リコリスのせい
~ 九月二十二日(日) DAY-TIME ~
リコリスの花言葉 深い思いやり
「だからね? すっかり、誰を応援したらいいのかわからなくなっちったの」
「ほえ~! 三角関係ってヤツかい!? さすが学園祭さね!」
「文化祭なの」
「で? この唐変木はどうなんさ?」
「とうへんぼくは、とうへんぼくだからとうへんぼくって呼ばれるの」
「違いない!」
……最悪の目覚め。
例年通り、始発で帰ってきて。
目を閉じた直後にしか感じない時間を経て。
この騒ぎなのです。
昨日の一件もあるし。
きっちりとパジャマを着て眠った俺は。
布団をはだけて、ベッドの淵に腰かけて。
大あくびしながら、二人に朝の挨拶をしました。
「…………きゃあ」
「こっちがきゃあなの」
おかしいな。
どうして俺はパンツ一枚?
「すいません、みっともない恰好で」
「もっとお布団でちゃんと隠すの。裸の王様になってるの」
「お恥ずかしい。君が手に持っているパジャマを着て寝たはずなのですが」
「もう、しっかりするの」
「無意識に脱ぎ捨てたのを君が持っているのですね?」
「違うに決まってるの。おばさんとあたしとで脱がせたのを持ってるだけなの」
「ああ、なるほど。それは一安心なのです」
リコリスを頭に揺らす幼馴染。
こいつの名前は……。
「ぼふん! ……痛いの」
俺は、穂咲の顔に。
枕を投げつけてやりました。
「……痛いの」
「何度もうるさい。痛さで言ったら、俺の胸の方が何割か上なのです」
「うまいこと言うの。あ、今のでまたはだけたの」
「はだけの王様からの命令です。とっとと服を出しなさい」
……まったく。
文化祭に浮かれる母ちゃんと。
それを面白がるこいつのせいで。
昨日から、酷い目に遭ってばかりです。
「じゃあ、三つあるから選ぶと良いの」
そして昨日同様。
服を三セット差し出してくるので。
俺は、ピンクのスケスケとピンクのスケスケをスルーして。
バロータセットを選ぶのでした。
「怖いのです。このペースで行くと明日は確実にそれを着て学校に行くことになるのですが」
「そんなことにはならないの」
「なんて信憑性のない」
「だって、学校につく前に、お巡りさんちに行くことになるから」
「なるほど確かに学校へは到着できませんね。お巡りさんちのご家族、こんな人が家に来たら通報するでしょうし」
俺はため息と共に、鞄を掴んで。
今日も顔も洗わずに家を出ると。
お隣りから渡された、焼きそばとクリームシチューを口にしながら。
駅を目指します。
「……今日も見事におにぎれていませんね」
「急ぐの。次の電車に乗りたいの」
珍しく。
俺よりちょっぴり前を。
せかせかと歩く穂咲さん。
そんな丸い背中を眺めながら。
一つだけ。
胸をなでおろします。
さっき、母ちゃんに話していたところを見ると。
未だ君の中では。
事態は三角関係で止まっているのですね?
きっと、みんなが状況を鑑みて。
君に、野口さんの行動を教えていないのでしょう。
「……そう言えば、急に思い出したんだけど」
「はい」
「道久君がやりたい仕事、資格はいらないの?」
「ぎくっ!」
「ぎく?」
うう。
昨日のシナリオを書きなおす作業の。
胃の痛い空気が思い出されます。
なんだかこの事件。
四角どころか。
もっとややこしいことになりそうな気もするのです。
「資格がないと、プロと互角に戦えないと思うの」
「ぎくっ!」
「……さっきから、何?」
実は事態を知っていて。
からかっているのでしょうか。
いえ、だとしたら。
もっと嫌味な顔をしているはず。
俺は、針の筵の上をはだしで歩く心地で。
穂咲の後を恐る恐る追いつつ。
こいつの言葉を。
すべて封印することに決めました。
「……ねえ、裸の王様? そろそろマント……」
「ストップ! チャーシューを作るなら八角は入れないでいいのです!」
「そんな話じゃなくて、マン……」
「どうせ俺の嗅覚は大したことないので、臭みを消す必要なんてありません!」
「でも、マ」
「もう何も言わないで結構! …………ん? 何を差し出してきたのです?」
何もしゃべるなと命じたので。
口を真一文字に閉じた穂咲が。
おずおずと差し出してきたものは。
シャツとズボン。
……そう言えば、前をしっかりと合わせたマントの中。
すーすーしますね。
「ウソでしょ!? 早く言ってよ!」
「なにもしゃべるなって言ったのは裸の王様の方なの」
「いくらなんでも寝ぼけ過ぎなのです、俺!」
マント一枚羽織った姿で。
かなりの距離を歩いてきましたよ?
