けものフレンズReason ~ジャパリパークの終わりを前に~

@minmitr1222

第1話 『おうちにおかえり』


 登場人物

ともえ(主人公)

イエイヌ

カンザシフウチョウ

カタカケフウチョウ



 ●


場面:終わりなく降る雪。先の見えない森の中


荒い呼吸。白い息。少女が急ぐ。

鼻をすする。

前に来た肩掛け鞄をどかす。

息が苦しくなり「ん、あ!」と声を漏らす。

立ち止まり、首辺りの服を寄り合わせる。白い息を吐く。唇を噛み締める。

灰色の空を仰ぐ。

下を向き、一つ頷く。

歩き出してすぐに、枝を踏んでバランスを崩す。既に支える力はなく倒れる。

顔からうつ伏せに倒れ、動かない。

吹雪は続く。少女の姿を消しそうなくらいに。

無音。聴覚がなくなったかのように。


微かに、雪を踏みしめる音がする。

その存在が、何かを見つける。

歩み、近づくたびに雪は止んでいく。

雪影が、近づくものの姿を段々と映す。

雪が止む。

立ち止まり、映した人影の上に獣耳が立つ。


空に、落ちるように近い満月が浮かぶ。


(OPなし。CM)


場面:パークのどこかのイエイヌの家。暖炉部屋のベッドの上。


主人公が目覚めると、白い天井がある。

身体を動かそうとするが痛むので、首だけで下を見ると毛布が掛かっている。

赤くなっている右の方に首を動かすと、暖炉の前に編み物をしている少女がいる。

頭の上に獣耳がある。

お尻の辺りには、尻尾がある。

固まる主人公の動きに少女は気づき、こちらを振り返る。

イエイヌ:「あ、気づいたんですね。大丈夫ですか」

主人公は返事をしようとするが、上手く声が出ない。

イエイヌ:「大丈夫ですよ、辛いなら無理して喋らなくても。三日も寝てたんですから、仕方ないですよ」

主人公は喋れない。

イエイヌ:「そうですね。スープを作りますから、ちょっと待ってて下さい」

イエイヌが部屋から出ていく。

主人公は去った扉を見つめてから、部屋を見渡すが、寝落ちる。

イエイヌ:「大丈夫ですか?起きて下さい」

目を開くと、主人公の顔を覗いてくるイエイヌがいる。

上手く返事ができない主人公。身体も上手く動かせない。

イエイヌ:「あ、起きましたね。じゃあ少し体を起こしますよ」

よいしょと身体を起こし、ずらし、主人公を背もたれに寄りかからせる。

イエイヌ:「さぁ、ご飯の時間ですよ」

イエイヌは椅子に置いてあった皿を持ち上げ、スープをスプーンで掬う。

フーフーと冷ました後で、主人公の口の前に持っていく。

イエイヌ:「熱いですから、気を付けて下さいね」

主人公はゆっくりと啜った。

イエイヌ:「どうですか?」

主人公は頷いた。

イエイヌ:「あ、大丈夫そうですね。まだいっぱいあるので、好きなだけ食べて下さい」

主人公は頷いた。

イエイヌ:「そうだ。それが終わったら、眠くなるまで何かお話をしてあげましょう。人はそうすると本に書いてありましたからね。うーん。でしたら、古くからパークに伝わる、かばんとサーバルのお話にしましょうか?」


