ヒョウタンのせい


 ~ 九月三日(火) 休み ~


 ヒョウタンの花言葉 円満



 季節を間違えたひょうたんの白いお花が。

 ゆらゆらと、秋風に揺られています。


 いえ。

 秋風と呼ぶには。

 ずいぶんと熱いのですけれど。



 ……そんな、残暑厳しい秋の日に。



 穂咲は。

 学校をお休みしました。



 晴花さんから届いたメッセージ。

 任せておけと、短く一言。


 誤解については納得しているようなのですが。

 随分とショックを受けたようで。


 今日は一日、ぽっかりと空いていたお隣の席。

 悪いことをしたのです。



 そんな俺が準備した。

 せめてものお詫びの品。


 手に提げたショートケーキは。

 奮発して四個入り。


 収入など期待できない時期を迎える前。

 手痛いことは手痛いのですが。


 ここまでする理由が。

 じつはもう一つありまして。



 すぐに消去するよう言われているメール。

 ここ数日、ちまちまと集めていた人気投票の結果。


 それを確認して。

 一人、もやもやとする俺なのです。


 男子全十六名。

 三名の方のお名前を書くというルール。


 合計四十八票の内訳は。

 このようになったわけなのですが。



 新谷 8

 原村 6

 日向 6

 小野 5

 坂上 5

 神尾 4

 藍川 3

 宇佐美 3

 野口 3

 椎名 1

 妹尾 1

 三井 1

 依田 1

 冷泉 1



 ……七位タイ。

 この、微妙な順位。


 先日、お調子者トリオが話していた。

 ねらい目と思われそうな位置。



 しかも。


 三票も入っている訳で。



 三票。


 ふむ。


 三票。


 ふむ。



 俺の他に。

 二人。



 得票結果を見つめる度に。

 もやもやとしたものが胸に湧き。


 結果として。

 ケーキは四個。


 まあ、釘を刺そうという思惑はさておいて。

 これがあれば、謝りやすいですし。


 でも、まっすぐ帰るのも勇気がいるので。

 任せておけと言っていた晴花さんに。

 なにかアドバイスをもらおうと。


 ワンコ・バーガーへ足を踏み入れるなり……。


「ややこしいんだよてめえ! 勘違いしちまったじゃねえか!」

「そうだぜおっさん!」


 どえらい剣幕で叱られたのでした。


「仕事の話に付き合えって言ってたとは思わなかったぜ……」

「にしたって、お花先輩を悲しませるんじゃねえよ!」

「そうだ! 今度やったらぎったんばっこんにしてやるからな!」


 カンナさん。

 それを言うならぎったんぎったん。


 あるいは。

 もしも言い間違えでは無かったら。


 シーソーにされてはたまらないので。

 素直に頷いておきましょう。


 そんな二人の後ろで。

 のんびりと紅茶をすすってる人が。


「噂をすれば。ばかばか久君の登場なの」

「夕方にパジャマで出歩く人にバカと言われたくないのです」


 パジャマにつっかけ。

 既におばさん化が始まっているこの人は藍川あいかわ穂咲ほさき


 それにしても。

 口は悪いですが。

 穂咲から話しかけてくれたので。


 胸のつかえが。

 すーっと取れたのです。


「道久君、分かりやすいわね」

「何がです? 晴花さん」

「顔。この世の終わりみたいな顔が、あっという間に幸せいっぱい」

「そんなこと無いのです」


 いけないいけない。

 気を付けないと。


 ヘタに弱みを見せたら。

 あっという間にすべてをむしられます。


 休憩中の晴花さんのお向かい。

 穂咲の隣に腰かけると。


「ちゃんと、全部話しておいたよ?」


 いつも通りの晴花さんが。

 優しい笑顔と共に言ってくれました。


「わざわざ済みません。俺の失態を……」

「気にしないでいいわよ。それより穂咲ちゃんも仲直りしたいらしくて。花瓶持って来てくれたんだよ?」


 そんな言葉にもじもじと。

 穂咲がテーブルの上に置いたのは。


 陶芸体験の時に作った。

 二番目のお気に入り。


 昨日、無残な姿になってしまった一番のお気に入りと違って。

 顔程の大きさがあるので。


