第2話 『ははをたずねて』
登場人物
ともえ(ヒト)
イエイヌ
ロバ
カルガモ
クロテン
ニホンリス
アクシスジカ
カンザシフウチョウ
カタカケフウチョウ
●
雪が降っている。
森の中でともえが息を切らして座っている。
近くでイエイヌが、あちこちに鼻を向けて嗅いでいる。
首を振ったイエイヌはともえの元に戻る。
イエイヌ:「このあたりにも、食糧はないようです」
ともえは息を切らしていて、返事ができない。
イエイヌはともえをじっと見ている。
イエイヌ:「今日は、ここまでにしましょうか」
ともえは顔をあげる。
ともえ:「まだだよ。あともうちょっとだけ歩こう」
よろけながら、立ち上がろうとするともえを見て、イエイヌは困った顔をする。
イエイヌは溜息をつく。
イエイヌ:「わかりました。あともう少しだけ歩きましょうか」
ともえは頷いた。
雪が降っている。
岩が多めの場所で、ともえとイエイヌは歩いている。
ともえは、息を切らしながらも付いてきている。
イエイヌが振り向くと、ともえは下ばかり見ている。
イエイヌは口を開こうとするが閉じる。
イエイヌは黙って前を向く。
雪が降っている。
小さい川の傍を二人は歩いている。
ともえ:「見つからないね、橋」
イエイヌは黙って、歩いている。
雪が降っている。
何もない場所を、前を掻き分けながら、ともえを背負ったイエイヌが進んでいる。
ともえは荒い息をしている。
イエイヌは苛立ちながらも、前に進んでいる。
イエイヌ:「ったく、いつも無茶するんですから、ともえさんは。もうすぐ休める場所になりますから、大人しくしてて下さい」
ともえ:「(小さくくぐもった声で)ごめんね、イエイヌちゃん」
イエイヌは、返事をしないで前に進む。
雪が降っている。
二人は歩いて、積もった雪が抜けた場所に出た。
そこは崖で、そこから遠くを見通せたが、それはどこまでも続く雪原だった。
ともえは呆然と、それを眺めた後で、岩に座り、膝を抱えた。
イエイヌ:「大丈夫ですか?ともえさん」
ともえ:「(小さな声で)うん」
イエイヌはともえを見下ろして口を開き、閉じる。また口を開き、閉じる。
イエイヌは背を向け、他に鼻を向け2、3嗅いでから、ともえに振り返る。
また、口を開き、閉じた後。イエイヌは空を仰ぐ。
イエイヌ:「本当はもっと、楽な旅をさせてあげたかったんですけどね」
膝を抱えて、何も言わないともえをちらっと見てから、イエイヌは続ける。
イエイヌ:「でも今のパークは全部壊れていて、乗り物もなければ、案内してくれるボスもいない。恐ろしいセルリアンはいないですが、雪はずっと降っていて、そんな中を僅かな食糧を求めて歩いていくしかないんです」
ともえは何も言わない。
イエイヌ:「ねぇ、ともえさん。それでもまだ、フレンズを助けるかばんとサーバルのような旅をしたいと思いますか?」
ともえは顔をあげ、疲れた顔で強い目をする
ともえ:「それでもあたしは、フレンズちゃんを助けたい」
イエイヌは言葉を飲み込む。
そして、ともえに背を向けて、崖に向けて少し歩く。
イエイヌ:「私は、ともえさんの意見には反対です」
ともえ:「どうして?イエイヌちゃん。パークにはまだたくさんのフレンズがいるんでしょ?きっと、こんな状態じゃみんな何かしら困っていると思うの。だからあたしは助けたい。イエイヌちゃんに助けられたあたしのように、今度はあたしが誰かを助けたいの」
イエイヌは、強く振り返る。
イエイヌ:「今のフレンズに、助ける価値のある相手なんかいません!」
ともえ:「どうして、どうしてイエイヌちゃんはそんなこと言うの?」
イエイヌ:「だって!あの旅に出てくるような善良なフレンズは!」
イエイヌは牙を噛み締める。
イエイヌ:「みんな、自分で死を選んだのですから!」
●
