タマスダレのせい
~ 九月二十日(金)
もう面倒なので床で授業を受けました ~
タマスダレの花言葉 清い愛
これは、何と言いましょうか。
年中行事とでも評するのが正解なのですか?
「うふふっ。ほら、六本木君と秋山君。二人で仲良く一つのトンカチを握って釘を打ちなさいな」
「頭の中とは言え、こいつとくっ付けるんじゃねえ」
「その言葉にリボンをかけてお返しするのです」
穂咲が胃薬を取ってしまって以来。
ちょいちょい現世へ現れるこのナイトメア。
平気な顔で、男子同士をくっつけようとするので。
女子一同から黄色い悲鳴がひっきりなし。
でも。
「いまのカップリングはいまいち不評だったの」
「すいませんね、一方が不細工で」
非情なツッコミを入れながら。
夜食用の豚汁鍋をお玉でぐるぐるさせるこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を三角巾で隠して。
その上に、ぷすりと刺したタマスダレ。
名前からは想像もつかない。
凛と真っ白な美しいお花が。
給食おばさんの。
お玉の回転に合わせて揺れています。
……現在、夜の九時。
誰がやったか知りませんが。
今年は各クラスが自分たちの出し物以外に余計な仕事をさせられているので。
こんな時刻だというのに。
校舎中、どこもかしこも明かりが点いています。
「たーだいま! ほとんどのクラスが宿泊申請出してるみたいね……」
「俺たちの最後のひと花に付き合わせて申し訳ないのです。せめて我々は限界まで頑張って、みんなの負担を減らしましょう」
野口さんが学校中を走り回り。
各クラスの進行状況を取りまとめて帰ってくると。
負担の大きそうな所へ増援を派遣して。
全体のバランスをできるだけ平たくするための計画を急いで練り上げました。
その結果。
「全員貸し出すとは大胆な」
俺達のクラスからほとんど全員。
校内各所にヘルプが出たせいで。
残っているのは野口さんと瀬古君。
それに俺と、給食のおばさんだけ。
「こーいつ無しでも、明日は乗り切れるからね!」
そう言いながら、野口さんが見上げるのは。
バロータがいる『ドラゴンの間』。
そこに鎮座する、石化したドラゴン。
こいつを作るの。
明日へ持ち越しになりそうですね。
「まあ、初日に俺のとこまでたどり着ける人なんかいないですし」
「いーや! 楽観しないで、バロータはドラゴンの間で続きを作っててね!」
「理にはかなっているのですが、万が一トンカチを振るっている姿を見られたら途端にコメディーなのです」
いろんなゲームをやりましたけど。
ラスボスって、王の間に一人でいるものですしね。
きっと自分で怖い感じの調度を準備して、毎日掃除して。
勇者パーティーを迎える準備をしているのでしょう。
「そーれと! 秋山は、セリフを練習!」
「お芝居と違って簡単なので、もう覚えちゃいましたけど?」
「覚えたかどうかじゃなくて、大根をなんとかしなさいよ」
うぐ。
おっしゃりたいことは分かるのですが。
そればっかりは無理な相談なのです。
「学園祭が、文化祭に名前を変えたせいでグレードダウン感がありますし。そこは目をつぶりませんか?」
「だーって、秋山の芝居、学芸会レベルなんだもん」
「じゃあ、いっそ学芸会に変えてしまうのも……、ん?」
バロータの練習を渋っていた俺の耳に。
にわかに聞こえた、誰かを呼ぶ声。
「……五人目なのです?」
「六人目なの」
あれは、一年生有志による裏企画。
前夜祭なるものが開催されているのですが。
「もうそろそろ叱られると思うのです」
「叱られるのもこみこみで楽しんでるっぽいの」
なるほど。
気持ちは分かりますけど。
しかしこの企画。
実に高校生の文化祭っぽいのです。
「一年B組の上杉です! 二年C組の大槻先輩! いらっしゃいますか!?」
校庭の向こう側。
特設ステージから、地声を必死に響かせて。
呼びかける事三度目にして。
歓声と拍手が上がったところを見ると。
どうやら当人が。
教室の明かりを背に。
シルエットを窓に映したという事でしょう。
そして舞台が整ったところで。
先ほどよりも、もっと大きな声が響くのです。
「先輩! 俺と付き合ってください!」
……沈黙すること、ほんの十秒ほど。
そんな、長い長い時間が過ぎて。
会場付近から。
一斉に、残念そうな声が上がると。
それを増幅するように。
校舎中からため息が漏れるのです。
教室のシルエット。
どうやら✕印をあげたのですね。
とっても残念ですが。
その気持ちと勇気。
大槻さんには嬉しかったことと思いますよ。
