第29話 次回作のコンセプトが決まったと同時に没になった話(後編)

 さあ、前回の続きだ。

 せっかくよさげな話を思いついたのに、僕自身がそれを没にしたところまで話したな?

 今回は、その理由についてだ。


 ああ、確かに何でもかんでも『特殊能力』だとかの言葉で片付けるのは楽だろうさ。作者も何も考えないで書けるし、読者も何も覚えたり調べたりせずに読める。自由度の高い解釈とやらもしやすいはずだ。

 ……それは果たして、本当に良い事なんだろうか?


 読者に分かりやすく書くという考え方と紙一重のところに、『読者を馬鹿にして書く』というのがある。つまり「どうせ読者はこの程度の知識しか持ってないんだから、適当に書いておけばいいんだよ」という信じられない商法である。

 この商法の最大の悪い点は、作者がインタビューで「貴方の作品はどこがおもしろいんですか?」と聞かれたときに「いや、どこも面白くないよ。読者はよくこんなクソみてぇな小説読んでるな、と感心しながらクソを投げてる」と答えるしかなくなることである。

 作者として、大変失礼な行為だと思う。

 僕は最低でも、投稿したほとんどの作品の良さを(エッセイはさておき)語れるつもりだ。そうでないなら作品と呼べない。そうでなくては作者と名乗れないとさえ思っている。

 作者以外の誰が「この作品は良いところがひとつもないな」と言ったとしても、それはそれでいい。しかし同じセリフを作者が言ってはいけない。


 細かい設定を省いて、とりあえず「読者に与えるのはこの程度でいいだろ」「たまにそれっぽい用語を出しておけば納得するんだよ」と言って詳細を伏せるのは、正直言って読者を馬鹿にし過ぎではないだろうか?

 それこそ安物のMTBをそれっぽい売り文句で売るネット通販業者と何が違うというのか。フレーム強度的にオフロードを走れないくせに『極太タイヤでオフロードも走れる』などと書きやがって。ボトムチューブ前方にしっかり『舗装路専用です』って書いてあんだよ。詐欺だろこれ。

 あ、念のため言っておくと、こういった安物MTBもタウンユースとして使うなら良い車体なんだぜ。ただオフロードに向いていると勘違いして買うとがっかりするってだけだ。用途によっては主戦力になり得る。


 さて、そんなわけで僕は『自転車の魅力を差し引いた自転車小説』というアホみたいな作品を書く気を失くした。

 失くした……のだが、しかしこのコンセプト、人気は獲得できるような気がしてならないのだ。

 要は、自転車抜きでも面白い作品を書けるだけの技量がある作家が扱えば、このコンセプトは『自転車の要素をプラスしたヒューマンドラマ』とか『自転車の話を追加したファンタジー』として成立するだろう。 

 そのためには、魅力的なキャラを作る技量や、熱い展開を描ける想像力が必要になる。残念ながら、僕には自転車無しでそれをする能力は無い。

 何しろ、チャリチャンに登場する魅力的なキャラや熱い展開は全て、自転車のシステムが中心になって生まれているからな。それを専門的な話抜きで考えろと言われても、『僕には』無理なのだ。

 僕じゃない『誰か』なら、やれるかもしれないな。もちろんアイデアに著作権は無いし、僕は著作権を主張するタイプじゃないから、もし書きたいと思う危篤な人がいるならこのコンセプトはくれてやる。好きにしてくれ。


 なんにしても、僕はこれを書かない。


 この宣言がしたかったんだ。あー、すっきりした。

 しっかり宣言しておかないと、僕はうっかり魔がさして書いてしまうかもしれないからな。

 もともと自転車の宣伝をするつもりで小説を書いている僕としては、第一目標が『小説として楽しい作品を書くこと』ではなく、『読者に自転車を理解してもらい、興味を持ってもらう事』だ。

 だから、たとえ面白い小説を書けたとしても、それが自転車を誤解させるような内容になってしまったら、本末転倒なんだよ。

 そういうのをやるのは、僕の仕事じゃないんだ。

 小説家である前に自転車乗りである。そのスタンスは忘れたくないし、忘れちゃならんね。


 ああ、そうだ。前回のウイスキーの話。結局語らなかったな。

 僕はね。チャリチャンってのは自信をもって出荷できるウイスキーみたいなやつだと思って出しているよ。そりゃもう、ストレートで味わってほしい。最高にスモーキーでスパイシーな奴さ。

 そしてスポはじって作品は、酒に強くない人でも楽しめるハイボールだと思って出している。割っても大丈夫な香りと、強い癖をあえて残したブレンドだ。これはこれで自信作と言える。

 それに引き換え、今回思いついてしまった作品は酷いぜ。シロップと香料で味付けしたスピリッツだ。どうせ日本人に本場の味は分からんだろうと馬鹿にして作ったイミテーションウイスキーさ。甘くて茶色なら何でもいい。

 ……ところが、よく売れてしまうのはイミテーションウイスキーの方。たくさんの人に飲まれ親しまれるのは、やっぱりこれだ。

 実際、僕もそういうウイスキーが嫌いじゃない。

 安っぽい人気と軽い評価ってのは、作家にとって麻薬なんだよな。

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