(OP 祝兄貴作成の『足跡』 ニコニコ動画より)
●
場面:回想シーン。イエイヌが語る
それは、謎の事件が起きて、フレンズが全員消えた後、そのまた多くが復活して、一年過ぎた時のことです。
ある日、このパーク全てを治める博士が、全てのフレンズを集めて、こう言ったんです。
もうパークは限界だと。
我々を生み出すサンドスターを供給する火山は枯れ、供給できる食糧ももうすぐ限界が来るだろうと。
だから選ぶのですと、博士は言いました。
贅沢を尽くした特別なジャパリマンを一週間だけ食べてから死ぬか、栄養と保存能力しかないジャパリメイトを食べて少しでも長く生き伸びるかと。
しかし後者を選んだ場合、パーク中に隠したそれを探す羽目になる。そのうち限界が来るボスでは直接皆に配ることはできなくなるから、隠してある食糧を自分で見つけろと。
食糧は見つかるのか、自分はいつまで生きられるのかの不安を持ちながら、それでも生きたい、他に迷惑をかけてでも生きたいフレンズだけ、後者を選べと。
そして、ほとんどのフレンズがいなくなりました。
私が博士に聞いた限りでは7割だと言ってました。
1割は食糧を見つけられずにすぐに死ぬだろうと、残り1割は食糧巡る争いで死ぬだろうとも言ってました。
●
場面:崖に戻る
イエイヌ:「だからなんですよ、ともえさん」
イエイヌは手を広げる。
イエイヌ:「そんな迷惑なフレンズを、どうして助ける必要があるというんですか。そんなことより、自分達が生き残る方がずっと大事だとは思いませんか」
ともえはイエイヌを睨む。
ともえ:「私はそうは思わない。そんなフレンズちゃん達こそ助けるべきだと思っている」
イエイヌ:「ともえさんは、今のフレンズがどんな連中か―」
ともえ:「ちょっと待って」
ともえは自分の耳に手を当てる。
その仕種を見て、イエイヌは自分の耳を動かす。
???(ロバ)「もしもーし。そちらの人ー。聞こえますかー」
イエイヌは身体をビクッと震わせた後で、声がした方向に顔を向ける。
イエイヌ「どうやらあっちの方ですね、ともえさん。行きましょう」
イエイヌは右側の、比較的緩やかな崖の方に走り出す。
ともえ「あっ、ちょっと待ってよ。イエイヌちゃん」
イエイヌ「(小さな声で)――くっ。近くまで来てるのに気づかないなんて、私はいったい何をやってるんですか。こんな状態で、私はともえさんを守れるのでしょうか」
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場面:緩やかな崖の上。
ともえ:「ふぅ。やっと追いついた」
イエイヌはともえをちらりと見た後で、新しく来たフレンズの方に顔を向ける。
イエイヌ:「ほら。ともえさんもやってきたんです。早くあなたの要件をしゃべってくれませんか?こちらも忙しいので」
ともえはイエイヌの方を、強張った顔でじっと見上げる。
ともえを見て、ロバは笑みを浮かべた。
ロバ:「わかりました。お話致します。私はロバと言います。私はこの辺りに母さんの手掛かりがあると聞きましたので、やってきました。あなたは私の母さんを知りませんか?」
ともえは、ロバの方に顔を向けた。
ともえ:「フレンズちゃん達って、確かサンドスターで生まれるんじゃなかった?動物のようにお母さんから生まれるの?それとも動物時代のお母さんを探してるの?」
ロバは首を横に振った。
ロバ:「失礼しました。これは私の説明不足ですね。私はサンドスターから生まれましたし、動物時代のお母さんを探しているわけではありません」
ロバは手を胸にあてた。
ロバ:「私の母さんはカルガモなんです。私はカルガモ母さんを探しているんです」
●
場面:緩やかな崖を降りながら。ともえはロバの背中に乗っている。イエイヌは少し不貞腐れたように隣を歩いている
