ツキミソウのせい


 ~ 八月三十日(金)

   2マス後ろ、2マス右 ~


 ツキミソウの花言葉 無言の恋



「すいません、穂咲のせいで」

「いや、気にしないで。それに秋山君が謝ることでもないのに、優しいね」

「いえいえ、瀬古せこ君の方が優しいのです。お名前は勇ましいのに」

「あはは、名前負けネタはNGで」


 おとなしめだけど明るくて。

 勉強も運動も平均的。


 背も、高くも低くもなく。

 いわゆる、どこにでもいる普通の男子、瀬古君。


 お名前だけは勇ましく。

 銀二ぎんじ君というのです。


 そんな彼の、優しいところに目を付けて。

 この人、今日も勝手に席を交換してしまったのですけれど。


「もう、残ってるのあたしたちだけなの。早く学級日誌書くの」

「日直は君と俺! 君の代わりに瀬古君が書いているなんておかしな話なのです!」


 席と一緒に、日直の仕事まで押し付けた。

 ひどいこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を緩く編み込みにして。

 可愛いツキミソウを活けているのですけれど。


 植木鉢の方は、可愛くないのです。


「まったく。自分の仕事を、よくも平気で押し付けられますね」

「じゃあ、道久君が書けばいいの」

「自分で立たされた理由を自分で書けと? 鬼ですか、君は」

「傑作だったの。効果が感じられない場合は無料で廊下に返品ってくだりが」

「これだけ席が離れているのに、クラッカー鳴らしたのが俺のせいにされるとは思いませんでしたよ」


 ロボは治った穂咲なのですが。

 機嫌の方は、日に日に悪化。


 しまいには、こんなに優しい瀬古君にも当たる始末。


「日誌、もう書き終わるよ。坂上さんも、提出物の回収手伝ってくれてありがと」

「ん。……お安い御用」


 そしてこの人は、文芸少女の図書委員にしてEスポーツ大会では県予選のファイナリストとなった腕前を誇る坂上さかがみ茉莉花まりかさん。


 瀬古君にお礼を言われて。

 恥ずかしそうにうつむくのです。


 そんな清楚な坂上さんに。

 穂咲が袖をくいくい引きながら聞きました。


「まつりんは、文化祭、何が良いと思う?」

「ん……。劇か、ダンジョン攻略ゲーム……」


 そう言いながら。

 瀬古君の方をちらちらとうかがっていますけど。


「ん? なにその目線。瀬古君もそうなの?」

「うん。夏休み前に決まりかけてたダンジョンゲームをやってみたいんだ」

「ああ、いいですよね。お化け屋敷の亜流な感じで」


 剣と魔法を携えて。

 俺たちの待ち構えるダンジョンへ挑むお客様。


 面白そうとは思うのですが。

 そもそも校庭に穴なんか掘れません。


 絶対に無理だと思った俺に。

 瀬古君が手渡してきたものは。

 コピー用紙数枚分の原稿だったのです。


「これは?」

「去年の椎名さんの真似して、シナリオみたいなものを考えたんだけど……」

「へえ! 瀬古君が書いたのですか!?」

「いや、僕はアイデアとあらすじだけ。書いてくれたのは……」

「ん。わたし」


 なるほど。

 お二人の合作というやつなのですね。

 それでは拝見いたしましょう。 


 俺は、おそらくシナリオの冒頭と思しき数枚のコピー用紙をペラリとめくると。


 いきなり違う世界から吹き込んできた。

 激しい夜風に包まれてしまったのでした。




 ~⚔~🔥~⚔~




 新月の森。夜目の通らぬ場所で野営を張ることになったその時に、陰謀に気付くべきだった。

 自らの迂闊に狼狽した騎士団の三個分隊は、数において圧倒的に下回る襲撃者を相手に苦戦を強いられ、今や主の護衛すら投げ出して、燃え盛る炎を背後にやみくもに剣を振り回すのみ。


