ギンバイカのせい


 ~ 九月二十一日(土)

     NIGHT-TIME ~


 ギンバイカの花言葉 愛



「まずは初日の大成功を祝して! かんぱい!」

「うるせえぞ六本木!」

「とっとと手ぇ貸せ! これ完成させとかなきゃヤバい!」


 大成功に終わった一日目。

 そんな感慨に浸る間もなく。


 まだ完成していないドラゴンの像や。

 今日、壊れてしまった備品など。


 大急ぎで修理する俺たちなのです。


 その「たち」に含まれるのは。

 驚くなかれ、全校生徒。


 学校の全てを使ったイベントですので。

 こうなるのもやむなしなのです。


 悲鳴にも似た叫び声が。

 校舎中から響き渡る中。


 俺たち、シナリオ担当の実行委員は。

 頭をフル回転させてゲームバランスの調整をしているのです。


「ん。二日目の方が、進みやすくしないと」

「大丈夫じゃないかな……。一年生の白雪姫の舞台で、まるっきりD・Gの倒し方を実演するわけだし」

「そうなのです。本日のMVPも、明日は倒されることが織り込み済みという、ただの通過ポイントになってしまうのですから」


 そんな言葉が聞こえたのか。

 日向さんは、できたばかりの予備のハサミを振りかざしながら。


「一日天下っしょ! 明日は倒されまくるあたし、不憫っしょ!」


 大声で叫んで。

 悲壮な顔だったみんなに笑いというカンフル剤を投入したのです。


「……よろしくお願いするのです。でも、今日だけでさんざん暴れたでしょうに」

「暴れ足りないっしょ! あと、もうちっと露出多めにしない?」


 これにはさすがに、女子一同からやめろよお前と非難ごうごう。

 それに対して。

 男子が一人も口を開かないという点については言及しないし。


 ……ちょっぴり同意。


「しかし、急きょキャスティングを変えて正解だったな!」

「おお、誰が言い出したんだっけ?」

「柿崎だ。……あれ? あいつどこ行った?」


 そう。

 柿崎君が言い出した。

 日向さんをD・Gにするという作戦。


 これが、嬉しい悲鳴を上げる。

 原動力となったのです。


「ん。……女子的には、ちょっとアレだけど」

「あはは……。webの反響、凄いことになってるよ?」


 これが世に聞くバズっているというものなのでしょう。

 日向さんの大立ち回りの動画が至る所にアップされていて。


 夕方近くには、学校中がお客様であふれかえることになったのです。


「明日はとんでもないことになりそうなのです」

「ん。……でも、千歳ちゃん。彼氏さん、平気?」

「おとなだかんね! あたしの人気に鼻が高いって喜んでるわよ?」


 おお。

 スキー旅行以来、お会いしていませんが。


 あの、大人で優しい彼氏さんならさもありなん。

 俺だったら。

 やきもちを焼きそうなのです。


「……なに? あたしのこと見て」

「いえ、別に」

「すこんぶ、ほっぺたについてる?」

「どんな吸着力ですか」


 みんなが必死に頭を使う中。

 すこんぶをもしもしかじるこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪は、ほどいてひっつめにして。

 おばさんが、配達の途中で差し入れてくれたギンバイカを。

 すぽっと結わえ目に挿して揺らしています。


 白銀の、ウメのようなお花。

 花言葉は、愛。


 銀。

 愛。


 いやでも一つの事を連想してしまいます。


「たーだいま! 全部回って来たわよ!」

「お、お帰り。……どうだった?」

「仕事は大変そうだけど、お客の入りの凄さに興奮して、みんな夢中で頑張ってくれてるわ!」


 読み通り。

 昨日は想いを伝えていないご様子。


 そんな、今はまだ瀬古君の気持ちを知らない野口さんの言葉に。

 クラスの皆は揃ってガッツポーズ。


 でも、彼女の話は。

 まだ終わっていなかったのでした。


「こーんな大騒ぎになったのは、ネットで話題になったせいなんだけど」

「そのようですね。日向さんの人気もさることながら、内容が面白いとの声が至る所に上がっています」

「そう。嬉しい反面、そこが問題なのよ秋山!」

「はあ。……え? これのどこが問題なのでしょうか?」

「もう、丸裸にされちゃってるのよ!」

「…………日向さんが!?」


 フォトショ加工ってやつ?