イエイヌは降りようとしたら、雪で少し滑り、踏ん張る。
舌打ちをすると、ポケットからジャパリメイトの袋を取り出す。
ロバの方をちらりと見てから再びしまうと、下を向いて歩き出す。
ともえ:「なるほど。ロバちゃんは、カルガモちゃんに育てられたわけなんだね」
ロバ:「はい。そうです。生まれてばかりで何もわからない私を、母さんは導いてくれたんです」
ロバは遠い目をした。
ロバ:「母さんは、外で生きるには寒いからと住む場所を用意してくれました。結構狭かったですが、母さんがいろんな話をして寝るまでいてくれましたから、私は周りが暗くても安心して眠ることができました」
ともえが強く頷く。
ロバ:「それに食べ物もたくさん探してきてくれましたね、母さんは。おかげで飢えずに済みました。本当は母さんは自分のものもろくに食べずに私に渡してくれていたんだと思います」
ともえは、後ろにいるイエイヌのことをちらりと見た。
ロバ:「実はまぁ私の種族は粗食でも耐えられるらしく、そこら辺にある草でも生きられるんです。でもあんな事でも起きないと知れないことなので、私は母さんに出会わなかったらそのまま死んでいたことでしょう。私はみなさんと違って、博士の発言の後に生まれた、何も知らないフレンズでしたから。だから私は、母さんにはとても感謝しているんです」
ともえ:「なるほど。だからあたし達に食べ物をくれても大丈夫ってことなんだね」
ロバ:「母さんを探すお手伝いをしてくれるんですから、それくらい当然のことですよ」
ともえ:「本当にお母さんが大事なんだね」
ロバ:「はい。勿論です」
ロバが光り輝き誕生する前で、カルガモは全ての望みが叶ったような笑顔で、涙を浮かべながら両手を広げている。
ロバ:「その優しさは、大きく包み込むようで、私をずっと覆ってくれるものでした。私が生まれた時に、母さんは大きく手を広げて喜んでくれました。私には、そんな母さんがとても輝いて見えたんです」
ともえ:「とても素敵なお話」
イエイヌ:「(小さい声で)それはたぶん、誕生時のサンドスターです。私は周りに誰もいませんでしたが、あれは無駄にキラキラするものでしたよ」
ともえ:「(小さい声で)もう、イエイヌちゃん。余計なこと言っちゃダメでしょ」
イエイヌはそっぽを向く。
仕方ないなという顔をともえはして、ロバの方を見る。
ともえ:「お母さんって良いもんなんだね」
ロバ:「えぇ。だって母さんは母さんなんです」
そっかと、二人は笑う。
イエイヌが下を向いて歩いている。
ともえ:「イエイヌちゃん」
イエイヌ:「わっ。ともえさん。急に来てどうしたんですか?ロバさんに乗せてもらわなくて大丈夫なんですか?」
ともえ:「もう傾斜は緩やかだし、滑るところはないと言ってたから、お礼言って下ろしてもらったの。でも、それより」
ともえは、イエイヌの鼻にちょんと指を当てた。
ともえ:「もう、イエイヌちゃん。不貞腐れないの。あたしはイエイヌちゃんのことがとっても大事なんだからね。後でフリスビーをやってあげるから、ね?機嫌直して」
イエイヌ:「ん!わ、私は。そんなことでは満足しません。そもそも食糧貰える依頼なんですから、機嫌直すとか直さないもないです」
腕を組むイエイヌの、尻尾がブンブン振ってあるのを見て、ともえは笑った。
離れたところにいたロバも、二人を見て、笑みを浮かべていた。
●
場面:雪降る林。ともえはイエイヌが背負っており、その背中でともえは寝ている。
イエイヌ:「この辺りから、誰かがいた匂いがします」
ロバ:「どちらの方か、わかりますか」
イエイヌ:「あっちですね」
ロバ:「なるほど。おそらく、探偵の方が言っていた、母さんの手掛かりを知ってる人だと思います」
イエイヌ:「わかりました。行ってみましょう」
