ベロニカのせい


 ~ 九月十六日(月祝) 不明ですが

    教室の後ろにはあるはず ~


  ベロニカの花言葉 女性の貞節



 数学というものは。

 人によって、不思議な感想を抱くことがあるようで。


 渡さんや六本木君は問題を解くなり。

 「美しい」

 そう評することがあるのです。


 絵画とか、音楽でいうところの。

 「美しい」

 ならば。


 共感できるかどうかはさておいて。

 意味は理解できるのですが。


 数式の、なにが美しいのやら。

 俺にはその一端すら把握できません。



 でも、そんな天才たちなら。

 こんな図形問題。

 簡単に解けるのではないでしょうか。


 そう考えて。

 問題を出してみたのですが。


「どうにもならんぞ」

「どうにもなんないわよ」

「やはりどうにもなりませんか」


 ……学年主席と次席。

 そんな二人でも解答できない問題。


 三角形。


 これはどうにも。

 難問なようなのです。


 ならば、数学ではなく。

 化学で解いたらどうでしょう。


 いつもと違うシチュエーションなら。

 化学変化が起きるかもしれない。


 でも、土、日、月の午前中だけ。

 強引に開催した、日帰り合宿。


 その三日目も終わろうというのに。


「どうにもなんなかったの」

「どうにもならなかったですね」

「どーにもならん!」


 …………最後の一言を発した野口さん。

 彼女の言葉だけ。

 指し示している対象が異なります。


「一体いくらかかるか調べてみようにも、そもそもやれるって言う業者が無い!」


 まあ、当たり前な話なのですが。

 ダンジョンを掘れる業者が見つからず、


 ここに来て、将棋盤が無いでは。

 ゲームなどできないのです。


 これではやむなしと。

 教室だけでやろうと考え直すも。


 ここまで盛り上がった皆さんの希望を。

 半分も叶えることはできません。


「俺達の、最後のひと花! 見たか! 剣とフード、合計二百セット完成だ!」

「最後にひと花! この可愛い屋台で、あたしは絶品焼きそばを作るの!」

「見ろよ! 俺のマジックショー用の衣装! 超イリュージョン!」

「みんな、多過ぎなのです。最後に咲かせたお花」


 最後に一花。

 その言葉に踊らされて。


 すでに自分たちの教室はおろか。

 倉庫代わりの空き教室二つ。

 さらには第二音楽室まで。


 作りに作った大道具小道具は。

 それらすべてを埋め尽くし。


 もはや、明日からどうやって授業を受けるつもりでいるのか見当もつかないありさまなのです。


「……これは、暴動からの分裂という未来しか見えてこないのです」

「文句を言わずに探すの」


 みんなに配ったおにぎりの。

 ラップを回収しながら俺をあおるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪が。

 合宿は、乙女のフェロモン三割増しなる。

 おばさんの、異世界の呪文と共に。

 随分気合いの入った編み込みアレンジで結い上げているのですが。


 みんな、自分のやりたい事を思う存分やっているせいで。

 だあれも見向きもしないその頭に。


 随分寂しそうに。

 青いベロニカが揺れています。


 ……そんな穂咲も、ゴミ捨てを終えると。

 慌ただしく、携帯で建築会社へ電話するのです。


 普段なら、もっとお気楽に。

 どーにでもなるさと。

 神尾さんに丸投げするのが我がクラスだと思うのですが。


 実行委員と、手の空いた幾人かのメンバーが。

 真っ青な顔をして、必死になる理由。


 それは。


「……君が取っちゃダメなのです」


 穂咲の首には。

 空き瓶が、がらごろと異音を放つネックレス。


 その呪符を剥がしてしまったことにより。

 今年は、早々と登場なのです。


「ふっふっふ。……あと一週間で、何をどうする気なのかしら?」

「ちゃ、ちゃんと業者を探します!」

「なんとか穴を掘ってみせます!」


 ブラックカミオンが。

 鞭に見立てたピンクの毛糸で。

 みんなをぴしぴし撫でて歩くのです。


「また君は、無茶な方法で覚醒させてしまいましたね」

「こうでもしないと、みんな必死にならないの」


 まあ、確かに。

 誰もがダンジョンの件は神尾さんへ押し付けて。

 自分の作りたいものに没頭していましたもんね。


 この神尾さんの姿に気付いた人は皆。

 慌てて携帯を引っ張り出して。

 心当たりに確認するのです。


 ……でも。


 金額的にも時間的にも。

 無理に決まっているのです。


「道久君、ちゃんと業者を探すの」

「無茶ですよ。去年みたいな偶然、今年は期待できません」

「むう……。それなら、せめてもう一個の大問題を何とかするの」

「なんのことです?」

「三角形」


 ああ、そうですよね。

 穴の件と比べれば。

 小さなことのように思えてしまいますが。


 当の本人たちにとっては大問題。

 手を抜くわけにはまいりません。


 でも、正直。

 俺がどうこうできるはずは無いのです。


「穂咲も手を貸してくださいよ」

「……無理なの」

「何とかするって明言したのは君なのです」

「残念ながら、ごはんの準備しなきゃなの。あとは道久君が何とかするの」

「逃げなさんな! お昼、食べたばっかりじゃないですか!」


 今から作るって。

 父ちゃんのカレーじゃあるまいし。


 逃げようとする穂咲の。

 腕を捕まえてみたものの。


 こいつは、意外にも。

 ふるふると首を振るのです。


「逃げるんじゃなくて、ほんとなの。必要になるんだって、いいんちょが。……違った、デス=カミオンが」

「酷い呼び方しなさんな。それより、必要になるってことは……」

