第4話 猫の国 白い方


 平原での猫たちの戦さを見た後、みかんたちはシャノワール王国には戻らず、反対の方角にあるというホワイトキャット女王国を目指す。

 道中は起伏の激しい山道であったが二時間ほど歩いた先に目的地はあった。

 少し離れた高台からでも分かるくらいに大きなお城が見える。

 あそこがホワイトキャット女王国なのは間違いないだろう。


「ハァ………ハァ………こんなに歩いたのは登山遠足ぶりだわ………」


 前かがみになり太腿に手を付き肩で息をする林檎………身体中汗だくだ。


「だらしないな~~~林檎ちゃんは!! あたしはまだまだ歩けるよ!!」


 みかんがこれ見よがしに林檎の周りをグルグルと走り回る。


「ウザイ………何でみかんはこんなに体力があるんだ………」


 林檎は疲れているせいで突っ込む気力も湧いてこない、ただゲンナリとした表情を浮かべるだけだ。


「もう………少しで目的地です………頑張りましょう」


「おい、大丈夫か?」


「はい~~~何とか~~~」


 そう言うがレモンはフラフラで今にも倒れそうだ。

 自分はまだマシなんだなと気を取り直し、林檎は意思に反して前に出ない足を引きずり先に進んだ。


  やがて城門の前に着く、シャノワール王国と違ってこちらのホワイトキャット女王国はしっかりとした西洋風の佇まいの城門が設置されていた。


「止まれ、何者にゃ、怪しい奴にゃ」


「ウム、見た事の無い生き物にゃ」


 城門の両脇にいる二匹の兵士と思われる猫たちがみかんたちに気付き近寄って来た。


「ヤッホーーーー!! みかんだよ!! 怪しいけど怪しくないよ!! ガッ………!!」


「馬鹿、そんな言い方をする奴があるか!!」


 林檎の肘鉄がみかんの鳩尾みぞおちに決まる………みかんは蹲って無言になった。


「あの………私たち、旅の者なのですが入国させてもらえませんでしょうか?」


 レモンがすかさず二人の前に滑り込み兵士に話し掛けた、顔には冷や汗と苦笑いを浮かべて。

 二人の漫才を放置しておくと兵士たちにあらぬ疑いを掛けられ兼ねないからだ。


「しかし猫以外の得体のしれない種族を我らの一存で通す訳にはいかないのにゃ………おいお前、大臣に連絡して来いにゃ」


「分かったにゃ」


 一頭の猫兵士が国の中に入っていった。


「なあレモン、少しやばくないか?」


「はい?」


 林檎がレモンに耳打ちする。


「あっちの国があんなに緩かったからそういうもんだと思ってたんだけど、どうもこちらは違うみたいだ………これはいきなり捕まって牢屋に入れられてしまうんじゃないだろうか?」


「それは………」


 そう言われたせいでレモンも急に不安になって来た。

 林檎の言い分は分かる、確かにこちらの国はシャノワール王国の全体的なアバウトさとは違い、しっかりと国家運営をしている印象を受ける。

 こちらの異世界と思しき世界に来てまだ半日ほどだ………当然、人より大きな猫は元の世界にはいない。

 しかしなまじ言葉が通じる事もあり、つい人と接するかのように猫たちと接してしまっていた。

 そのせいもあり元の世界で培った知識と常識が逆にレモンの未知の状況への慎重さを奪ってしまっていたのだ。


「よーーーーし、よしよしよし………」


 不安に心が染まりかけたそんな時、不意にどこかで聞いたフレーズが聞こえた。 

 そちらに視線を移すと、何とみかんが門番の兵士猫の顎の下側を人差し指で撫でているではないか。


「ちょっ、お前何やってんの!?」


「猫はね~~顎の下を撫でられると気持ちいいらしいんだ~~~」


 確かにその猫は喉をゴロゴロ鳴らし、目を細め恍惚とした表情を浮かべている。

 遂には地面に伏し、寝転んでしまった。

 すかさずみかんはその猫の身体を優しく撫でる。


「うにゃ~~~………気持ちがいいにゃ~~~~」


 完全にリラックス状態に入った猫兵士、身体が大きくてしゃべるというだけで、もう完全に只の猫になってしまっていた。


「スゲエな、お前にこんな特技があるとは………」


「そんなんじゃないよ、いつもブータローにやってる事だし」


「いえ、猫に特別好かれるというのは立派な才能だと思いますよ………

大の猫好きを自称する人でも猫に好かれない人はいますからね」


「エヘヘ~~そう?」


 みかんが照れて頭を掻きながら愛想笑いをしていると、街の奥から数匹の猫たちが門のあるこちらへと向かってくるではないか。


「報告を受けて来てみれば………一体何事にゃ」


 先程まで門番をしていた猫と一緒に現れたのは、ブルーグレーの毛並みの上品な

佇まいの猫だ。

 寝転がっている兵士を見て困惑の表情を浮かべている。


(この猫がさっき言ってた大臣じゃないのか?)


