第7話 『ひとりのきょうかい(後編)』


 登場人物

ともえ(ヒト)

イエイヌ


カリフォルニアアシカ

バンドウイルカ(長いのでアシカとイルカに)


リョコウバト

キジバト

カワラバト

アフリカジュズカケバト(長いのでジュズカケ)

シラコバト

 他多数の鳩


オオセンザンコウ

オオアルマジロ

(※長いので、オオの部分は基本省略)


イエネコ


アムールトラ


???????


(作者コメント:今回で前半戦が終了です。コロナも前半戦からの様々な伏線回収も大変でしたが、無事完成しました。それと申し訳ないのですが、仕事とかの都合で今後は三か月に一話ペースになります)




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場面:前回続き


イエイヌ:「ともえさん……ちょっと黙っててくれませんか」


アシカの部屋の扉が閉じられる。

呆然としたともえが、とぼとぼと廊下を歩いていく。

その音を聞き、動いていたイエイヌの耳が止まる。

イエイヌ:「さて、では続きをしましょうか」

膝を抱えていたアシカが鼻で笑う。

アシカ:「続き?一体何をするんですか?私はもう自分のことを話しきりました。わかったでしょう。私はろくでもないってことが」

アシカが閉じた窓の方を見る。

アシカ:「だからショーを途中で投げ出したりするようなやつなんですよ、私は。そんな私に何を言ったって、無駄なんですよ」

イエイヌは無言で後ろを向き、扉の方へと歩いていく。部屋を去ると感じたアシカは下を向く。

トンと音がして、アシカが顔を上げると、部屋の真ん中に椅子を置いたイエイヌが手を組んで座っている。

アシカ:「何を……」

イエイヌ:「別にあなたを説得する気なんてありません。今まで思わず付き合ってしまったのは、ともえちゃんに流されたからで、本当の私はあなたがどうなろうと知ったことではありません。ただ私は……」

イエイヌはアシカの目を暗い瞳で見つめる。

アシカはイエイヌが何を言うつもりなのか、言葉を待ってる。

イエイヌ:「今自分の中にあるこの気持ちについて、誰かに聞いて欲しくなっただけなんですよ」

アシカ:「そんなの、あの子に話せば良い」

イエイヌ:「ともえさんには、話せない内容なんですよ」

アシカ:「嫌われるから?」

イエイヌ:「いいえ。ともえさんは私のことを許してくれると思います。でも、それをしたら見えなくなってしまうと思ったんです」

アシカ:「何を、ですか?」

イエイヌ:「今、あなたの話を聞いてようやく形になったものが、ですよ」


イエイヌは暗い瞳で、椅子に座っていた。



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(OP 祝兄貴作成の『足跡』)(※変更点:カルガモとロバのシーン→木のタイルの誰もいない部屋でうちひしがれるアシカ。パンダとレッサーパンダ→椅子に座り、手を組み頭を俯かせるイエイヌ)


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場面:イエイヌの家があった場所。他にも家がたくさんある。その入口の場所。イエイヌが過去を語る。


イエイヌ:「それはとても寒い場所で、どこから来たかわからなくなるような、そんな森の中で、私は倒れていました」

雪の林の中で、イエイヌが倒れている。

イエイヌ:「私には目的がありました。いつか帰ってくるヒトのご主人様を待つという、とても大事なものがありました」

イエイヌ:「しかし、パークの寒さと飢えは厳しく、どんなに私の意思が強くても、耐えきれるものではありませんでした」

倒れたイエイヌの上に、フレンズの影が入る。

イエイヌ:「そして、そのまま消えてしまうしかなかった私を、とあるフレンズが助けてくれたんです」

ふわふわした防寒着を着たイエネコが、イエイヌを見ている。

イエイヌ:「そのフレンズは、イエネコでした」


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場面:暖炉がある家の中


ベッドの上で、イエイヌが目覚める。

イエイヌ:「私が起き上がった時に、イエネコは私がいるベッドに顔を乗せて寝ていましたが、起きるとすぐに耳を震わせ、起きた私に抱き着いてきました」

イエイヌ:「良かった。このまま消えてしまうかと思ったと、イエネコは言いました」

浮かべた涙を拭きながら、イエネコがイエイヌを見る。

イエイヌ:「そんな私に、イエネコはジャパリメイトと、暖炉で温めた水を出してくれました」

イエイヌ:「その時、飢えと渇きにあった私は、相手を気にもかけず、差し出されるままに食べていました」

イエイヌ:「食べ終えたら、まだいっぱいあると、イエネコは追加の食糧を持ってきてくれました」

イエイヌ:「いくら食べても足りなかった私は、早くお腹に詰め込む為に、ジャパリメイトをお湯の中に入れて同時に飲み込んでしまう程でした」

その行為をしたイエイヌに、イエネコは目を丸くする。

イエイヌ:「今度は自分の分も持ってきたイエネコは、私の真似をしてジャパリメイトをお湯に落として溶かすと、こっちの方がおいしいなと笑いました」

イエイヌ:「そんなふうに、二人の共同生活が始まりました」


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ベッドの上にいるイエイヌに、イエネコがご飯を運んでくる。

イエイヌ:「体力がまだ戻らない私に、イエネコは食糧を運んできてくれました」

イエイヌ:「食べて寝て、食べて寝て、何もできない私に、イエネコは食糧を運んできてくれました」

イエイヌ:「自分の体力を回復させることと、自分の目的のことに頭がいっぱいで、イエネコが私を助けてくれる理由を、考えようともしませんでした」

イエイヌがベッドの上から起き上がり、部屋の中で立てるようになる。その様子をイエネコが嬉しそうに見ている。

イエイヌ:「そして動けるようになった私を前に、イエネコは私を助けてくれた理由を告げました」

イエイヌ:「じゃあ、私と遊んでくれる?と」


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外に出て、イエネコはフリスビーを持ってる。

イエイヌ:「こんなふうに投げるから、これをダッシュで取りにいってねと、イエネコは言いました」

イエイヌ:「馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、それが投げられるのを見た瞬間、私の身体は勝手に動いて、キャッチしていました」

