第4話『嫌われ武雄の一生』
「もう帰った帰った。今日はもう、パンは売り切れなんだよ——」
僕がその小さな食料品店に寄った時、ちょっとみすぼらしいなりをしたおじさんが、店先で店員に追い出されていた。そのおじさんは怒るでもなく、仕方ないといった表情でおとなしく店を出て行った。
入れ替わりに僕が店に入ってパンのコーナーを見ると、いくらでもパンはあった。
僕は普段勇気があるほうではないが、思ったことを率直に言う性格ではあるので、ぶしつけかとは思ったが、こう聞いてみないではいられなかった。
「ねぇ、あのおじさん何かしたんですか? パンはあるのに売ってあげないなんて」
「……なるほどねぇ」
最近僕がよく行動を共にする藤岡美奈子ちゃんは、大きくうなずいた。
今、僕らは山中の草原で弁当を食べている。
美奈子ちゃんはお母さんの手作り弁当だけど、僕はお母さんが早番のパートだったので、パンでも買っておいてと言われたのだ。トホホ。
今日は、実は高校の遠足。もう高校生ともなると、遠足なんて小学生じゃないんだしもう要らない、って思ってしまうんだけどね。
でも、授業の一環にカウントされているし、単位もかかっているから、結局大人の作ったシステムに従うしかないんだけど。
僕が、遠足でやってきた山に唯一あった食料品店に昼ご飯を買いに行き、そこで 「おじさん入店断られ事件」が起きた。好奇心から僕が店員 (後で知ったが、店主だった) にその理由を聞いたのだが、あまりに意外なお話だったので、美奈子ちゃんに語って聞かせたのだ。
では、それを今からこの文章を読んでいるあなたにもお教えしよう。
入店を断られたおじさんの名前は、地元住人の松永武雄さん。58歳。
武雄さんは20年ほど前、ある事件の容疑者だったそうだ。
当時武雄さんには婚約者がいて、名前は中貝初恵さん。正確なことは分からないが、武雄さんとはひとまわりほど年齢が違い、ずいぶん若い人だったみたいだ。だから、若い嫁さんに来てもらえてこんな幸せなことはない、ってことで40近くでで初婚の武雄さんの喜びは、ひとしおだったようだ。
すべて順調に思われたが、悲劇は起きてしまった。
ある日、突然初恵さんがいなくなった。失踪したのである。
最後に姿を見た日から3日しても電話も通じず、武雄さんに何の連絡もない。
そこから三週間が経ったが、失踪届を警察に出しても何の進展もなかった。
この事件に動きがあったのが、一か月後。
全然別件から、この事件が掘り返されたのである。
武雄さんの住む山から近い観光地で、スリで捕まった男性の犯罪者がいた。
その人物を取り押さえ、持ち物を調べたところ、初恵さんの免許証の入った財布が出てきた。
最初は、これはどこかの誰かからすり取った財布であって、初恵さんなど知らないと言い張っていた。でも色々話の辻褄が合わず、そこを厳しく問い詰めると、ついに初恵さん殺害を自供した。
その「自分が犯人だ」と告白した男の証言によると、「山(武雄さんが住んでいるのと同じ)でいい女を見かけたので、ナンパした。でも相手がお高くとまっていて、自分を見下すようなことを言ってきたから、それにカチンと来て、持っていたナイフで衝動的に刺した」という事情らしい。
僕なんかには、常日頃からナイフなんか持ち歩いているその心理が、ゼンゼン理解できないのだけど。
この容疑者の「オレがやりました」という自供以外には、彼を犯人と断定できる決め手は何もなかった。アリバイも、普段人気のない山中でのことだけに、当然目撃者はゼロ。
