コスモスのせい


 ~ 九月二十三日(月祝)

      NIGHT-TIME ~


 コスモスの花言葉 乙女の真心



「みんな! お疲れさん!」


「「「おおおおおお!」」」


「いや、やり切った!」

「楽しかった~!!!」

「もう、一週間ぐらい眠りたい!」

「確かに!」



 ……打ち上げ会場は。

 驚くなかれ、校庭で。


 参加メンバーは。

 驚くなかれ、全校生徒。



 完全制覇したお客様。

 全部で二十一組。


 想定の二十組とは。

 誤差の範囲とか。


 これはもう、大成功と言わずに何と言いましょう。



 去年、俺達が劇をした場所と同じ辺り。

 特設ステージでは、後夜祭ライブが行われ。


 打ち上げ会場とライブ会場。

 その中間あたりには。

 ファイヤー用の櫓が組まれているのです。


「……道久君、お疲れだったの。大工仕事」

「まあ、そっちですよね。穂咲はお疲れ様、マール役」


 地べたに座っていた俺に。

 ペットボトルのお茶を持って来てくれた穂咲さん。


 未だにマールの白いケープを羽織って。

 どこから摘んできたのでしょう。

 頭にはコスモスを挿しています。


 そして、俺がハンカチを隣に敷いてやると。

 その上に、よっこいしょ。


 おばちゃんみたいな掛け声とともに。

 腰かけたのでした。


「……いろいろあったし、まだ終わってない問題もあるけど。ひとまずこんなものかなって思うの」

「ええ、今は何となく面倒なので、なにも考えたくないのです」


 もうすぐ、暗くなると。

 先生が、櫓に火を付けて。


 そして始まるフォークダンス。

 皆様、お相手の準備はもう済みましたか?



 今年は、異常な客入りだったため。

 先生の指示で、収益金還元のために無料で配られているお菓子やジュース。

 ホットスナックやお弁当などを手にした方もちらほら見かけますが。


「……あとで、焼きそば食べるの」

「いいですね。秋の夜、屋外と来れば粉物にラムネですよね」

「綿あめを忘れちゃ嫌なの」

「さすがに今日は配っていないと思うのですが」

「じゃあ、作るの」

「無茶言いますね。どうやって?」

「それを考えるのは道久君の仕事に決まってるの」

「……無茶言いますね」


 やれやれ。

 これは他の話題で誤魔化さないと。

 ぐずらせることになりそうなのです。


 そうでなくても、未だ問題はいくつか残っていて。

 面倒なのに。


 ……あれ?

 三角関係以外の面倒ごと。

 何かありましたよね。

 何でしたっけ?