「……この企画、お相手がもう帰ってて、いない場合があるのが楽しいの。好きな人を白状したきり置き去りなの」
「確かに」
俺はそれなりドキドキしているのに。
君はなんだか他人事のように。
テレビ番組を見ているような口調なのですが。
知り合いの名前でも出て来た日には。
平静なままでいられるのでしょうか。
「よーし! あたし、もうひとまわり行ってくる!」
野口さんも他人事チームのようで。
告白の失敗にも特に動じず。
くるっと背中を向けて歩き出すのですが。
「その……、無理しないでね?」
瀬古君らしい言葉をかけられると。
不機嫌そうに振り返るのです。
「なーに言ってるの!? ここで無理しないでいつするのよ!」
「あ、ごめん……。じゃあ、頑張ってね?」
労わりには怒ったくせに。
応援の言葉を貰うと、にかっと微笑んで。
「もーちろんよ! さあ、頑張るぞ!」
瀬古君に向けて、親指をぐっとあげると。
教室から颯爽と出て行くのでした。
……そんなやり取りだけでも。
この方にとっては重労働だったのでしょう。
瀬古君は、はあとため息をついて。
がっくりとうな垂れるのです。
そんな彼に。
俺達は、ちゃんと言わねばなりません。
心配そうな顔をして。
瀬古君を見つめる給食おばさん。
君にも、いつまでもそんな顔させているわけにいきませんからね。
「瀬古君、謝らないといけないのです」
「……え? なんの話?」
「俺たち、お手伝いするって話したじゃありませんか。でも、やっぱり自分の口で告白すべきと思うのです」
俺の言葉に合わせるように。
校庭から響く、一世一代の愛の告白。
玉砕や、空振りばかりで笑いを誘いますが。
そんな中、希にカップルが成立すると。
……今のように。
夜の学校を埋め尽くさんばかりの拍手が鳴り響くのです。
「わ、わかった。僕、頑張ってみるよ」
「はい。無理をしないように……」
「いや、野口さんも言ってた」
「え?」
「ここで無理をしないで、いつするんだってね」
そう言って、不器用に笑みを作った瀬古君は。
教室から駆け出していきました。
……でも、あの様子では。
今日の告白は無理そうですね。
「給食おばさんはどう思います? うまくいくと思う?」
そう聞きながら振り返ってみれば。
「……その複雑な顔、なんです?」
「へたこいたの」
「はあ。何をどうこきましたか?」
「まさか、役立たずの道久君がそんなこと言い出すとは思ってなかったの」
「失礼な件は置いておくとして、どういうこと?」
眉根を寄せたまま口を半開きにして固まる給食おばさん。
その首が、ゆっくり俺に向くと。
「……おんなじこと言っちゃったの」
「誰に」
「まつりんに」
「うわ」
坂上さんに。
瀬古君へ告白するように言っちゃったの!?
「どどどどうしたらいいの?」
「待て待て、落ち着きなさい」
俺だってどうしたらいいか分かりません。
でも……。
「君は、その方がいいと思って言ったのですよね」
「言わないで後悔するよか、言って後悔する方がいいって思うの」
「なら煽ったわけじゃなくて、考える機会をあげただけなのです。告白するかしないか決めるのは坂上さんなのですから、気にしないでいいのです」
まあ、そうは言いましても。
三角形の間に立った瀬古君は。
どうなってしまうのでしょう。
そんな恋の行く末に。
不安を抱えたその時。
校庭からは。
盛大なため息が響いてきたのです。
「……なんて不吉な」
「うん。……でも、やっぱりまつりんも瀬古君も、ちゃんと言うべきなの」
そう呟いた穂咲の言葉が。
どうしてでしょう。
俺の胸に、チクリと刺さった気がするのですが。
……では、君はどうなのです?
あるいは。
俺はどうなのでしょう。
鍋の音だけがくつくつと。
静かに時を刻む夜の教室で。
何度も口を開いては。
閉じて。
また開いて。
そうこうしているうちに。
穂咲が先に。
ぽつりとつぶやきました。
「……どうしよう」
「そ、そうですね。えっと、い、今は無理しないで欲しいと言いますか……」
「どうしよう。豚汁」
…………ああ、うん。
「ほっとしてがっかりでなんでやねん」
「なに? その面白リアクション」
「そして激しく同意なのです」
寸胴いっぱいの豚汁。
その内、お腹を空かせたみんなが戻って来るでしょうから。
「ひとまず、今は置いておきましょうよ」
俺はお椀を二つだけ持って来て。
再び聞こえて来たため息を耳にしながら。
黙って豚汁をすすったのでした。
……ひとまず。
今は、置いておきましょうよ。
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