その男は、初恵さん殺害後死体をどうしたのか、について「山のどこかに捨てた」と言い張るばかりで、具体的なことを言わなかった。本人は、当時気が動転してたので、詳しくどこかなど今更覚えてないし説明できない、と言う。一応、付近の山はくまなく捜索隊が調べたが、初恵さんの死体は発見されなかった。
死体のそばに無造作に捨てたという凶器も、発見されずじまい。
自称犯人と初恵さんを結ぶ証拠が、彼が所持していた彼女のサイフのみ。
それでも本人が「殺した」と言い張るので、警察は彼をクロとして捜査を展開したが、肝心の死体も凶器も全然見つからない。
死体が出てこない以上、犯人がいくら殺したと主張しても、どこかで生きている可能性も否定できない。犯人が何らかの理由でウソをついていて、殺していない可能性だって捨てきれない。
そんなこんなで、結局「殺した」と口ばかりで、いっこうに彼をクロと指し示す証拠は出て来ずじまいで、最終的に警察は彼を釈放した。結局、財布をスリしたことによる小さな窃盗のみが問われたが、簡易な裁判と軽微な罰が課せられたのみ。
名実ともに、この事件は迷宮入り扱いになった。でも、初恵さんの行方が分からないのは相変わらずだった。そして自称犯人が釈放されて半年後、彼は首を吊って自殺してしまう。理由はまったく分からずじまい。
これで、本当に事件の真相は完全に闇の中となった。
その頃からだそうだ。地域の人たちが、武雄さんがおかしくなった、と考えだしたのは。武雄さんは仕事にも行かなくなり、毎日毎日山でそこら中穴を掘りまくった。
恐らく、せめて初恵さんの死体だけでも発見して、供養してあげないと気が済まないのだろう。
死んだかどうかすら定かではないが、今は亡き自称犯人が「山で殺した」と言うのだから、少しでも可能性があるうちは、できることをやりたいのだろう。
その辺の事情も狭い田舎のことで皆分かるので、最初のうちは地域住民も武雄さんを温かく見守り、死体探しを応援もしていた。しかし、毎日それだけに時間を費やして2年が過ぎ、3年が過ぎればいくらなんでも「もうあきらめ時」と誰しも思うものだ。でも、武雄さんはいっこうにあきらめる気配もなく、山を捜索し続ける。
合間に仕事をするわけでもない。死体探し以外に生きがいを見つけるわけでも、社会生活に責任をもつわけでもない。身なりもボロボロ、食生活もいい加減で、いつも夢遊病者のようにフラフラしている。
そんな武雄さんを、村人は皆だんだん疎ましく思うようになってきたのだ。
大切な人を失ったのは分かるが、いい大人がいつまで甘えているんだ、と。
もう死体発見はあきらめて、自分の人生を生きるべきだ。そのために必要な時間はもう十分経過したはず。それでも女々しく死体探しなど続けるのだから、もうこちらは愛想が尽きた——。
それが、地域住民のあらかたの意見だ。先ほどパンがあっても売ってあげなかった店主さんも、その考えだ。今や、浮浪者のようにただ死体を探し続けるためのマシーンと化した武雄さんは、町の 「はなつまみ者」 と化していた。
だいたい、そういう話である。
ここまでの情報を咀嚼した美奈子ちゃんは、腰を上げた。
「よっしゃ安藤。そのおじさんに会いに行くよ」
「ええっ、今から? もう少しで遠足の自由時間終わりだし、バスにだって乗って帰れないよ?」
僕の狼狽ぶりを、呆れた顔で見つめる美奈子ちゃんは、ため息をひとつついた。
「あのねぇ。私を誰だと思ってんの? バスに置いてけぼりにされたら、帰れなくなるガキだとでも? 一応、捜査も兼ねるんだから学校関係の義務は免除されるし」
その言葉を聞いて、さらに不安が増した。そ、捜査? ……ってことは、また事件に巻きこまれる?