  ●


主人公が目を覚ますと、暖炉にイエイヌがいる。

イエイヌ:「起きましたね。またスープを作りましょうか?」

主人公は首を振る。

イエイヌが首を傾げていると、主人公はベッドから手を取り出して、イエイヌの方に震えながら伸ばした。

すぐに力尽きて、落ちそうになる手をイエイヌが掴む。

イエイヌ:「どうかしたんですか?」

ふぅふぅと休んだ後で、再び手をイエイヌに伸ばし、頭の上に手を置く。

イエイヌ:「わふっ!?」

驚くイエイヌを気にせず、主人公は手を獣耳に近づけ、触る。

イエイヌ:「あっ、そこは」

震える身体に、主人公の手が止まる。

イエイヌは焦る。

イエイヌ:「あっ、いえ。拒んだわけではないです。もっと触っていただいて、大丈夫ですよ」

恐る恐る主人公は耳を触る。びくっと耳が動く。

イエイヌ:「ん」

主人公は耳を撫でる。さらに耳がぴくぴく動く。

イエイヌ:「んんー」

耳を軽く掴み、コネコネする。

イエイヌ:「んん。んー!」

ともえは耳から手を離し、頬を触る。

往復し、撫でられるたびに、イエイヌは目を細めていく。

戻ろうとした手を、我に返ったイエイヌが途中で掴んだ。

イエイヌ:「あの!聞きたいことがあるんです!」

主人公が見つめてくる顔を、イエイヌは見つめ返す。

イエイヌ:「あなた、ヒトですよね」

ともえは頷いた。

イエイヌ:「あぁ、やっぱり」

イエイヌは震えながら、ともえに抱き着いた。

イエイヌ:「会いたかったです」

暖炉の木がバチっと爆ぜた。


  ●


主人公:「それで、ここのお話を聞かせてくれる?イエイヌちゃん」

イエイヌ:「そうですね。あなたもちゃんと話せるくらい回復してきましたから、もう頃合いだと思います。でも、無理したらダメですからね」

主人公:「わかってるよ。イエイヌちゃん」

イエイヌは手を口に当てながら少し考えた後、話し始めた。

イエイヌ:「この場所は、フレンズ化した動物達が住む、ジャパリパークという場所です」

主人公:「フレンズ化って何?」

イエイヌ:「フレンズ化というのは、サンドスターという謎の物質に触れた動物達がヒト化することです。そのフレンズを集めて作られた場所が、ジャパリパークなんです」

主人公:「イエイヌちゃんもそうなんだよね」

イエイヌ:「そうです。獣の記憶がないフレンズもたくさんいますが、私はイエイヌという動物だった記憶があります」

主人公:「それはどんな記憶なの?」

イエイヌ:「細かくはほとんど覚えていないのですが、私は人に飼われていました」

主人公:「人に?」

イエイヌ:「えぇ。人の傍はとても暖かくて居心地が良く、それでいてやりがいもあって、とても幸福な時間でした」

主人公:「だから、なんだね」

イエイヌ:「そうですね。思わず抱き着いてしまったのは、人に会えて懐かしくなったんだと思います。あなたが待っていたご主人様でもないのに」

主人公:「ご主人様?」

イエイヌ:「はい。私を飼っていた人です。大人で、あれは生物でいうところの男だったと思います。私はご主人のことをとても頼りにしていて、私もご主人からとても頼りにされていたような気がします」