イエイヌ:「イエネコは喜んでいました。私がフリスビーを取ってきてくれたことを。自分がしたことで、相手から反応が返ってきたことを」

イエイヌ:「そうです。イエネコはただ、遊び相手が欲しかったんです」

イエネコがイエイヌに笑いかける。イエイヌは笑みを浮かべる。

イエイヌ:「その理由を知った私は、その為に私を助けたことを知った私は」


雪の上で、イエネコがサンドスターとして消えていく。

それを見下ろすイエイヌ。


イエイヌ:「イエネコを、消してしまうことにしました」

イエイヌ:「だって、私には大事な目的がありましたから」

イエイヌ:「大事なご主人を待つという目的を果たす為には、少しでも長く生き残ることが大事なのに、ただ楽しく遊んでいたいだけの存在が、貴重な食糧を浪費することが許せなかったからです」

イエイヌ:「だから、私は消しました。イエネコを。そしてこの家と食料は私のものになりました」

イエイヌ:「それから、この家にたまにやってくるフレンズを弱っていたら見捨て、奪いに来たら食糧をあげて油断させてから消すことを繰り返してきました」

イエイヌ:「当たり前のように、そうしてきました」

イエイヌ:「ともえさんが、そこを訪れるまで、ずっとそうして来たんです」


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場面:椅子に座っているイエイヌ。


イエイヌ:「罪悪感なんてものはありませんでした。ともえさんに連れ出された時も、旅をしている最初の内も、フレンズを見捨てるのは当たり前だと思っていましたから」

イエイヌ:「だけど、ともえさんと旅をして、様々な苦しむフレンズを知って、そして今あなたの話を聞いて、私のしてきたことは間違っていたのかも知れない、悪いことをしてきたのかも知れないと、そう思いました」

アシカが顔を上げる。

アシカ:「さっきも言ったけど、それをどうしてともえに言わないんですか?否定されるのが怖いの?」

イエイヌ:「違います。これは許されてしまうべきではないと、そう思ったんです。今掴んだものを、ともえさんに話して、許されて、忘れてしまうべきではないと、そう感じているからです」