(ええ、恐らくは………)


 林檎とレモンはヒソヒソと声を潜めながら会話する。


「わあ、新しい猫さんだ!! あなたも撫でられにきたの?」


「おい、みかん!!」


 大臣と思しき猫に対して人差し指を伸ばした右手を突き出すみかん。

 林檎は彼女が噛み付かれやしないかと内心ハラハラしていた。

 だが次の瞬間、その大臣猫はみかんの指先の匂いを嗅いだかと思うとグイグイと顔をこすりつけ始めたのだ。

 ひとしきりこすりつけを繰り返したあと、ハッと我に返る大臣猫。


「これは初対面だというのに失礼しました、私はこの国の大臣、ブルースと申します、以後お見知りおきを」


「あたしはみかん!! よろしくね~~~!!」


 見つめ合う一人と一頭、いつの間にか意思の疎通が成立していたのだった。


「さあどうぞ、我がホワイトキャット女王国へようこそ!!」


「ありがとーーー!!」


 ブルースに促され、一行は領土内へと足を踏み入れる。


「ハァ………アタイたちの焦燥感は何だったんだ………」


「まあまあ、穏便に物事が進みそうで良かったじゃないですか」


 肩を落としため息を吐く林檎の背中をポンと軽く叩くレモン。


(みかんの奴、只の能天気ではないのかな? 少しは見直してやってもいいか………)


 林檎はちょっとだけ自分内のみかんの評価を上げた、あくまでもちょっとだけ。




 ブルースの案内で三人はとんとん拍子で城までやって来ていた。


「わぁ凄い!! まるでおとぎの国のお城みたい!!」


 みかんは感激していた、遠くからでも分かっていた事だが近くで見る城はとても幻想的で美しいものであった。


「シャノワール王国とは大違いだな………何でここまで差があるんだろうな」


「まあ、そんな遠い所から遥々お越しになって、さぞお疲れでしょう」


 林檎のつぶやきに対して鈴を転がした様な美しい声が答えた。

 三人が振り返るとそこには雪の様に純白の毛並みの猫が佇んでいた。


「いつの間に………!!」


 しまった、と口を手で押さえるが時すでに遅し、完全にこの白猫に聞かれてしまった。

 そしてよく見るとその白猫の頭には王冠が載っている。


「もしかしてあなたが王女様?」


「ええそうです、私はこのホワイトキャット女王国の現女王、ミルクと申します」


 ミルクと名乗ったその猫は軽く頭を下げた。


「どっ、どうも」


 慌てて取り繕い頭を下げ帰す林檎、レモンも丁寧にお辞儀をした。


「久し振りの遠方からのお客様です、今日はもう日が暮れますからお泊りになって行ってくださいな………ブルース、お客様をお部屋に案内して」


「はい、では皆様こちらへ」


 ミルクはニッコリ微笑んでいる。

 すぐさまブルースがこちらに来て部屋に案内してくれた。

 夜にはミルク王女主催の晩餐会が開かれ、三人は国賓級の接待を受ける。

 魚や鶏肉の料理に舌鼓を打ち、異世界に来てから初めてゆっくりとふかふかのベッドで眠りについた。




 そして翌日………。


「そうですか………あなた方は二国間の争いを鎮める為に尽力して下さっていると………」


 謁見の間にてミルク王女と会見する三人。


「はい、ただ誤解しないで頂きたいのですが決してこちらの国を偵察するために訪れたのではないという事はご理解願います」


 先程の林檎の失言により隠し立ては無意味と判断したレモンはミルク王女に包み隠さず事の顛末を話していた。


「差し支えなければ何故二国間で争いになっているのか、その理由をお聞かせ願いませんか?」


 基本中の基本の質問、いさかいは原因を判明させなければ解決する事は難しい。

 しかしノワール王国では有力な情報は全くと言っていい程入手できなかったのだ。

 そうなれば当事者のもう片方、ホワイトキャット女王国側から聞き出すしか他にない。


「ごめんなさい、遥か昔の事ですのでわたくしにも分からないのです」


 希望は一瞬にして崩れ去った、こちらの国にも開戦の理由が伝わっていなかったのだ。


「何故なんですか? 争いの理由が分からないのに何故、今も争いが続いているのです? あなたやシャノワール王が一言終戦を宣言すればこの戦は終わるのではないのですか?」


 もどかしさから激しい感情が表に出そうなのを堪えつつ女王に質問を続ける。


「すでに習慣化してしまった事を押さえ付けるのはとても難しい事なのです………

大勢の民草を納得させるにはそれなりの大義名分が必要なのですよ」


 ミルク王女は顔を上げて遠い目をした。

 恐らく彼女は既に終戦に向けて幾度も働き掛けた事があるのかもしれない。


「戦う理由は無いのに戦いを止めるには理由が必要って、アタイには分からないね!!」


「林檎さん、女王様に向かって………」


 歯に衣着せぬ発言をする林檎を制止しようとしたレモンだったが、勢いづいた林檎は止まらない。


「そんなんなら戦いを止めるのに理由もいらなくていいんじゃないか!?

