ホウセンカのせい


 ~ 九月十八日(水)

 昨日は何もしてないでしょうに ~


 ホウセンカの花言葉 心を開く



 連日の流れで、面白がって。

 俺の席を隠したこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を鉢植えの形に結った悪魔は。


 ホウセンカの花を揺らしながら。

 今はキョウジングルックに身を包みます。


「さてロード君! 今日は目玉焼きハンバーグなのだよ!」

「美味しそうなのですが。俺はまだ許しちゃいないのです」

「あんな目立つところにあったのだ。気付かぬ君が悪いのだろう、ロード君!」

「確かに正門の脇に置いてあったのですぐに目に入りましたけど。誰かがイタズラで『受付』なる札を立てたものだから見事に騙されたのです」


 俺の机だと気付けなくなった装飾は。

 確かに教授のやったことではないにせよ。


 元をただせば。

 全部君のせい。


「面白そうだな。明日は俺にもやらせろ」

「やめなさいよ隼人。秋山が床に座って椅子に教科書並べてる姿、不憫でしょうがなかったわ。……穂咲、ちゃんと謝ったの?」

「うう。……ごめんなさいでしたなの。明日は、もっと笑えるとこに隠すの」

「俺がそこを責めていると思っていた事にほんのり驚愕です」


 まったく。

 確かに、このお祭り騒ぎの間。

 勉強など手にはつきませんが。


 だからといって、毎日机を探して走り回る身にもなって下さいな。


「ああもう、ご飯の時にケンカや諍いは無しにしましょう。美味しく食べなきゃもったいないのです」

「そういう事なのだよロード君! 今日は、ドミグラスソースがこりゃまたびっくり仰天ってほど美味くできてね!」

「それは楽しみなのです。では、いただきます」


 教授と一緒に手を合わせると。

 六本木君と渡さんも手を合わせてからお弁当の包みを開きます。


「……藍川。ほんと美味そうだな、それ。おかず交換してくれ」

「交換なんてしたら、六本木君のお母さんに悪いの。好きなだけあげるの」

「ほんとか? では早速…………、うおっ!? うめえ!」

「香澄ちゃんもどうぞなの」

「…………うそ。ほんと美味しい」


 そりゃあそうでしょうとも。

 美味しくて当然なのです。


 俺は、教授の特訓の成果を。

 散々味見をして来た、その最終形を口にしながら。

 納得の頷きを一つするのでした。


「うん、美味いのです。散々頑張りましたもんね」

「そうだとも! 目玉焼きとの相性を考慮して、試行錯誤を繰り返した品なのだからな!」

「でも、やっぱり違うと思うのです」

「何がだね!? 忌憚なく言ってくれたまえロード君!」


 確かに。

 目玉焼きとの相性バッチリ。


 これ以上ないってくらいに美味しいのですが。


「……目玉焼きハンバーグは、ハンバーグの上に目玉焼きが乗っているべきだと何度も言ったはずです、教授」

「それは違うぞロード君! これは、目玉焼きにかけるトッピング!」

「トッピング、目玉を潰しちゃってますけどね」


 まあ、潰れた黄身が絶妙に絡まって。

 ハンバーグをより一層美味しくさせているので文句があるはずも無いのですが。


「……いや、ケンカや諍いをやめようと言ったばかりですし。美味しくいただきましょう」

「むむ、確かに。では、お箸で食べるかね、ロード君?」

「確かに苦手ですが、今日はナイフとフォークで行ってみましょう。ごはんもお皿によそってあるわけですし」


 この目玉焼きハンバーグ。

 ご飯との相性もバッチリで。

 ついつい食べ過ぎてしまうのですが。


「ナイフとフォークならがっつくこともできませんから。丁度いいのです」

「先日言っていたからな。マナーは親を映す鏡だったか?」

「そうなのです。フォークの裏にごはん盛るの、なかなか骨ですし」

「え? 正しいマナーは、フォークの表に盛るの」


 いつもの口調に早変わりして。

 きょとんと小首を傾げる教授なのですが。


「裏ですって」

「表なの」

「裏」

「表」


 そしてきっかり十秒にらみ合った後。

 同時にジャッジへ首を向けます。


「え? ……どっちでもいいんじゃなかった?」

「違います。裏なのです」

「違うの。表なの」


 審判の曖昧な判定に。

 結局耳も貸さず。

 再びにらみ合っていると。


 六本木君が、珍しくまともなことを言って。

 この場を丸く収めてくれました。


「いいじゃねえか、どっちだって。それよりお前らの諍いが、ハンバーグを不味くさせてる方がよっぽどマナー違反じゃねえのか?」


 ニヤリと笑いながらから揚げを頬張る六本木君。

 君の言う通りなのです。


「確かに」

「おっしゃる通りなの」


 俺達は、そろってありがとうと頭を下げた後。

 俺はフォークの裏に。

 教授はフォークの表にご飯をよそって。


 諍い無く。

 仲良く。


 二人ともフォークの出っ張った側へ乗せたご飯を。

 大きく開いた口へ運ぼうとちょっと待てーい。


「教授! 結局フォークの裏に乗せてるじゃないですか!」

「なに言ってるの? こっちが表なの」

「そっちが裏でしょうが」

「こっちが表に決まってるの。へこんでる側が裏なの」

「違います。出っ張ってる側が裏です」

「違わないの」


 呆れながら大笑いする二人をよそに。

 再びケンカが始まったのですが。


 そんな小さな諍いが。

 大きな諍いによって。

 あっという間に停止してしまいました。



 ……教室の中ほど。

 野口さんと瀬古君、そして坂上さんが。

 机に資料を広げて打ち合わせをしていたのですが。


 どうやら、坂上さんと意見が割れた野口さんが。

 興奮して、席を立って叫んだのです。


「こーっちの方がいいに決まってるでしょ!?」

「ん。ここは譲れない。ゴーストにも救いを持たせるのが、銀ちゃんの想い」

「ぜーったいそんなこと無い! いちいち敵を救い続けたって、お客さんは楽しくないわよ!」


 そして野口さんは。

 オロオロするばかりの瀬古君をにらみつけて。


「瀬古はどっちを取るのよ!」


 ジャッジ、を原案の瀬古君へ委ねたのです。



 ……ケンカや諍いは。

 ご飯を不味くさせてしまうばかりか。


 生活を。

 人生を。


 とても暗いものにさせるのです。


 さらに。

 それが三角形の場合は。


 どちらの手を握っても。

 ……たとえそれが。

 愛ゆえの選択だとしても。


 三人、全員が。

 誰も幸せになれない。

 そんな辛い結末しか訪れないのです。


「…………の、野口さんの意見でいいんじゃないのかな?」

「ん。良くない。今のは、銀ちゃん自身の意見じゃない。後悔、する」

「で、でも……」

「ちょーっと、どういうこと? あたしの機嫌取りたいからあたしの意見に乗ったって意味!?」

「そ、そうじゃなくて……」

「もういい! これ一つにかかずらってたら一生終わらないわ! 次!」


 そして三人は。

 居心地の悪い空気を漂わせながら。

 黙々と作業を続けるのでした。



 ……分かってますよ。

 だからそんなに悲しそうに。

 袖を握らないで下さい。


 君だけではなくて。

 事情を知っている六本木君と渡さんだって。

 俺だって。


 同じ気持ちなのです。



 なんとかしないと。


 でも、三角関係に。

 答えなんか、見つかるのでしょうか。



 ……三人の気持ちを感じながら。

 悩みながら食べたハンバーグは。



 特訓中の失敗作より。

 味気ないものになったのでした。


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