第15話 学校行っとけとは言わんけど、学校行くべきだ

 やあ、大人の諸君。多分今回は、君たちが聞いても面白くない話かもしれない。

 そして学生の諸君。今回は君たちに向けた話と見せかけて、いつも通り僕の個人的な話だ。身構えないでくつろいでくれたまえ。


 うーん。今から半年か……下手したら一年くらい前かな?

 少年革命家だとか気取って、不登校を正当化することに必死こいて、学校に真面目に通っている人たちをディスることで自尊心を満たしたガキがいたのを覚えているかな?

 彼は自由を尊重すると声高に語っていたが、ならばどうして学校に行く子供たちを「ロボットだ」などと称したのだろうね?

 自由を認めるなら『大衆に迎合する自由』も認めていいはずだし、個性を認めるなら『学校でみんなと一緒にいたいとする趣向』も個性として認めるべきだよね。


 まあ、あのガキ(あるいはそのガキを擁立した毒親)がどれほど浅はかなのかは、また別な機会に語るとして……




 さて、本題。つまり今までのは本題と関係ない前振りだ。いつものパターンだな。

 僕は最近、「中学校で英語くらいは学んでおくべきだった」と後悔することが増えたんだ。

 地味にこれが、仕事にも趣味にも私生活にも影響している。

 僕は中学校時代、いちおう学校に行ってはいたんだが、授業に積極的に取り組んでいなかった。もうちょっと正確に言うと、授業中のほとんどを寝て過ごしていたのである。

 まして英語なんて何喋ってるか分からないんだから、眠くなること請け合いだ。しかも海外に行く予定もない僕にとって、それは学んでも意味の無いものと思っていた。


 ……今からほんの2か月ほど前の事である。

 僕の職場に、短期バイトのネパール人たちがやってきた。10人ほどな。

 彼らは最低限の日本語と、これまた日本語よりはマシな英語。そして何語か分からない母国語を喋っていた。正直、こちらが日本語でコミュニケーションをとるのは難しい。

 ただ、会話にならないわけではなかった。


「アナタ、カミ、ナガイデスネエ」

「ん?髪か?ああ、伸ばしてるんだ」

「キレイデス」

「そうかい?ありがとう」


 このくらいの会話は出来た。ちなみに、この髪を褒めてくれる人は身の回りにあまりいないので、個人的にはちょっと嬉しかったりする。

 ネパール人の男性は長髪も珍しくないのだろうか?いや、少なくともバイトに来ていた男性たちは全員短髪だったな。ちょっとネパールの文化や風習に興味を持った瞬間でもあった。

 それはいいんだが、たまに仕事に支障をきたすほど、会話が成立しない時がある。

 例えば、僕が務めている運送会社では、荷物を積む台車(通称:ボックス)を移動させるときがある。

 中でも冷蔵/冷凍に使う『クールボックス』という機材は、その性能によって用途を変えている。なので、並べるときの位置も違ってくる。


「コレ、ドコニモッテイキマスカ?」

「ああ、それはあっちだ」

「コレ、ドコニモッテイキマスカ?」

「それはあっちに運んでくれ」


 指さしながら指示する。それは楽だった。持って行くところを指定して運ばせる作業。ただそれだけのはずだったんだ。

 ある日、一人のネパール人が『既に運んだボックス』を運ぼうとしているのを見かけた。


「コレ、ドコニモッテイキマスカ?」

「いや、それはそこで良いんだよ。他のボックスを持ってきてくれ」

「?……ドコニ、ハコブ、デスカ?」

「だから、置いといて。運ばなくていいの」

「オイトイテ、ハ、ドッチデスカ?」

「いや、『おいといて』って場所があるんじゃなくて、そこでいいって言ってんの」

「ワカラナイデス」


 今になって思えば、言語の構造が違ったとか、文法が違った可能性があるな。

 日本語の場合、まず『運ぶ』『運ばない』の2択があり、そのうちの『運ぶ』場合にのみ、『どこに?』という属性が付く。

 彼らの母国語については不明だが、もしかしたら彼らの言葉ではまず『運ぶ』前提があって、『何メートル運ぶか』という問いに対して『ゼロメートル』と答えるのが正解だったのかもしれない。

 日本語だと「運ぶな」の方が「0メートル移動しろ」より自然だが、それが外国の文法にも当てはまると思った僕の方が浅はかだろう。極端な話、否定形という形をとらなくても会話が成立するのだ。否定形に類する翻訳がない言語もあるかもしれない。


 しかし、ネパールの公用語が何語なのかもわからず、英語も使えない僕には答えられなかった。ついには腕を引いて次の仕事につかせるという、実力行使に出るしかなかったのだ。

 彼らの意識に「腕をつかむのはパワハラ」という概念が無かったことを、そして腕を掴まれたとき「あ、この人は自分に次の仕事を教えようとしてくれているんだ」と理解してくれたことを感謝したい。


 まあ、それでも中学レベルの英語力があれば、彼らとはそれなりにコミュニケーションが取れたのかもしれない。会社だってそう思ったからこそ、学歴も高くない僕らにネパール人の部下を任せてくれたんだろう。

 つまり僕は、ネパール人バイトを裏切っただけでなく、上司の期待まで裏切ったことになる。


 少なくとも、中学や高校で英語を習っておけば、この程度の常識的な対処は出来たはずだ。

 もしくは、上司に「これ無理ゲーだろ!ちっとは考えて人を雇え!」と文句を言えたはずだ。

 そのどちらも出来なかった理由は、ひとえに自分の英語力に対するコンプレックスにある。




 いいか?現役中高生の諸君。

 大人たちが「学校には真面目に行け」「勉強は若いうちにやれ」と言うのは、自分がそうしてきたからではない。

 むしろ、逆……

 自分がそうしてこなかったからこそ、君たちに同じ道をたどってほしくないから言うのである。

 つまり、上記のセリフを言う大人は、大概ダメ人間である。僕のようにな。


 なので、僕の方から「学校にちゃんと行って、真面目に勉強しろ」とは言わない。だが、自分で考えてみてくれ。

 もしも僕や、上記のセリフを吐く大人を見て

「ああ、こんな大人になりたくないや」

 と少しでも思ったなら、


 そんな大人にならないために、学校で真面目に勉強することをお勧めする。

 僕が君たちと同じ年の頃、僕自身こんな大人になりたくないと思っていた。その末路が、ごらんのとおりのありさまだよ。

 それでも「自分は古城ろっくと違うから大丈夫」と思う人間。あるいは「自分はそんな大人になってもいい」と言える人間で、後悔しない自信がある者のみ、学校をサボる自由を認める。

 考えるのは君たちだ。僕は一人の大人として、君たちに問題の解き方は教えるが答えは教えない。

 計算式は教えた。あとは自分で答えを導け!

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