イエイヌは顔を綻ばせる。

その顔を伺いながら、主人公は自分の手へと視線を落とす。

主人公:「イエイヌちゃんは、少しでも記憶があるんだね」

イエイヌは顔を上げた。

イエイヌ:「いえ、別に記憶がないあなたをどうこう言うつもりは」

主人公:「いや、そんなに気遣わなくて大丈夫だよ、イエイヌちゃん」


主人公は思い出す。自分が起きた謎の施設を。

カプセルから出て、周りにあった服と肩掛け鞄を得て外に出た途端に、地中に埋まった不思議な場所を。

今更戻れず、そこから雪降る森の中を、あてもなく彷徨うしかなかったことを。


イエイヌ:「うーん」

そう言って、イエイヌは部屋の隅に置かれた主人公の帽子の裏を眺めていた。

主人公:「何してるの?イエイヌちゃん」

イエイヌ:「いえ、何か記憶のヒントになるものがないかなと。そこまででなくても、せめて名前でも書いてあればいいなと思いまして」

主人公:「あたし、前に中身を見たけど、何もなかったよ」

イエイヌ:「いえ、こういう裏とかそういう所に何か書いてあるかもと」

主人公:「そこに、何か書くものなの?」

イエイヌ:「前に博士から貰った本に、人は自分の物に名前を書くみたいなことが書いてあったんです」

主人公:「そういうものなんだ」

イエイヌ:「あ!ほら。ここに何か書いてあります!」

肩掛けカバンの下の辺りを見ていたイエイヌは叫ぶ。

主人公:「あたしにも見せて」

文字がほとんど掠れていてよくわからないが、文字同士の隙間が空いてる『とも   え』の文字は拾えた。

イエイヌ:「これじゃあ、よくわからないですね」

主人公:「でも、あたしはこれを名前に使おうかなと思う」

イエイヌ:「え。こんなに隙間が空いてるんですよ。これ、絶対にあなたの本当の名前じゃないですよ」

ともえ:「でも、唯一の手掛かりだし。それにね。あたしね。イエイヌちゃんに名前を呼ばれたいと、そう思っていたんだ」

イエイヌ:「ん。どういうことですか?」

主人公:「だってね。あたしがねイエイヌちゃんのことを、イエイヌちゃんって呼ぶと、イエイヌちゃんはいつも嬉しそうな顔をするんだもん」

イエイヌ:「え、私そんな顔してました?」

主人公:「気づいてなかった?何だかどこか疲れてそうなイエイヌちゃんの顔が、私に名前を呼ばれた時だけ、すこし嬉しそうになるの。何も話せなくて上手く動けなかったけど、あたしはそんなイエイヌちゃんを見るのが好きだったの。でね。あたしも名前を呼ばれたら、イエイヌちゃんみたいに笑えるのかなって。そしたら元気に歩けるのかなって」

イエイヌ:「あんな寒い中、ずっと歩きっ放しで、暫く雪の上で倒れていたんです。回復が遅くなるのも当たり前ですし、身体が疲れて上手く笑えなくなるのも無理はないことなんですよ。あなたは元気になるまで気にしないで、ゆっくり休んでくれていいんです。身の周りの世話は私がきちんとしますから」

主人公:「ううん。違うの。申し訳なくも思ってるけど、そうじゃないの。あたしが元気になってイエイヌちゃんといっぱい遊びたいの」

イエイヌは息を呑んだ。

主人公:「だから名前を呼んで。あたしはイエイヌちゃんと笑いあいたいから、イエイヌちゃんはあたしの名前を呼んでよ」

イエイヌ:「わかりました」

イエイヌは一息入れる。

イエイヌ:「ともえ、さん?」

ともえ:「(目を閉じながら)もう一回」

イエイヌ:「ともえさん」

ともえ:「(目を閉じながら)もっとたくさん」

イエイヌ:「ともえさん。ともえさん。ともえさんともえさんともえさん。とーもーえさん。ともえさん」

ともえは目を閉じながら、うんと頷いた。

ともえ:「あたし、イエイヌちゃんに名前を呼んでもらえるの、大好き」

ともえは、少しだけ笑えた。


  ●


場面:家の外。家がたくさんある敷地内。二人は歩いている。


イエイヌ:「だいぶ、歩けるようになってきましたね」

ともえ:「イエイヌちゃんの看病のお陰かな。ありがとう」

イエイヌ:「私は何もしてないですよ。ともえさんの頑張りのおかげです」

ともえ:「そんなことないよ!そもそもあたしはイエイヌちゃんがいなかったら、あそこで死んでたんだもん。イエイヌちゃんには感謝してもしきれないよ」

イエイヌ:「ともえさん」

ともえ:「ねぇ。イエイヌちゃん。私がもっともっと元気になったら、一緒にここから出てパークを旅してみない?」

イエイヌは息を呑んだ後で、首を横に振った。

イエイヌ:「ともえさんが、かばんとサーバルのお話を好きなことはわかります。人と動物のフレンズがいろんな問題を解決しながら、楽しい旅をしていたのは、とても心躍るものだと思いますからね」

ともえ:「だったら」

イエイヌ:「それでも、当時と今は状況が違います。今は食べ物に余裕なんてなくて、他のフレンズを助けることも、助けるべきでもないですから。それに、私には待っている人がいますから、ここを動けません」

