バロータのせい


 ~ 九月二十三日(月祝) DAY-TIME ~


 バロータの花言葉 忍耐



 ゲームを作るには。

 時間内にクリアーできるかどうか。

 そのギリギリを見極めるのが。

 まずは難題で。


 さらにその上で。

 確実にクリアーできるように作るのが。

 非常に難しいらしいのです。


 三日間挑んで下さったお客様。

 あるいは、ネットで情報を調べてから。

 挑んでくれたお客様。


 そんな、要領を掴んだ皆さんが。

 本日、一度か二度のゲームオーバーを体験すれば。


 最後のゲートキーパーの元へ。

 こうしてたどり着くことができる。


 この完璧なバランスで作れたことが。

 みんなの胸を震わせるのでした。



 しかも、最初にたどり着いたのが。

 このパーティーというのも嬉しくて。


 初日から、合計十回もトライしてくれた。

 常連の中学生四人組。


 すっかり物語にのめり込んで。

 きっとお客様の中で。

 一番楽しんでいただいている皆さん。



 ……だからこそ。

 俺達の狙い通り。


 

 彼らは今。


 最後のゲートキーパーの前に。

 武器を置いて、膝を屈したのです。


「げ、ゲームオーバーを宣言する!」

「普通に立ってるだけだし。多分簡単に倒せるんだろうけど……」

「この人は切れないよね……」


 冒険者たちの正面。

 屋上に作られた巨大な門の前。


 手配書に書かれた風貌通りの。

 真っ白なケープに身を包んで立つ少女。


 彼らは、戦う気すら皆無であるマールに。

 敗北を宣言したのです。


「いっそ、倒してみるか?」

「ダメよ! それじゃバッドエンドまっしぐらに決まってる! 絶対に何とかする方法あるはずよ!」

「急に行けるようになった王城が怪しいわよね……」

「よし! リトライ前に、カタリーナの部屋を徹底的に調べるぞ!」


 そして、必ず助けますねと。

 マールと握手する皆さんは。


 自分達の熱い想いに。

 ぽろぽろと涙を零したマールを見て。


 もらい泣きしながらフードを取って。

 来た道を引き返していくのでした。


「ちきしょう! すげえ悔しい!」

「諸悪の根源はカタリーナなのに……」

「しかし、ほんとおもしれえなこれ!」

「あたし、来年ここ受けようかな……」


 皆さんの声が聞こえなくなると。

 穂咲は最後の門を、きいと開いて。


 すぐそばで聞き耳を立てていた俺に。

 こそこそと話します。


「ぐすっ……。素敵なみんななの。きっと次はクリアーできるの」

「そうですね。間違いなく」


 門の裏に隠れていた俺に。

 鼻をすすりながら話しかけるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をエビに結って。

 白いケープコートの胸に。

 小さなバロータのお花をつけています。


 そんな穂咲は。

 彼らの選択は正しかったと。


 今の反応をゴールインと認めても良かったのではないかと。

 訥々とつぶやくのでした。



 ……そう。

 万が一、マールに刃を向けたなら。


 激昂したバロータと言う名の。

 拳法家、向井さんと戦うことになるわけで。


 彼らに勝ち目など無いのです。



「ねえ、道久君」

「なんです?」

「もしも、道久君がどうしてもお金が必要で、マールを前にしたらどうする?」


 え?