「穴の掘り方が決まるまで、帰さないわようふふふふって」

「まじか……」


 こうして、三連休の最終日は。

 クラス一丸となって。


 穴を掘ってくれる業者探しに没頭することになったのでした……。



 ~🌹~🌹~🌹~



 今、教室の写真をカメラで撮って。

 コンテストへ応募すれば。

 金賞間違いなしでしょう。


 そんな作品のタイトルは。

 もちろん。


 『絶望』


「ダメだ……。やっぱ無理だぜ」

「こっちも。一億円くらいかかるって言われた」

「そもそも、一週間って言っただけで電話切られる」


 総勢三十二人。

 心当たりに電話をしまくっても結果は得られず。


 徒労に終わった六時間。

 一斉に、至る所でお腹の虫が鳴り始めます。


 すると、そんなタイミングを見計らって。


「おまちどうさまなの」


 教室の扉が開かれるなり。

 漂う香りが、お祭りムードを復活させます。


「カレー!」

「いいね!」

「すきっ腹にこいつは堪らん!」


 給食係の元へ、誰もが殺到すると。

 きっちり一列に並ぶよう、穂咲がいくら命じても。


 誰も言うことを聞かない有様。


「やれやれ、じゃあ早いもん勝ちでいいの。そんかわり、お代わりは全員に配ってからってルールは守るの」


 穂咲はため息と共に。

 ホカホカご飯がよそわれた皿へ。

 カラッと揚がったカツを乗せました。


「カツカレーですか。これは嬉しいですね」

「はいなの」


 俺も給仕側の手伝いをしようと。

 穂咲の横に並んだのですが。


 この人。

 カレーもかけずにお客様へ渡そうとしているのです。


「それ。カレーがかかってません」

「ふっふっふ。ところがどっこい」


 ……そのドヤ顔、まさか。


 最初のお皿を受け取った柿崎君。

 カツにスプーンを入れるなり。

 叫び声をあげたのです。


「中からカレーが溢れ出してきた!」

「こんなの、どこのカレーショップでも見かけない世紀の大発明なの。早速、特許を取りに行くの」

「……そうですね。カレー屋さんで見かけたことはありませんね」


 毎日。

 パン屋かコンビニでは見ますけどね。


 まあ、カレーパンだって。

 十分おかずになるので構わないでしょう。


 そして、野獣のような第一陣に皿を配り終えて。

 比較的静かな第二陣へカレーパンライスを配りながら。


「ねえ、ダンジョン、どうなったの?」


 穂咲がみんなへ訊ねるのですが。

 誰も返事をいたしません。


「酷な事を聞くやつですね。もっと簡単な質問からにしないとショック死してしまうのです」

「じゃあ、ダンジョンってなんなの?」


 ……まあ、簡単なことから聞けとは言いましたけど。

 一同揃ってため息です。


「さすがにご存知でしょう。ゲームとかやってるでしょうに」

「そうじゃなくって、定義とか」


 定義?

 それを聞いてどうします?


「……細長い通路があって、分かれ道とかあったりして、部屋があったりして」

「うん」

「で、上へ下へ繋がってる階段があって、モンスターが出る」

「……毎日通ってるの」


 は?


「君はこの忙しい時期にゲームをやり始めたのですか?」

「違うの。校舎の話をするから、そう答えただけなの」


 何を言っているのです。

 校舎じゃまるきりあべこべです。


 それに、細長い通路……、は、有りますけど。

 分かれ道も……、有りますけど。

 部屋……、も、有りますね。


「ん? それに、上へ下へ繋がってる階段もあって……」

「毎日モンスターが出現して、道久君を廊下に立たすの」


 あれ?


 ……これって。

 何とかなりそう?


 クラス一同。

 揃ってしばらく首をひねり。


 そして、目を見開いて。

 同時にスプーンを穂咲へ向けて。


「「「それだ!」」」


 一斉に叫ぶと。

 このお手柄娘は。

 カレーパンを、ささっと手で隠すのです。


「この特許は誰にもあげないの」

「「「いいから寄こせ!」」」

「いやなの。ライスオンカレーインカツカレーウィズライスに目玉焼きを乗せて、ぼろもうけする予定なの」

「……穂咲。そっちじゃない」


 俺の指摘に。

 穂咲はみんなのスプーンが指す先を目で追って。


 てんてんてんの先の矢印が。

 隠したカレーパンではなく。

 自分の胸に向いていることに気が付くと。


「…………おっぱい?」

「どうしてそうなるのです!?」


 おバカな発言のせいで。

 クラス中から、男子の視線が穂咲のペッタンコへ向けられたのですが。


「ちょ……! これも特許出願中ですのでダメですよ!?」


 穂咲がカレーパンを手で覆うのと同じ要領で。

 俺も慌てて、両手で隠します。



 …………ん?


 あれ?



 これって……。


「ふんぎゃあああああああ!!!」

「うわわわわ! ごめんほさごはもがっ!?」


 穂咲はカレーパンを俺の口へ突っ込むと。

 悲鳴を上げて。

 教室から逃げて行ってしまいました。



 ……もちろん俺は。

 罵声とスプーンを投げつけられながら。


 廊下へ向かったのでした。



 でも、これで方向性は見えましたね。


 俺たちのクラスなら。

 最後にひと花、ぱーっと咲かせることが出来そうなのです。



 さあ、明日から。

 忙しくなりそうなのです。



「秋山! 罰として洗い物は一人でしなさいよね!」

「あと、すぐに藍川へ謝ってこい!」

「その場で逆立ちして反省しながら!」

「学級日誌に今日の件は自分でしっかり書いておけ!」



 …………明日から。

 忙しくなりそうなのです。

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