第3話 猫の国 黒い方


 「着いたニャ、ここがシャノワール王国ニャ」


 リチャードに案内されて辿り着いたそこは、簡素な木の柵で囲われた集落であった。


「我は王城に報告してくるので少しここで待っててほしいニャ」


 そう言い残しリチャードは国と呼ぶにはいささかお粗末な集落の中へと駆けていった。


「なんかイメージと違うな~~~王国って言うからもっとこうもろにファンタジーって感じの街並みを想像してたのに………」


 口をとがらせ不満げな表情のみかん。

 

「そりゃそうだろうさ、見て見なよ、住人はみんな大きい猫じゃないか

あの身体で建物を建てるのは無理ってもんだ」


「しっ………二人共聞こえますよ、失礼な発言は彼らの反感を買ってしまい兼ねません」


 みかんと林檎の発言にひやりとするレモン、先程あれだけ念を押したというのに。


「なんだか静かだよね………人、じゃなかった猫はいないのかな?」


「今はお昼ですからね、きっとお昼寝をしているのではないでしょうか、猫は本来夜行性なんですよ」


「えっ? うちのブータローは夜も寝てるよ?」


 みかんの家では猫を飼っていた、それも物凄く太ったトラジマの猫であった。


「一説には、人に飼われている猫は夜に起きていても家族である人間が寝てしまっていてつまらないから仕方なく寝ているという話もあるんですよ」


「あはは、それはそうだね~~~あたしもお休みの日にお昼に用が無かったら寝てるもの、そして夜も寝られるし」


「お前は寝過ぎだ………」


 そんなたわいのない会話をしていると、リチャードが戻って来た。


「許可が取れたニャ、案内するからついてくるニャ」


 リチャードを先頭にシャノワール王国の敷地内に歩みを進める一行。

 柵越しから見ていた時から想像していた通りろくな建物が無い。


 先程彼女らがした会話は全くの的外れと言う訳でも無く、この国の住人である猫たちは、猫であるがゆえに日中の行動時間が短いのに加え飽きっぽいという欠点があったのだ。

 それ故に建築関係の作業は全く進まず、町の景観はとても殺風景な物だった。

 国の中を進む間、見かけた光景と言えば、日の当たる場所出で日向ぼっこをする猫達ばかりだったのだから。


「ここがお城ニャ、くれぐれも城内では失礼の無いように頼むニャ」


 町の中を暫く進んだ先に、一際大きく立派な建物が現れた。

 但し城といっても漆喰で塗り固められたドーム状の建物ではあるが、今まで見てきた物と比べると手が込んだ造りには違いない。


「へえ~中は思ったより広いんだ~~~!!」


 みかんはドームの天井を見回し感嘆の声を上げる。

 多少薄暗くはあるが開放感のあるスペースが拡がっている。

 円形の壁沿いには王の側近と思われる猫たちがずらりとお座りをして並んでいた。

 入り口から真っすぐ奥まで赤い絨毯が敷いて有り、リチャードの先導で三人は奥へと案内される。

 建物の奥には一段高くなっている場所があり横長のソファーの様な物が見える、恐らくそこが玉座なのだろう、他と比べて装飾が明らかに豪華だ。


「国王様、件の者たちをお連れしましたニャ」


「ウム、ご苦労にゃ………」


 ソファーの上で香箱座りをしている黒猫がいた。

 黒猫は大きく欠伸をした後、グーーーーンと身体を伸ばして起き上がる。


「よく来たなJKとやら、余がこのシャノワール王国の国王、シャノワール53世にゃ」


 頭には小さな王冠が乗っている、この黒猫が国王で間違いないだろう。


「林檎です」


「レモンです」


「ヤホーーーー!! 初めまして!! あたしはみかんだよっ!!」


 彼女たちはシャノワールにお辞儀をした。

 みかんだけは元気よく右手を伸ばし手を振っている。


「ちょっとみかんさん………国王様に失礼ですよ」


「えっ、どうして~?」


 レモンがみかんを嗜めるが本人に何が悪いのかの自覚が全くない。


「よいよい、余はそういった堅苦しいのは好まんのでにゃ、楽にするがいいにゃ」


「申し訳ありません………」


 改めて頭を下げるレモンの気苦労は絶えない。


「そなたらが我が王国と仇敵『ホワイトキャット女王国』との長きにわたる戦争を終わらせられると聞き及んでおるが相違ないにゃ?」


「はい、しかしその前にいくつか国王様にお聞きしたい事がございますが宜しいでしょうか?」


「ウム、申してみよ」


 国王との会話は全てレモンが担当する事になった。

 何も考えていないみかんと、すぐに頭に血が昇る林檎が口を出すと事態が多分に拗れる可能性があったからだ。

 ここに来る道中の間で三人の中でいくつかの取り決めをしてきたのだった。


「この戦さはいつからどれほどの期間続いているのですか?」


「う~~~む、いつからであったかにゃ~~~~~、思い出せないにゃ~~~

リチャード、お前は知っておるか?」


「いえ、存じ上げませんニャ」


(使えねぇ………)


(ちょっ………林檎さん)


