リクニスのせい


 ~ 九月十七日(火)

 プールに浮いてる木の板、まさか ~


 リクニスの花言葉 恋のときめき



 食い物屋。武器屋。宿屋。

 何の変哲もない、どこにでもある店。そんな軒が連なる通りを見つめて、バロータは仮面の上から眉間を押さえつけて嘆息する。


「……おかしなことになり始めた」

「なんで? お買い物とか助かるし、いいじゃない」

「いくらなんでも良くない」


 陰鬱とした、空の無い通路。そこに篝火が焚かれ真鍮の看板が揺れる。

 ここは間違いなく、ダンジョンの中なのだ。


「どうして? 今朝食べたパンだって、ここから買ったのよ?」

「ふざけるな。盗品に金を払うバカがどこにいる」

「盗品じゃないわよ。エセナの村から買い付けてるって言ってたから」


 何の疑いも恐れもなく、マールは笑顔で返事をしたが、もちろんそんな荒唐無稽を信じるバロータではない。

 そんな彼は、すぐにでもこの厄介者どもを追い払いたいと思っているのだが、この商店街を気に入って利用している少女のためにと今まで放置してきた。


 だが……。


「この間来た時には三店舗だったはずだ」

「ね! あっという間に十件もお店が並んで! ……あれ? また新しく宿屋が出来てる!」


 喜び勇んで真新しい真鍮の看板へ向けて走り出す少女を見つめながら、見えるはずのない天を仰ぐバロータだった。



 ――既に、賞金稼ぎの手により蹂躙された上層部。

 バロータがこれを放棄することに決め、中層へすべての魔物を逃がしたことにより、意外な連中がここに住み着くことになった。

 つまり、罪人や低位の魔族、さらには精霊など、人に見つかると掴まるか、なぶり殺しにされる類の連中だ。


 彼らは、ダンジョンヘ訪れる賞金稼ぎにとっては格好の獲物。当然、一網打尽にされるものとバロータは踏んでいたのだが、その捕食者と被食者は意外なところで折り合いを見出したのだ。つまり、ここの住人達はダンジョンを攻略しようとする者に、ありとあらゆるものを準備した。

 まずは宿と食料。次に装備品やアイテム。終いには攻略情報なども漏らすので、賞金稼ぎ達は彼らの首を取るどころか、ここまでの道中では必要なのにダンジョン内では全く役に立たない金貨や銀貨を惜しみなく落として行ったのだ。


 その反面、住民達は知っていた。バロータ達が倒されると次に狙われるのは自分達だということを。だから彼らは、外から魔物を捕まえて来ては中層へ放り込んだり、態度の悪い賞金稼ぎ達にはニセの情報を教えたりしたのだ。さらに、バロータやD・G、そしてマールにいつでも万全でいてもらうため、自慢の商品と媚びとを売りつけるのだった。



