アスターのせい


 ~ 九月二日(月) 3センチ ~


 アスターの花言葉 さようなら



 瀬古君の物語を読んで以来。

 急にご機嫌になったようで。


 ぶり返しの暑さになった日曜には。

 我が家までわざわざ。

 冷やしたぬきそばを作りに来てくれたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 でも、母ちゃん曰く。

 穂咲が俺のためにお昼ご飯を作るのは義務らしく。


 そんな言葉に喜びどころか。

 恐怖を感じていたら、案の定。


 俺から穂咲へは。

 それ以外をなんでもあげねばならないとのことで。


 とりあえず、お蕎麦一杯五百円。

 父ちゃん、母ちゃん、俺、そして穂咲とおばさんの分まで。

 二千五百円を支払うことになりました。



 穂咲の分まで払うの。

 なんか納得いかないのですが。


 まあ、随分と楽しそうに。

 一緒にお蕎麦をすすっていたので。


 そんな笑顔に払ったのだと考えましょう。



 ……さて。

 明けて本日、月曜日。


 やはり一日ご機嫌に過ごしたこの子は。

 つむじのあたりで結ったお団子に。

 大量に生やしたカラフルなアスターを揺らしながら。


 駅からの帰り道を。

 楽しそうに歩くのです。


「だからね? まつりんは瀬古君が気になってると思うの」

「さっきから言う通り、俺にオトメゴコロは分からんのです」

「瀬古君はどう思ってるのかな?」

「…………秋山にはオトコゴコロだって読めるはずないと思ってるのではないでしょうか」


 まあ、一番は。

 君の心がさっぱりわからないのですけれど。


 なんで君は。

 あの物語を読んでから。


 席を三センチに近づけて。

 ご機嫌をメロディーに乗せて。

 ふんふんと歌い続けているのです?


 そこには。

 首をひねることになりましたけど。


 君の歌も。

 あの物語も。


 どちらも俺を幸せにしてくれましたし。


 何も気にせず。

 頑張ることにいたしましょうか。


「道久君。卑怯な手段、順調?」

「そうですね、大体三分の一はダンジョンRPGへ投票してくれるはずです」


 脅迫、贈賄、なんでもござれ。

 とは言えほとんどの方は。

 あのシナリオをご覧になると。

 喜んで応援しようと言ってくれたのです。


「まだまだ頑張んなきゃなの」

「そうですね、みんなが納得してくれるまで……、おっと。俺はここに用があるので先にお帰りなさい」

「ワンコ・バーガーに用事?」

「はい。俺の将来のために必要な事なので、こちらも頑張らないと。……あ、それで思い出しました。花瓶、貸して欲しいのですけど……」

「喜んでお貸しするの。でも思い入れがあるから、大切に扱うの」

「そりゃもちろん」


 やっぱり。

 頼み事は機嫌がいい時に限りますね。


 あれだけいやだと言っていたのに。

 こんなにあっさりオーケーしてくれるなんて。


 今日の俺は。

 穂咲のおかげで絶好調。


 だからきっと。

 こちらもあっさりとオーケーを貰えることでしょう。


 穂咲と別れてワンコ・バーガーへ入った俺は。

 開口一番、いつものセリフを口にします。


「晴花さん! 今日という今日は……、西洋甲冑!?」


 驚いた。

 いえ、驚きを通り越して。

 呆れる俺がいます。


 ひし形で構成された。

 銀の全身鎧が。


 赤いひらひらの付いた槍を片手に。

 レジに立っているとかさすがにいい加減にしろ。


「……そうまでしてレジ前から動きたくないのですか、晴花さん」

「ハルカさんって、ダレのコト?」

「だったら兜を外してごらんなさい」

「わたーし、イギリスのヨロイだからナカノヒトなんてイナイヨ?」

「イギリスの鎧には中身が入っていないという事よりも、日本語が堪能なことの方が驚きです」


 晴花さんのお隣りでは。

 諦めきって肩を落としたカンナさんが一人でレジを打っているのですが。


 そういうことなら。

 打ってもらいましょうか、レジ。


 俺は、カンナさんの前に並んだ列をスルーして。

 甲冑の前に立ちました。


「では、穂咲が開発した新製品のパティスリーバーガー下さい」

「…………ソレハ、オススメできないよブラザー」

「ほう、レジを打てないからそんなことをおっしゃる?」

「ウテルヨー。ほんとにオススメデキナイだけダヨー」


 鎧の中で冷や汗でも流していることでしょうに。

 まだがんばりますか。


「ちょっと甘いもの食べたいのですよ」

「あ、アマクないよー」

「ウソおっしゃい。プリンと生クリームが絶妙なハーモニーを奏でるのです」

「キョウのは……、とてもアマクナイノガはさまっテイル」

「じゃあ、何が挟まっているのです、パティスリーバーガー」

「……ぱてぃーがサンマイ」

「いらねえ!」


 トリプルバーガー!


 そんなのこんな時間に食べたら。

 晩御飯が喉を通らなくなります。


「で、デハオキャクサン、マタネー」

「ええい! そんな甲冑で頑張ったところで俺は諦めませんよ!」


 そして俺が、甲冑の腕を引っ張ると。

 いつものように。


 ……いえ。


 いつもと違ってがっちゃんがっちゃん。

 けたたましい音を奏でながら。

 鎧がレジにしがみつくのです。


「いやあああああ!」

「往生際の悪い! 今日の俺はちょっぴりバイオレンスなのです!」

「はーなーしーてー!」

「そういう訳に行きません! 俺と付き合ってください!」

「ひええええええええ!」

「今週末! 結婚式場に、俺と一緒に行くのです!」

「きゃあああああああ!」



 がしゃん!



 …………ん?


 今の、何の音?


 ドアの向こうから聞こえて来た。

 大きな音に。


 全員が身をすくめたまま停止します。


 一体何事なのか。

 カンナさんと鎧が揃って俺を見るので。


 仕方なしに、慎重にドアを開くと。



 ……そこには人っ子一人おらず。



 代わりに。



 焼き物の破片が。



 無残に散らばっていたのでした。

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