は、こんな結果になることも覚悟していて、これがダメなら会社をたたむことも覚悟した上で今回の話を作った。だから、これは遺った私達全員の責任なんだ。


私達は今、この作品を本当に出すべきだと思ったから、これを作ったんだ。


本来なら、こんな主張むき出しの作品は作るべきじゃない。

創作者の主張というものは、長く続けて、多くのたのしさの中に、少しずつこめていくべきものだ。

伝えたい全てを一つの作品に込めるのは、アニメという伝えづらい媒体では、その態度はむしろ、不誠実であるとすら、私は今でも思っている。


事実は重すぎる。現実というのは複雑すぎる。


だから大切なことを伝える為には、本当に伝えたいことは5%以下にして、それ以外は娯楽であることを押し通すべきなんだ。

特に、皆にとってのオアシスだった、けものフレンズという作品をやるならば。


しかし、私達には時間がなかった。


死んでいくたつきくんもそうだし、徐々に悪くなっていく世界についてもそうだ。


飢餓、貧困、病、戦争、自然災害。


協力して向かいあうべき様々な問題がある中で、それでも人は金を奪い合い、血を分けた相手や隣人への暴力を止めることはない。


そんな次々飛び込んでくる事実を前に、果たしてテレビやスマホを前にしている子供達は耐えることができるだろうか?


この悪いことばかりの現実の中で、或いはそれを忘れさせる甘い物語ばかりの中で、その両者を橋渡しするような、その子供の芯となるものは与えられないだろうか?


こんな世界でも、少しでも世の中を良くしようと頑張る大人はいて、その大人は君達のことを考えて、全力を尽くしているとどう伝えられるだろうか?


最後に作るかも知れない作品だったから、私達はその問いに、本気で向かい合うことにした。


私達の中に、この作品が売れなくて、会社が潰れる恐れがないわけではなかった。


社員の中には当然、普段の生活があり、共に生きていく存在を持つ人もいる。


それを支える収入がなくなるわけだから、冒険をすることは本当ならやめるべきことだとわかってはいる。


でも、自分達のことよりも、もっと恐れるべきことがあったから、私達はむき出しで作ることを選んだ。


おそらく今を逃せば、多くの子供達を取りこぼしてしまう。

大人がばら撒いたせいで、子供達は多くの嫌なものを引き継いで、それが悲劇を生んでしまう。


私達はそちらの方が恐かったから、その流れをこの作品で少しでもせき止めようとした。


それが、風や重力にすぐ崩れる、積み重なった石を支えるようなものだったとしても、私達はそれが崩れて放置される様を見ていられないから、その石を支えることをやめない。


たとえ、自分達が倒れようとも、子供達が笑って生きていける理想を目指すことを、私達はやめることができないんだ。私はそういう会社を作れたことを、誇らしく思っている。


最後と言いつつ長くなりましたが、今度こそ最後にして、私はたつきくんが、そして私達が皆に伝えたかったことを言い、この場を閉めたいと思います。


もし、たのしいと思って見た物語に、今日は泣かされ、見るのを止めたとしても、いつかは思い出して欲しい。


こういう全力の作品があったことを、

そこで語られたことには、本気も、本当もあったことを。


私達のその想いを少しでも理解してくれるなら、

この作品を経て、自分もあのフレンズのように、せめて自分の望みを叶えるまでは生きていたいと思えたなら。


その望みを叶える為でもいい。

私達のような馬鹿な大人を欲してくれるのならば。



私達はいつまでも、あなたの――フレンズだ。

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