●
場面:穴が上の方にある大きな木の所。その下で2匹のフレンズが、食べ物を包んでいる。
ニホンリスがこちらに気づき、少し嬉しそうにする。
クロテンが気づくと、こちらを睨みつける。
クロテン:「なんですか、あなた達は。食べ物はあげないですわよ」
クロテンの顔を見てから、ニホンリスも怒った顔をする。
ニホンリス:「そうですよ。こっちも限界なんですからね」
ロバ:「いえ。違います。ちょっと尋ねたいことがありまして。あなた方は私の母さんを知りませんか?」
クロテン:「かあさん?」
ニホンリス:「そんな名前のフレンズっているんですか?クロテンちゃん」
クロテン:「私は知りませんわ。ニホンリスさん」
イエイヌ:「いえいえ違います。このロバさんがカルガモさんのことを母さんと呼んでいただけです。あなた達はカルガモさんのことを知りませんか?」
2匹のフレンズが顔を見合わせる。
ともえ「何か知ってるの?」
クロテン:「私達は知らないですが。ねぇ?」
ニホンリス:「うーん。あの子なら知ってるかもです」
イエイヌ:「あの子?」
クロテン:「ここから上の方の洞窟にずっと閉じこもっている、角のあるフレンズですの」
ニホンリス:「隣の島に行くから、一緒に行くですよと誘ったんです。けど、全然話を聞いてくれないです」
クロテン:「その方が昔、独り言でカルガモのことを言ってた気がしますわ。だからその方に聞けば、何かわかるかも知れませんわね」
ロバ:「わかりました!ありがとうございます!さぁ、イエイヌさん。ともえさん。急ぎましょう」
イエイヌ:「あっ、ちょっと待ってください。ロバさん。まだその相手の名前も聞いてないですよ。あっ、ちょっと。行けばわかるって。そんな」
ともえ:「クロテンちゃん。ニホンリスちゃん。二人ともありがとう。お陰で見つかりそうだよ」
お辞儀をしたともえは、ロバとイエイヌを追いかけていった。
その三人を見送った後で、残されたフレンズ二人は顔を見合わせた後で、首を二回振った。
●
場面:山の上。土の洞窟の前。雪道の幅は広いが近くは崖。
ともえ:「少し暗いね」
イエイヌ:「目が慣れるまで待ちましょうか」
ロバは黙って、洞窟の中に歩き出す。
イエイヌ:「あっ、ちょっと待ってください」
ロバは構わずに、そのまま進み見えなくなる。
ともえ:「行っちゃった。まぁずっと探していたお母さんの手掛かりだもん。急ぐのは当然だよ」
イエイヌ:「仕方ありません。燃料が貴重なので使いたくありませんでしたが、ランプを出しましょう」
ともえ:「お願い、イエイヌちゃん」
●
場面:洞窟の途中。イエイヌがランプを持ち、ともえと歩いている。
ロバ:「母さんはどこにいるんですか!母さんはどうしたんですか!」
反響したロバの大きな声が聞こえてくる。
ともえ:「ロバちゃんだ!」
イエイヌ:「何か争っていますね!急ぎましょう」
二人、少し速足で行くと、ロバがアクシスジカを揺らしている光景が見える。
イエイヌ:「落ち着いて下さい!」
イエイヌがランプを床に置いた後で、ロバを引き剥がす。
ともえ:「大丈夫ですか。えーと。フレンズちゃんのお名前は何かな?」
アクシスジカ:「私のせいじゃない私のせいじゃない私のせいじゃない」
アクシスジカの角は途中から折れていて、服もボロボロで、全身が土で汚れている。
イエイヌ:「さっきからこんな感じなんですか?ロバさん」
ロバは落ち着いた顔になってる。
ロバ:「はい。母さんの名前を出した時から、ずっと」
ともえ:「カルガモちゃんの?」
アクシスジカはその名前にびくりと怯え、頭を抱える。
ともえ:「本当に何か知ってるようだね、このフレンズちゃんは」
イエイヌが頭を抱えていたアクシスジカの手を奪う。
イエイヌは近くからじっとアクシスジカの顔を見てくるが、相手は目を逸らそうとする。
