アカネのせい


 ~ 九月二十二日(日)

       NIGHT-TIME ~


 アカネの花言葉 私を思って



 夜の学校。


 普通は体験できない。

 不思議な空間。


 これで最後と思うと。

 ちょっぴり切ないですが。



 ……そんな感傷に。

 浸っている場合じゃない。



「「「またいつものヤツが始まった!」」」

「ですから。どうして皆さんの悲鳴には、嬉しそうなニュアンスが含まれているのです?」



 もう、楽しんでいるとしか思えない。

 最終日向けのシナリオ改変。


 誰もが泣きながら。

 笑顔で。

 俺にどっちやねんと突っ込まれつつ。


 作業を始めます。


「予想外だったよ。絶対クリアーできる人いると思ってたのに」

「そーね! でもこれで調整できそうね。明日の三時くらいには、最初の合格者を出せるようにしましょう! ……秋山は、遅刻してきた分、きりきり働く!」

「ん。秋山、今朝はどうして遅くなった? 寝坊?」

「裸の王様も、国家権力には弱いという事なのです」


 俺の返事に、首をひねるお三人。

 意外と、自然に会話できているのですが。


 一日過ぎると。

 こんなものなのですか?


 俺ばかりが緊張して。

 バカみたいなのです。



 ……特に。

 今日もサイドテールが良く似合う。

 野口桜さん。


 君の、俺に対する想いが。

 本当なのか勘違いなのか。


 考えれば考えるほど。

 分からなくなるのです。



「しーかし、一番の問題が無事に解決してよかった……」

「ん。明日、雨」

「ええ。今日のMVPは穂咲なのです」


 バロータの間。

 ゲーム最後の場所は。

 屋上なのです。


 雨でもなんとかなりそうですが。

 ガムテープでつけた風船が落ちるとか。

 演者の声が届かないとか。

 不確定なことが山ほどあると頭を抱えていたのですけれど。


「工務店のおにいさんは、さんざんお昼ご飯を恵んであげたあたしのしもべなの」

「そんな程度じゃ割に合わないでしょうに」

「他にも、面白いもん見れるからって教えたげたらオッケーしてくれたの」

「……面白い物?」


 去年、ロボット作りでご一緒だった。

 お仕事仲間をたくさん率いて。


 今現在、屋上へ。

 ビニールシートで。

 屋根を作ってくれているのですが。


「…………どんな面白いもの見せたって、絶対割に合わないと思うのですが」

「そう? さっきから、屋上も盛り上がってるの」


 何の話かと首をひねると。

 恒例になった大歓声が。

 校舎を揺るがしました。


 これは、カップル成立のサイン。

 そしてよく耳をすませば。


 確かに屋上の方から。

 派手な口笛と、大人びた声が聞こえます。


「こんなので、よくOKもらえましたね」

「こんなのなんてこと無いの。告白は、どんなドラマよりも感動的なの」


 まあ、確かにそうですが。

 でも昨日の事件を考えると。

 重たく考えてしまう俺がいます。


 そんなことを考えていたら。

 告白に失敗した二年生が。

 散々笑われたりしていて。


 胸が痛くなって。

 なんだか、涙が目に溢れてきたのです。


「……茜ちんなの」

「え?」


 そんな中。

 急に穂咲がつぶやいて。

 真っ暗な校庭を凝視しているのですが。


「だれ? なに茜さん?」

「苗字? えっと……、サムゲタンみたいな……」

「まず謝れ」


 一年生の。

 俺の女装に憧れてこの学校へ入学したというおかしな子。


 丹下さんが。

 どうやら告白台に立っているようなのです。


 お相手は、同級生かしら。

 そう言えば、彼女と仲良くしていた浅黒い男子がいましたね。


 雰囲気も良さげでしたし。

 脈ありなのではないでしょうか。


 そんなことを考えていたら。

 青天の霹靂。


 考えもしなかった事態が発生したのです。



「あ……、秋山先輩! 丹下茜です!」



 ん?