ともえ:「ご主人様のこと?」

イエイヌ:「そうです」

ともえ:「でもいつまで待ってても帰ってこないじゃない!このままだとイエイヌちゃんが可哀想だよ。そんな人は放っておいて、あたしと」

イエイヌは家の壁を叩き、ともえを睨む。

イエイヌ:「いくらともえさんでも、私のご主人を侮辱することは許しません!私はご主人を待ち続けるんです!」

ともえはイエイヌを見れず、俯いた。

沈黙が流れる。


ともえが、イエイヌから目を逸らした先に、他とは違う形の家を見つける。

ともえ:「あれは何だろう」

ともえ、そこまで小走りをする。

イエイヌ:「あっ、待ってください」

怒っていたイエイヌも、それを忘れてともえを追いかける。

到着したともえが、その扉を開けようとするが、開かない。

ともえ:「あれ、ここ開かないよ?他は開くのに」

イエイヌ:「そこに鍵がかかっているからです」

ともえ:「カギ?カギってなぁに。それがないと入れないの?」

イエイヌ:「そうです」

イエイヌは懐から紐付きの鍵を取り出した。

イエイヌ:「これが鍵です」

ともえ:「そんなに小さくて、なくしたら大変じゃないの」

イエイヌ:「まぁ確かになくしたら大変なんですが、なるべく感度の高いところに入れてるので、なくしたら寝てても気づきますってば」

ともえ:「じゃあ、この建物はなぁに?」

イエイヌ:「これは、倉庫です」

ともえ:「そうこ?」

イエイヌ:「スープの素に使ってるジャパリメイトとか、いろんな工具を入れてある場所です」

ともえ:「あたしここ見たい」

イエイヌ:「ダメですダメです!中は物がたくさんあったり、床が抜けたりしてて危ないんですから!」

ともえ:「そうなんだ」

ともえの顔をまじまじと見つめてから、イエイヌは腕を組む。

イエイヌ:「うーん」

ともえ:「どうしたの?イエイヌちゃん」

イエイヌ:「寝てたとはいえ、ちょっと物を知らなすぎですね。(暗い顔で)これだと今後大変になりますよね」

ともえ:「イエイヌ、ちゃん?」

イエイヌ:「(何事もなかったように笑う)そうです。私には博士から貰った身の回り百科事典がありました。あれで人間のことを覚えて貰いましょう。私でもわかるレベルなので、きっとともえさんなら大丈夫でしょう」

ともえ、無言でイエイヌの顔を見ている。

それに気づかずイエイヌはともえの手を引く。

イエイヌ:「こっちです。良い物をあげましょう」

ともえ、無言でイエイヌの顔を見ている。


  ●


場面:別の部屋。ともえの前にスープの空皿。紅茶も


ともえ:「そこで博士が、貴重なカレー味のジャパリメイトを食べた私を追いかけ回したんです。こんなふうにですよ。こんなふうに。あれはヤバかったです」

イエイヌが、梟が獲物を狩る為に飛ぶポーズをする。

ともえはくすくす笑う。

ともえ:「イエイヌちゃんは、本当に博士のことが好きなんですね」

イエイヌ:「ん。まぁ、いろいろ教えてもらいましたしね。人間のこととかサバイバル技術とか」

ともえ:「サバイバル?んー。確か、自然の中で人が生き残る為に魚釣ったり、木で家を作ったりみたいなものだったっけ」

イエイヌ:「そうですそうです。いやー、あの本結構役に立っているようで、何よりです」

ともえ:「あれ、そこまで詳しくは書いてないんだけどね。詳しく知りたいなら別の本を探さないといけないのが、ちょっと面倒かな」

イエイヌ:「まぁまぁ、元々子供向け本ですから。仕方ないと思います」

ともえ:「でも詳しく書いてあったら、きっと今より重くなるからいいかな。ただでさえ重いのにこれ以上はキツイもん」

イエイヌ:「はは」

ともえ:「そうそう。それでそもそもイエイヌちゃんはどうして人間のことを知ろうと思ったの?あっ、もしかしてご主人のこと?だから、博士のところにずっといなかったの?」

イエイヌは、ゆっくり紅茶を飲んで、ふぅと溜息をついた。

イエイヌ:「そうですね。確かにご主人を待つつもりなので、ずっと図書館にいる予定はありませんでした。でもいつ来るかはわからなかったので、もう少しだけと伸ばし続けてきたんです。それにご主人の役に立とうと、いろんな人間の技術を覚えるのは、楽しかったですから」