あんた女王なんだろう? それで押し通したらいいじゃないか!!」


「林檎さ~~~ん、言い過ぎです~~~」


 拳を振り上げる林檎の腰にしがみ付き半べそをかくレモン。


「………分かりました、わたくしにはどうやら王族としての覚悟が足りていなかったようです、今一度我が民草に終戦について働き掛けましょう」


「ホント!?」


 瞳をキラッキラに輝かせてミルクを見つめるみかん。


「はい、多少時間はかかるかも知れませんが、我が国から積極的に戦闘行為に及ばない様にしたいと思います」


「それを聞いて安心したよ」


「あなたは林檎さんとおっしゃいましたね」


「ああ、そうだけど」


「ありがとうございます、あなたの言葉でわたくし、目が覚めました

なんとしてもこの戦を終わらせて見せますわ」


「そんな、礼を言われるほどの事は言っちゃいないよ………」


 林檎の顔が見る見る赤くなる。


「あれ~~~? 林檎ちゃん、顔が真っ赤………ホントにリンゴみたい!!」


 プッと吹き出しそうな顔で口を押えているみかん。


「うるさいな!! 馬鹿のお前に言われたくないわ!!」


「何おう!?」


 ここが王女の面前だという事を忘れ言い争いを始めたみかんと林檎。


「済みません!! お見苦しい所をお見せして!!」


「良いのです、わたくしには羨ましい限りですよ………あんなに明け透けに語り合える友はわたくしには居ませんから」


「ミルク女王………」


 女王であることの孤独………レモンはミルクから醸し出される寂しさに孤独であった昔の自分を重ね合わせ心から同情した。




 三人はホワイトキャット女王国を後にし、再びシャノワール王国方面に向けて歩き始めていた。


「これからシャノワールに戻るんだよな?」


「そうですけど、どうかしましたか林檎さん?」


「いや、ちょっと気になったんだけど、ホワイトキャット側が戦闘行為を止めるのはいいんだが、そうなると一方的にシャノワールに責められるんじゃないかと思って」


 林檎が顎に手を当て表情を曇らせる。


「確かに、ミルク王女の声掛けはすぐには機能しないでしょうから、まだまだ戦は終わりませんね………特に二日に一回のペースで行われているという平原での会戦は」


 レモンの表情も暗い。


「ねえねえ、二人はミルクちゃんの方を応援する事に決めたの?」


「えっ? いや、特にそう言う訳じゃあないけど………」


「あっ、確かにみかんさんに言われるまで気付きませんでしたけど、私たちホワイトキャット女王国の方に傾いていませんか?」


 二人はハッとなった、両国の自分達への待遇の差もあるが、公平に振舞おうと決めていたはずが完全にホワイトキャット女王国の立場に立って物事を考えている自分達が居た。


「これじゃあタマゾウたちが可哀想だよーーー」


「リチャードな、このままだとシャノワール側が一方的に悪役になりかねないか」


「では、急いで戻ってシャノワール国王にも終戦に動く様にお願いしましょう」


 林檎とレモンは顔を見合わせて強く頷いた。


「ちょっと待って」


「何だみかん? まだ何かあるのか?」


「黒猫さんはのんびり屋さんだからすぐには動かないかもよ?」


 黒猫さんとはシャノワール53世の事の様だ、みかんはそう呼ぶ事にしたらしい。


「そんな事お前に分かんのか?」


「ん~~~何となくね」


 確かに昨日のシャノワール53世の態度を見るに、積極的に物事を寄るようには見えない。

 彼の怠惰な性格が国の発展の遅れにも出ていたのではのないかと今思い返せば納得がいく。

 みかんに関してはホワイトキャット女王国への入国の時の事もある、林檎もみかんに対していつもの様に激しいツッコミはしなかった。


「それでね~~~黒猫さんたちの国に帰る前に一つやりたい事があるんだけど………いいかな?」


「何でしょう?」


「それはね~~~」


 このみかんの思い付きが思いがけない効果を発揮するとはこの時、誰も予想していなかった。

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