イエイヌ:「話して下さい。何があったのか。いや、あなたが何をしてしまったのか」
アクシスジカ:「違うんだ!私は何もしてない。私のせいじゃないんだ。私は食べ物が欲しかっただけなんだ」
●
薄汚れて疲れた顔のカルガモが、ジャパリメイトの袋を抱えて急いでいる。
そこにアクシスジカが話しかける。
カルガモは首を横に振る。
アクシスジカはまたお願いする
カルガモは首を横に振る。
アクシスジカは食い下がる。
カルガモは頭を下げる。
アクシスジカはカルガモの手を握る。
ジャパリメイトの袋が幾つか落ちる。
カルガモはアクシスジカの手を振り払おうと暴れる。
それを見て、苛立ち怒鳴るアクシスジカの目が金色になっていく。
カルガモはさらに暴れる。
抑えつけようとした、もう片方の手が速度を帯びてる。
アクシスジカの手が、カルガモの胸を貫いている。
目を見開き、引き抜いた手の先で、カルガモの膝が崩れる。
直後、カルガモの姿がサンドスターとして霧散する。
その光景を見て、アクシスジカは後ずさり、逃げ出す。
その場所には、踏まれたジャパリメイトの袋が落ちている。
●
アクシスジカ:「(ぶつぶつと言う)そうだ。私は悪くない。あれをくれなかったカルガモが悪いんだ」
ぶつぶつ言いながら、アクシスジカは目の前にある土を掘っては食べ続けている。
その異様な光景に呑まれたともえとイエイヌは、はっと気づいてロバの方に向く。
ロバは無言のまま、洞窟から出ていこうとする。
イエイヌ:「あっ、待ってください」
イエイヌは、ランプを拾ってついていく。
ともえは、去る二人について行こうとするが、その直前にアクシスジカの方を振り返る。
アクシスジカは、まだぶつぶつ言いながら土を食べている。
ともえはアクシスジカの足の部分が、透けてきていることに気づく。
イエイヌ:「ともえちゃん!ロバさんが行ってしまいます!早く来て下さい」
ともえは、小走りでそこを去った。
アクシスジカは、まだ土を食べている。
去っていくイエイヌのランプの灯りが段々と届かなくなり、アクシスジカの姿を暗闇へと消した。
●
場面:洞窟の外。
イエイヌ:「ロバさん!ロバさん!どうしたんですか!どこに行くんですか!」
ランプを持ちながら、イエイヌがロバにずっと話しかけてる。
ロバは無言で、歩いていくだけ。
イエイヌとともえが立ち止まる。
イエイヌ:「ともえさん。ロバさんが全く返事をしてくれないんですけど。どうしますか?」
ともえ:「できれば、ロバちゃんの気の済むようにしてあげたいんだけど、うーん」
イエイヌ:「まぁ、こんな姿を見てしまったら、そういうわけにも。ん!」
ロバが崖の方に向かっていることに、イエイヌは気づく。
イエイヌ:「ロバさん!そっちは危ないですよ!ロバさん!」
ロバが落ち、姿が崖の向こうへと消える。
直後にともえが全力で崖へと走り出す。
それに気づいたイエイヌが走り、ともえに飛び掛かり、崖の直前でともえを地面に倒させる。
そこから崖の下を覗いた二人は、急な崖を走りながら降り、どこかへ全力で走っていくロバの姿を目撃した。
ともえ:「ロバちゃん!ロバちゃん!」
イエイヌ:「あんな速度で走って、いったいロバさんはどこに行くんでしょうか」
ともえ:「追いかけなきゃ!」
ともえがイエイヌの下から抜け出し、山を下りようと歩きだす。
が、ともえがよろけ、イエイヌが支える。
イエイヌ:「大丈夫ですか。ともえさん」
ともえ:「……うん。大丈夫」
イエイヌ:「ダメです!そう言っていつもともえさんは無理するんですから!」
ともえ:「でも」
イエイヌ:「でもじゃないです!とにかく安全な道から急いで追いかけるので、ともえさんは私の背中に乗ってて下さい。それでいいですね!」