「ちきしょう! 隠れてないで出てきやがれ! ……ぐはっ!」

「炎を背負うな! 弓でやられるぞ!」


 この火急である。無論鎧など着てはいないが、その黒鉄を彷彿とさせる威風のみで歴戦を物語る男が叫ぶと、火の粉のような狼狽は一気に鳴りを潜めた。


 夜襲を受けた者は、正常な判断ができないうちに味方が次々とやられ恐慌に陥るのが常。そんな者達が落ち着きを取り戻すために必要なのは、ひとかけらの安全。


 野営地の中央へ放たれた炎から離れれば敵から見えなくなる。

 そんな道理で一旦頭を整理すると、自分の命よりも大切な存在にようやく思い当たる。


「ひ……、姫様は……」

「姫様はご無事か!」

「いずこにいらっしゃる!」

「あちらにおわせだ」


 黒鉄の男が指し示す先、炎の近く、無数の矢が付き立った壁が目に入る。

 天幕の継ぎ柱を組んで作った壁の向こう。炎に半身を照らされた片胸鎧の男が慎重に立ち上がると、彼の背からまるで離れるように、ドレス姿の女性が無警戒にその身をさらした。


「ご無事でしたか……! ブランメール侯! 貴兄なら任せられる! 姫様を頼むぞ!」

「承った。敵は八名前後。正面に固まっている」

「よし! 一人たりとも逃がすな! 突っ込むぞ!」

「……生け捕りにできるやつは生け捕りにしろ」


 半数をもクロスボウの餌食になったとはいえ、勝負を揺るがすほどの差はできていない。剣をかざす黒鉄の男を先頭に、騎士たちは一斉に、森へと突っ込んだ。



 ######



 すでに夜は白みかけ、鬱蒼とした森にも根に躓かぬ程度の明かりが届いている。


「よし! 捕まえたぞ!」

「それで全部だな! こちらへ連れて来い!」


 姫を狙って夜襲をかけた者の正確な人数は分からないものの。

 むくろで五、生け捕りで二。

 今ようやく、すべての狂気が止んだのだ。


「……驚くほどに時間のかかった事。わらわの貴重な睡眠時間を何と心得る」


 騎士一同が片膝をつく中、王国の暴姫と悪名高き、カタリーナ・グラン・エクスペリオールは、胸当ての剣士、ブランメール侯バロータを伴って、最初に捉えた男の前に歩み出ると、羽根扇越しに彼をにらみつける。

 すると、皮に骨の張り付くほど痩せこけた男は、半身を起こしてカタリーナへ恨みつらみを声高に語った。


「この悪魔め! お前が成人してから国はめちゃくちゃになったんだ! 国中から小麦を八割も巻き上げておいて、売値は倍にしやがって! 俺たちが一体どんな生活をしているか分かっているのか!?」