ともえ:「じゃあなぜ、そこを去ったの?」

イエイヌは手を組み、頬を付く。

イエイヌ:「博士はある日、消えてしまったんです」

ともえ:「えっ」

イエイヌ:「本当にある日、起きたら何の痕跡もなく、いなくなっていたんです。何日待っていても戻ってきませんでした。私は、少し前まで博士がいたはずの場所に博士がいないのが何だか嫌で、そこにいるのが辛くなって、私が生まれた時にいた、この場所に戻るしかなかったんです」

ともえ:「そうだったんだ。博士はどこにいるんだろう」

イエイヌ:「わかりません。島のあちこちを探して、隣の島に詳しいフレンズにも聞いてみたのですが、誰も知りませんでした。おそらくきっと」

言葉を止めて、イエイヌは暗い顔をする。

ともえは優しい目をする。

ともえ:「そんなことがあったんだね」

沈黙が続く。下を向くイエイヌにともえは話しかけれず、紅茶を啜る。

ともえ:「これ、美味しいね」

イエイヌはふっと、儚そうに笑う。

イエイヌ:「当店の自慢の一品ですから。お客様、おかわりはいかがですか」

ともえ:「あたし、貰うね」


  ●


場面:敷地内の開けた広場。雪は積もるが晴れ


イエイヌ:「本当に、本当にいいんですか?」

尻尾をブンブン振りながら、イエイヌは言う。

ともえ:「勿論だよ。今日は晴れてるからいっぱい遊ぶよ」

イエイヌ:「やりました!」

イエイヌは嬉しそうに、広場を一周走ってくる。

それを眩しそうに見つめながら、ともえは手元にあるフリスビーを見る。

スポーツの本の内容を頭に浮かべて、投げ方を思い出す。

イエイヌがこちらに戻ってきて、目の前でターンをした後、ともえはフリスビーを投げる。

犬の走り方になったイエイヌは、宙に飛んだそれを、ジャンプして口で咥える。

ともえ:「すごい!」

拍手しているともえの元に、イエイヌが咥えて帰ってくる。

頭を撫でて、フリスビーを受け取った後、イエイヌがまた走り出す。

そこからともえはまたフリスビーを投げる。

真っすぐ、安定して遠くまで飛ぶそれを、イエイヌは横跳びで口で咥える。

ともえ:「すごい!すごい!」

興奮するともえの前に、少しすました顔で、イエイヌが戻ってくる。

ともえ:「すごいよ!すごいよ!イエイヌちゃん!」

ともえに頭と顔をわしわし撫でられ、イエイヌはとろけた顔になる。

それがおかしくてともえは笑う。

散々撫でたともえは、フリスビーを受け取り、投げる。

ともえ:「あっ」

今度は結構な角度でカーブをしてしまう。

難しいそれを、イエイヌは加速して地面ギリギリで咥え、駆け抜けていく。

ともえ:「やった!やった!イエイヌちゃんすごいよ!」

ドヤ顔をしながら帰ってくるイエイヌは、待っているともえの今までの最高の笑顔を見て、眩しそうな笑みを浮かべた。


  ●


場面:イエイヌの部屋。ベッドがある。


イエイヌがベッドで寝転がっている。

本で確認しながら、火を起こしている二人の姿。びくびくしながら特製の火打ち石を叩こうとするともえ。それを取り上げて、綺麗に火花を作るイエイヌを、褒めるともえ。

ベッドに火打ち石が置かれる。


イエイヌがベッドで寝転がっている。

ともえが後ろからイエイヌに抱き着く。振り返ろうとしたら背中に雪を入れられてイエイヌは声を上げる。コラと追いかけて外に出ようとしたら、床が滑って、束ねた草の上にポフリと顔が落ちる。開いたドアから笑ったともえが覗く。イエイヌは不満顔

ベッドに幾束の草が置かれる。


イエイヌがベッドで寝転がっている。

ともえが本を読んでいる。イエイヌが入ってくると本を放り投げ、別の本を出し駄々をこねる。イエイヌが代わりに読んであげる。そんなイエイヌにくっついて、本の絵を見るともえがいる。