「寝ぼけてたの? わざとだと思ってたの」
「そんなわけあるかい! と、とにかくすぐに着ないと……」
俺は、穂咲から服を奪い取って。
丁度通りかかったワンコ・バーガーの裏庭に潜り込んで。
マントをはだけたところで。
休憩室の窓を開けたカンナさんと鉢合わせたのでした。
「…………なにがどうなったらそんなことになるんだよてめえは……」
「助かります。悪気が無くてもいつもこんな目に遭う俺だと理解して下さっていることが本当に助かります」
叫び声もあげずに。
そのまま窓を閉じたカンナさん。
助かるのですが。
そこの裏口から入れてくれやしませんかね?
じゃ、ないと。
俺は、穂咲の隣に立って。
こっちを見つめる。
お巡りさんに事情を説明しなければならないので。
~🌹~🌹~🌹~
「ネットの情報とちげえ!」
「あれ!? 昨日はここにあったはずだよな?」
「物語、変わってねえか!?」
これは、昨日頑張ったみんなに対する褒め言葉。
窓を開けて、お客さんの反応を聞いていた六本木も。
眠たい目をこすりながらガッツポーズ。
そして、次のお客さんが来たことを。
スタッフ役の一年生の子が告げに来ると。
彼は慌てて窓を閉めて暗幕で塞いで。
上着を羽織って所定の位置に立つ。
さあ、私も。
ずっと叶えたかった夢のために。
今日も一日、頑張らなきゃ!
役になり切って。
銀の武器を構えて。
恐る恐る扉を開いたお客様を。
身も凍るようなセリフで出迎えよう!
『ようこそ! 喫茶・神のテラスへ!』
「……へ? あれ?」
「なによここ? メイド喫茶!?」
「うわ! メイドさん、すげえ可愛い!」
そう。
あたしは、メイドさん。
女子なら憧れない子なんかいない。
メイドさんになるたった一度のチャンス。
「お帰りなさいませ旦那様! お嬢様!」
あたしは自分のセリフに身震いしながら。
お客様を席まで御案内するの。
「お、おかしいな。ここ、ネイルが封印されてる場所のはずじゃ……」
「おまえ、地図もまともに読めねえのかよ!」
「いらっしゃいませ。メイドによる給仕の前に、私からこの部屋の説明をさせていただきます」
そして紳士的に説明を始める六本木。
白手袋に燕尾服。
オールバックが良く似合う。
パーティーメンバーの女の子が。
惚けて見惚れてしまうのもよく分かるわ。
彼の説明は理路整然。
この部屋で一定時間を過ごした方はライフが増えるということ。
ゲームの性質上、他の部屋と同じように、背中に風船を付けさせてもらうこと。
「……ああ、ライフが増える前に、背もたれでそれを割ったお客様がいらっしゃいましたので、同じ轍は踏まないように願いますよ?」
そして笑いをプレゼントしてから。
恭しくお辞儀をしたので。
あたしはその後を引き継いで。
緊張しながらメニューをお配りしました。
「えっと……、これ、タダ?」
「はい! 一階部分のダンジョン商店街にある喫茶店と違いまして、こちらはすべてサービスとなっています!」
「へえ! そりゃ助かる!」
「じゃあ俺は……、あれ? 冷たい飲み物しかないの?」
「申し訳ございません旦那様。こちらではIHコンロが使えなくて、冷たいものだけのご提供となります!」
まあいいやと、アイスコーヒーをご注文された旦那様方。
そして、ソフトクリームをご注文されたお嬢様方。
そんな迂闊なお客様へ可愛らしくお辞儀をして。
厨房で、まつりんにタッチ。
なんでこの部屋には。
白い絨毯が敷かれているのか。
冷房が効きすぎなのか。
ちょっとは考えないとね!