「その通り。事件の真相を突き止めるよ」
……やっぱりか。
1時間後。僕たちは武雄おじさんと一緒に、穴掘りを手伝っていた。
「よく、武雄さんの居場所が分かったね!」
僕は、速足で歩く美奈子ちゃんについて行くだけで必死だったが、一度も行き先で悩んだりせず、真っ直ぐにたどり着けたことが不思議なのだ。
「私はね、地球の周りに浮いてる人工衛星に意識を合わせて、操れるの。いわば私の目は、その気になれば地球の隅々まで衛星を使ってどこでも見ることができる。この地域で、穴掘りをずっとやっている人間をサーチするなんてわけないことよ」
「ええっ、じゃあ美奈子ちゃんがその気になれば、衛星兵器で地上攻撃だってできちゃうの?」
「できる」
そこで美奈子ちゃんは、泣き笑いのような複雑な表情を見せた。
「だからね、誰よりも責任重大なのよ、私は——」
手伝ったからといってすぐに進展があるわけなんかないのは覚悟してたけど、1時間も穴を掘り続けているとさすがに辛い。
いくら若さがさかりの高校生だって、腰に来る。
「今日はこれくらいにしとこうかい。手伝ってもらって、悪いね」
僕らは、すでに武雄さんとはすっかり意気投合し、仲良しになった。
美奈子ちゃんも僕もシャベルを置いて、草むらに敷いたござの上に武雄さんと三人で座った。
空はもう、夕暮れの前兆を空の端っこで伝えていた。都会と違って街灯の明りが少ないから、山中など夜になればすぐに行動不能になるだろう。
噂話から、武雄さんはかなり普通の精神状態じゃなく、病んでいるような状態かと危惧していたんだけど、会ってみると全然そんなことはなかった。
頭もしっかりしているし、思ったよりも話せる大人だった。
「おじさんさ、婚約者さん消えてから、もう3年以上も山を探しているんでしょ? いい加減、もうあきらめようとか思わないんですか? 町の人たちも、武雄さんが嫌いというんじゃなくて、そこが理解できないから気味悪がっているんだと思うよ」
「何と、君は率直にものを言うねぇ。そりゃ、オレも肌で感じているさ」
武雄さんはガハハと笑って、少しづつオレンジが滲みかけた青空を見上げた。
「でもな、何でだろうなぁ。やっぱり、アイツのこと探さずにはいられないんだ」
自分でも説明が付かない、とでも言いたげに、武雄さんは頭を横に振った。
「きっと、それくらい初恵さんを愛してたってことですよね? いいなぁ、私もそんな恋がしたいなぁ——」
美奈子ちゃんがうっとりとそんなセリフを吐くものだから、僕はヘンに緊張してしまった。
……って待て。何で僕が緊張しなきゃいけない??
「そうだ、初恵の写真、見るかい? アイツがさ、持っておいてとくれたものだ」
武雄さんは、そう言って一枚の写真を見せてくれた。
写真の中で、明るくピースサインを作って笑顔で映っている、若い女性。
いや、若いなんてもんじゃない。女子大生だって言われても信じてしまうほどの童顔だった。そりゃ、こんな若い子と結婚できたら武雄さんも鼻の下が伸びるわな……
そんないらないことを考えたら、案の定美奈子ちゃんのゲンコツが飛んできた。
「……バカなこと考えてないで、私に見せなさい」
僕からひったくるように写真を取った瞬間、美奈子ちゃんが顔色を変えた。
「え……何これ」
体に電流でも流れたかのように美奈子ちゃんは硬直した。
彼女の手のひらから、指が支え切れなくなった写真が、ヒラヒラと地面に落ちた。
「ちょっと美奈子ちゃん、大丈夫?」
汚れちゃいけないと思って素早く写真を拾った僕は、それを武雄さんに渡した後、美奈子ちゃんの体をゆすった。目の焦点が最初合っていなかったが、やがて美奈子ちゃんの目に生気が戻ってきた。
「ん? ああ……もう大丈夫。それより武雄おじさん、私たち帰宅が遅くなるといけないんで、もう帰りますね。いずれまた、お手伝いに来ます——」
武雄さんは、初恵さん探しを中心に人生が回っている生活だったので、携帯電話すら所持していなかった。連絡の取りようがないので、また来ることを約束してその場は別れることにした。
「おじさん、今日お友達になれた記念に、握手してください」
美奈子ちゃんが手を差し出すと、武雄さんは変に照れていた。武雄さんの顔が赤いのは、決して辺りがすっかり夕暮れになったからだけではないだろう。
「こりゃ恐縮だ。この年になって、高校生のお嬢さんとトモダチになって、手を握ることがあるなんてぜんぜん思わなかったよ——」
一見、普通の光景だ。
でも僕は、そのシーンに一種の違和感を抱いた。