ベッドに絵本が置かれる。


イエイヌがベッドで寝転がっている。

岩の小さな洞窟。息切れしたイエイヌが覗くと、泥だらけで汚れたともえがいる。怒ろうとするイエイヌに差し出された、雪で咲く花の冠。ともえの笑顔

ベッドに花の冠が置かれる。


  ●


場面:辺り一面真っ黒な中に、ともえが一人いる。夢の中


ともえ:「ここはどこ」

ともえ:「あたしは死んだの?」

目の前に、青と黄色の模様を光る。

ともえ:「え、何?」

そこから、二つの姿が浮かび上がる。(カンザシフウチョウとカタカケフウチョウ)

ともえ:「あなた達は誰?」

カンザシ:「あなたは終わり」

カタカケ:「あなたは始まり」

カンザシ:「終わりきった世界で」

カタカケ:「決して始まらない場所に」

カンザシ:「やって来たあなた」

カタカケ:「呼ばれたあなた」

ともえ:「呼ばれたって、あたしが誰に?」

すっと二人の姿が消える

ともえ:「え、待ってよ。あたしは誰に呼ばれたの?」

カンザシ:「私は待たない」

カタカケ:「私は待ってる」

カンザシ:「終わりが来る場所で」

カタカケ:「目覚めを待つ場所で」

ともえ:「誰が待ってるの?ねぇ。あなた達は誰なの?行かないでよ」

カンザシ:「さぁ起きなさい」

カタカケ:「眠りをやめなさい」

カンザシ:「あなたを待つ者がいる」

カタカケ:「あなたが行くべき場所がある」

二人:「そして、あなたがまずすべきことがある」

ともえ:「だから、あなた達は誰なの?」

カンザシ:「私はカンザシフウチョウ」

カタカケ:「私はカタカケフウチョウ」

カンザシ:「終わったものの化身にして死体」

カタカケ:「始まりを待つものの化身にして現身」


 場面:暖炉のある部屋。


ともえが目を覚ます。落ちかけていた本(ミステリー)を閉じて、丸テーブルの上に置く。椅子に座ったともえの膝に、顔をのっけて眠っているイエイヌがいる。

ともえはイエイヌを優しく見つめた後、窓の外へと厳しい目を向けた。


外は強く吹雪いていた。


  ●


 場面:暖炉のある部屋。ベッドの上。


ともえが揺り起こされる。

イエイヌ:「雪が収まりました。ここを出る準備をして下さい、ともえさん」

ともえは窓の外に目をやる。

ともえ:「イエイヌちゃんは、あたしと一緒に付いてきてはくれないんだよね」

イエイヌ:「えぇ。私には待つ人がいますから」

二人は無言になる。

ともえ:「イエイヌちゃん。ちょっと、この辺を歩いてきていいかな」

イエイヌは頷く。

イエイヌ:「わかりました。ここでご飯を用意して待っていますね」


  ●


 場面:イエイヌの家がある敷地。出口の門の手前


イエイヌ:「これで、準備はいいですね」

ともえは俯いている。

イエイヌ:「ご飯は一カ月分あります。火の起こし方も眠る場所の作り方も不安ではありますが、渡したサバイバル本に詳しく書いてありますから大丈夫です」

ともえは俯いている。

イエイヌ:「一人で不安なんですか?大丈夫です。ともえさんはこの本を読めば、寒さの中に倒れることなんてありませんよ。私が保証します」

ともえは俯いている。

イエイヌ:「そうだ。忘れる所でした。この為に編んでいたマフラーがあったんです」

イエイヌは袋から取り出し、ともえの首に巻く。

イエイヌ:「これで大丈夫です。これで安心して送ることができます。これで私のやることは終わりました。後はご主人を待つだけです」

その言葉にハッとしたともえが顔を上げる。

イエイヌの顔を伺うようにするが、相手が穏やかに目線を合わせてきたら、下に顔を向ける。

首を傾げるイエイヌの前で、ともえは自分の首元にあるマフラーをじっと見つめる。

その姿を見ても、イエイヌは微笑んでいる。

イエイヌ:「それと最後に言って欲しい言葉があるんです。昔ご主人が私に向けて言ったように、ともえさんもおうちにお帰りって言って下さい。それを私はともえさんとの、お別れの言葉にしたいんです」