 何の質問でしょう。


「そんなの考えるまでも無いのです。俺に見つかるなんて迂闊すぎです。逃げるように言いますよ」

「なるほど。実に道久君らしい解答なの」

「では……、穂咲ならどうするのです?」


 君だって、自分が消えるかマールを逃がすかの二択でしょう。


 俺は、こいつがどちらを選ぶのか。

 何の気なしに聞いたのですが。


「……分からないの」


 意外な言葉が返ってきたのです。


「分からない?」

「だって、お金が必要な理由が、もっと多くの人を助けるためだったとしたら、どうしたらいいのか分からないの」

「いえいえ。だからといってマールを捕まえちゃかわいそうなのです」

「うん。……だから、純粋な中学生四人組の気持ちに泣けてきたの」


 ……そんな穂咲が言いたい事。

 何となく分かる気がしてきました。


 昨日、おにいさんが言ってくれたように。

 目の前の一人が苦しい思いをしたり。

 あるいは嬉しい思いをしたり。

 そんな出来事があったとして。


 連鎖的に動いた歯車が。

 誰を幸せにするのか。

 誰を不幸にするのか。

 分かるはずなど無いのです。


「……なんだか、哲学的なお話なのですが」

「そんな難しい話をしてるわけじゃないの。ただ、あたしには何十人かの人の命を守るためだとしても、マールを捕まえることはできないなって思っただけ」

「え? 誰かが助かります?」

「そりゃそうなの。マールとバロータが掴まれば、ダンジョンに入って命を落とす冒険者なんかいなくなるに決まってるの」


 真っ白なケープコートをはためかせながら。

 穂咲が口にした言葉に。


 俺は衝撃を受けました。



 冒険者たちは。

 自己責任でバロータに挑むものだと。

 ただ思っていたのですが。

 

 そんな皆さんの命も。

 救いたいと考える。


 君の意見は。

 確かに一つの理屈として正しいのです。



 ……そして、マールは。

 ダンジョンへ挑むすべての人に対して。

 そんな感情を抱いているのかもしれませんね。



「与える愛というものですね。……マザー・テレサが仰るには、愛は与えることで一番良く表現されうるとのことなのです」

「知ってるの。でも、その前に言ってるの。人生は、愛することと愛されることの喜びそのものだって」

「え? 愛されることも?」

「うん」


 あれ?

 そうなのですか?


「……では愛されるよりも、もっと大きく誰かを愛して、両方楽しめと言う事なのですかね。でもそれって、世界全体で見たら供給の方が上回りませんか?」

「……なに言ってるか分かんないの」

「おい」

「でもテレサちゃん、多分そんな難しい話をしようとしたんじゃないって思うの」


 この、世紀の偉人を友達扱いする罰当たりが。

 何かを言おうとしたところで。


 一年生のスタッフが。

 次のパーティーの来訪を告げました。


 すると穂咲は、泣き顔をパシンとはたいて。

 マールになり切ると。


「……バロータ。まつりんも瀬古君もさくさくも、苦しいけど、きっと愛されるより愛する方を選んだに過ぎないのよ」


 そして、屋上にそびえる最後の門を背にしながら。


「だから、彼らは想われることを苦痛とせずに、喜びと感じさえすれば、それぞれが幸せなの。分かる?」


 そんなことを言うので。


 ……俺は、バロータそのものという口調で。

 ぶっきらぼうに返事をしたのでした。


「おまえさんが何を言っているのか分からんが、あいつらは優しすぎるからな。他の奴に求愛されたら、喜ぶどころか苦しいだろうよ」


 すると最後にマールは。

 ……この国の、第二王女は。

 バロータに笑顔を向けながら言うのでした。


「……だからね。あたしは、優しい人が損をしないような国を作りたいの」

「やれやれ。……俺は、そんなことに手を貸す気はねえぞ?」


 そして、後ろ手に門を閉じて。

 微笑みながらため息をつくと……。



 なに恥ずかしいことやってんだと言わんばかりの向井さんが、すぐ目の前でにやけながら携帯を向けていたので。


 賄賂を渡して土下座して。

 動画の削除をお願いしたのでした。



 