「当たりだよ。安藤は鋭いねぇ」
すっかり暗くなった山道を、バスに揺られて僕らは帰途につく。
さっき感じた違和感を美奈子ちゃんにぶつけたら、あっさり認めた。
「やっぱり。あの場面で握手って、まぁ普通って言えば普通だけど、なんか意図があるような気がして」
「……武雄さんの記憶を読んだ」
たった一言で、美奈子ちゃんはあえて武雄さんに触れた理由をはっきり述べた。
「あの握手で、武雄さん視点での事件のすべてが分かった。これに初恵さん視点を重ね合わせて、やっと事件の全貌が浮かび上がってくる——」
そうか。モノに触って残留思念を読み取るサイコメトリーができることは知っていたけど、人に触れても似たようなことができるんだな。そっか、記憶を読めるのか……って、だったらあの写真に触った美奈子ちゃんはもしかして、初恵さんサイドの情報もゲットできた?」
「そう。そのまさかよ」
美奈子ちゃんは、どこぞの名探偵のセリフを口にした。
「謎は……すべて解けた!」
【10年後】
「私のこと……覚えていらっしゃいます?」
病院のベッドに横たわる、生気のない老人に声をかける女性の姿があった。
目をうっすら明けた初老の男性は、力なくこうつぶやいた。
「なんでだろうな。随分前に、少ししか会っていないというのに……なぜかあんたのことはよく覚えとる。確か、あの時はまだ高校生のお嬢ちゃんで、美奈子ちゃん……と言ったっけ」
「よく覚えておいでですね。今日は、10年前に話そうとして断られた話を、改めてするためにやってきました」
高校時代の面影を少しは残しながらも、すっかり大人びた外見になっていた美奈子は、緊張した面持ちでそばにあったパイプ椅子を引き寄せ、武雄の前に陣取った。
10年前、美奈子が武雄と握手した時の空と、全く同じオレンジ色の空が窓外に広がっていた。
「おじさん。私が10年前に、事件の真相を伝えようとしたらあなたは聞くことを拒否した。その時私が引き下がったわけは、あなたの気持ちが痛いほど伝わってきたからです。初恵さんを素敵な人のままに、婚約者という良い思い出のままに閉じ込めておきたいという」
健康を損ない、初恵さんを探し続けることもできなくなった武雄は、一気に老け込んだ。生きる意欲も失い、もう自分でできることも減り、一種の寝たきり生活になっていた。
でもこの時だけはしっかり、落ちくぼんだ眼窩の奥に、かすかだがしっかりした光が宿った。
「でも、今日はどうしても私の話を聞いてもらいます。どうしてあれから10年経ってまで、私が武雄おじさんを訪ねてきたのか、そのわけを知ってほしいんです」
美奈子は老人の目を見て、話を聞き続けることへの同意とみなしたのか、さらに語り続けた。
「初恵さんが……どうしてもあなたに伝えたいことがあると、私に言うのです」
いきなり美奈子は咳払いして居住まいを正し、改まった感じで武雄に対峙した。
「私は、平たく言えば超能力者です。ですが、それとは別に霊魂と意思疎通ができる死霊術(ネクロマンシー)も使えます。今から、初恵さんが私の口を通してしゃべりますが、決して私の気がおかしくなったわけではないので、どうか落ち着いて聞いてください——」
10数年の時を越えて、初恵は武雄と再会を遂げるのだ。
武雄さん。
ごめんなさい。
本当に、ごめんなさい。もうね、それしか私には言えないの。
私は、死んでもうこの世にはいません。
なぜそういうことになったか、あなたに言わないといけないわね。
でもそれをすると、私のとんでもない罪もあなたにばれてしまうけど——
それでも、辛いけど話すね。
これを言うのは辛いけど、あなたに出会って近づいた時には、あなたのことをこれっぽっちも愛してなんかいませんでした。
若い女が、一回りも二回りも年上の男と結婚を決めるなんて、どういうケースが多いか分かる? もちろん、年上のオジサマが好きという変わった趣味の子もいるだろうけど——
お金よね。相手の経済力が目当て。
私の場合はね、それとは事情が違って……
言いにくいけど、「結婚詐欺」。
あなたを信用させて、うまい話を考えてまとまったお金を出させて、ドロンと消えようとしていたの。もちろん、私一人でそんな大それた計画、できるわけがない。
その、詐欺のパートナーが、あの男。私のサイフを所持しているのを見つかって、その線から私の失踪に関係しているとされた、あの男。
証拠不十分で結果釈放され事件は迷宮入りしたけど、私を殺したってのは本当。
なんで、仕事上のパートナーが私を殺したのか、って?
