グロッバのせい


 ~ 九月二十一日(土) DAY-TIME ~


 グロッバの花言葉 華やかな恋



 学園祭。

 それは高校生にとっての。

 スペシャルドリームジャンボボーナスステージ。


 いつもうじうじとする奥手な君への。

 神様からのプレゼント。


 光り輝く汗と涙。

 解放感と一体感。


 いつもは拒絶する肌の触れ合いすら。

 優しく許容する幻の世界。


 雰囲気に踊らされる若者。

 見る若者。


 同じ若けりゃ。

 踊らにゃソンソン。


 そして踊る若者たちは。

 心を許し合い、手を取り合い。


 光り輝く窓を開いて。

 今、二人並んで仲良く歩き出すのだ……。



「…………落ちるのです」



 光り輝くどころか。

 どんよりと曇った窓の外。

 寝ぼけた目で。

 ぼんやりと見つめる俺にも分かります。


 窓へ向かって一歩を踏み出してどうする。


 ……毎年毎年飽きもせず。

 寝ている間に洗脳しようとする母ちゃんですが。


 光り輝く窓なんか、俺のことを待ってませんよ。

 今日から三日間、天気はよろしく無いのです。


「ほれ、早く起きな! そしてばばーんと、今年こそ決めて来な!」

「ばばーんと決めません」

「なーに言ってるんさね! 学園祭で決めないで、どこで決めるって言うんさ!」

「……今年は学祭じゃなくて、文化祭って名前になったのです。だからスペシャルドリームジャンボボーナスステージではないのです」


 毎年恒例のこのパターン。

 いい加減慣れました。


 どうせ勝手に穂咲を部屋へ入れているのでしょう。

 パジャマのままでは起きませんよ?


 ……いえ、思い出しました。


 昨日は妙に寝苦しかったので。

 今の俺は、トランクス一枚。


 こんな姿を穂咲に見せるわけにはまいりません。


「まずは二人とも、部屋から出なさい」

「二人? なに言ってるんさねこの子は」

「あれ? 穂咲はいないの?」

「ああ、そういや今年は部屋に来てないねえ」


 なんだ、そうなのか。

 母ちゃんだけなら構いませんね。


 俺は布団をはだけてベッドへ腰かけて大きく伸びをしながら。


「……おはようございます」


 真っ赤にさせた顔を両手で覆って。

 指の間から俺の半裸を凝視する。

 女性三人組へ挨拶をした後。


 のそのそと布団を体に巻いて。


「……きゃあ」

「は、は、はだかっ! セセセセンパイのはだかっ!」

「パ、パ、パンっ!? 弥生やよい姉さま、私、先輩のお嫁さんにならないといけないのでしょうか!?」

「ひ、非常識です秋山道久! なんてものを見せますか!」


 ええと。

 でしたら、指は閉じると良いのです。


「カニがどうして赤いのか、今知りました。水着のお姉さんたちから目を逸らそうにも、どうにも見えちゃうから照れているのですね」


 なんて恥ずかしがり屋さん。

 きっと恋にも。

 前向きになれないのでしょう。


 ……いつも横向き。

 平行線。


 誰かさんのようですね。


「さて、いろいろ聞きたい事は山積みですが。まずは部屋から出てください」

「はい! あ、でも、着替えを選んでもらわなきゃ!」

「お、お母様から渡されていまして……」

「秋山道久、すぐに選びなさい」


 意味も分からず。

 首をひねる俺に。


 三人がそれぞれ。

 手にした服を差し出します。


「うーん……。瑞希ちゃんが持ってるピンクのスケスケは却下」

「ですよね! うすうす感づいてました!」


 うすうすだけにね。

 それよりそんな服。

 どこから持って来たのさ、母ちゃん。


「葉月ちゃんのは一見まともに見えるね、学生服だし」

「えっと……、ご、ごめんなさい……」

「ああ、謝らないでいいから。母ちゃんの悪ふざけにつき合わせてごめんね?」


 それもムリですね。

 だって、うちの制服はブレザーなので。


 ……だから、君が持っている。


 セーラー服は却下なのです。


「私の服も、まともとは言い切れないのですが」

「いえ、会長。それ、俺が文化祭の間中着ていないといけない衣装なのでちょうどいいのです」


 でかい黒マントの上に革のブーツ。

 剣とマスクが添えられて。

 ぱっと見、間違いなく俺の衣装。


 俺は会長からバロータセットを受け取って。

 布団の中でもぞもぞと装着して。

 そして颯爽と立ち上がると。


「……即、タイホなのです」


 マント。

 ブーツ。

 剣。

 マスク。


 しか無い。


 変質者ですよこれじゃ。


「へ、へ、変態っ! セセセセンパイの変態っ!」

「パ、パ、パンっ!? 弥生やよい姉さま、私、先輩を警察へお連れしないといけないのでしょうか!?」

「ひ、非常識です秋山道久! 前を閉じなさい!」


 ああもう。

 寝起きの俺に、突っ込ませないで下さい。


「……皆さんが、カニさんの指を閉じればいいのです」


 どうして皆さん揃いも揃って。

 俺の半裸を凝視しますか。


 そして母ちゃん。

 むせるほど笑いなさんな。


「みなさん、お楽しみのとこごめんなさいなの。道久君の衣装、乾燥終わったから持って来たの」

「さらに君は当然のように入って来ない」


 朝から突っ込ませるなといくら言っても。

 ボケを休ませる気のないこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 マールさながら、大きくエビに結って。