アシカが瞳を揺らす。

アシカが少し長く目を閉じて、小さく頷く。

アシカ:「あぁ。あなたは同じ側だったんですね」

イエイヌと、アシカの間に沈黙が続く。

アシカ:「少しだけ、時間を下さい」

イエイヌは頷いて、部屋を去る。

アシカは扉をちらりと見た後、閉ざされた窓の方に顔を向ける。

アシカは抱えた膝に、顔を埋める。


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ステージで、イエイヌとともえが待っている。

扉ががちゃりと開く。

そちらにイエイヌとともえが目を向ける。

ぎいと、扉が開くと、イエイヌとともえが笑みを浮かべる。


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場面:回想


夜空に星があり、月は三分の一ほど残っている。

昼になり、空に太陽、地に雪原がある。


通路を歩くリョコウバトを、キジバトは肩を掴み、引き留める。

キジバトが何かを話す。リョコウバトは澄ましたように答える。リョコウバトが掴まれた肩を振り払う。

キジバトは、去っていくリョコウバトの前で項垂れる。


雪の林で、アルマジロが小さな機械を持ち、うろつき回ってる。

センザンコウが懐から懐中時計を取り出し、アルマジロに呼びかける。

アルマジロが戻ってくると、センザンコウはどこかへ向けて歩き出す。

センザンコウの口の端が歪む。


しんしんと雪が降る中を、白い息を吐きながら、フードを被ったイエイヌが歩いている。

イエイヌが立ち止まり、積もった雪を手でどかしている。

イエイヌがフードを持ち上げる。

そこには、平たい岩の上に倒れ伏せ、身体の三分の一が消えかかっているレッサーパンダがいる。

イエイヌがレッサーパンダを何度も揺する。

レッサーパンダの目が開くが、片目は濁っている。

イエイヌは、レッサーパンダを背負い、雪の中を歩く。



空に太陽、地に雪原がある。

夜になり、空には星はあるが、月はほぼ消えかかっている。



夜の海岸。鳩のフレンズ達が前に立ち、様々なフレンズが向かいに整列して立っている。

冷たい表情をしたリョコウバトが台の上に立ち、皆に話している。リョコウバトが指差した先には、幾つかの木船がある。

整列したフレンズがそちらに向かう。

その背を見ながら、カワラバトは緊張した顔を浮かべ、ジュズカケは汚い笑みを浮かべている。

リョコウバトが声をかけると、カワラバトとジュズカケと他の鳩達は空に飛び立つ。

リョコウバトが、別の方向を見る。

キジバトが一匹、苦悩の顔を浮かべ、じっとリョコウバトを見ている。

その顔を見ても何も言わず、リョコウバトは空に飛び立つ。

キジバトはリョコウバトを見上げた後で、唇を噛み締めると、自身も空へと飛び立つ。



複数のモニターがある、人工的な部屋がある。

中は荒れて暗いが、モニターの多くの光で部屋の中は見ることができる。

センザンコウがソファーに座り、背もたれにはアルマジロが座ってモニターを後ろ向きで見ながら、足をぶらぶらさせてる。

大量のモニターの中には画面が割れたり砂嵐しか映らないのもあるが、多くは城とステージの様々な箇所を映している。

モニターの中には一つ、イルカが入った金属の箱と台に固定された狙撃銃を映したものがある。

センザンコウが上機嫌そうにモニターに指を差して話し、アルマジロも笑っている。

ソファーの席に、何かの端末が置いてある。



アシカがステージの上に立っている。

アシカは目を閉じている。

アシカは目を開き、空を見上げる。

夜空に、綺麗な星が輝いている。



朝の、空の客席がそこにある。

昼の、フレンズであちこち埋まった客席がある。

曇り空の下。色のないボロボロのフレンズが写り、鳩達が集まった箇所が写り、虚ろな顔をしたレッサーパンダが写る。



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マイクがハウリングする。

話をしていた観客が、ステージの方に顔を向ける。

袖から、アシカが現れると客席は無言になる。

アシカが歩く音が、全体に響く。

アシカがステージの中央に辿り着く。

アシカがマイクを持ち、顔を上げようとする。

シュンと石がアシカの頬をかすめ、かつんかつんと音を、ステージに反響させる。

ジュズカケ:「なぁ、何様のつもりなんだよ!お前さ!」

ジュズカケが立ち上がっている。

ジュズカケ:「フレンズの助ける声も無視して、自分だけ助かれば良いと思って食糧を独り占めしといてさ!それで今更食糧を渡すだと!ふざけんな!」

ジュズカケ:「俺らがどれだけ食糧が足りずに、消えていく連中を見送ったと思ってんだよ!あの時にその食糧があったなら、どれだけの連中が救えたと思ってんだよ!なぁ!」

ジュズカケは座席の、コンクリートの角の部分に触る。力を入れると砕けて、塊が取れる。

ジュズカケ:「くそったれめ! お前は、あいつらが消えた時の姿を一度だって見たことあんのかよ!」

ジュズカケは、振りかぶる。

ジュズカケ:「てめぇなんか、消えちまえ!」

投げたコンクリート片が、アシカに向かって飛んでくる。

その欠片は、アシカの腹に当たり、アシカは呻く。

ジュズカケ:「ほら!お前らも、あいつらにムカついてることがあるんだろ!」

ジュズカケは、観客席全体に呼びかける。

フレンズ達はのろのろ動き、同じようにコンクリートの角を取り、瓦礫を持とうとしている。

その顔は皆、感情が欠落している。

アシカは、その顔に怯え、後ずさろうとする。

皆を止めようと、ともえが一歩踏み出した、その時。

イエイヌ:「アシカ!逃げないで下さい!」

アシカが、イエイヌの方を向く。

イエイヌ:「それはあなたが、今まで他と向き合ってこなかった分の罰なんです!相手の気持ちを考えず、自分の都合と気持ちしか見てこなかった罰なんです!」

イエイヌ:「だから、あなたは彼らの怒りを受け止めるべきなんです!本当に和解を望むのなら、そうすべきです!」

イエイヌ:「怒りを受け止めて、それを相手の話だと思って、その上で始めればいいんです!あなたにはそれができるんです!」

イエイヌは震える手を強く握り、アシカへと叫ぶ。

イエイヌ:「私にはもう、罰してくれる相手はいないんですから!」

ともえが驚いてイエイヌを見、それからアシカを見る。イエイヌはただステージのアシカを見ている。

アシカはイエイヌと見つめ合った後、観客席へと身体を向ける。

アシカの顔に、決意が宿る。

アシカは皆がいる観客席に向け、抱きとめるように両手を前に広げる。

最初の石が、アシカの隣を掠めていく。

アシカはそれを投げた相手を見る。

そのフレンズは、怒りに身体を震わせながら涙を浮かべている。

次の石は、全然届かず、ステージ手前の水槽に落ちる。

アシカはそれを投げた相手へと、顔を向ける。

床に手をついて、身体全身でぜいぜいとしながらも、顔だけはアシカを睨みつけている。

次の石は、アシカの足に当たり、アシカは呻く。

アシカは痛みを抱えながらも、投げた相手の方を見ようとする。

投げたフレンズは、こちらが見返してきた事に驚くが、怒る顔へとすぐに戻り、瓦礫を取ろうとする。

石が大量に飛んできて、その多くがステージや水槽に落ちる一方、アシカの身体や頭に当たるのも出てきている。

降ってくる石の雨の中で、身体に痛みと衝撃を走らせながらも、アシカはフレンズ達を見ようとする。

全力の怒りで投げてくるものがいる。

手に瓦礫を持ったまま、途方に暮れているものがいる。

何もせず睨みつけているものがいる。

周りが投げるのを止めようとして、蹴られているものがいる。

頭を抱えて震えているものがいる。

そのフレンズ達にアシカは息を呑み、そして。

アシカは、優しい笑みを浮かべる。

アシカの両手は、十字架にかけられたように、横へと開かれる。


そのアシカの頭に向かって、石が複数飛んで来ようとしている。

アシカは笑みで、それを迎えようとしている。

イエイヌ:「アシカさん!ジャグリングです!」

その声にアシカは、反射的に身体を動かし、頭へと飛んできた石を口元で受け流し、上へと石を飛ばす。

飛んできた残りの石も同じように、上へと飛ばす。

フレンズ達の投げる手が、驚きで止まる。

最初に飛ばした石が落ちてくると、それをまたさっきより少し上へと飛ばしていく。

それを繰り返すたび、段々と石の高さが上がる。

フレンズ達が、目を見開いてその様子を見てる。

涙は止まり、怒りは消え、俯いていた顔は上げられる。

虚ろだったレッサーパンダの瞳に、ほんの少しの色が入る。

複数の石がさらに高く上げられ、落ちていく時に、アシカは両手を広げ、空を見上げる。

そこに構えたアシカの頭と手と身体に向けて、石が全部落ちる。

鈍い音がステージに響き、アシカの身体は地へと崩れる。同時にマイクスタンドも倒れて、ハウリングを起こす。

観客席がざわめく。

アシカが膝に手を置き、よろよろと立ち上がる。

身体に血のようにサンドスターを流し、片方ひび割れた眼鏡をつけたアシカは、観客席に向け、もてなす喜びに満ちた笑みを浮かべる。

フレンズ達の目はさらに見開かれる。


アシカは、ともえの方へと顔を向ける。

ともえは驚きながらも頷き、ステージへと姿を現す。

その時にスピーカーから、軽快な音楽が流れる。

客がともえの方に顔を向けると、ともえは左右に礼をする。

それから両手を後ろの方にやると、その手には複数のフリスビーが握られている。

ともえがフリスビーを観客に見せつけるように動いた後、アシカへ向けてフリスビーを一枚投げる。

アシカは身体を回転させながら、飛んできたフリスビーを口元で受け流し、頭の上にフリスビーを乗せる。

観客は驚く。

ともえはフリスビーを脇に挟み、ぱちぱちと拍手をする。

フリスビーを持ち、再びアシカに投げると、アシカは同じように受け流し、フリスビーを二枚重ねにする。

観客は騒ぐ。ともえはまた拍手をする。

ともえが低い体勢から投げ、急な振り向きざまに投げ、後ろを見ながら投げると、バランスを取りながら、アシカは三枚四枚五枚と重ねていく。

ともえがまた拍手をする、と。

一部の観客も真似して拍手をし出し、その数は増えていく。

ともえがフリスビーを両手に持ち、投げるぞ投げるぞと動作をすると、観客が二つ同時なんてどうやるのかと身を乗り出してくる。

ともえがフリスビーを一枚ずつ時間差で投げる。

アシカは一枚目を身体で受け止めると見せかけて、右手を回転を殺さないまま、手でのフリスビー回しに移行し、二枚目を前と同じように頭に乗せた後で、手のフリスビーを軽く頭の上に投げて、六枚重ねのフリスビーの上に回転しながら落とし、その勢いを殺しながら、崩れないようにバランスを取り、音楽と共にぴたりと決めポーズで止まる。