「道久君。綿あめの作り方、ちゃんと調べるの」

「おっといけない。……穂咲、良かったですね。あの中学生たち、無事にクリアーできて」

「ほんとなの! それにね、来年ここに入って、同じようなことやりたいって言ってくれたの!」

「へえ。それは素敵な事なのです」


 後輩に、何かを残すこと。

 先輩として、これ以上嬉しいことはありません。


 綿あめの事をすっかり忘れて。

 幸せそうに歌う穂咲を見て。

 ほっと胸をなでおろします。


「あと、会長さんが凄かったの」

「ああ……、はい。恐れ入りましたよ。一人でクリアーするなんておかしな話なのです」


 だってこのゲーム。

 屋台や出し物からヒントを集めないとクリアーできませんから。


 普通は四人がバラバラに行動して。

 情報を集めるものなのですけど。


「屋上で、まさか実名で叱られることになるとは思いませんでした」

「それは仕方ないの。道久君のお芝居、ひどかったの」

「君だって、ほぼいつも通りだったじゃありませんか」

「本当のエンディングの方やることになってたら本気出す予定だったの」


 ……本当のエンディング。

 『マール・エンド』ではなく。

 『マルガリータ・エンド』。


 あの中学生たちなら辿り着くかと思っていたのですが。

 そううまくは行きませんでしたね。



 ――カタリーナが、暴姫になってしまったその理由。

 王宮の、彼女の部屋に置かれた日記帳。


 それが置かれたドレッサーには。

 隠された引き出しがありまして。


 過去の日記帳が。

 ずらりと並んだその中に。

 一冊だけ、装丁が異なるものがあるのです。


 ……大好きで大好きで。

 いつも一緒にいた妹。


 その名はマルガリータ。


 カタリーナが六才の時。

 三才だったマルガリータへ擦り付けた大罪。


 国璽を勝手に持ち出して。

 好き放題に、書類へ判を押したこと。


 そのせいで、国が乱れて。

 何も分からないまま。

 罪を擦り付けられたマルガリータは。


 寒村へ追放されて。

 貧乏な夫婦へ預けられてしまったのです。


 ……それ以来。

 優しい面影はどこへやら。

 カタリーナは、荒れた性格になるのですが。


 いつも、妹への罪の意識に。

 押しつぶされそうになりながら生きてきたのです。


 そして部屋の中、目立つところに飾られた。

 マルガリータの肖像画。

 その胸に咲く、小さなバロータ。


 年齢差と、境遇。

 それらから推測すれば。

 マルガリータの正体が分かるのです。


 だから、カタリーナが現れたその時に。

 マールが、君の妹だと告げると。


 全員が救われる。

 『マルガリータ・エンド』となるのです。


「……でも、あたし。そっちの終わり方、嬉しいけど悲しいの」

「なるほど。そんなふうに考えますか」

「じゃあ、道久君はこっちの未来の方が好き?」

「俺はもちろん、こっちの終わり方、嫌いなのです」


 ……『マルガリータ・エンド』。

 カタリーナを救う終わり方。


 マールがマルガリータだと知ったカタリーナは。

 その場で許しを請い。

 そして改心します。


 ただ、そうなると。

 ダンジョンマスターとして名を馳せたバロータ。

 追放したはずのマルガリータ。


 二人の身柄を。

 世間から隔離しなければいけません。


 そこで、二人をそれぞれ別の国へ。

 王からの客として送ることにして。


 三人それぞれ。

 異なる地で幸せになるという。

 そんな物語になっているのです。



 真の幸福。

 三人が幸せになる方法。


 三人。

 三角形。


 三者が幸せになるには。

 それぞれが離れ行くしか方法が無い。


 ……そんなの。

 酷なのです。



「おーつかれ! 秋山! 穂咲!」

「ん。お疲れ様」

「おつかれさまでした……」

「うお!?」


 変なリアクションを取ってしまったせいで。

 慌てて口をつぐみましたが。


 このタイミングで現れますか?


 坂上さんに瀬古君に野口さん。

 三人が、クラスの皆を引き連れて。

 俺たちの所へ顔を出したのです。


「……何事です? うちのクラスだけで別の場所で宴会するとか?」


 俺は坂上さんに聞いてみたのですが。

 瀬古君と二人、顔を見合わせて肩をすくめるばかり。


 ということは。


「首謀者は野口さんなのですね。どこで宴会します?」

「ちーがうちがう。ひとまず全部終わったからさ、はっきりさせないと、みんな気分悪いと思って!」


 はっきり?

 何を?


 首をひねる俺をよそに。

 野口さんは瀬古君へ振り向くと。


「瀬古! 気持ちは嬉しいし、瀬古にあんなこと言われて誇りにさえ思うけど、あんたは、あたしの好みじゃない!」


 急に。

 改めてばっさりと袈裟切りなのです。


「公開お断りとか、なに言い出したのです!? 酷い!」


 クラスの連中ばかりか。

 周りの人たちも一斉に振り向いているのですが。


「一見ひどいのは認めるけど、いつまでも言わない方が失礼に決まってる!」


 確かにそうかもしれませんけど。

 瀬古君、青い顔をしてうずくまってしまったのです。


「だから気持ちを切り替えて新しい恋を探すか、あるいは別におかしいことじゃないから、まつりんの気持ちを改めて考えてあげて!」


 ……そんな野口さんの言葉を聞いて。

 俺はようやく気付くことが出来ました。



 これは。

 『マール・エンド』なのです。



 瀬古君と坂上さんが。

 真のエンディングとして準備した『マルガリータ・エンド』とは異なる。


 カタリーナだけが舞台から下りる形の『マール・エンド』。


 そうか。

 君は悪役になって。


 舞台から降りることで。

 『マルガリータ・エンド』を迎えることは避けたいと考えたのですね。



 三角形。



 そこに正解が存在しないのならば。


 一番、他の方へ愛を注ぐことができる人が。

 自分が消える道を選ぶという結果になるのですね……。



 

 皆さんから、冷たい視線を浴びたまま。

 野口さんは、何かを振り切るように歩き出そうとします。


 でも、俺は気づいてしまったから。

 放っておくわけにはいきません。


「野口さん、待って!」


 ……俺が呼びとめたこと。

 その行為を。


 誰もが目を丸くさせて見つめます。


 それはそうですよね。


 誰もが勝手に。

 穂咲と付き合っていると思っていた俺が。


 何人かが、うすうす気づいている。

 俺のことを、どうやら好きらしい。

 野口さんを呼び止めたのですから。



 ……俺の声に、足を止めた野口さん。

 俯いたまま近付いてくると。


「あの、上手く言えませんがあああっ!?」


 俺の腕を掴んで。

 体育館裏の方へ連れ去ろうとするのですが。


 こ、これって。

 もしかして!?


