ベンケイソウのせい


 ~ 九月十三日(金) 14センチ ~


 ベンケイソウの花言葉 信じて従う



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その休憩室。


「はかどったー!」

「ん。飲み物も美味しい静かなワークスペース。いい感じ」


 静かなのにしゃべって良くて。

 気兼ねなく資料を広げることが出来て。

 その上、飲食自由な場所。


 俺たち文化祭実行委員は。

 最後の調整会議と銘打って。


 この、会議にうってつけな場所へ。

 お邪魔しているわけなのです。


 用事で不参加の神尾さんを除き。

 野口さんと瀬古君。

 そして坂上さんとともに。


 今、ようやく。

 ゲームの全容が決定したのです。


「みんな、おつかれ~!」

「ん。さくさくも、お疲れ」

「ご苦労様なの。これ食べて休憩するの」

「どうして君だけ上から目線なのです?」


 お疲れさまとご苦労さま。

 未だに使い分けを知らずに。

 小首を傾げるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をつむじの辺りにお団子にして。

 そこに、ピンクのぼんぼりのようなベンケイソウを三本挿して揺らしているのですが。


「言葉使いは、出会って来た方々を。マナーは親を。君自身じゃなくて、君の周りの皆様をおとしめることになるのです。注意なさい」

「……マナーはいい方なの」

「その大量のハンバーガー、どうやって手に入れてきたのです?」


 マナー以前の問題なのですよ、この世紀の大泥棒。


 そんな盗品を。

 美味しそうに召し上がる皆さん。


 ひと段落ついたと。

 揃いも揃って現実逃避されていらっしゃいますが。


「……結果、最も肝心なところがまったく進んでいないのです」

「う」

「う」

「ん」


 俺の言葉でポーズボタン。


 ゲームの内容、戦闘のルール。

 チェックポイントとチェックシート。

 アイテムをどうやって手に入れるのか。


 確かに、肉付けは完璧に仕上がりました。


 でも。


「肝心の骨がないではどうしようもない。……ダンジョン、どうやって掘るおつもりなのです?」

「う」

「う」

「ん」


 そうだったの、ではなく。

 君もちょっとは考えなさいな。


「穂咲は、なにかいい方法思い付かないのですか?」

「ちょっと待つの。この、秋の新作柿の葉ライスバーガーを食べてから考えるの」

「いえ、待つのは君なのです。何個食べる気?」


 気付けば、呆れるほどの包み紙が君の前に転がっていますけど。

 遠慮とか容赦とか。

 おばさんのお腹に置いてきちゃったの?


「太りますよ、そんなに食べたら」

「平気なの。もう秋冬だから」

「平気なわけ無いのです」

「そうじゃなくてね? 夏毛、冬毛ってあるでしょ?」

「なんの話です? 犬?」

「それとおんなしで、女の子には夏おなかと冬おなかがあるの」

「ないです」


 呆れたことを言い出して。

 まあるくなった冬おなかをポンと叩く穂咲。


 そんな姿を。

 みんなで楽しそうに笑って見ているのですけれど。


「笑っている場合ではなく。ほんとにどう掘る気なのです?」

「う~ん…………。小道具作りもあるし、クラスの皆から、力を借りるついでに知恵も借りようかしら?」

「どういう事です、野口さん」

「三連休の間、合宿でも開こうかなーって思ってね!」


 この宣言に。

 一同揃って渋い顔。


「……受験組は、勉強したいだろうし」

「ん。それに、平日はみんな、目いっぱい作業、してる」


 当然の反論をした瀬古君と坂上さん。

 でも、そんな二人の考えを。


 あっという間に揺るがす一言が。

 野口さんの口から飛び出したのです。


「なーんでよ、いいじゃない合宿。なんだか、恋の予感とかしない?」


 びくっと体を硬直させて。

 二人がチラリと視線を送る先。


 坂上さんは、瀬古君を。

 瀬古君は、坂上さんを。


 そしてお互いに視線を泳がせながら。

 野口さんへ向けて、コクリと頷いたのでした。



 ……やれやれ。


 合宿、いらないのではないでしょうか?