客席から歓声と拍手が上がる。

アシカは笑顔のまま手を振って観客に応じると、頭を振り上げ、重ねたフリスビーを丸ごと宙に浮かばせる。アシカは急いで両手を床に付き、両足でそのフリスビーを蹴飛ばすと、そのフリスビーがでかい水槽にまばらに落ち、波でさらにいろいろな方向へと流れていく。

客席から拍手が起きる。


違う音楽が流れる。いたずらっぽい雰囲気のする音楽だ。

パンパンパンと手を叩く音がする。

アシカが顔を見上げると、ステージの宙に板が出てて、そこにイエイヌが乗っかってる。

イエイヌが左右に一礼をすると、後ろから大き目のボールの入った籠を取り出す。

イエイヌがニヤニヤしながらそこからボールを一つ取り出し、アシカへと落とすと、アシカは口元で軽くボールを真上に飛ばしてからヘディングをする。そうすると、水槽に浮かんでいたフリスビーの上に当たる。イエイヌが大袈裟に驚いた顔をする。

首を横に振ってからイエイヌがまた一つ落とすと、同じようにアシカはフリスビーの所にボールを当てる。

イエイヌは口に手を当てて驚く。

我に帰ったイエイヌが、今度はウッシッシと言わんばかりの嫌な笑顔をすると、ボールを三個連続で落とす。

アシカはそれをお手玉のように、上に飛ばすと順にヘディングをして、三つとも水槽のフリスビーに当てる。

イエイヌがハンカチをくわえて、悔しいとやると、何か悪いことを思いついたみたいな動作をして、後ろから浮き輪を三つ取り出してあちこちに投げる。

アシカはそれを、ポーズを取りながら、すぽりと身体に収める。

客席から拍手と歓声があがる。

アシカがイエイヌにどうだの顔を浮かべると、イエイヌはまだにやけた顔をしている。それをアシカは不思議がる。

するとイエイヌは後ろから、様々な大きさのボールを入れた、籠を取り出す。

アシカはその籠を見て驚き、そして自分の浮き輪で身動きが不自由になった身体を見て、慌て出す。

イエイヌが片手で膝を叩いて喜ぶ。

慌てるアシカへと、イエイヌがボールを落とす。

アシカは急いで戻って、そのボールを口元で上下に上げてヘディングをすると、フリスビーに当たる。

イエイヌがさっきよりでかいボールを落とすと、同じようにフリスビーに当てる。

ぶるぶる震えて怒ったイエイヌが大小様々なボールをあちこちに、一つずつ落としていくと、

アシカは急いで動き、それを全部お手玉のようにしていく。

観客が大きな歓声をあげる。


イエイヌが悔しそうに地団駄を踏む。

すると、その板が割れ、横へとイエイヌがバランスを崩して落ちていく。

アシカは落ちてきたイエイヌも口元で受け止め、お手玉の一つにしていく。イエイヌは不貞腐れた顔をしている。

さらに観客から大きな歓声と、笑い声が入る。

歓声が収まった後、アシカはボールを一つずつヘディングでフリスビーへとぶつけていき、最後はイエイヌを遠心をつけた両手で投げ飛ばす。イエイヌは身体をばたつかせながら、頭からフリスビーへと突っ込んだ。イエイヌは泳げないとばかりにばたつかせる。

観客の笑い声は、さらに強くなる。

アシカは笑いながら、身体についた浮き輪の一つをイエイヌへと投げて、イエイヌはそれで助かる。

イエイヌは憮然とした顔から、苦笑いをする。

客席いっぱいに笑い声が起きる。



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歓声と笑いが周囲で起こる中、複雑な顔したキジバトがステージを見てる。

その隣にいた、リョコウバトが突然席を立ち、どこかへ行こうとする。

キジバト:「リーダー!」

切迫した声で、キジバトがリョコウバトを止める。

リョコウバト:「話した通り、後はあなたの好きにするといい。その為の時間は稼ぐつもり」

キジバト:「リーダー!?」

リョコウバトは振り返らずに、出口へと入っていく。

キジバトは膝を強く握りしめ、アシカのステージを睨みつける。


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場面:ステージの地下深くの廊下


こつこつと廊下に音が響く。

どこか遠くから拍手と笑い声が聞こえてくる。

リョコウバトはその中を歩いている。

リョコウバトがとある角を曲がる。

その向こうから、怒りに紫の瞳を光らせた、アムールトラが歩いてくる。

リョコウバトがハイヒールを高く鳴らして止まる。

アムールトラも同時に止まる。


リョコウバト:「こんにちわアムールトラ。どうやらあなたが、フレンズ達が楽しんでいる所にやって来るという話は、本当のようですね」

リョコウバトは馬鹿にした笑みを浮かべる。

リョコウバト:「もしかしてあなたは、楽しそうな彼らが羨ましいんですか」

アムールトラは唸って見ている。

リョコウバトは首を横に振る。

突然、リョコウバトの胸の辺りが振動する。

リョコウバトはそこから、トランシーバーのような機械を取り出す。

リョコウバト:「どうしました?オオセンザンコウ」

センザンコウ:「(怒りを抑えた声で)何をしてる。お前はステージにいて、あいつらを倒す指揮をするんだろ」

リョコウバトは鼻で笑う。

リョコウバト:「それはあの子達が決めることです。私は案内役に過ぎませんから」

センザンコウ:「案内役、だと?」

リョコウバト:「えぇ。私は皆に、素敵なものを案内して回るフレンズになりたかったんです」

センザンコウ:「あぁ?どういうことだ?お前はフレンズを支配したかったんじゃないのか?だからハクトウワシから地位を奪ったんじゃないのか?」

リョコウバトは愉快そうに笑う。

センザンコウ:「何がおかしい」

リョコウバト:「いえ、あなたにもわからないことがあるって知って、たのしくなっただけですよ」

センザンコウ:「なんだと。どういうことだ?あんな酷いやり方をしといて」

リョコウバト:「ふん。私があのやり方で彼女から地位を奪ったのは、彼女の心を折る為です。それは彼女が憎いからでも、支配欲を満たしたいからでもなく、彼女の甘いやり方では誰も救えないと思ったからです。しかし私は、彼女の心根を一度も否定したことはありません」