「ああうるさい。そこの者。そやつの首を落としてしまえ」


 ……この言葉に、驚愕する者はいない。

 ただ、また始まったかと、苦虫を噛み潰したような顔で俯くのだ。


「どうした? 早くせぬか」

「御意のままに……」


 未だ喚き散らす男へ無慈悲な一撃が落とされると。

 男は言い足りなさを、伸ばした舌で表したままに絶命してしまった。


 誰もが苦悩を心で握りつぶし、善悪に迷いを抱く中。最後の捕虜が引き立てられるとその表情をさらに曇らせる。


「…………なんじゃ? 小娘ではないか」


 そう。

 騎士の二人に縄を打たれ、引きずられるように連れてこられたのは一人の少女。


 素足の体に薄汚れたぼろを纏っただけという姿の少女は、縄につられた姿勢のままで、訥々と語りだした。


「姫様。ファンファースの村にて、あなたが乗った馬車の前を横切った子供の事を覚えていらっしゃいますでしょうか」

「何のことじゃ? そのような小事、国を動かす程の視野を持ったわらわが覚えおくはず無かろう」

「では、その村を燃やし尽くせと、お隣りにおわす将軍様へお命じになったことも?」

「知らぬわ。それにこれは将軍ではない。わらわの抱えし隣国生まれの剣豪じゃ」


 胸当ての剣士、ブランメール侯バロータ。類稀な剣裁き一つで、エクスペリオール王家直系貴族の家督を序された程の男。


 その顔を仮面に隠した剣士は、カタリーナ姫に恭しく一礼すると、聖剣を抜き払いつつ少女の前に歩み寄る。


 すると少女は顔を上げ、涙に瞳を滲ませながらバロータへ懇願した。


「剣士様! あなたに人の心が残っているのならば、どうか私に父母の敵を討たせてくださいませ!」

「……殺されるを殺すで上書くとは、なんと浅慮な女だ」


 そう呟いたきり、剣士は青く輝く聖剣を振り上げ、絹を裂くような刃音を伴って振り下ろす。

 すると少女の体は、一度、地に転がり……。


「あ、あれ……?」


 打たれた縄が切り捨てられたことにより自由になったその両手で起き上がるも、事態が飲み込めずに、ただ茫然としていた。

 そんな少女に手を貸して立ち上がらせた剣士は、仮面の下で口端を歪めると。


「トラバサミにかかって焼け死ぬのみとなった男を、焼き討ちの指示をした仇と知りながら、泣きながら助けた女の事。俺が忘れているとでも思ったか?」

「だ、だって……」

「いいから、しばらく黙ってろ。お前さんが幸せに暮らせるところまで逃げたら、そこで思う存分両親の仇を討たせてやる」


 そう言うが早いか、バロータは少女を肩に担ぐと、呆然とする騎士達を縫うように森へ向けて走り出す。

 もちろんこんな暴挙を看過できるはずもないカタリーナは、その細面を怒りに歪ませると、金切り声をあげたのだ。


「ええい! 何をしている! あの恩知らずと小汚い小娘を追え! 例え地の果てまでも追って、わらわの前に引きずり出すのじゃ!」


 そんな命令に騎士達はすぐに駆け出すも、真剣に彼らを追おうというものがいるはずもなく。


 やがて、完全に逃げ切られたとの報告を聞いた暴姫、カタリーナは。見せしめとして二人の騎士へ自害を命じると、破格の賞金を彼らの首にかけたのだった。



 ……幸せに暮らせるところまで逃げたら、そこで自分の命を奪え。

 そう命じた男の約束は、この賞金が取り下げられるその日まで、決して叶わぬものになってしまったのだ……。




 ~🌹~🌹~🌹~




「面白いのです!」

「この後どうなるのか気になるの!」


 俺たちの反応に。

 ほっと笑顔の瀬古君と坂上さん。


 でも。


「とは言え、せっかくのシナリオですけど……」

「そうなの。みんなの荒ぶりようから察するに、こんなのできそうにないの」


 俺たちの指摘に。

 瀬古君は、悲しそうな笑顔で返します。


「……僕には、まだ小学生の妹がいてね? 文化祭、毎年楽しみにしてるんだ。でも、毎年言われちゃってさ、お兄ちゃんはどこにいたのって」

「おお、それは手痛いご意見なのです」


 しかも、僕は毎年裏方でねと。

 瀬古君は乾いた笑い声をあげると。


「それで、柄にもなく今年は役者チームに立候補したんだけど……」

「もはやあの班分け、何の意味もないの」


 そうだよねと。

 ため息と共に結んだのでした。


 ……俺と穂咲が主役とヒロイン。

 あとはざっくりと班分けされていたと思うのですけど。


 あの班分け、劇でなければ意味がないのです。


「……それをきっかけに、ここまでの物を書いたのですか」

「いや、書いたのは坂上さんだよ」

「ん。……違う、よ? これ、ギン君の熱意」


 なるほど。

 事情は分かりました。


 あと。

 この続き、読んでみたいのです。


「そういう事なら、俺、力になりますね。例え汚い手を使ってでも」


 そんな宣言に。

 みんなは目を丸くさせるのですが。


「気持ちは嬉しいけど……」

「ん。そこまで言われると、逆に困る」

「いえいえ。だってこの芝居をやるなら、俺がバロータなわけですし。ダーク系のヒーローにちょうどいいじゃありませんか」


 きっとこの後、心の綺麗なヒロインと。

 旅をするうちに心が洗われていくのですよね?


「と、言う訳で。この心の綺麗なヒロインを演じるこいつだって」

「そんなのもちろん……、あたしは何にも聞いてないの」

「おい」


 なんですか。

 君はどうしてそう心が汚いの。


 俺はムッとしながら穂咲をにらんだのですが。

 こいつは、やっぱりこいつらしい。

 胸がすくような言葉で返すのです。


「あたしは道久君が汚い手を使うなんて話、聞いてないの。だって聞いてたら、心の綺麗なヒロインだったらそれを止めちゃうでしょ?」

「……ほんとだ。それじゃ、聞いてなかったことにしていいので、ちょいちょい手伝いなさい」


 すると穂咲は。

 そりゃもちろんと言いながら。


 てへっと笑って、くるりと回って。

 俺の顔を、満面の笑顔で覗き込むのでした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る