ともえ:「(小さな声で)わかったよ、イエイヌちゃん」
イエイヌはともえを背負い、早歩きで山を下り始める。
鼻を動かしながら、「えーと、あっちは確か」とぶつぶつイエイヌが言い始める。
そんなイエイヌの後頭部をともえは見ている。
ともえ:「イエイヌちゃん」
イエイヌ:「なんです?」
ともえ:「いつもありがとう」
ともえは、イエイヌの首に自身の顔を押し付けた。
イエイヌは驚きつつも、少し嬉しそうに鼻をふんと鳴らし、降りていった。
●
場面:辺り一面真っ黒な中に、ともえが一人いる。夢の中
ともえ:「また、ここ」
ともえ:「ここはいったいどこなの?」
目の前に、青と黄色の模様が光る。
ともえ:「え、何?」
そこから、二つの姿が浮かび上がる。(カンザシフウチョウとカタカケフウチョウ)
ともえ:「あなた達は誰?」
カンザシ:「あなたは右」
カタカケ:「誰かは内」
カンザシ:「共に歩める存在と」
カタカケ:「共に行けない存在と」
ともえ:「行くってどこへ。誰かって誰の事?」
すっと二人の姿が消える。
ともえ:「え、待ってよ。あたし達はどこに行くべきなの?」
カンザシ:「私は行かない」
カタカケ:「私は出掛ける」
カンザシ:「終わりが来る場所に」
カタカケ:「目覚めを待つ場所に」
ともえ:「誰が待ってるの?ねぇ。あなた達は誰なの?行かないでよ」
カンザシ:「さぁ起きなさい」
カタカケ:「眠りをやめなさい」
カンザシ:「あなたを待つ者がいる」
カタカケ:「あなたが行くべき場所がある」
二人:「そして、あなたがまず知るべきことがある」
ともえ:「だから! あなた達は誰なの?」
カンザシ:「私はカンザシフウチョウ」
カタカケ:「私はカタカケフウチョウ」
カンザシ:「終わったものの化身にして死体」
カタカケ:「始まりを待つものの化身にして現身」
●
場面:雪が積もる林の中。
イエイヌ:「匂いが強くなってきましたから、おそらくもうすぐです。思ったより近くて助かりました」
イエイヌが後ろを振り向く。
ともえは、まだ寝ている。
イエイヌ:「もう半日は経つのに、まだ寝てますね。まぁずっと歩いてて疲れたんでしょうから、起こすのはやめときましょう」
イエイヌが、ずれたともえを背負いなおす。
イエイヌ:「さぁ。もうひと踏ん張りです」
●
場面:雪に埋もれた、でかいかまくらみたいなものがある場所。中から岩肌が覗いている。雪降る森の中にある。
ともえは、その家みたいなものに手を当ててる。
ともえ:「この中にロバちゃんはいるんだよね、イエイヌちゃん」
イエイヌは鼻を動かす。
イエイヌ:「そうです。この中からロバさんの強い匂いがしますから」
イエイヌは横に歩いて、この家みたいなものを観察する。
イエイヌ:「入る場所がわからないですね」
ともえは、この家みたいなものの上の方に、石造りの出っ張りを見つける。
ともえ:「あれは本で読んだ煙突かな?いや、ただの空気穴かもしれない」
イエイヌはともえに振り返る。
ともえ:「イエイヌちゃん。あたしをあの辺りに乗っけて。そこから中にいるロバちゃんと話せるかも知れないから」
イエイヌ:「わかりました」
イエイヌはともえを背負う。
瞳の色を金色にした後でジャンプすると、ぴったりとその空気穴の近くに乗った。瞳の色が通常に戻る。
ともえは、そこに駆け寄り、中に呼びかける
ともえ:「ロバちゃん!ロバちゃん!返事して!」
イエイヌ:「私は入れる場所を探してみます!」
イエイヌはジャンプして、地面に降り立つ。
鼻を鳴らしながら、イエイヌは観察を始める。
雪が強くなる。
ともえは、まだ声をあげている。
イエイヌは、額に汗を掻きながら、地面もじっくり見てる。
ともえが寒さに身を震わせながら、また声を挙げようとする。
ロバ:「……誰、ですか?」