センザンコウ:「心根だと?」

リョコウバト:「みんなに笑顔でいて欲しいって気持ちです」

センザンコウ:「規律と処罰で縛り付けていたお前がか?」

リョコウバト:「えぇ」

リョコウバト:「私には皆を笑顔にする力はなかった。でも守る力はあったから、少しでも多くのフレンズを長生きさせようと思った。そうすれば、生きてさえいれば」

リョコウバトは、アムールトラを見る。

リョコウバト:「いつか楽しいことが訪れて、笑顔になってくれると、そう信じていたからです」

センザンコウ:「………」

リョコウバト:「そして、それが今日叶ったんです。こんなに嬉しいことはありません。だから」

リョコウバトが、トランシーバーを投げ捨て、アムールトラに対して構えを取る。


リョコウバト:「楽しい一日の、邪魔はさせません」


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センザンコウは、トランシーバーを思い切り踏みつぶす。

ガンガンと金色の目と通常の目が不安定に入れ替わらせながら潰し、中の機械が壊れる。いつもと違う全く余裕のない雰囲気に、後ろでアルマジロが怯えている。

さらに踏みつぶして機械をぐちゃぐちゃにした後、はぁはぁとセンザンコウは息を整える。

アルマジロ:「あの、センちゃん」

センザンコウ:「あぁ!?」

振り返り、怒っているセンザンコウにアルマジロは怯えるが、センザンコウはアルマジロが指差した先を見る。

画面ではキジバトがいつの間にか観客席の一番上に移動しており、ステージを睨みつけている。

それを見て、センザンコウはふふっと笑う。

センザンコウ:「それでいい。それでいいんだ」

センザンコウは壊れたトランシーバーをちらりと見て、顔をアムールトラと戦ってるリョコウバトのモニターに戻す。

センザンコウ:「リョコウバト、お前がどう思おうとも、復讐は連鎖するものだ。そしてそうなれば――」


センザンコウは、屋上の狙撃銃のモニターを見つめた。


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場面:ショーのステージ


ともえがマイクを持っている。

ともえ:「楽しかったショーも、次でいよいよ最後になります。それでは最後に、カリフォルニアアシカさんから一言を」

マイクを持ったアシカが登場し、会場は拍手に包まれる。

アシカは観客席を眺める。

笑っているフレンズ。大きな拍手をしているフレンズ。端にいるレッサーパンダだけはまだ、虚ろな瞳で見ている。

それらを見て、アシカは一つ頷く。

アシカ:「紹介にあずかりました、カリフォルニアアシカです。本日は、ショーに起こしいただきまして、誠にありがとうございました」

アシカが一礼をする。大きな拍手が巻き起こる。

アシカは満足そうにあちこち見た後で、一瞬下を向く。その顔が暗くなりつつも、顔をあげる。

アシカ:「ここで、皆様に言っておきたいことがあります」

アシカは思わず後ろを向く。そこにはイエイヌがいて、イエイヌは一つ頷く。頷いたアシカは前を向く。

アシカ:「私は、みなさんの食糧を奪ってきました」

観客席の温かだったフレンズ達の表情は、一瞬で冷たいものへと変わる。

レッサーパンダが俯いている。その身体のサンドスターの、一部消える勢いが増す。

アシカ:「私は自分達さえ良ければいいと独り占めをし、分けて欲しいと扉を叩くフレンズを見捨て、奪いに来るフレンズを追い返しました」

アシカ:「これは自分で見つけたものだからと、生きる為には仕方ないとそう言い聞かせ、相手がどんな気持ちでいるか、知ろうともしませんでした」

アシカ:「相手を知ることが、どうにもならないことで心を少しでも動かされてしまうことが、本当に怖かったんです」

アシカ:「このステージに立ち、罵倒され、石を投げられることで、どれだけ皆に恨まれてるかわかった気がします」

アシカ:「でも、それでも十分ではないのでしょう」

アシカ:「私は知りません。みんなを傷つけるくらいならと、自分から消えることを望んだ選択を知りません」

最後のジャパリマンを食べ大量死したフレンズの広場と、湖に沈んだホテルが写る。

アシカ:「私は知りません。自分達だけの狂気に駆られ、きらびやかなものを破壊せずにいられなかった存在を知りません」

雪に埋もれた倒れた観覧車と、俯いたレッサーパンダが写る。

アシカ:「私は知りません。手を取った大切なものが飢えて、その体温と共に消えていく瞬間を知りません」

鳥のフレンズ達が、ステージをじっと見ている。

キジバトが、観客席の後ろの壁に寄りかかっている。

アシカ:「それら、食糧を渡していたら回避できたかも知れないこと。それを私がしなかったこと、私が何も知らないでいたことを、ここで謝りたいと思います」

アシカが深く頭を下げる。

そこにあった椅子に座り、手を組んだイエイヌが、幕裏からアシカのことを見る。ともえはそんなイエイヌを、気遣わし気に後ろから見ている。

アシカが顔をあげる。

アシカ:「今ここに、私の相棒のバンドウイルカはおりませんが、昔ヒトの世界でイルカがやっていたというショーをアシカである私がし、皆を楽しませることで私達なりの謝罪として、このショーのしめとさせていただきます」