「……まったく。自分達の住まいを攻略しやすくしてどうする」

「いいじゃない。この人達だって、生きていかなきゃならないんだから」

「こんな町なんか作らずに、賞金稼ぎどもを殺せば有り金全部が手に入るだろう。よし、決めた。今すぐこいつらにそう命じよう」


 当然の物言いをしたバロータの胸の辺りを、細い腕が穿つ。しかもそんな理不尽な暴力を、理不尽な言い草によって肯定するのだ。


「あたし達を狙って来る人が魔物に倒されるのまでは許すけど、ここの人達に殺させるなんて事させないから」

「意味が分からん。何が違う」


 今日も大量に食料を買いこんできたマールから、肉や野菜の入った籠を強引に手渡されたバロータは、溜息をつきながら、かつてD・Gが守り抜いていた中層への階段へ向かう。


 するとマールは俯いたまま寂し気な笑みを浮かべて、こう言ったのだ。


「……だって、誰かに命じられて人を殺すのがどれほど辛いか、あたしは知っているもの」


 そんな少女の言葉は。

 仮面の剣士の心を救いながら、そして同時に、抗う事の出来ない苦痛を与えるのだった。



 ~🌹~🌹~🌹~



「1年B組は交渉OK! 屋台の横にヒント用の石板を置かせてくれるってさ!」

「2年F組の風船部屋、どうやってまき込めばいい? トラップルームか?」

「誰か、野球部に知り合いいない? あいつら、頭硬過ぎっしょ!」

「ん。図書室は、ばっちりオケ」

「よし! みんな頑張って! 最後にひと花! 華麗に咲かせるわよ!」

「おお!」

「ああ、任せとけ!」



 ……司令塔である野口さんの言った言葉に。

 クラスの皆は、弾かれるように駆け出して。


 最後に一花。


 それを合言葉に。

 皆さん、驚くほどの早さで学校全体を巻き込んでいくのですが。


「……これはもう、クラスの出し物という域を超えていますね」

「学校全体の出し物なの。派手でいいの」


 そんなことを言いながら。

 みんなのお祭り騒ぎを煽っているのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 派手で良いと言った、君の頭の方が。

 派手で、バカみたいなことになっているのです。


 軽い色に染めたゆるふわロング髪が。

 自由の女神の冠みたいになっているのなら意味が分かるのですけれど。


 髪を逆立てて。

 自由の女神そのものをこさえて。


 右手に持ったたいまつの先に。

 ぽつんと咲いたリコリスのお花。


 なんと言いましょう。

 今日ばかりは、本気で隣を歩きたくありません。



 さて、みなさんは走り回っていますけど。

 俺は昨日、真夜中まで立ちっぱなしだったので。

 お前はそこに座っていろと言われて。

 助かったと、素直に従ってみたのですが。


「ん。秋山、D・Gの倒し方、テニス部のクレープ屋台で教えるの、無理?」

「秋山君。やっぱり、体育館をコウタナの町にするのは厳しそうだね」

「あーきやま! 1年B組はOKだって! 2年F組に何を置いたらいい?」

「すいません、俺に聞くのは無しの方向で。痛くて集中できないのです」


 全体の構成と。

 各ブースへお願いする内容の組み直し。


 確かにじっくり座って。

 考えなければいけないものだと思いますけど。



 誰が持って来たのでしょう。

 このギザギザな木の板。



 江戸時代、囚人を責める時に使われた十露盤そろばん板。

 そこに正座させられては。

 まともに頭が働きません。


「なんで散々怒っていたみんなが、俺に座っていろと言ったか考えるべきでした」

「そんな文句ばっかり言ってると、石を抱かせたくなるの」

「君はあれですね。皆さんに優しくする分、俺でバランスをとるのが上手ですね」


 確かに昨日、ひどいことをしましたけれど。

 だからといって、反撃が苛烈なのです。


 机をプールに投げ込んだり。

 石抱いしだきを現代に復刻させようとしたり。


 そのくせ、別段怒ったりせず。

 普通にしゃべって接していることが。

 より一層恐怖を煽ります。



 ……まあ。

 怒っている暇なんか。

 どこにもありませんけどね。


 今も、大道具をフル回転でこさえるチームと。

 学校中走り回って、説得してまわるチームとが。

 目まぐるしく働いているのです。


 さあ、俺たちも。

 頑張らないとなのです。


「野球部か……、秋山、知り合いいない?」

「いることはいますけど、無理を聞いてくれるほどの仲では無いのです」

「穂咲は?」

「えっと、こないだ知り合いになった一年生の……、あの子、なんつったっけ?」

「俺に聞かれても知りませんよ。ヒント無いの?」

「サムゲタンみたいな名前の子」

「………………丹下さん?」

「それ!」

「まず謝れ」


 酷い。


 結構インパクトあったのに。

 お名前を忘れちゃうなんて。


 ちゃんと覚えておいてくださいな。

 俺が初めてサインをあげた子なのですから。


「俺の白雪姫姿に憧れた子が、野球部に関係あるのですか?」

「あの子、マネージャーさんなの。きっと道久君が頼んだら頑張って説得してくれるの」


 そううまくいきますかね。

 しかも、一度サインをしてあげただけという付き合いの彼女に。

 面倒なことを押しつけるようで気が引けるのです。


 そんな気持ちで渋っていると。

 野口さんが、首に腕を回してきたのですが。


 どうしました?