その時、小さく消えそうな声が聞こえた。
ともえ:「ロバちゃん!あたし!ともえ!昨日までお母さんを探してたよね!イエイヌちゃんもいるよ!」
ロバ:「あぁ、ともえさんですね。親切なヒト。それと、イエイヌさんという、親切なフレンズ」
ともえ:「そうだよ!そう!」
ロバ:「でも、きっと心の底はドス黒くて、二人は私を傷つけようとしてるんですよね」
ともえ:「そんなことないよ!どうして、そんなこと言うの!」
ロバ:「だって、母さんが言ったんです。外には危ない人しかいないから、ここを出てはいけませんって」
吹雪が、また強くなった。
イエイヌは、まだ入り口を探している。
ともえは息を呑む。
ともえ:「もしかして、ロバちゃんはずっとここにいたの?」
ロバ:「当たり前じゃないですか。母さんがここを出るなと言ったので、子供である私が一歩も出ないのは当然です」
ともえは目を見開く。
ロバ:「でも、母さんがいつまで経っても帰ってこないから、私はここを出てしまいました。だから私は悪い子です。母さんが帰ってこなかったのも当たり前ですよね」
ともえ:「違うよ!ロバちゃん!カルガモちゃんは帰ろうとしていた!そう話を聞いたじゃない!」
ロバ:「いいえ。私が悪い子だったから、母さんはそんな酷い目に遭ったんです。私が良い子だったら、母さんは何事もなく帰ってきて、私とずっといてくれたんです」
ともえ:「そんなの!流れが滅茶苦茶だよ!カルガモちゃんが襲われたのは、ロバちゃんと何の関係もないよ!」
イエイヌが手掛かりを見つけたのか、雪を掘り始めた。
ロバ:「いいえ。全部私が悪いんです。それが正しいんです。だって母さんは正しかった。私が外で出会ってきたフレンズはみんな、私を傷つけようとしてきた」
ともえ:「そんなことないよ!良いフレンズだっているはずだよ!」
ロバ:「いいえ。どのフレンズも私が持ってる食糧を奪おうとしてきました。中には力づくで奪われたこともありました。そしてお前はウマに似てるからと、無理矢理草を食べさせられたこともありました。それで生きられることを発見したのは思わぬ収穫でしたが、かといって私が傷ついたことに代わりはありません」
ともえ:「フレンズちゃんが、そんな……」
イエイヌは鼻で嗅ぎつつ、雪を掘る手を加速させた。
ロバ:「だから、偶々見つけた食糧は適当な理由をつけて差し出すことにしました。それがフレンズから、一番手っ取り早く逃げる方法だと理解しましたので」
ともえ:「なら、私達が貰った食糧も」
ロバ:「そうですね。その意図で渡したのですが、途中で去らずに不思議と最後まで付いてきてくれましたね。おそらく私がまだどこかに食糧を隠していると思って付いてきたのでしょうが、本当にここにはもう何もないんです」
ともえ:「そんなことじゃないよ!私は本当にロバちゃんのことを心配して!」
ロバ:「ははは。そんな存在いるわけないじゃないですか。だって母さんは外は危ないフレンズばかりと言ってたんですよ。ともえさんは母さんを嘘つき呼ばわりするつもりですか?やはりともえさんは悪い方ですね」
イエイヌはまだ掘っている。
ともえ:「でも、良いフレンズもきっと」
ロバ:「私が断言します。いません。いませんでした」
ともえが言葉を失う。
イエイヌの掘る手が、石の部分にぶつかる。周りの部分の雪を急いで取り除き始める。
ロバ:「そして母さんもいないことがわかりました。だから私もこの場所で消えようと思います。母さんが待っててと言ったこの場所で」
ともえ:「どうして!どうしてそんなことを!どうして生きようとしないの?」
ロバ:「(不思議そうに)そんなこと?」
イエイヌが扉を見つける。押しても引いても開かない。
ロバ:「そんなの……」
イエイヌが目を金色にして、扉へと振りかぶる。