 不思議な形状の。

 一見、生き物のようなグロッパ。

 通称、暹羅の舞姫シャムノマイヒメなど頭に揺らし。


 ケープコートをはためかせながら。

 衣装のおしゃれなブーツも、とっても似合っておおおおおい!


「土足っ!」

「ほんとなの。道久君、非常識なの」

「俺もだ!」


 朝からこれほど突っ込むと。

 嫌でも目がさえてきますね。


 皆さんと違って、しっかりと閉じた指で。

 片目だけを覆って、逆の目は見開きながら。

 衣装を渡してくる穂咲さん。


「……おまわりさんち、行く?」

「友達か」


 こいつもしっかりと俺の半裸を見ているようですが。

 およしなさい。


 俺はまず、ブーツのまま下だけ履いて。

 背中を向けてマスクとマントを脱いで。

 上からピンクのスケスケを羽織ると。


「何枚あるのですこれ!」


 一斉に鳴り響いたシャッター音に恐怖しながら急いで脱いで。


 穂咲が後から出してきたシャツを被ったのでした。


「ああもう、朝ごはん前に暴れさせないで下さい。くらくらします」

「じゃあ、おにぎりにしといたから食べながら行くの。皆さんを待たせちゃいけないの」


 文句はあれど。

 君の言う事もごもっとも。


 俺はそのままの恰好で。

 鞄だけ掴んで部屋を出るのでした。


「顔も洗わず歯も磨かず。酷い有様なのです」


 そして、すれ違う皆さんに指をさされながら。

 会長たちに笑われながら。

 地面に漂う朝露だけが心地いい通学路を歩きます。


「……そう言えば、どうしてお三人は俺の家へ来たのです?」


 穂咲から三角のラップの包みを受け取って。

 おにぎりにしといたのと言っていた食パンをかじりながら聞いてみると。


「あたしたち、頑張って説明したんですけど……」

「あ、あの、お姉ちゃんに出し物の意味が伝えられなくて……」


 ああ、なるほど。

 会長には分からないですよね。


「それで、俺に説明して欲しいと?」

「そう思って足を運ぶなり、お母様に部屋へ連れ込まれたのです」

「とは言いましても、俺も説明下手ですし。説明するより体験していただいた方が早いのです」

「なるほど。ですが説明を聞く限り、私が楽しむことのできる内容では無いという気がするのですが」


 そうおっしゃる会長は。

 以前にも増して大人びて。


 誰もが振り返るほどの美人さんになられましたけれど。


 でも。


「……どんな人が相手だって、楽しんでいただける自信ありなのです」

「ほう、大きく出ましたね。では、お手並み拝見と行きましょう」


 会長は、ニヤリと微笑んだのですが。

 その表情。

 すぐにでも驚きへ変貌させてみせましょう。


 俺も会長に、ニヤリ顔を返しながら。

 穂咲へは、味もそっけもないパンを突っ返すのでした。


「……これはおにぎっちゃだめ」

「じゃあ、こっちにする?」


 パンよりはマシと受け取った三角形。

 ラップの中に、パスタがぎゅー。


 呆れながら包みを剥くと。

 その端から、形が崩れてしまいます。


 まあ、当然かと麺を一本咥えて。

 ちゅるちゅるとすすってみると。


「…………具のミートソースが絶品すぎて突っ込みにくい」

「道久君、みっともないの。パスタはすすって食べるもんじゃないの」


 ああ、そうですね。

 マナーに反しないように言ったのは俺ですもんね。


 仕方なしに、両手のラップいっぱいに広がった麺に。

 顔から挑んで食べる俺に。


 三人娘からの非難が。

 痛いほど突き刺さるのでした。



 スペシャルドリームジャンボボーナスステージは。


 顔中ミートソースまみれにした男子には。

 訪れることが無いと思うのです。




 ~🌹~🌹~🌹~ 




 これが紙と絵の具で作ったなどと誰が信じよう。


 懐中電灯で照らして進むを余儀なくされた廊下は。

 間違いなく荒い岩肌が迫る細長い通路と化し。


 時折、頭上から落ちる水の雫と。

 どこからか聞こえてくる獣の唸り声と。


 そして歩みを邪魔する本物の岩に。

 ぽうっと映えるヒカリゴケ。


「こ、凝り過ぎだろ……」

「本気で感動するわ」


 ゲーム参加者は、揃いのマントを肩から羽織り。

 揃いの剣を腰に下げて、暗闇を進む。


 そして、何匹か放してあるバッタやコオロギにいちいち悲鳴を上げながら。


 今、ようやく通路の行き止まりまでたどり着いたのだ。


「こ、この先が二階への階段だよな……」

「的当て屋台で読んだ本通りなら、門番がいるんだろ?」