「この脳内ピンク! そこで立ってなさい!」

「へい」

「ちーがうわよ! 攻略情報が載ってるのよ!」


 げ。


 俺はまず、姿勢を正して立ち上がって。

 周りのみんなと同じように携帯を確認します。


「うわ。やべえ」

「これじゃ、ヒントをもらうために屋台に寄ったり……」

「ああ。出し物見たりしなくなるぞ?」


 青ざめる俺たちでしたが。


 この情報を持って来た野口さんは。

 ……冷静さと、行動力を兼ね備えた偉大な指揮官は。


 迷うことなく命じるのでした。


「と、言う訳で! 出回ってる情報を逆手にとって、全部今から攻略方法を作りかえるわよ!」


 げ。


「「「またいつものヤツが始まった!」」」


 うそでしょ!?

 いや、いつも通りと言えばそれまでなのですけど。


 なんでこのクラス。

 文化祭の間にすべてをひっくり返すようなこと平気でするの!?


「……まあ、なるようになるの」

「君はまた他人事みたいに……、どこへ行く気です?」

「今日は夜鳴きそばにするの」


 そして給食おばさんは。

 一人で買い物に出てしまうのですが。


 あらぶるクラスの皆は。

 誰も気付いていない模様。


「じゃあ、D・Gの弱点も変えるか?」

「そうするしかねえだろ!」

「慌てて竹竿買った連中を騙すために……」

「D・Gの間に、低めの石柱立てるか?」

「おお! そうすりゃ竹竿は封じて、ハサミは振り回せるな!」

「じゃあ、どうやって倒せばいいのよ!」

「あ、そうか」

「急いで考えなきゃ! 白雪姫の舞台でその方法見せるんでしょ?」


 途端に大パニックとなった俺達を。

 連日のダーク化で疲れ果てた神尾さんが。


 ペパーミントティーをすすりながら。

 優しい目で見つめています。


「そーれでも、当日出回る情報には対応できないわよね……」

「ん。明日中に、クリアーする人、出ると思う」

「それはそれでいいと思うのです。明後日来れない方もいるでしょうし」

「ん。……じゃあ、三日目は別ルートのエンディング、作る?」


 げ。


「「「またいつものヤツが始まった!」」」

「いや。なぜ嬉しそうなのです、みなさん」


 もう、感覚がマヒしていて。

 仕事が増えると喜ぶ体になっています。


 しかしこの状態。

 司令塔がいないと滅茶苦茶なことになりそうなのです。


「……秋山君。私、胃薬飲むの、今夜もやめておく?」

「いいから神尾さんはドックから出てこないで下さい!」

「グッドグッド! そういう事ならあたしがいいアイデアを……」

「この上ロボが出てきたら大変なのです! 椎名さんも黙ってて!」


 ええと、誰か頼れる人は……?