ロバ:「母が死んだら子も一緒に死ぬ。当たり前の事じゃないですか」
イエイヌの拳が、扉を倒す。
イエイヌが中を覗いた。
床にサンドスターが散らばってる。
そして、その光が照らした家の内部は、まるで子宮のように、赤黒いものだった。
イエイヌの背筋が凍った。
ともえ:「どうしたの?イエイヌちゃん。あたしも中に入るよ」
はっとなったイエイヌが振り返ると、雪の上にともえが立っていた。
イエイヌ:「来ちゃダメです!」
イエイヌは、目を金色にして、家の石の部分を思い切り蹴り、軽く跳んで距離を置いた。
家が振動して、雪がズレ落ちる。
入口が再び雪に埋まった。
肩で息するイエイヌは、怯えたように見てくるともえに気づき、怖い顔から酷く情けない顔になった。
●
(ED 祝兄貴 たいせつなともだち~しんゆうver.~ ニコニコ動画より)
●
場面:雪降る林の中。二人がとぼとぼ歩いている。
ともえは俯いている。
イエイヌが林の方を見ながら口を開く。
イエイヌ:「私、言いましたよね。もう助ける価値のあるフレンズなんてパークのどこにもいないって」
ともえは首を横に振る。
イエイヌは無言で、ともえの首を見つめてから、また林の方に目を向けて口を開く。
イエイヌ:「わかりましたよね、ともえさん。これが今のフレンズなんです。食糧の為に傷つけて奪い合って、自分の欲望の為に勝手に他者を閉じ込めて、狂って死ぬ。そんなフレンズしか、ここにはいないんです。そんなやつらの為にともえさんが傷つく必要なんてありません。私はともえさんが心配なんです」
ともえは首をさっきより強く横に振る。
イエイヌ:「だから、ともえさん。もう他のフレンズのことなんて考えないで、生き延びることだけ考えましょう。それでもういいじゃないですか」
ともえは首をもっと強く横に振る。
怒ったイエイヌが口を開こうとする。
その瞬間、木の上から目の前に何か落ちてくる。
レッサーパンダ:「お困りですか?お困りなら私。何でもできるみんなの憧れ、パンダちゃんです!」
そこには、顔に雪を被りながら決めポーズで言うレッサーパンダがいた。
イエイヌ:「は?」
ともえはまだ俯いていた。
(三話に続く)
……………………………………………………………………………………………………
――そう。これは私が覗いた異世界のけものフレンズ。
この二期の最初の反響はどうだったかといえば
少しシリアス目だった前回で驚く人が多かったですが、それでもハッピーな一線は譲らないと思われていたので、まだ受け入れる声は多かったものです。
しかし、この二話で苦しみ死んでしまったフレンズと、希望が打ち砕かれた主人公を見て、多くの批判が巻き起こりました。
これは、私達が望んだけものフレンズではないと。
たつき監督が作り上げたものを、制作チームは台無しにしたいだけなのかと。
そういう強い言葉すらある中で、そういう言葉が来ることも予測した上での、この二話だったと後で皆が気づくことになります。
これでもまだ始まりに過ぎないと回が進むたびに知っていく中で、果たして皆の心には何が残るのか。
もし無か害しか残らないのであれば、私達は作ることをやめる。
そう自分達に問うた作品だったと、彼らは後に語ったのです。
――この二話の時、たつき監督はどうだったかって?
まだ小康状態だったそうです。
血圧が少し高いことや、糞尿の出が普段通りでないなどのトラブルもありましたが、それでもまだ許容範囲であったことに、当時の僅かな変化ですら神経質になっていた自分達は気づかなかったと、
――そう、後で語っています。
……………………………………………………………………………………………………
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