「おいおいおい!」

「道久だと!?」

「秋山!? そんなことある?」

「…………は? 俺なのです?」


 確かに。

 俺のサインという一銭の価値もない物をあげたら泣いて喜んでいましたけど。


 だからといって。

 告白するほど想ってくれていたなんて。



 いや、それよりも。

 気になることがあるのですが。



「皆さん、気持ちは分かるのですが。無言で、『こんなぶさいくに?』という顔をするのはおやめください」


 目は口ほどにものを言い。

 顔は、口より遥かに饒舌なのですね。


 ……泣きたくなってきた。


「しかし、そんな俺が『✕』とか出したら。可愛そうじゃありませんか?」

「お前、断る気なのか!?」

「丹下さん可愛いじゃねえか!」

「そうだ! 俺だって狙ってたのに!」


 堰を切ったように非難するみんなでしたが。

 揃って穂咲を見つめるなり。

 口をつぐみます。


 ……穂咲は関係ないでしょう。

 皆さんに文句を言いたいところではありますけれど。


 でも、俺の気持ちを。

 上手く言葉にできる自信が無いので。


「そういうことなので、ここは居留守を認めてはもらえませんか?」


 俺の妥協案に。

 誰もが悩みながらも首肯する中。


 こいつだけは。

 ふるふると首を振るのです。


「あんなに勇気をふり絞ってくれたの。ちゃんとお返事しなきゃダメなの」

「う。……た、確かに……」

「断る気でも、そう言ってあげるのが当然の事なの」


 ……俺自身。

 胸に響いた穂咲の言葉。


 クラスの皆も。

 こいつに教えられて。

 確かにそうだと考えを改めます。


「……君は、俺が出て行って平気なのですか?」

「そういうこっちゃなくて、誠意をもって答えてあげなきゃなの。あ、そうだ。あれがいるの」


 穂咲は、なにやら道具箱を漁り始めたのですが。

 ハサミでも探しているのですか?


 あんなに大きなバッテンを出したら。

 可愛そうなので却下です。


「おい、道久」

「……はい」

「ここに立て」

「はい」

「そうだ、いつものように立ってろ」

「はい」

「こらこら、廊下へ行こうとするな」


 失敗。

 逃げ出すことは不可能なようで。


 俺は渋々。

 窓際に立ちました。


 やれやれ、これはこれは。

 実に俺らしくないポジションなのです。


 シルエットが浮かぶ位置に立った俺に。

 校庭から歓声が上がります。


 ……やれやれ、これはこれは。

 実に俺らしくない扱いなのです。


「秋山先輩ですね!」

「……はい」

「先輩! ご迷惑でしょうけど、断られてしまうかもしれませんけど……、私の想いを、どうか聞いて下さい!」


 はいと、返事をしてあげたいのに。

 胸が詰まって、何も口から出てきません。


 他の方の告白と同じ。

 長い長い沈黙を経て。


 丹下さんの可愛らしい声が。

 少しのビブラートを連れて。

 夜の学校全体へ響き渡ります。


「どうかお願いします! ……秋山先輩!」


 はい。


「もう一度! もう一度だけ……」


 はい?


「ドレスを着てください!」


 はいいいいいいい!?