「……あれ? 何人か足りなくないですか?」


 お祭り騒ぎの中。

 ふと見渡せば。


 四、五人くらいでしょうか。

 足りないのです。


 この忙しいのに誰が逃げたのかと。

 矛先を変えて騒ぐ一同の目が。


 夜の校庭に。

 一斉に向くことになったのでした。




「日向千歳さん! 柿崎です!」




「「「あのやろう何やってる!?」」」




 昨日の裏企画。

 今日も始まったようなのですが。


 そのトップバッターに。

 全員そろって口あんぐり。


「柿崎君。タイミング最悪なのです」

「おい! 誰かあいつの首にひも括りつけて連れて来い!」

「いや、日向! あいつをハサミでぶっ叩いてこい!」

「それじゃ面白くないっしょ! ここは一発、痛い目に遭わせてやるっしょ!」


 そう言いながら、窓際へ進んだ日向さん。

 彼女が手にしているのは、D・Gのハサミ。


 暗闇に映える、巨大な『✕』。

 窓にそのシルエットが映るなり。

 校庭のみなさんは大爆笑。


 校舎側からは。

 一体どうなっているのかと。

 首をひねるような空気が伝わるのですが。


 校庭のスタッフが撮影した写真が。

 あっという間に広まると。


 俺達のクラスのように。

 大笑いすることになったのです。


「ひでえぞ日向! 告白前から『✕』ってなんだよ!」

「だってあたし、彼氏いるっしょ!」


 そしてお腹を抱える俺たちは。

 今度は、頭を抱えることになりました。



「新谷こころさん! 立花です!」



「うるせえ! すぐに仕事しろ!」

「こら六本木! てめえが『✕』だしてどうすんだ!」


 涙を流して笑う新谷さんが。

 ハサミを掲げた六本木君の背中を押して窓際に立たせると。


 すぐに校庭から。

 三の矢が飛んで来たのでした。



「坂上茉莉花まりかさん! 矢部で……、おおいふざけんな!」



 でも、その矢が飛んで来るのは。

 こちらには予測済み。


 教室の窓に。

 暗幕をべったり張り付けて。


 文字通り。

 幕を引くことにいたしました。



「……坂上さん。やべっち君からの告白、良かったのですか?」

「ん。……知ってるでしょ?」


 みんなの騒ぎを。

 椅子にぽつんと腰かけたまま見つめる坂上さん。


 囁くような声で。

 淡い気持ちをつぶやくのです。



 ……小さな胸に詰まった恋心。

 応援してあげたい。


 でも。

 そうしてあげることができない。


 俺がこんなに苦しいのですから。

 彼女は、一体どれほど辛いのでしょう。



 だから。

 神様。




 その仕打ちは。

 やめて欲しかったのです。




「の……、野口桜さん! 瀬古銀二です!」




 …………ああ。


 彼が、後悔しないように。

 そんな気持ちで口にしたことで。


 俺自身が。

 こんなに後悔することになるとは。



 坂上さんは。

 目を見開いて。


 暗幕を。

 ぎゅっと凝視します。



 その手が、真っ白になるほど。

 スカートを握りしめて。


 呼吸も忘れたまま。

 細い肩を震わせます。



 どうしてあげたらいいのか。

 まるで分からない。


 そんな俺の腕を。

 強引に掴んで歩き出した人がいるのです。



「野口さん!?」



 眉間にしわを寄せて。

 下唇をかんで。


 鬼気迫る形相のまま。

 テープでとめた暗幕を引きずり下ろした野口さんは。


 窓をガラッと開け放つと。

 校舎内の誰もが聞き取れるほど。


 張りのある、美しい声を上げたのでした。



「そこから先は言わないで! あたし、好きな人いるから!」



 ……昨日は、何の気なしに聞いていた校庭のため息。


 それが今日は。

 胸を引き裂くような音に聞こえます。



「……そ、そうなんだ! でも、僕は……っ!?」



 瀬古君は。

 先に断られたというのに。


 その想いを口にしようと。

 勇気をもって言葉を続けたのに。


 どういうわけでしょう。

 急に言葉を飲み込んでしまったようなのですけれど。




 …………あ。




「ちょ、ちょっと野口さん!? そのために俺の腕を掴んでいたのですか!」

「あたし、瀬古の事、友達として好きだから。言わせるわけにいかないから」

「だからって……」


 この後の作業。

 どんな顔して続ければいいというのです?


 坂上さんと瀬古君と。

 野口さんと俺。


 同じテーブルで。

 シナリオを作り直すって。


「酷いことをするのです」


 思わず口にした胸の内。

 野口さんは俺の言葉に。

 弱々しく俯くと。



 ……淡々とつぶやいたのでした。



「酷いこと? ……あたしの気持ちも知らないで、いつも酷い事してるのは……、秋山じゃない」



 

 ――学園祭。


 それは高校生にとっての。

 スペシャルドリームジャンボボーナスステージ。


 ……でも。


 望まぬボーナスを押しつけられた場合は。



「……え?」



 一体。


 どうすればよいのでしょう。

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