「ああ、D・Gっつったか。……ルール分かんねえけど、倒せるのか?」

「これ、もっといろんなとこで情報集めてから挑むもんじゃねえのか?」

「なんとかなんだろ! D・G! いざ勝負!」


 そして突き当りに出来た扉を開くと。

 その教室は、燃えさかる篝火に見立てたランプがいくつも置かれて。

 岩肌に作られた、真横に刻まれた無数の亀裂が。

 嫌と言う程、恐怖を掻き立てるのだった。


「ようこそ、D・Gの間へ。これからD・Gへ挑んでいただく皆様のライフは、こちらになります」


 そして、至る所で見かけるスタッフが。

 パーティーメンバーの背中に風船の紐をガムテープで張り付ける。


「あれ? ここは風船の紐を背中に付けるの?」

「はい。今までの場所と違って、ここではその紐が引っ張られて、背中から剥がれただけで失格です」

「厳しいなあ!」

「マジか……」


 パーティーメンバーは。

 厳しい条件に舌打ちしながら。

 各々の得物を鞘から抜き取る。


 その剣は、赤い炎にも白く照り返すほどの輝きを放つお掃除棒。

 ふわふわの羽根に覆われた剣は、今まで数多の敵の命を――背中やお腹に、ガムテープで貼り付けられた風船を――剥がし続けて来た、彼ら自身の、文字通り相棒だった。


「では、皆様の端末をお預かりします。……ほう。揃ってレベル5ですか、これはなかなか……」

「だろ?」

「なあ、D・Gを倒す推奨レベルってあるの?」


 近隣から、ふらっと遊びに来た高校生。

 その一人の口から出た言葉に。


 案内人は、焦げ茶のフードの中で。

 ニヤリと口の端を吊り上げた。


「…………想定では、レベル20もあればいい勝負になるよう設定されています」

「げ!?」

「ちょ、ちょっと待った!」

「いったん戻る! やっぱ情報も集めてえし……、おわっ!? 扉が開かねえ!」


 ……後悔は、無謀の内に見るに能わず。

 迂闊の先に鎌首をもたげ待つのみ。


 だが、冒険者たちが慌てふためくのも一瞬の事。


 耳をつんざくほどのBGMと。

 岩を引く、金属の効果音。


 各々が引けた腰で武器を構え、見つめる先。

 ベニヤに書いたとは到底思えないほど精巧な岩陰から。

 地を這うまでに延ばした赤髪がずるりと姿を現した。


「オま……、おまエたチ……。友、コロしニキタ? ……ゆ、ゆルセナイ……」


 そして、褐色の肌に張り付く程度のぼろ布を付けた醜女しこめが。

 身の丈ほどもの巨大な十字……、彼女の代名詞でもあるハサミを頭上に掲げると。


 冒険者たちは、D・Gへと向けた剣を取り落とし。

 膝を屈して、目に涙を溜めながら。


 魂をそのまま音に変えて。

 口から、すべてを投げ捨てる心地で吐き出したのだ。




「「「ちょーーーー可愛い!!!!!」」」




 目に星を浮かべて見つめる冒険者へ。

 嬉々としてハサミを振り回しながら襲い掛かり。

 あっという間に三つの風船を弾き飛ばした人気投票ナンバー2・日向千歳は。


 放送コードギリギリ一杯の布切れをはためかせながら。

 彼らへ、今生の別れを告げたのだった。


「ざーんねんっしょ! また一時間後にリトライできっから、それまでは屋台とか出し物とか回って情報集めするっしょ!」

「あざーす! あざーす!!!」

「や、やべえ! 絶対また来るからな、D・Gちゃん!」

「ちょ、俺、まともに見れねえ……」


 そしてルール通り、フードを脱いで。

 入り口から出て行った面々と入れ違いで。


 次のパーティーが。

 ゲートキーパーの元へその雄姿を現した。


「…………ほう? これはちっとヤバいっしょ」


 一瞬にして、緊張感のある表情を浮かべたD・G。

 乾いた唇を、妖艶な舌が一舐めする。


 必要な情報をすべて集め。

 D・Gの弱点を穿つべく。


 見世物や屋台で稼いだ金を。

 すべてはたいて手に入れた長竹竿。


 これを手にしたパーティーは。

 レベル25と表示された端末を案内人へ手渡して。


 D・Gに、余裕のある笑みを向けるのだった。


 ……校内の屋台、教室、体育館の舞台。

 至る所で耳にして来た伝説級の魔族、D・G。


 その伝説を、初めて目にした彼らは。

 武者震いを伴いながら彼女に竹竿を突き出すと。


 役になり切った、冒険者そのものの言葉を。

 最強のゲートキーパーへと投げつけた。




「…………ちょー可愛い!!!」



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