ともえが無言で、近くにあった紐をナイフで切る。

すると隠されていた大きな竿がしなり、大きな水槽の真ん中の、観客席と同じ高さにくす玉がやってくる。

皆が無言でそれを見上げる。


アシカは水槽に、小さく入る。


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アシカは水槽の中を泳いでいく。

手を下に下げ、脚を閉じ、身体を真っすぐにすると、伸びのある泳ぎとなる。

水槽の壁が近づいたら横向きになり、脚を同時に動かしてターンをする。

途中で息継ぎの為に少し水面に出て、また潜る。

一旦、深く潜り、跳び出してみるが、身体の全部が水面から出たくらいで、全然届かない。


カワラバト:「んー。あれでは無理ですね~」

ジュズカケ:「どういうことだ?」

カワラバト:「確かアシカの泳ぎ方って、そんなに速さが出せないはず~。でも~、速さがないとイルカのように、高く跳べないというのをどっかで聞いた気がするの~」

ジュズカケ:「なら、いったいあいつは何をしてるんだ?ふざけてるのか?」

カワラバトは細めた目を少し開く。その先には、潜る瞬間の真剣な顔をしたアシカがいる。

カワラバト:「でも、そうは見えないのよ~」


アシカが水に落ちる。また身体を動かし、速度をあげていく。

アシカはともえとの会話を思い出す。


ともえが、ノートと本でいっぱいの机から振り返る。

ともえ:「えっ。イルカのショーも加えたいの?」

アシカは頷く。

ともえ:「でも、イルカちゃんとアシカちゃんでは身体も違うし、他に練習しなければいけないのもいっぱいあって時間が」

アシカは真剣な目でともえを見つめる。

ともえは困った顔でアシカを見返す。

イエイヌ:「ともえさん」

ともえ:「……イエイヌちゃん」

イエイヌが入口から、ともえに話しかける。

イエイヌ:「好きにやらせてくれませんか。アシカさんの気の済むように」

ともえは、イエイヌの顔をじっと見る。

イエイヌはともえの顔を見返す。

ともえ:「うん。わかった」

ともえ:「考えてみるよ。アシカちゃん」

アシカ:「ありがとうございます」

頭を下げるアシカが顔を上げる頃には、ともえは机の本に手を伸ばし、真剣に読み始めている。

アシカは、そんなともえを見て、もう一度頭を下げる。


アシカは水中を泳ぐ。

前を真剣な顔で見ながら、そっと目を閉じ、何かを何度も呟いている。


ともえ:「イルカの身体は真っすぐになっていて、水中を早く泳ぐことが得意。アシカの身体は曲がっていて地上でも器用に動けるけど水中はそんな早くない。それが身体の構造なの」

ともえ:「だから、アシカがイルカのショーをやるというのは、普通なら無理だよ。でもね」

ともえは、アシカの身体をじっと見る。

ともえ:「今、アシカちゃんは人間の身体になってるの」

ともえ:「だから……」

ともえは口を動かし、とある言葉を言う。


アシカは閉じていた目を開く。

アシカ:「きっと、なんにでもなれる!」


アシカは身体を横に揺らし始める。

その揺れで速度は落ちていくが、揺れは細かく、身体の中心から全身へと広がっていく。

上半身を大きく前に落とすと、身体の揺れが後ろへと延びていき、その両足が水を思い切り蹴ることになる。するとアシカの全身が、大きく前へと伸びるような泳ぎになっていく。

それは段々と速くなり、呼吸に水面に出るだけのことが、先程のアシカのジャンプより高いものになる。


ジュズカケ:「跳び方が変わっただと?もしかしてあれは?」

カワラバト:「おそらく、イルカの泳ぎ方ですねー」

ジュズカケ:「? フレンズって違うフレンズのやり方を覚えることができたのか?」

カワラバト:「フレンズのベースが、学習ができるという伝説のヒトですからね~。でも――」


アシカが今までで一番高いジャンプをする。

皆から「おおっ」という歓声があがる。

アシカの身体が伸びる。ボールがその先にある。

しかし、2mほど届いていない。水面に落ちていくアシカが悔しそうな顔をする。


センザンコウ:「所詮真似は真似。偽物じゃ届かないんだよ」


アシカが水面へと落ちる。


センザンコウ達はモニターを見ている。

アシカが飛ぶ。届かない。また飛ぶ届かない。

一旦アシカはステージの淵にあがり、ぜいぜい息をしてる。

ともえが、暗い顔をしているアシカを励ましている。イエイヌは遠くからその様子を見ている。

観客の中に、ちらほらと諦めの雰囲気が出始める。


センザンコウ:「ふん。絶望しましたか。なら、そろそろ頃合いでしょう」


センザンコウが別のモニターに目を向ける。

キジバトが寄りかかっていた身体を起こしているのを見ると、センザンコウはモニター前の横長い機械の前に立つ。

懐から出した鍵を、そこに入れて捻り、ボタンを守っている蓋を開く。



アシカが跳ぶ。届かない。また跳ぶ届かない。何度も跳ぶが、それでも届かない。しかし、アシカは真剣な顔をしてる。

その様子に息を呑んでいた狼のフレンズの隣で、デグーが立ち上がる。

デグー:「がんばれぇぇぇぇぇぇ」

観客が一斉に、デグーの方を見る。

叫んだことで、息が絶え絶えになりながらも、デグーはステージの方を真剣に見てる。

その視線に釣られ、他のフレンズ達もアシカを見る。

「がんばれ」と小さく声がする。

「がんばれ」と大きな声がする。

「がんばれ」「がんばれ」と呼ぶ間隔が段々と埋まるくらい、応援の声が増えていく。

ともえ:「アシカちゃん!頑張れ!!」

その多くの声を一度跳んだ時に聴いたアシカは、強い笑みを浮かべて、再び水槽へと潜っていく。


 ●


センザンコウ:「ふん。そんな応援なんかで変わるものか」

センザンコウはモニターを見て、冷たい顔をしている。

センザンコウ:「それに」

キジバトが身体を前に傾け、手を後ろに伸ばし、一歩階段を降りる。

センザンコウ:「もう、お前らは終わりだ」


センザンコウは、機械についてるボタンを押す。

一カ月沈黙していた狙撃銃が、その金属の箱と共に起動する。


 ●



強い応援の最中、キジバトは階段を駆け降りていく。


センザンコウは笑う。

センザンコウ:「イルカは超音波によって、その位置を明らかにし、物を把握することができる。この銃はその超音波の大部分を衝撃波に変換したものだが、まだ超音波自体は失われていない」