ともえは顔を下に向けている。

小さく何度も風に揺れたマフラーを、思わずともえの右手は掴む。

マフラーをより強く握りしめたら、そのまま強い瞳でイエイヌを見つめ、口を開く。

ともえ:「そんなの、嘘だよね?イエイヌちゃん」

目だけを細め、イエイヌは返す。

イエイヌ:「何の話ですか?ともえさん」

ともえの左拳が下に振り抜かれる。

ともえ:「全部の話だよ!イエイヌちゃん!」

ともえは背負っていたリュックを下ろし、そこからサバイバルの本を取り出す。

次に自分の胸ポケットから出した金属の小瓶を取り出すと、本に中の液体をかけた。

イエイヌ:「いったい何を」

暗く笑みを浮かべるともえは、懐から燃料が少ないライターを取り出すと、火をつけ、その本に近づけた。

イエイヌ:「やめて下さい!そんなことをしたらあなたが!」

ともえは構わず、火を近づける。

本に火が付く。イエイヌは驚いた顔をする。

燃える範囲が広がる。ともえの真顔とイエイヌの焦りが交錯する。

イエイヌは、燃える火へと飛びついた。

直前で、ともえはその本を投げたので、二人はもつれあうように転がる。

下になったともえの横に、イエイヌの手が地を叩いた。

イエイヌ:「どうして!どうしてこんなことをしたんですか!あれがなければ、この自然の中で生きられなくて、あなたは死んでしまうんですよ!」

睨みつけるイエイヌを前に、ともえは優しい顔をする。

ともえ:「だって、あたしを助けてくれた人に生きて欲しいと思うのは当たり前じゃない」

イエイヌ:「どういう意味ですか?」

ともえ:「だってイエイヌちゃん。あなた死ぬつもりなんでしょう?」

遠くで、サバイバルの本が燃え尽きた。

イエイヌは視線を泳がせる。

イエイヌ:「何を言ってるんですか。何の証拠があるんです」

ともえは、イエイヌをどかして立ち上がる。

ともえ:「あの倉庫。あたし見たけど、中身が何もなかった」

イエイヌ:「そんなはずはありません。鍵だって確かにここにあります。中を見れるはずがありません」

ともえは小さく笑う。

イエイヌ:「何がおかしいんですか」

ともえ:「ミステリーだと、それは自白したようなものなんだけど、話すね。実はあの鍵は、針と糸を使えば簡単に開けることも閉めることもできるんだよ」

イエイヌ:「そんなことが」

ともえ:「それが人間の力なの。このパークを作った人間の知恵なの」

イエイヌは目を見開いた後で、俯く。

イエイヌ:「別に食糧なんて、簡単に見つけられますよ」

ともえ:「その割にはイエイヌちゃん。全然食べてなかったじゃない。食糧探すのに自信あるなら、どうして探してこなかったの?」

イエイヌ:「食べてはいましたよ。こっそりと。それに全く食べなくても一週間くらいは過ごせます」

ともえ:「それが限界ってことだよね。それが過ぎたら死んじゃうってことだよね」

イエイヌは俯いた。

ともえ:「あたしはそんなことを許さない。だからあたしはイエイヌちゃんにお家に帰れなんて言ってあげない。食糧のない家に帰して、死を迎えさせてあげる気なんてない」

ともえはイエイヌの手を取る。

ともえ:「だから一緒に行こう。あたしはイエイヌちゃんと旅をしたい。かばんとサーバルの旅が好きなこともあるけれど、私はそれよりずっとイエイヌちゃんのことが大好きだから、あたしはイエイヌちゃんとずっと一緒にいたいの」