 横でボソッと呟いた林檎の悪態をレモンは聞き逃さなかった。


「それではもう一つの質問です、ではこの戦さは何が発端で起きたかご存知ですか?」


「う~~~む、何であったかにゃ~~~~~、思い出せないにゃ~~~

リチャード、お前は知っておるか?」


「いえ、存じ上げませんニャ」


「あははっ!! さっきとおんなじ!! ゲームのNPCみたい!!」


「笑い事ではありません!! それが一番大事な所でしょう!?」


「そんな事を言われても知らないものは知らないにゃ」


 猫たちとみかんのあまりにいい加減な対応に温厚なレモンもつい声を荒げてしまった。

 シャノワール53世は何食わぬ顔で顔を洗う仕草をしている。


「なっ? 馬鹿の相手って物凄く疲れるだろう?」


「林檎さんの気持ちが少しだけ分かりました………」


 林檎にポンと肩を叩かれるレモン。


「歴史を記した書物や資料を収めた書庫などは無いのですか? 教えて頂ければ後は自分で調べますから」


「ウム、許可しよう、リチャード」


「はっ」


 王城を後にし、そこそこ大き目のドームに案内された一行。

 中にはびっしりと夥しい数の棚があり、紙の束が乱雑にまとめられた辛うじて本と呼べるものが収められていた。

 レモンはその中の一冊を手に取りパラパラとめくってみて愕然とした。


「何これ………読めないじゃない!! いえ、これは文字ですらないわ!!」


 本のページには肉球で押されたスタンプの様な物に埋め尽くされていた。

 まるで開いた本の上を猫が適当に行ったり来たりでもした感じであった。


「迂闊でした、ここが異世界だと言う事を失念するなんて………そもそも文化が違うのですから仮に人間の国だとしても文字が読めたかどうか………」


 床に四つん這いで手を付き、うなだれるレモン。


「その割に言葉は通じるんだよな」


「林檎ちゃんそれ言っちゃ駄目………」


 林檎のメタ発言に珍しくみかんがツッコミを入れた。


「で? どうするよ、このままじゃ何もわからないままじゃん」


「いえ、まだです………まだ諦めません、リチャードさん、次に出撃するのはいつですか?」


「今日の夕方ニャ、あと一時間ほどで兵士を集合させて戦場に向かう予定ニャ」


「それに私たちも同行させてください」


「それは構わないニャ」


「レモン、まさかアタイたちも戦うってのか!? それは流石に無理があるぞ!?」


「違いますよ林檎さん、私たちは戦闘がどのように行われているのか観戦するだけです」


「そうか、そうだよな………一瞬焦ったよ」


 林檎は胸をなでおろす、あんなに大きな猫を相手に戦うなんて無謀に等しい。


「大抵ラノベなんかだと異世界に来たら物凄い能力に目覚めたりするんだけどね~~~」


「みかん、お前はラノベの読み過ぎだ、実際そんなに都合のいい事があるはずないだろう」


「ううっ、現実は世知辛いですな~~~」


「ったく、そういう言い回しだけは無駄に知ってるのな」


 そして夕方。


 三人は少し高い岩場に身体を隠していた。

 眼下には広大な平原が広がっており、左右に各々の国の陣営が分かれて整列していた。


「リチャードさんが言うにはこのフィールドで二日に一度程のペースで合戦が繰り広げられているという話です」


「何だか映画の撮影みたいだね!!」


「シンプルに力と力の激突か………まあ武器が無い以上そうなるわな」


 三人はなるべく目立たない様に岩場から頭を出し戦場を見下ろす。


「林檎ちゃん、レモンちゃん、ポッキリー食べる?」


 みかんは通学用の鞄からお菓子の箱を出しパッケージを開け始めた。