「あーきやま! もてるわね~!」

「もてるというか、丹下さんの感性がおかしいだけなのです」

「でも、可愛い子なの。道久君に夢中なの」

「あーきやま~!」


 どうなんだよ~と、俺に絡み着いて。

 嫌がらせをする野口さんなのですが。


 丹下さんの事よりも。

 君にそんなにくっ付かれる方が。

 断然ドキドキしてしまうのです。


 やめてくださいな。

 瀬古君が渋い顔になっちゃってますので。


「で、では早速交渉してきます。野球部」


 ここは逃げの一手。

 俺は慌てて立ち上がって。

 野口さんの腕から逃げ出しながら。


「えっと……、野球部は恒例のバッティングセンターをやるのですよね? そこでD・G攻略の鍵になる竹やりを景品にしてもらうよう交渉すればよいですか?」

「ん。違う。今年は空き教室を半分使って、アロマ占いをする、みたい」

「うそ!?」


 五分刈り頭でアロマ占い?

 何て似合わない。


 いえ、それよりも。

 だったらどう変更したら?


 悩む俺に、瀬古君の助け舟。

 助かるのです。


「じゃあ、ゲームのヒントをそこで渡してもらうようにしよう。占いのついでに、ゲーム参加中のフードと剣を持っている人には、長い棒が吉とか言ってもらうようにすればいいんじゃないのかな」

「ん。さすが銀ちゃん。それいただき」


 なるほど、担当を入れ替えればいいのですね。

 そうなると、竹やりを配る場所は……。


「こら秋山! こっちは二人に任せて、あんたは交渉に行ってきなさいよ!」

「おっと、そうでしたね。でも、一人じゃ不安なのです」


 弱音を吐いた俺に。

 野口さんは、サイドテールを揺らしてやれやれと言ったポーズを取ると。


「頑張って行ってきなさいよ! ご褒美あげるから!」

「はあ。何をくれるおつもりなのです?」

「ん~~~~! チュッ!」


 うわ、どうしましょう。

 投げキッスなんかやめてください。


 俺を相手にそんなことやったせいで。

 瀬古君、へこんでしまったじゃないですか。


 ……さらにその瀬古君の様子を見て。

 坂上さんが何かを察してしまったのか。


 肩を落として俯いてしまいました。



 これは。

 最悪なのです。



「ああもう、ぐずぐず言ってすいませんでした。頑張ってきます」


 こんな空気には耐えられません。

 俺は逃げるように走り出そうとして。


 ……足をひっかけられて。

 転ばされました。


「ぶぎゅっ!? ……野口さん。なんのおつもり?」

「あーわてないでよ! ついでに先生のとこ行って許可貰ってきて?」

「…………え? この大騒ぎの許可、まだ取っていなかったのですか!?」


 俺が、慌てて責任者を探すと。

 教室の隅っこで。

 空き瓶のネックレスを胸に抱いて。

 幸せそうに頬擦りしていました。


「くそう。確かにあれには頼めませんね」

「だーから頑張って?」

「そうは言いましても……」

「そうなの。無茶を言わないで欲しいの」


 野口さんのお願いを断り切れずにぐずぐずしていた俺に。

 穂咲からの救いの言葉。


 いやはや、散々怒らせたのに。

 やっぱり最後は優しい奴なのです。


 が。

 モノには、言い方というものがあるでしょうに。


「だって道久君、きっと交渉も出来ずに先生に立たされるだけに決まってるの。役立たずだから」



 そんな少女の言葉は。

 仮面の剣士の心を救いながら、そして同時に、抗う事の出来ない苦痛を与えるのでした。


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