 ~🌹~🌹~🌹~




 アガペーが、もっとも愛を表すという事が真実ならば。

 それを是とする私は。

 こうして、真の愛を伝える物語を書き続けるであろう。

         サーガ・ジャスミン


 ……ゲームと関係のない最後のシナリオ。

 その巻末に綴られた数行のあとがき。


 坂上さんがこれを書いた気持ち。

 いまなら痛いほど伝わってきます。


「……お。五組目か?」

「向井さん。ほどほどにお願いしますよ、ほどほどに」


 三日目にしてようやく出番を得たこの人。

 マールを倒して入って来たお客様を。

 文字通りばったばったと切り捨てた際。


 調子に乗って、剣舞なんかも交えつつ。

 所狭しと暴れるもんだから。


「これでなんとか玉座の足は固定できましたけど……、ドラゴンの首は修復不可能なのですよ?」

「ははっ! いいじゃねえか、バロータがやんちゃしたってことにすれば!」

「よかありません、ちょっとは考えて」


 やんちゃじゃない方のバロータが。

 休み無しで修復作業しっぱなしなのですよ?


「さーてさて、お次の連中はどんな感じかな?」


 俺が呆れて見つめる中。

 向井は門のそばまで近寄ったので。


 こちらも玉座の所で。

 聞き耳を立ててみれば……。


「お、いたいた!」

「お前がマールだな! 覚悟しやがれ!」


 あちゃあ。

 向井さん、ウォーミングアップ開始。

 随分ガラの悪い感じの皆さんが現れました。


 俺はこそこそと舞台裏へ引っ込んで。

 新品のガムテープと添え木を準備しながら。


 会話へ耳を傾けます。

 

「おい! マール!」

「はいなの」

「バロータに会いてえから、そこをどけ!」

「……そうはいかないの。ここは通さないの」

「やれやれ、面倒なヤツだな」


 わははははと。

 大声で笑う声は三人分。


 一人足りずに。

 よくここまでたどり着きましたね?