「ん。お疲れ様、こころちゃん」
「じゃ、あとはよろしくね、まつりん!」
あたしでさえ抱きしめたくなるほど可愛い。
メイド服姿のまつりんは。
ご注文の品をテーブルへ並べて。
ポケットからタイマーを取り出しながら。
「ん。……五分間。これがゼロになったら、ライフ、増える」
「オッケー。……なんだよお前ら。メイドさんに見惚れてるのか?」
「だって、可愛いわよ……」
「ほんとよね!」
「そうか? 俺はさっきの美人メイドさんの方がいいなあ!」
そういいながら。
あたしに手を振って下さる旦那様。
嬉しくて、笑顔で手を振り返したけど。
でも、まつりんには敵わないってことくらい分かってるし。
「しっかしこのゲーム! 相当面白いけど……」
「そうだな。この喫茶店といいライブハウスといい、悪ふざけが多すぎる」
「さっきは手品見させられたしね!」
「ん。……うちのクラス、みんながやりたい事盛り込んだら、こうなった」
なるほどねと感心して下さった皆さんは。
あたしと香澄の方を見て、頷いていらっしゃる。
でもね、ちょっと違うの。
あたしの方は正解だけど。
香澄は別に、これをやりたかったわけじゃなくて。
こいつの希望は、六本木の執事服を見たかっただけで。
六本木の希望が、香澄と一緒に何かやりたかったってだけ。
もう、妬けて妬けて。
頭にきちゃう。
……そして、ひとしきりお客様は談笑されて。
まつりんのもつタイマーの音を聞くと。
席を立って、装備を確認して。
出口側の扉を目指して歩き出す。
そして旦那様が。
あたしに向けて手を振って下さったので。
彼の笑顔に負けないくらい。
幸せを口元で表現しながら手を振ったその時。
…………パァン!!!
六本木と香澄が。
四人の風船を、針で割りました。
「うわびっくりした!」
「なに!?」
「外してくれればいいじゃない!」
「いや待て! ひょっとして……」
あたしへ手を振って下さった旦那様。
察しがいいわね。
でも、もうちょっと早く。
気付くべきだったかしら?
そんなお客様へ。
『音』だけ鳴ったタイマーを。
ゆっくりと突き出すまつりん。
「やっぱり! まだ時間になってねえ!」
「ウソっ!?」
「ちょっ……! これ、どういう事なんだよ!」
騙されたという事態を。
まだ、ご理解されていらっしゃらないお客様。
そんな皆様へ向けて。
急にトーンを変えて。
泣くような、囁くような。
ぞくぞくする声音で。
まつりんがつぶやくの。
「…………だって、無いの。……どこにも、無いの……、神の手…………」
「「「「お前がネイルか!!!」」」」
~🌹~🌹~🌹~
「いや~ん! 何度聞いても震えるわ!」
「ん。……お褒めにあずかり、恐縮」
あたしは耐え切れなくなって。
まつりんに抱き付くと。
六本木が気を利かせて。
後ろを向いてくれた。
こういうとこかっこいいわよね~!
ほんと、相手が香澄じゃなかったら暴れるとこよ。
「さっきの皆さんも、凄くぞくぞくしたって喜んでたし!」
「ん。ホラーの魅力は、サプライズと抗えない恐怖」
「さすが文学少女! 瀬古にはもったいない!」
ぴくっと震える反応も。
可愛いったらないわね~!
「まつりん、大変なことになってるのに、頑張ってて偉い!」
「……ん」
「でもさ、どう転ぶか分からないけど気持ちは伝えなきゃ」
ゆっくり体を離すと。
彼女は少し寂しそうに頷いて。
弱々しくため息をつくもんだから。
さすがに慌てちゃった。
「だ、大丈夫! こんなこと言うのもなんだけど、あたしは瀬古とまつりんが一番お似合いだって思うから!」
「……ん。こころ、優しいからね」
「当然! あたし、優しいから!」
「だから、さくさくには彼女と銀ちゃんが一番お似合いって言うんでしょ?」
「当然!」
恋愛なんて。
気楽に明るくするもの。
あたしは去年の文化祭から。
苦しい思いをしたから。
みんなには、楽しく恋をしてもらいたい。
……そんな説明もいらないくらい。
長い付き合いになったわよね。
まつりんは、あたしのいい加減な応援に。
今度こそしっかり頷くと。
「ん。最後の文化祭だし。……言って、後悔してくる」
もう一回抱きしめずにはいられないセリフで。
あたしの心を鷲掴みにしたのでした。
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