私も、相当なバカだったのよ。
男を見る目がなかった、ってこと。
あの頃、私が本当に愛していたのは、パートナーの男だったの。だから、いつかは仕事の関係ではなく、男と女として一緒になりたい、と伝えたの。
でも、私はアイツから罵倒された、こっちにそんな気はこれっぽっちもねぇ、お前いつからそんなバカなこと考えだしたんだ? って。私まだ精神的に子どもだったから、そこで拗ねてヒステリックになっちゃったの。
「アンタが一緒になってくれないなら、これまでの詐欺のお仕事の数々、警察にばらしちゃってもいいのよ!」 なんて言って、脅しちゃったの。
向こうは、ちょっと幼稚な女が癇癪を起こしただけ、で済ましてくれなかった。
真に受けちゃって、口封じに私を殺したの。
私と彼がその話をしたのが、ここらの山の近くじゃなくて、となりの県まで足を伸ばした町中でのことだった。だから、殺害現場が山でもなければ、死体遺棄の場所も武雄さんの地元の山中じゃない。美奈子さんには、私の白骨死体が埋まっている場所を伝えておくから、あとで探してもらってね。
それが、私の失踪の真実。
アイツは、私を殺した、というその一点だけは真実を言った。
でも、たまたまナンパして、断られたから逆上して刺した、とか全然ウソ。そもそも、私と彼とは悪事のパートナーだったわけだからね。他人じゃなかった。
今までの悪事の後処理が完璧だったから、警察も私と彼が犯罪のパートナー、という線は割り出せなかったみたい。
彼が後に自殺をした理由は……あんなやつでも、少々は人間らしい気持ちも残ってた、ってこと。
私としては別に、死んで償おうなんて思わないで、別の幸せでもつかんでもらってよかったんだけどな。ヘンなところで、アイツ真面目だよね!
バカだよね、最初から詐欺なんてしなきゃよかった、なんていうのはムシのいい愚痴だって分かってるよ。
だからね、武雄さん、もともと、あなたのことなんか詐欺のカモ程度にしか考えていなかった。
あなたが優しくしてくれると、心の底で 「バーカ」って思ってたの。
でもね、そこから10数年の歳月が、私を変えたの。
何で、何で……?
あなたは、私を探し続けてくれた。
それはもう、周囲がおかしいと思うくらいに。
体が壊れるまで、山をさまよい続けた。入院してなお、あなたが考えているのは私のことばかり。
やっと、目が覚めた。
ああ、私はなんてバカな女だったんだろう……
こんなにも近くに、私がバカにしていたところに、本当の宝物はあったんだよね。
武雄さん。今心から本当の気持ちを言うね。
あなたを、愛しています。
ああ、生きてもう一度あなたと暮らせたら、どんなにいいだろう。
詐欺のカモ、という出会い方じゃなくて、本当に素敵な出会い方をしていたら。
それはもう、言っても仕方ないんだよね。
この長い年月、私はあなたから目を離したことはありません。
他人から何を言われても、ずっと私を探し続けるあなたを、見てきました。
こんな素晴らしい愛をもらったことは、ありません。
あなたは、地にいながら天にいる私を変えるほどのことをしてくれました。
この御恩は、忘れません。
もしゆるされるならば、巡り巡る時の流れのどこかで、一緒に暮らそうね。
それが、今になってどうしてもあなたに言っておきたかったことです。
そこで初恵は去り、美奈子は自意識を取り戻した。
「……以上が、事件の真相と初恵さんの告白です」
武雄は目を閉じていたが、頬には涙が伝っていた。
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