 微笑ましい光景に。

 なんだか俺はうきうきしていたのですが。


 居づらくなったのでしょうか。

 坂上さんが席を立ちます。


「ん。お、お化粧室」

「あーたしも!」


 そして野口さんも彼女の後に続いて。

 仲良く休憩室を出て行ったのです。


「お上品ですよね」

「……ほんとだよね」


 言葉使いと言い。

 立ち居振る舞いと言い。


 人気も納得なのです。


 そんな気持ちで瀬古君と二人。

 小さく頷きを交わしていたら。


「あたしだってあれくらいできるの」


 どういう訳か。

 参加資格もなさそうな子が。

 競技場に迷い込んできたのですけど。


「……じゃあ、同じようにやってみなさい」

「こほん。……ちょいとお便所に」

「失格です」


 そしてまっとうな判定に。

 ふくれっ面で抗議するのです。


「さっきも言いましたが。言葉使いは、出会って来た方々を。マナーは親を映す鏡なのですから、ちょっとはまともにしなさいな」

「わかったの、まともにするの。じゃあ、瀬古君」

「なに?」

「ぶっちゃけ、どのくらい好きなのか言っちゃいなよ、ユー」


 それのどこがまともなのさ。


 呆れて物も言えませんが。

 でも、俺も確かに気になるところ。


 ここは穂咲を止めずに。

 瀬古君の返事を待ちましょう。


「好きというか……、こうして一緒に仕事してて、いい感じというか……」

「それを好きと呼ばずして何と言うのさ、ユー」

「さすがに突っ込ませてください。それ、やめて」

「す、好きなのかな、やっぱり……」


 穂咲の妙な言葉遣いは気にもならないのか。

 瀬古君は、真っ赤になってもじもじとしているのです。


「そういう事なら、あたしにまかしとけばいいのさ、ユー」

「え? ……ほんとかい? 僕、信じるよ?」

「もちろんなの。信じてくれて構わないぜ、ユー」


 そしてぽふんと胸を叩く穂咲ですが。

 お節介おばさん的な感じですけど。

 まあ、正直俺もお節介を焼きたくなっていたところですので。


「そうですね。こいつを信じて従うといいのです」

「わ、わかった……、お願いします……」


 気弱な瀬古君を。

 後押ししてあげることにしたのです。


 ……が。


「僕、こういうの苦手だから……、助かるよ」

「お相手も、優しい方だからお似合いですよね」

「そ、そうかな? 気の強いところに惹かれたんだけどね? さっきも、恋の予感がするから合宿しようとか言い出すし……」


 ん?



 んんんんんんん!?



 瀬古君の口から。

 不穏な言葉が飛び出してくると。


 今まで偉そうにふんぞり返っていた穂咲が。

 目を丸くさせて俺を見つめます。


 いや、そんな顔しなさんな。

 俺だって負けじと同じ顔で対抗です。


「……え、えっと、そそそそうですよね! たしかに、き、気の強いところ有りますよね………………、

「うん。そこがどうしようもなく魅力的で……? どうしたの、藍川さん」

「き、急に厠へ行くことになったから、後は道久君に頼ると良いの!」


 そして穂咲が慌てて逃げ出して。

 瀬古君が、お願いしますと俺に頭を下げるのですが。


 ……ねえ、穂咲。

 こんなの、どうしろって言うのさ、ユー。



 仕方がないので。

 もはや、どうとでもなれという気持ちで。


 俺は、合宿開催を告げるメッセージを。

 神尾さんへ送りつけたのでした。



 すると、胃薬のスタンプが送られてきたのですが。


 ……そのビンに。

 俺もお世話になりそうなのです。

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