 さぞかし乱暴なのでしょう。

 ため息をついた俺だったのですが。


 皆さんは。

 意外なことを言い始めたのです。


「しょうがないな、そういう事なら言ってやろう! 俺達は、バロータと一緒に王国を倒すためにここに来たんだ!」

「だから、安心してどいてろお前は」


 ……おお。

 なんたること。

 こうしちゃいられません。


 慌てて舞台裏にやって来た向井さんと入れ違いに。

 俺は玉座の前に立って。


 聖剣を抜いてポーズを決めていると。


「そうですか、これは失礼いたしました。それではどうぞこの門を開いて下さい」

「よし来た!」

「おお! ここがドラゴンの間か! 震えが止まんねえぜ!」

「やべえ、緊張してきた!」


 テンションマックスとなった皆さんが。

 巨大な門を開け放ったのです。



 ……両の開きの鉄扉を越えて。

 まずに目を引くは巨大なドラゴン。


 石化してなお今にも炎を吐き出しそうな。

 その異様の足元に。


「おお、あれが……」

「ダンジョンマスター、バロータか!」


 玉座の前に、青き聖剣を構える。

 覆面の剣士を見つけると。


 壮大な物語を思い返し。

 これを締めくくるに相応しい言葉を。

 俺に投げかけるのです。



「バロータ、かっこわる!」

「メイド喫茶にいた執事の方が良かったんじゃねえのか?」

「他のキャスティングは完璧なのにもったいねえ!」

「……自覚あるのです」


 酷いのです、この扱い。

 俺はしょんぼりしながら玉座に腰かけると。


 向井さんが壊した足がもげて。

 椅子ごと真横に倒れたのでした。


「……やれやれ。決意が鈍るわ」

「何から何まですいません」

「まあいいさ。……お前さんは、俺達の物語にとって意味はあんまりねえからな」

「え? どういう意味なのです?」

「路傍の石ってやつ?」


 そして冒険者の皆さんは。

 腰から剣を抜いて、俺に向かって構えます。


 皆さんの目の怖いことといったら。

 本当に切り捨てられそうで。

 漏らしてしまいそうなのです。


「さて、覚悟してもらおうか?」


 うわ。

 皆さん、成り切り過ぎ。


 でも、そんな皆さんをこれ以上興醒めさせるわけにはいきません。


 俺は剣を鞘に戻して。

 早々にその場を退きます。


 ……そして皆さんの剣が。

 こちらを追って来ないことを見た俺は。


 このゲーム。

 初の攻略者が現れることを確信したのです。



「お前の部屋で見た日記から、そこにいることは分かっているんだ!」

「出て来い! 悪の根源!」


 ……すると、彼らの向ける剣の先。

 玉座の後ろに置かれた鏡の中から。


 きらびやかなドレスを着た。

 妖艶な女性が姿を現しました。


「ふふふっ。……よもや、このわらわに歯向かおう者が現れるとはな……」


 白いドレスに白い羽扇。

 一つ一つの仕草が全て記憶に残るほどに流麗で。


 赤いアイラインで流す瞳に射貫かれた冒険者たちは。

 その気勢を、一瞬で削がれることになったのです。


「ま、また美人来た!」

「どんだけレベル高いんだこの学校!」

「てか……」

「お、おう。……おっきいな」

「こっ、これ! どこを見ておるのじゃ!?」


 いえいえ、原村さん。

 誰だって目が行くのです。


 人気投票二位の。

 君の代名詞に。


 しかも王女の衣装。

 その代名詞の谷間を強調しすぎ。



 ……学校の、至る所に隠されたヒント。

 まるで呪文のように、各所に書かれたメッセージ。


 『真の悪を倒せ』


 その意図を。

 この物語が伝えたかったメッセージを


 しっかり汲んでくれた方だけが。


「さあ、すべての幕を引いてやる!」

「覚悟しろ、カタリーナ!」

「ええい! 出でよ親衛隊! こやつらを退けるのじゃ!」


 こうして。

 一つの物語を。


 幸せな形で終わらせることができるのです。



 ――激しいラストバトル。

 でも、カタリーナ親衛隊は。

 正義の刃により。

 次々にそのライフを剥ぎ取られていく。


 そしてとうとう、諸悪の根源。

 王女、カタリーナが。

 壁際へと追い詰められました。


 

「ま、待つのじゃ……。そうじゃ! お前達に、国の半分をやろう! それで手を打たぬか?」

「問答無用!」

「俺たちは、マールやD・Gやすべての人に……」

「国の全てをくれてやる為にここへ来たんだ!」


 そして、三人に切り捨てられ。

 崩れ落ちるカタリーナ。


 それと同時に。

 響き渡るのは。


 ゲームクリアーを告げる。

 盛大なファンファーレ。


 スタッフがパーティーメンバーを屋上の端まで連れて行くと。

 校庭中から、地を揺るがすほどの歓声が湧き上がる。


「おお! これ、すげえな!」

「やべえ! まるで国中が俺たちを祝福してくれてるみてえだ! ……って、お前、なに泣いてんの!?」

「い、いや、感動し過ぎて……」


 学校中の皆が。

 そして、ゲームに一度は参加してくれた皆様が。


 真の勇者たちへ。

 おしみの無い喝采を浴びせています。



 皆さんはこれから。

 バロータの、マールの剣として。


 きっとこの国を。

 幸せに導いてくれることでしょう。



「…………『マール・エンド』」

「ん?」

「バロータくん、何か言ったか?」

「いえ、なんでも」



 つい口走ってしまいましたが。

 危うく水を差すところでしたね。


 さて、この後も完全制覇するパーティーが現れる事でしょうけど。


 もう一つのエンディングを。

 俺は、見ることができるのでしょうか。



「……おい、秋山」

「なんです?」

「はやく椅子直せよ」



 ……そうですね。

 芝居がまるで下手くそな俺が。

 役に立てることはそれくらいですよね。


 バロータの花言葉を噛み締めながら。

 俺は、工具箱を目指して走り出したのでした。

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