 俺が慌てて。

 無意識のうちに。

 振り返って見つめた相手。


 その人は、頭のコスモスを揺らしながら。


「いってらっしゃいなの」


 呑気に。

 手を振っていたのでした。




 ~🌹~🌹~🌹~




 ……夜が迫る体育館裏。

 このシチュエーションは。

 大変危険なのです。


 しつこく、熱く迫られたら。

 断りにくいことになるやもしれません。



 フレームだけになった机に器用に座って。

 俯いたままの野口さん。


 かれこれ十五分ほど。

 この状態で止まっているのですが。


 ……いえ。

 彼女から言わないのなら逆にチャンス。


 俺はお断りすることを決意して。

 まずは紳士的に。

 優しく語りかけてあげました。


「ほっ、本日はお日柄も良くっ!」

「何をやっとるか貴様らは」

「のわああああっ!? せ、先生!」


 心臓が口から飛び出したかと思いました。

 なんなのですかタイミングの悪い!


「こ、こちらのセリフですよ。なんでこんなとこに来たのです?」

「……そこにいる、野口に呼び出されたからだ」


 は?

 どういうこと?


「ここに粗大ごみでも捨ててあったか? なぜこんなところに呼び出す」

「せ……、先生!」


 眉根を寄せたままの先生と。

 状況がまったく整理できずに考えることをやめた俺。


 その間に駆け寄った野口さんが。

 泣きそうな顔をしながら。

 先生を見上げて言いました。




「先生! あたし、先生の事、ずっと好きでした!」




 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………は?



 たっぷり十年くらい。

 いえ、相対性を無視して言えば、十秒くらい。


 口をあんぐり開けたまま。

 地蔵のように固まる俺。


 だから、微動だにできませんって。

 先生、俺をチラチラ見なさんな。


 俺にだって状況が理解でき……………、た。


「ちょおおおおっ!? 俺が好きな人と一緒にいれて羨ましいって……、なに言ってんのさすがにどうかと思いますよ野口さん!?」

「やかましいぞ秋山。その机のフレームの中に立って出て来るな」


 いやいやいや。

 今、あなたと俺がどんな目で見られているか説明しましょうか!?


 この人、先生が好きだからって俺にやきもち焼いていたんですよ!?



 ……はっ!?

 わ、忘れてた!!!

 それどころじゃなくて、の、野口さんが先生の事を!?!?!



 もう、まともに何も考えることなどできません。

 俺はただ、テレビドラマを見てドキドキしている視聴者の心地。


 でも、この人。

 ドラマでは考えられないような。

 驚くような態度をとったのです。


「……野口。今のは聞かなかったことにしてやる。迷惑だ」

「迷惑って……、どうしてですか!?」

「くだらんことを言っとらんで、今は進路の事を考えろ。数学の成績にむらがあるからな、参考書を後ろの章から勉強しろ。分かったな」


 ……なんでしょう。

 いつも通り過ぎて唖然としますけど。


 そして先生。

 そのまま行ってしまったのですけど。



 え?


 

 この状況。

 なに!?


「いやあああああああああああ!」

「うおっ!?」


 そして泣き崩れる野口さん。

 もうこんなの。

 どうしたらいいか分からないよ。



 とは言え。

 放っておくことなんてできませんし。


 やむを得ませんね。


 ……俺は、しゃがみ込んで泣きじゃくる野口さんの手を握って。

 一緒にいることにしました。



 本当なら。

 こんなに動顚していなければ。


 もうちょっと優しくしてあげることが出来たのでしょうけど。


 ……今の俺には。

 これが限界なのです。



「……ありがと、秋山」

「…………いえ。ごめんなさい」

「もうちょっとだけ、このまま……」

「ええ。ごめんなさい」



 茜色の幕はすっかり落ちて。

 夜の帳が引かれ始める中。


 肩を震わす君に。

 何もしてあげられなくて。



 ほんと。

 ごめんなさい。


 


