ケイトウのせい


 ~ 八月二十九日(木) 1マス後ろ ~


  ケイトウの花言葉 乙女の真心



「誰にも言わないと言いましたよね?」

「あた、あたしは言ってない……」

「ほんとなのです?」

「……………………ひとりにしか」

「言っちゃってるじゃないですか」


 この、臆病で優しいクラスのお母さんは、神尾さん。


 でも、お母さんならでは。

 他人に言うなということを。

 平気でしゃべってしまうのです。


「みみみ、見てないよ私はなにも」

「そう、そこが問題なのですけど。いいんちょ、いったい何を話したのです?」


 人の口に戸は立てられぬ。

 いいんちょのせいで。

 あっという間に何かのうわさが学校中に広まって。


 なんだか、世界中のみんなが俺について。

 ひそひそ話をしているようなのですけれど。


 ただ、普通はこういう時。

 どんな噂を立てられているか分かるものですが。


 俺の耳に届く、その噂の内容は。



 『藍川と秋山は付き合っていないらしい』



 …………そんな真実。

 噂にするほどのことでしょうか?



 と、いうことで。

 噂の真相は、もっと他のことだと思うのです。


 それが証拠に。

 こんな噂のもう一人の被害者が。


 なんだか変なことになっているのです。


「ねえ。君は知っているのですよね、噂の内容」

「シラナイヨ?」

「じゃあ、なんでロボみたいな硬い顔になっているのです?」

「ナッテナイヨ?」


 ……重症です。


 この、お昼休みに誰かから噂を聞いて以来。

 ロボになってしまった元人間は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を頭の上でお団子にして。

 そこに真っ赤なケイトウを挿しているせいで。


 ロボというより。

 西洋甲冑のようになっています。


「何か聞いたのですよね? じゃなければ、こんなみょうちくりんな席の離し方するはずが無いのです」

「セキハ、シテイノイチダヨ?」


 まあ、席自体はそうですけど。


「所有者を交換しちゃダメなのです」

「オカシクナイヨ?」

「あははは……」

「ほら。席替えされた神尾さんも困ってますし」

「コマッテナイヨ?」

「九官鳥ですか?」


 やれやれ。

 噂の方は、このキューちゃんから後でなんとか聞き出すことにするとして。


 ざわつくみんなのせいで一向に進まない。

 話し合いの方が問題なのです。


「……おい、秋山」

「はい、すいません。ホームルーム中ですもんね、静かにします」


 神尾さんではいつまでも決まらぬと。

 文化祭の内容を決定すべく。

 取りまとめを買って出た先生が。


 俺に文句をつけたものの。

 静かにするだけでは足りなかったようで。


「いや、貴様がいると、みんなの気が散って敵わん」

「…………へい」


 よくわからないですけど。

 それならこうすればいいのですか?


 俺はいつものように廊下に出て。

 後ろ手に扉を閉めると。


 先生の思惑とは逆に。

 途端に教室は大騒ぎ。


 怒鳴る先生。

 それを打ち消して余りあるみんなの喧騒。


 全員の口から、たったの十秒くらいの間に。

 軽く五十回は俺の名前が聞こえてきたのですけど。


 そして。

 勢いよく開け放たれた扉から。


 怒り心頭の先生が顔を出したのです。


「おい! 秋山!」

「なんです? 先生も立っています?」

「バカを言うな! これではいつまでも文化祭の出し物が決まらんだろう! 教室に戻っていろ!」


 おかしな話もあったもの。

 俺が憮然としながら教室へ戻ると。


 大騒ぎは一斉に鳴りを潜め。

 そして、元のひそひそ話へ戻ってしまったのです。


 いったいぜんたい。

 どんな噂が出回ったら。

 こんなことになるのでしょう。


 首をひねりながら席へつくと。

 お隣りに座っていた神尾さんが立ち上がり。


「え、ええと……。じゃあ、多数決ということでいいでしょうか……」

「いや! 良くないわ!」

「ひうっ!?」

「そうよ! 私、誰が何と言おうとやりたいものをやりたい!」

「そうよそうよ!」

「ひうっ!? ひうっ!?」


 あわれ、一斉に攻撃された神尾さんは。

 瓶に手をかけることになったのですが。


 多数決すら却下されてしまうと。

 決定しようがありません。


「白熱してますね、女子ばかり」

「ソウネ、ジョシバカリガネ」

「…………メカ川ロボ咲さん?」

「ナアニ?」

「どうして女子ばかりが騒ぐのです?」

「ソレハ、ダンシノナイショノアレノセイ?」


 ああ、なるほどね。

 言われてみれば、確かに納得です。


 こういう時、急先鋒を務める三人。

 彼らが静かにしているでは。

 男子は口を開きづらい。


 そして、あの三人は。

 口説く相手を決めるまで。

 誰かの意見の肩を持つわけにいかないのです。



 やれやれ。

 今日も、何も進まなそうなのです。



 俺は持久戦を覚悟して。

 携帯を取り出すと。


 タイミングよく。

 ぶるっと振動したのですが。


「メール? ……読んだら消去するように?」


 ああ、なるほど。

 例の投票なのですね。


 それにしても、一斉にみんなの携帯が鳴らない所を見ると。

 バラバラに送っているのでしょうか。


 凝っていると感心する反面。

 こんなものにそこまで凝っている暇があったら。

 ちゃんと自分の気になる人にアタックすべきと思うのです。


 ……ええと、なになに?

 紙に書いて実行委員に出すのか。


 受け渡し場所も、やたら目立たない所ですし。

 日時まで指定してある。


 しかも呆れたことに。

 合言葉まであるなんて。



 『彼女欲しくば』

 『才長けて』



 なるほど。



 ……俺は、『その才能を使う方向、考え直してください』と答えよう。



 さて。

 それでは早いとこ。

 メールを削除しましょう。


 そう思いながら。

 画面を押そうとした俺の指が。


 ぴたりと停止します。



 投票可能な女子の名前。

 その最上段に書かれた文字は。



 『藍川穂咲』



 …………これは。



 波乱の予感がするのです。


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