 息を飲み、沈黙していた校舎は。

 今、数百個の口を開いて一斉に笑い出しました。



 やれやれ、これはこれは。

 ……実に俺らしいオチなのです。



 クラスの皆も、お腹を抱えて笑う中。

 ……涙を流して俺の肩を叩く連中が現れると。


「真剣な告白に、ちゃんと答えなきゃダメなの」

「これ探してたんかい」


 穂咲には、最初から分かっていたようで。

 頭から、俺に白雪姫のドレスをかぶせるのでした。


 そんなシルエットを見て。

 校庭のスタッフ一同も大笑い。


 だというのに。

 願いが叶ったことで。

 顔を覆って泣き出した丹下さん。




 うん。

 君の感性。



 変。




 ~🌹~🌹~🌹~




 学校の屋上に。

 星の無い夜空。


 思った以上にごつい柱で支えられて。

 思った以上にしっかりとした梁がめぐらされた。

 豪勢なビニールシートの屋根が完成しました。


 屋根さえできれば。

 後はドラゴンの間に飾るオブジェを。

 何人かで運んで設置すれば完了です。


「さあ、明日はここまでたどり着く人がいるから。頼んだよ、秋山君」

「精一杯頑張りますが、ご期待に届く自信は皆無なのです」


 瀬古君と坂上さんによる。

 素晴らしいシナリオ。


 豪華な玉座に。

 見上げるほど巨大になった。

 石化したドラゴン。


 俺にはやっぱり。

 荷が重いのです。


「……そう言えば、最後のシナリオってできていませんよね」

「え? なにか足りなかった?」

「ゲームの後。物語の締めの事なのです」


 ああなるほどと。

 得心顔の瀬古君は。


 目を閉じて、両手を広げながら。

 語りで教えてくれたのです。


「コウタナの町が、王女の不興を買うんだ。それを聞きつけたD・Gが、葛藤の末に助けに行く。そこから対王国の機運が高まって、マールを旗印に据えてカタリーナを打倒し、最後には王位を簒奪するんだ」

「なるほど。マールは理想ばっかりで実力が伴わないから、バロータが苦労しそうですね」

「ふふっ。……秋山君と藍川さんみたいだね」


 瀬古君は、気負いなく笑うのですが。

 俺はちょっぴりどぎまぎしてしまいます。


 だって、俺と穂咲がくっ付けば。

 俺を諦めた野口さんと君がくっ付くという可能性が出てくるわけですし。


 ……そんな歪な五角形を。

 何となく思い描いていると。


「ん。銀ちゃん」

「…………坂上さん」


 五角形の一角。

 坂上さんが、覚悟を決めた表情で。


「ちょっと……」


 瀬古君の袖を引いて。

 屋上の、ペントハウスの裏側へと。

 姿を消したのでした。


 気になる。

 でも、のぞき見なんてよくないですよね。


 どうしたものかと。

 そわそわする俺は。


「……よう。毎年毎年、すげえなお前らは」


 急に声をかけられて。

 飛び跳ねることになりました。


「なんだよそのリアクション」

「今のはこちらの話でして。それよりすいません、ご無理を聞いて下さって」


 工務店のおにいさんと。

 おにいさんが連れて来て下さった工務店の皆さんに頭を下げていると。


 そんな俺の後ろから。

 不躾という言葉が。

 服を着て現れたのです。


「こんなことしたって、女子高生の人気をさらう事なんかできないの」

「無茶なお願いを聞いて下さった皆さんに、どの口が言いますか?」


 穂咲のことを良く知っている皆さんも。

 さすがに苦笑い。


 どうして君は。

 おにいさんと顔を会わせると。

 そうやって挑みかかるのです?