アシカは、水槽の底から全力で上がっている。


センザンコウ:「超音波は、反響する速度や返り具合により、その先に何があるかを理解できる」


観客席階段側にいたフレンズが、隣をすれ違ったすごい勢いの風に振り返る。


センザンコウが手を広げながら、部屋を見渡す。

センザンコウ:「この部屋にはその音波を解析し、反響の成果を3Dの地図に落とし込める機械が揃っている」


アシカが、身体の痛みに歯を食いしばりつつ、水の中を上がっていく。


センザンコウ:「だからこの銃を最大出力で使えば、この島全てを把握することができ、地下のどこかにある博士の研究室が見つかるというわけだ」


気配に振り返ったジュズカケとカワラバトが、全力で階段を降りるキジバトの姿を目撃する。


センザンコウ:「ただこれは兵器だ。昔の戦いに使われたものだ。位置を知るのがメインとはいえ、攻撃力を含んだこれを全力で使用したならば」


アシカの瞳が、金色に光る。


センザンコウはハハと笑う。

センザンコウ:「あそこにいる連中、全員が消えることになるだろうさ」


金色の眼をしたキジバトが、思い切り手すりを踏み、水槽側へ飛び立つ。

銃口が動き、照準合わせにキジバトの動きを狙撃銃がトレースし始める。


センザンコウは興奮したようになり、モニターに向かって叫ぶ。

センザンコウ:「そうだ。行け!敵意と憎悪で反応した、かつての自動兵器のように、全てを殺すんだ!」


アシカが水面から勢いよく、ボールに向かって跳んで行く。

高い所に飛んだキジバトが、斜めに下っていく。

狙撃銃のトレースが続いている。


センザンコウ:「この私を邪魔する奴!私に喧嘩を売る奴!私を否定しようする奴、全て消えればいいんだ!」


ぼろぼろのアシカが、全力の跳びをする。

キジバトが下った位置から、アシカの方へと勢いよく向きを変えていく。

狙撃銃のメモリが、赤の位置を越えて音を出している。


アシカはボールの方を見ている。

キジバトはアシカを見ている。

狙撃銃の、銃口からの光が増している。


アシカはボールへと手を伸ばす。

キジバトが、あと少しでアシカへとぶつかる位置に来る。

銃口がその二匹へと、向けられる。


センザンコウ:「死ねぇぇぇぇえええええ!!!」


キジバトが直前で翼を急旋回させる。

勢いは殺しきれず、逆さのままアシカへと向かう。

そして、

キジバトの足がアシカの足へと重ねられる。

センザンコウ:「なにっっ」


キジバトが足を押すと、アシカの身体はさらに上へと舞い上がっていく。


その様子を、観客が驚愕の顔で見てる。

顔を上げたレッサーパンダの目が開かれる。


ひっくり返ったアシカの足が、そのくす玉を叩いた。


中にあった大量の紙吹雪が、この場所一帯へと降る。

観客達は、空から降る白いそれを、しかし嬉しそうに見てる。

高い空から落ちているアシカには、フレンズ達の驚きと喜びの顔の一つ一つがスローモーションのように見えてる。

アシカが、心からの笑みを浮かべる。


座席にいたレッサーパンダが、見上げていた紙吹雪から、周りへと眼を向ける。

そこには紙吹雪を手で受け止めた、フレンズ達がいる。

明るい顔。嬉しそうな顔。表情の豊かさと身体のボロボロ具合は様々だが、皆幸福そうな顔をしている。


レッサーパンダは目を閉じる。

目を閉じたレッサーパンダには、とある光景が見える。



思い切りハリセンで叩かれるレッサーパンダを、お腹を抱えて大爆笑している観客が見える。

アトラクションは動き、多くの来園者がいる遊園地の空の下。センターにパンダを置き、汗を掻いて、全力で踊っているアイドル達が見える。

レッサーパンダとパンダが合流して、温かな空の下、竹林を楽しそうに歩く二匹の姿が見える。


曇り空から、僅かな陽の光がレッサーパンダに差しこむ。

レッサーパンダは涙を流しながら、嬉しそうに笑む。



水槽の淵にいるアシカの元へ、イエイヌが真っ先に向かう。

ともえも、そちらに歩いていくが、ふと止まり、レッサーパンダの方に目を向ける。

そこでは、雲の合間からの陽にあたり、きらきらとサンドスターが舞っていた。


ともえは、優しく微笑んだ。


 ●



狙撃銃と金属の箱にヒビが入り、煙が出てる

センザンコウが、モニターに椅子を投げつける。

センザンコウ:「どうして、どうして発動しない!」

センザンコウ:「私の計算は完璧だった。それなのにどうして!」

センザンコウは機械を壊し、ソファーを壊し、床を壊す。

アルマジロ:「せんちゃん。もうやめて」

アルマジロがセンザンコウを後ろから止めようとする。

センザンコウ:「うるさい!」

殴られたアルマジロは、床に倒れる。

センザンコウは、倒れたアルマジロを無視して、破壊を尽くす。

モニター。ソファ。散らばった書類。コンクリートの床と壁を、その力の限り叩き壊す。

センザンコウは、荒れた息を整いなおす。

センザンコウ:「くそ。もういい。知ったことか」

センザンコウは、扉へと向かう。

センザンコウ:「どうせもう目的は叶うんだ。こんなのただの余興だ。あんな連中になんて構ってなんていられるか」

センザンコウは、力づくで扉を開き、そのまま出ていく。

よろよろとアルマジロは立ち上がり、黙ってセンザンコウへとついていく。


 ●


イエイヌと笑い合っているアシカ。拍手の止まらない客席。それを見て、ともえも笑ってる。

ともえが幕に目を向ける。そこにはマイクがある。

ともえがそこに向かって、小走りで行こうとする。


その時。


ともえは、奥の暗闇の、紫の瞳と目があう。


イエイヌ:「ともえさん!」


イエイヌがともえに駆け寄ってくる。

アムールトラが全身を、ステージに現す。

ともえが恐怖で身体をすくめる。

アムールトラが飛び掛かる構えをする。

アシカが引きつった顔をする。

イエイヌがともえに近づく。

アムールトラが足に力を入れる。

観客席から悲鳴が上がる。

イエイヌがともえに追いつく。

アムールトラの手から爪が伸びる。

イエイヌがともえに被さり、地面へと伏せさせる。

飛び掛かったアムールトラが、イエイヌの上をぎりぎり通過する。

イエイヌがほっと息を吐く。

しかしアムールトラはその勢いのまま、アシカへと向かう。

ともえは驚きで声が出ない。

アシカは恐怖で足が動かない。

アムールトラとの距離が近づく。

イエイヌ:「アシカさん!!」

イエイヌの声で、アシカの身体がようやく動く。

アシカは跳びかかってきたアムールトラの手を、自分の両手で受け止める。