首を何度も振り、イエイヌは泣きそうな顔をする。

イエイヌ:「でも。でも。二人だと食糧が減って、きっと残り半月くらいしか生きられません」

ともえは、両手でイエイヌの肩を掴む。

ともえ:「いい?イエイヌちゃん。あたしは弱いの!知恵のある人間ではあるけど、ちょっと森を歩いただけで死にかけるような子供なの!おまけにサバイバルの本もなくしたから、一カ月どころか一日すら生きていけるのだって怪しいんだよ!イエイヌちゃんはあたしを見殺しにするの!それでいいの?イエイヌちゃん!イエイヌちゃん!弱いあたしのことを助けてよ!」

イエイヌは堪えきれず、その瞳から涙を流す。

イエイヌ:「そんなのズルいですよ。諦めようとしていたのに。終わらせようとしてたのに。そこまでされたら、私がついていくしかないじゃないですか」

ともえ:「それじゃダメだよ。もっとだよ。イエイヌちゃんがずっと言えなかった言葉を聞かせて」

イエイヌ:「私は寂しかったんです!あの誰もいない家で、降りやまない雪に怯えながら、届かない月を眺めながら、手を伸ばしても、何も掴めない日々を生きるのは辛かったんです!」

イエイヌ:「いっそ希望なんてなければと思いました。ご主人は来ないから早く死のうと、何度も何度も思いました。だけど死ねなかったんです」

イエイヌ:「ともえさんというヒトを見つけた時は嬉しかった。だけど待っていたご主人とは違いましたから失望もしました。それでも、それでも!ともえさんと過ごす日々はとてもとても楽しかったんです!」

イエイヌ:「だから私はこの思い出を抱いて終えようとしました。ともえさんの思い出に囲まれた部屋で、大好きな人の匂いに包まれながら、満足して死のうとしてたんです」


ベッドに溢れた思い出の品。間にはイエイヌが身体を置ける隙間場がある。まるで棺桶のように。


イエイヌの涙をともえは拭う。

ともえ:「それで?イエイヌちゃんは今でも死にたいの?」

イエイヌ:「そんなわけないです!ずっと寂しかったんです!もう寂しいのは御免です!私はご主人を諦めます!もう待ってなんかあげないです!私は、私は!ともえさんとずっと旅がしたいです!」

ともえ:「イエイヌちゃん!」

ともえは泣いて、イエイヌに抱き着いた。

イエイヌもまた泣いて、ともえを抱きしめた。

ともえ:「二人で!どこまでもどこまでも行こうね!」

イエイヌ:「はい!ずっと一緒です!」


二人の上に、雪が降り始めていた。


(OPの『足跡』流れる。歌詞一行ごとに場面が変わる特殊ED。右は僕からエンドロールに入る。※歌詞を検索して、場面を思い浮かべると良いとと思います)


・森林の中で、今日はここで寝ようと手を挙げる二人

・かまくら用に、雪を積もうと後ろ脚で雪を勢いよく飛ばすイエイヌに、喜んでジャンプしてるともえ

・火を起こそうとするイエイヌに、後ろからともえが抱き着く

・怒りながら、雪を入れた鍋を沸かしているイエイヌ。しゅんとなるともえ

・イエイヌの呆れた顔から、仕方ないなとばかりの顔へ

・一緒にご飯を食べて、笑っている図

・火を消して、二人してかまくらの中に入る

・横たわったともえがイエイヌを見つめる視点

・横たわったイエイヌがともえを見つめる視点

・外には満月の空が浮かんでいる。

・棺桶だったイエイヌの部屋は、今は綺麗に片付いている。



(二話に続く)






















































……………………………………………………………………………………………………


――そう。これは私が覗いた異世界のけものフレンズ。


そこでは、不健康な生活を送っていた、たつき監督が、末期の病気を抱えて死にかけていて、引き継いだチームが二期を作り上げるというものでした。


一期の楽しい世界とは遥かに違った、シリアスな世界。

それを教えることは、苦しむ皆を、より苦しめてしまうかも知れないとも思いました。

それでも、伝える意味はあると思ったから、ここに載せました。


――この一話の時、たつき監督はどうだったかって?


会社側の発表では、小康状態にあるという話でした。

病状は不思議と落ち着いていると言っていました。

それを聞いた皆は、病気の内容や末期とまでは聞いていなかったこともあり、このまま良くなっていくような気持ちを覚えたものです。


――そう、信じたかったからですけどね。


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