 ~🌹~🌹~🌹~




 ぐったり。

 そして。


「……お腹がすきました」

「はい。道久君の分なの」


 野口さんは、顔を洗うからとお手洗いへ行ってしまったので。

 仕方なく、一人で戻ってみれば。


 さっきとまったく同じ場所で。

 お尻にハンカチを敷いたまま。

 穂咲が半分残った焼きそばを差し出してきます。


「…………穂咲。君、知ってましたね?」

「さくさくが好きな人? そりゃそうなの」


 ああ。

 だから俺が野口さんに連れ去られそうになった時。

 慌てなかったのですね。


「だったら先に教えてくれていれば。こんなに疲れることにはなっていなかったはずなのです」

「そんなこた知らないの。……でも、あたしは何でも知ってるの」

「どっちなのです?」


 打ち上げの後夜祭。

 校庭の真ん中でゴミ焼きが始まって。


 今年は俺たちのせいで。

 大きな木材が多いから。

 なかなか火がつかずに難儀している感じ。


 机の天板くらい厚みのある板とかつっこまれてますけど。

 無茶なので、間引いた方が良さそうなのです。


「……あたしは、何でも知ってるの」

「はあ」

「きっと、まつりんと瀬古君、近いうちにお付き合いするの」


 そんなことを言いながら。

 優しく微笑む穂咲だったのですが。


 髪から、コスモスを一輪引き抜いて俺に渡すと。


「あたしは、何でも知ってるの」

「はいはい」

「…………フォークダンスが始まったら戻ってくるの。それまで、道久君はここに座って待ってるの」

「え? 踊りたいの?」

「絶対、あたしと一緒に行くの。約束なの」

「ああ、はい。いいですけど」

「じゃ、ちょいと席を外すの」


 急にどうしたのでしょう。

 言いたいことを言って。

 コンサートステージの方へかけて行ってしまいましたが。


 しょうがない。

 言われた通りにしますか。



 ……いつまでも火がつきそうにない櫓を見つめながら。

 俺はハンカチの隣に腰かけます。


 すると、間も空けずに。

 お隣りに穂咲が戻って来……?


「野口さん?」

「うん。…………いーや、まいったまいった」

「……残念でしたね」


 気の利いたことも言えずに。

 当たり前のことしか言えずに。


 ……彼女の方も向けずにいた俺に。

 野口さんはため息をつきました。


「ごめんなさい」

「さーっきから、謝ってばっかりね、秋山」

「でも……、ごめんなさい」


 手にしたコスモスを見つめながら。

 俺はただ、不甲斐ない奴でごめんと謝り続けていたのですが。


「……秋山も、はっきり言わないとだめよ」


 去年、椎名さんに言われたことと。

 同じようなことを言われたのです


 ……でも。

 そうですね。


「はい、そうですね。でも、もうちょっと待ってください。今は、仕事のことで大切な時期なので……」

「ダメよ!」


 急に声を荒げた野口さんを慌てて見つめると。

 彼女は、未だに流れる涙を袖で拭いながら。


「ダメよ。早く、言ってあげて。じゃないと、なんだか勘違いしそうになるから」

「勘違い?」

「……そうよ」


 何を。

 だれが。


 さっぱり分かりませんが。

 何となく聞きあぐねていると。


「…………季節、逆だからな。しょうがないか」

「季節?」


 さらに野口さんは。

 膝を抱えながら。

 不思議なことを呟いたのです。


 でも、こちらについては。

 続く言葉で理解できました。


「……あたし、名前」

「はあ。桜さんですよね」

「桜は、春に咲くの。私の季節は、もう終わってる」


 なるほど、季節が逆というのは。

 そういう意味でしたか。

 

 ……恋愛については。

 きっと唐変木で。

 何も分からない俺ですし。


 そしてこんな時に。

 まともに救ってあげることもできませんが。


 一つだけ。


 元気になれるお話をしてあげることが出来そうなのです。


「……大丈夫。これからのお花ですから」

「え?」

「秋の字を付ければ、これから咲くのです」


 涙目で俺を見つめる野口さんに。

 俺は、穂咲から貰ったコスモスを手渡してあげました。


「…………秋の字?」

「はい。秋桜になるのです」


 今からだって。

 咲けばいい。


「俺は、『マール・エンド』でも『マルガリータ・エンド』でもない。もう一つの可能性が待っているのではないかと思うのです」


 ……自分より。

 誰かの愛を優先することができるあなたなら。


 きっと。

 いえ。


「必ず咲くことができるはずなのです」


 そして俺たちが見つめる先。

 櫓が、オレンジの明かりを放ちだすと。


 野口さんは。

 鼻をすすって。


「秋の字、か……」


 そして、えへへと笑いながら。

 立ち上がりながら言うのです。


「もう……。どうしてあたしは、こう厄介な人ばかり好きになるのかしらね」


 そうですね。

 お相手が先生とか。

 ほんと厄介なのです。


 ……でも。


「きっと、綺麗に咲くことできますよ」

「うん。ありがと」



 そして彼女は。

 煌々と灯り始めた朱に照らされながら。



 寂しそうだけど。

 とても綺麗な笑顔を浮かべたのでした。




「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 24冊目💔

fin.


 ……一行エピローグ、明日公開。

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