ただアムールトラの力はすさまじく、対抗するも、だんだんと地面へと押し倒される。

観客席から更なる悲鳴があがる。

ともえが何かを叫び、抑えるイエイヌから逃れようとして、手を伸ばしている。

ともえを床に抑えつけてるイエイヌは、辛そうに顔を歪める。

客席のフレンズ達があちこちに逃げ回っている。

アムールトラがアシカを完全に地面へ押し付ける。

アムールトラの牙が光る。

アシカの顔に恐怖が浮かぶ。

その顎がアシカへと向かう――その時。

金色の瞳をさせたイルカが、アムールトラへと体当たりして、アムールトラは水槽へと吹き飛んでいく。

驚きに目を開いたアシカは、宙を跳ぶイルカが、ひどく痩せてて、自分に向かってほほ笑んでいることに気づく。

イルカとアムールトラの身体は、その勢いのまま二つとも水槽へと落ちていく。

水槽へと駆け寄ったともえとイエイヌは、その水槽の中に大きな渦があることに気づく。

イエイヌ:「この渦は、何なんですか?!」

ともえ:「これは、水槽の水を全部海へと流すものだよ!でも、どうしてそれが発動してるの!?」

イエイヌ:「まさか、イルカさんが!?だけど何で!?」

ともえ:「たぶん、みんなを逃がす為だと思う!きっとイルカちゃんは、このまま消えるつもりなんだよ!」

その言葉にアシカは急いで身体を起こし、水槽の淵と向かう。

渦は強くなり、水槽は水位を下げている。

さらに近づくと、ともえとイエイヌに全力で止められる。

アシカ:「離して!助けないと!イルカさんが!イルカさんが!」

海へと消えたイルカへと、アシカは嘆き、叫び続ける。


 ●



場面:翌朝。軽く雪が降っている。


空高くから、隣の島に向けて、鳩のフレンズ達が飛んでいる。海が遠くまで見渡せるくらいの高さにいる。

フレンズ達は、その背に大きなリュックを背負っており、その隙間からジャパリメイトが見えている。


フレンズ達にバッグを渡しているともえが振り返ると、城の扉からアシカと三匹の鳩のフレンズ達が出てくる。

彼らの瞳の下にはクマと、涙で腫れた跡が見える。

ともえは残りをイエイヌに任せ、彼らに駆け寄っていく。

ともえ:「どうだった?話し合いは?」

アシカとキジバトが互いに目を合わせてから、キジバトが頷く。

キジバト:「何も、変わりませんでしたよ」

アシカが疲れた笑みを浮かべる。

アシカ:「そうですね。どのフレンズもみんな必死で、食糧がなくて困っていただけだって。どちらも何も変わらないって、そう気づきましたよ」

ともえ:「そっか」

リュックを背負った鳩達が一礼をすると、彼らは飛び立っていった。

作業を終えたイエイヌが、こちらにやってくる。

アシカはイエイヌを見ると、小さく笑みを浮かべる。

イエイヌは、ただ頷き返した。



 ●



イエイヌ:「ところで、アシカさんは何を持ってるんですか?」

アシカは手に麦わら帽子を持っている。

アシカ:「イルカさんの唯一の遺品です。まぁ一度も身につけることはありませんでしたけどね」

ともえ:「……そうなんだ」

皆の間に沈黙が起きる。

イエイヌ:「あの、アシカさん」

二人はイエイヌの顔を見る。

イエイヌ:「もしよかったらですが、一緒に旅をしませんか?」

ともえは驚いて、イエイヌの顔を見る。イエイヌは真剣な顔をしてアシカを見ている。

アシカは微笑みながら、ゆっくり首を横に振る。

アシカ:「私には、やらなければいけないことがありますから」

イエイヌ:「でも、もう食糧渡してしまったし、行く宛もないんですよね?」

アシカ:「行く宛はありません。でも、やりたいことはあります。それに食糧はショーのお礼にと、皆さんから少なくない量を貰いました。残りの日々はこれを食いつないで、生きていたいと思います」

イエイヌ:「それは、私達との一緒の旅ではできないんですか?」

アシカは首を横に振る。

イエイヌ:「そうですか」

イエイヌは下を向いている。ともえはそんなイエイヌに寄り添う。


ロードランナー:「おい。邪魔するぜ。食糧あるんだろ」

アシカ:「あ、はい」

アシカは、ロードランナーへと向かっていく。

そんなアシカを切なそうに見送るイエイヌの横顔を、ともえは見る。

ともえはその横顔を見て、強く頷く。

ともえ:「うん。あたし決めたよ」

イエイヌ:「どうしたんですか?ともえさん」

ともえ:「あたし、今度はアムールトラちゃんを助けたい」


イエイヌは無言になる。


イエイヌ:「えぇえええぇぇぇぇぇえええぇえ!!!!」



 ●


(ED 祝詞兄貴のやつ)


 ●


場面:どこかの洞窟


アシカが一人、洞窟を歩いている。その手には麦わら帽子が握られている。

水が流れている場所を越えて、歩き続けている。水が天井から垂れる音が反響する。

どこかの通路をアシカが通り過ぎる。

少しして、その通路の前へと、アシカが戻ってくる。

その通路をアシカは歩きだす。


アシカの足下が写っている。

アシカの下半身が写っている。

アシカの胸の辺りが写っている。


とある場所の前で、アシカが止まる。

アシカは手にしていた麦わら帽子を、そっとその場所に置く。

アシカは手を組み、ひざまずく。


麦わら帽子が置かれた場所は、洞窟の天井から光が差し込む場所だった。











…………………………………………………………………………


――そう。これは私が覗いた異世界のけものフレンズ。


この七話が流れた直後、これは昔、二期の監督が話題にしていた、加害者同士が話し合う刑務所のプログラムを元にしているのではないかと、話題になりました。

それは自分の過去を振り返り、周りに告白することで、周りは自分の過去を思い出したり、罪悪感を知るというものでした。

そしてより多くの人が、そのプログラムを知ることを通して、新たに別の刑務所でもそれが採用されるという自体まで膨らんでいきました。

どこか社会問題的な今期を通して、そういう結果を生み出せたことは、創作物が社会を良くする可能性があると、少しでも示せたのかも知れません。


――この七話の時、たつき監督はどうだったかって?


一度は出られた治療部屋へ、再び戻ることになりました。

そして結局、これ以降、この部屋を次に出る時は、集中治療室が最後だったと、



――そう、後で語っています。


…………………………………………………………………………




(後半戦へ続く)

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