「……それはおかしい」

「おかしく無いの」

「ここで作業してるみんな、女子高生十人以上とメッセのID交換したぜ?」

「がーん! 大変なの! おっさんたちに騙されてるの!」

「さすがに謝りなさいお前は」


 大笑いする皆さんに向けて。

 穂咲の頭をぐいぐいと下げていると。


「大丈夫よ道久君。皆さん、さっきの告白大会、本気で楽しんでいたから」

「おお、美穂さんもいらっしゃっていたとは」


 この、清楚な美人さんは、おにいさんの婚約者。

 明石美穂さん。


 そうおっしゃっていただけると。

 気が楽になります。


「それに、さっき道久君の名前呼んでた子いたじゃない? 焦っちゃったよ!」

「まさかのネタ枠でした」

「ほんとにね! 楽しかった~!」


 去年、顔を会わせているので。

 皆さんも俺のことはよくご存じだったよう。


 まったくだとか。

 残念だったなとか。

 楽しそうに話しかけて下さるのです。



 ……でも。

 そんな空気が。


 美穂さんの一言で。

 急に緊張を帯びるのです。


「さっきの二人、大丈夫? 女の子が寂しそうに下りて行ったけど」

「え? ……そうでしたか。ちょっと複雑な恋愛事情なのです」

「ふーん……、青春ね……」


 少し寂しそうに俯く美穂さん。

 そんな彼女の肩へ。

 おにいさんが優しく手を置きます。


 そうだ、この際なので。

 ちょっと教えていただきましょう。


「お二人は、どうやって付き合い始めたのです?」


 俺の質問に、美穂さんは目を見開いて。

 そして真っ赤になって俯くと。


「……俺から付き合おうって言ったんだ」

「ああ、なるほど。美穂さんから言ったのですね」

「あれ? どうしてバレた?」

「丸わかりですって」


 これには美穂さん。

 おにいさんのお腹にパンチを入れて八つ当たり。


「すんなりいったのですか?」

「ああ、なるほど。さっき言ってた複雑恋愛事情とやらを解決させてえのか」

「正解なのです」


 やれやれと。

 デザイン髭をこするおにいさん。


 美穂さんに、アイコンタクトで許可を取ると。

 照れくさそうに言うのです。


「いや、なんだかややこしかったよな」

「……あなたがもてすぎなのよ」

「逆だろ逆。こいつ、三人ぐらいの男に言い寄られてたんだぜ?」


 なるほど。

 美穂さんならさもありなん。


 穂咲と、いつの間に戻って来たのやら、瀬古君と。

 三人揃ってお話に耳を傾けます。


「しかもその男共、揃いも揃ってイケメンでさ。それぞれが何人もの女に言い寄られてたんだ」

「えっと……、じゃあ、お二人が付き合いことになったせいで、その全員が悔しい思いをしたのですか?」

「それは変なの。今の図で、一番最後に出て来た女の子たちはみんなラッキーな思いをしたの」


 ああ、なるほど確かに。

 俺が穂咲に頷きで返事をすると。

 おにいさんが、お話を締めました。


「赤い糸ってやつは、複雑に絡み合っているんだ。誰かとの糸が切れると、違う方へ引っ張られる。……他人の事を気にするだけバカバカしいものさ」


 ……なるほど。

 おっしゃること、よく分かりました。


 では、今回の場合はどうなるのでしょうか。


 例えば、野口さんと瀬古君がくっつくと。

 坂上さんは。

 どこへ引っ張られるのです?


 まったく同じことを考えていたのでしょう。

 首をひねる穂咲と顔を見合わせて。


 そして同時に叫び声をあげました。


「やべっち!」


 いやいやいや。

 ダメです彼では。


 今日は新谷さんに付きまとって。

 肘鉄入れられていましたし。


「……まあ。なるようになるもんさ」


 おにいさんは、最後にそう言うと。

 お仲間を伴って。

 屋上を後にしたのですが。


 やっぱりすっきりしない俺なのです。



 ……そして。

 皆さんと入れ違いに。

 野口さんが屋上へ上がって来ると。


 気まずいムードに耐え切れなくなったのでしょう。

 瀬古君と穂咲が。


 彼女の代わりに、校舎内へ下りて行ったのです。


「様子見に来たわよ! こーれは! いい感じじゃない!」

「はい。後は、ドラゴンのパーツを運んで組み上げれば完成なのです」


 俺の返事に頷いた野口さん。

 やっと肩の荷が下りたのか。


 盛大にため息をつくと。

 もう見えるはずもない瀬古君の背中を視線で追うのでした。


「瀬古に用事があったのに、避けられちゃった感じね。昨日の件でも話してた?」

「そんな感じの事を……、すいません、俺のせいで」

「まったくよ。……いいわね、秋山は。人の気も知らないで、いつも好きな人と楽しそうにして」


 そう言いながら。

 屋根のせいで、見えるはずのない夜空を見上げる野口さん。


 かざした手で星を掴もうにも。

 シートや梁や。

 様々な障害のせいで。

 容易に願いは叶わない。


 

 ……やはり。

 野口さんは。

 俺のことを?



 でも、言葉をしっかりと反芻すれば。

 一つだけ、可能性が見いだせます。


 宇佐美さんと日向さんのような例もありますし。

 俺が、楽しそうに話す『相手』が好きということもあり得るのです。



 ……確認しておきましょう。



「ええと……、一つ、お聞きしたいのですが」

「なによ」

「野口さんの好きな人、女性ってこと、ある?」


 もしもそうなら。

 今までの行動の説明がつくのです。


 ……でも。


 どうやらそれは。

 甘い期待だったようでした。


「…………ああ、なるほど。……穂咲じゃないわよ、バカ」




 学園祭。

 それは高校生にとっての。

 スペシャルドリームジャンボボーナスステージ。


 では。

 文化祭は。



 ……俺にとっての。


 何なのでしょう。



 瞬く星は。

 見えるはずのない星たちは。



 この真っ暗闇の。

 ダンジョンの向こうで。



 一体、どんな答えを準備しているのでしょうか。


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