 ちょっと今回の用途には向かないのですが……。


「ありがとうございます。俺がひどいことしたのに、貸してくれるなんて」


 素直にお礼を言うと。

 穂咲はちょっと顔を赤くさせて。

 口元を緩ませながら。

 何かを言おうとしているのですが。


 優しい言葉を期待して待っていたら。

 また、変なことを言い出しました。


「……こいつが欲しくば、あたしを嬉しい気分にさすの。十点分」

「点数の基準がさっぱり分かりません」


 何を十点ためればいいのか。

 見当もつきませんが。


 ひとまずこれでも出して。

 加減を確認しましょう。


「はい。お詫びとお願いを兼ねて、これを買って来ました」


 真っ白い手提げの箱は。

 魔法のアイテム。


 ちょっと気まずい空間を。

 取り出すだけで。

 幸せ色に塗り替えます。


「よっつも入ってるの! こいつはポイント高いの! 三点差し上げるの!」

「そりゃあよかった。おじさんの分も入れといて正解でした」

「ちゃんと人数分! あたしの分とパパの分とママの分とあたしの分!」

「一個は俺のと言うつもりでしたが、君が二人いるのではやむなしなのです」

「早速一個食べるの。道久君は、もう三点あげるから紅茶を持って来るの」


 やれやれ。

 十点までの道は厳しそう。


 今日は散々いいように使われそうだと。

 ため息と共に戻ってみれば。


「はい、半分にしといたの」


 優しい笑顔と共に差し出された俺の分のお皿。

 そう、こいつはこういうやつなのです。


 俺は珍しく。

 素直に。

 思ったままの言葉を口にしました。



「……上下」



 確かに半分ですが。

 なんたる傍若無人。


「パンではなく。ケーキを食べたい気分なのですが」

「そんな事より、一個は晴花さんにあげなきゃダメなの」

「わたし?」


 穂咲はケーキをもう一つ取り出すと。

 晴花さんの前に差し出しながら。


「道久君のお願い、あたしからもお願いしますなの」

「う、そう来たか。でも……」

「晴花さんの写真、凄く好きなの。その腕前があってこそ、道久君の夢、現実になると思うの」

「でもね? そうすると、私と道久君が一緒に仕事することになるんだよ?」

「ぜひともそうしてあげて欲しいの」


 穂咲が頭を下げたので。

 俺も、慌てて頭を下げると。


 晴花さんは、ちょっぴりだけ譲歩してくれたのです。


「うーん…………、ひとまず、今週末はお付き合いしてみるわ」

「本当ですか!?」

「ありがとうなの。ほら、道久君は紅茶淹れてくるの」

「お任せあれ!」


 そして、紅茶とケーキを前に。

 未だに渋い顔をなさる晴花さん。


「でも……、大丈夫なの?」

「ええ。二十か所ほど回ったうち、一番のご理解をいただいたところですので」

「じゃあお仕事の話はご納得いただいているの?」

「いえ、具体的には話し合わないと。先方の望みと俺の夢、いい落としどころが見つかればいいのですが……」


 いまいち絶対とは言い切れない。

 俺の曖昧な返事に。


 晴花さんは。

 さらに表情を曇らせたのですが。


「まあ、これさえあれば一発でうまくいくの」


 そう言いながら。

 穂咲が自慢の花瓶を撫でると。


 晴花さんは途端に目を細めて。

 嬉しそうに言うのです。


「……ええ、そうね。穂咲ちゃんの想いと一緒なら上手くいくわよね」

「おも……? ううん? 全然そんなの無いの」


 そしてわたわた慌てる穂咲が。

 花瓶を持ち上げて右往左往。


「隠さなくったっていいのに。道久君と仲直りしたいって、それを持ってここに来たんじゃない」

「え? そうなのですか? じゃあ素直に貸してくれれば……」

「ちが……! こ、これは、こうするために持って来たの!」


 がしゃん!


 そして振り落とされた鈍器が頭にヒット。

 そう言えば、去年の文化祭準備の間も。

 毎日こんな目に遭っていたような。


 ……俺は、薄れる意識の中で。

 六点も稼いだポイントが。

 晴花さんのせいでゼロになったことを知ったのでした。


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