「お前な~~~こんな時に不謹慎だぞ、いや貰うけど」


「頂きます」


 二人は差し出されたスティック状のチョコ菓子にかぶりつく。


「だってスポーツ観戦や映画鑑賞の時ってお菓子食べるじゃない?」


「アタシは何も食べたり飲んだりしないな、特に映画鑑賞中は」


「え~~~!? 何で!? 楽しいじゃん、ポップコーン食べたりコーラ飲んだり」


「映画に集中したいんだよ、クライマックスに飲み物をすするズズーーーって音が聞こえたら萎えるじゃん」


「確かにそうですね、でもそういう事もひっくるめて場の空気を感じるのも臨場感があっていいのかもとは思います、迷惑行為を行う人がいた場合は困りますが」


「まあな、売店で売ってる以上アタイがそれを買った人間にどうこう言う資格は無いんだけどよ、そういうのが嫌だったら劇場にわざわざ観に行かないでレンタルされるまで待って家で観りゃいいんだから」


「あっ、戦いが始まったよ!!」


 映画のマナー談議に花話咲かせていて忘れていたが、猫の国同士の合戦が

始まった。


「ハーーーーッ!!」


「ギニャニャニャ!!」


 各々が相手を見定め、取っ組み合いの戦いを繰り広げる。

 爪で引っかいたり、噛み付いたり………フィールドは物凄い砂埃に包まれる。


「超ほこりっぽい………これじゃお菓子を食べられないよ!!」


「いいからそれはしまっとけ!! こりゃあシャレになってないぞ!!」


「凄い………」


 その只ならぬ様子に息を飲む三人………改めてとんでもない事に首を突っ込んでしまった事を再認識する。

 だが戦場に変化があった………あれだけ激しかった戦闘が何の前触れも無しに突然途切れたのだ。

 さっきまで命のやり取りをしていた者たちが何食わぬ顔で平然と自分の陣営側へと帰っていく。

 その間に敵兵とすれ違っても何もしないし起こらない。

 これは一体どうした事だろうか。


「レモン、何か分かったか?」


 答えは分かり切っていたが林檎は敢えて聞いてみた。

 レモンは力無く首を横に振った、やはり。


「じゃあさ、今度は別の猫の国へ行ってみようよ!!」


「はっ!? 何言ってんだ、お前はチャードに頼まれてシャノワール王国についたんだろう!? 敵国に行くなんて裏切り行為にならないか!?」


「ん~~ん、あたしは揉め事を、喧嘩を止められるように協力するって言っただけ………タマゾウの味方をするとは言わなかったんだけど」


「それにしてもよ~~~体裁って物が………」


「いいですねそれ………」


「えっ?」


 何と、レモンがみかんの発言に食い付いて来た。


「この戦争の原因が分からない以上、片方の陣営の言い分だけを聞いていては真相を見誤ります………ここはやはりもう一方の言い分も聞くべきです!!」


「そっ、そりゃあそうかも知れないけどよ………」


 目を輝かせて雄弁に語るレモン。

 まさかポットでのみかんの思い付きだけの発言が思慮深いレモンを動かしてしまうなんて、みかんて本当は思慮深いんじゃ………林檎はちょっぴりそう思いそうになった。


「そうと決まれば善は急げだよっ!! さあ行こう!!」


 去っていくホワイトキャット女王国の猫兵士たちを追いかけるべくみかんは走り出した。


「はい!! 行きましょう!!」


 明るさを取り戻したレモンが後に続く。


「おいおい!! 待てって二人共!!」


 胸に引っかかりを残したまま林檎は二人を追いかけるしかなかった。

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