後日談①

「クックック……時は来た!」

「今こそ! 人間共に我ら魔王の力を知らしめてやろうぞ!!」


 早朝、ミスティリオの郊外。崩れかけの家の中で魔王特有の笑い声が響く。

 総勢二十五名の魔王が平穏な日々に痺れを切らし、反乱を企てていた。


「話は聞かせてもらったぜ」

「ほぉ……我らに気取られずここまで近づくとは。貴様、何奴だ?」

「ただの魔王のなり損ないさ」


 姿を見せた人物に、魔王たちがどよめく。

 ルーファス・アルセルク。前大魔王の息子にして、人であり魔王。勇者と共に戦い、ギルバート大魔王を破滅に導いたことは周知の事実である。

 親人間派筆頭の登場で、場の空気がピリついた。


「聞かれたからには帰す訳にはいかぬ」

「その命、貰い受けようぞ!」

「ハハッ、なんだそれ。三流魔王のセリフじゃねぇか」


 一触即発。煽られて苛立ちを隠せない魔王たちだったが、ルーファスのあまりに余裕な態度が警戒を促し、攻撃をためらわせる。


「もったいねぇな。アンタら、勇者に倒されて散る有象無象で終わりたいわけ? 勇者ならまだ良いが、下手したら平和派の魔王に殺されるぜ」

「人と道をたがえ、争うことこそ魔王の悦び!」

「共存など笑止千万! 闘争こそ我らが本質である!!」

「話が通じねぇなぁ……予はキサマらの主張を否定はせん。今はまだその時ではないと言っておるのだ」


 ルーファスは口調も表情も一変させ、静かに話し出した。前大魔王を彷彿とさせる風格に気圧され、魔王たちが臨戦態勢を解いていく。


「勇者兼大魔王アイザック。彼奴さえ倒せば世界は思うがままよ。だが、それにはここにいる同志だけでは力が足りん」

「ルーファス、様。もしや貴方様は勇者もエルドレッド王も欺かれておられると……?」

「ギルバート大魔王を越えるため、勇者までも利用するとは! 貴殿こそ魔王の中の魔王……!!」


 熱い裏切りに感服する魔王たちに向かって、にぃっと口の端を吊り上げると、ルーファスは懐から紙とペンを取り出し、突きつける。


「キサマらの顔は覚えた。後は、名を教えろ。予がアイザックを殺すその時は、必ず手を貸せ。これはその盟約の証だ」


 わっと湧き立ち、署名を終えてもなお興奮冷めやらずに語り合う魔王たちへ別れを告げ、ルーファスは崩れかけた家を去る。

 ミスティリオ城へと向かう先、そっと合流する者が一人。


「流石にございます、ルーファス様。僕が出るまでもないとは、お見それいたしました」

「クソみてぇな魔王教育も役に立つもんだな。さて、さっさとこの危険分子一覧をエルにぶん投げて休憩しようぜ」

「僕が届けて参りましょうか? どうぞルーファス様は先にお休みくださいませ」

「その話し方、気持ちわりぃわ。前みたいに話せよ、アイザック」


 うやうやしくルーファスに接していたアイザックだったが、その言葉を受け、スイッチを切ったように普段通りの気だるそうな態度に戻った。


「え? そうすか? じゃあ、ルーくんのお言葉に甘えます。俺、風魔法で城に運ぶんで、着いたら執務室まで背負って欲しいっす」

「今度は甘えすぎだろ……まあ、いいぜ。そのほうが速いしオレも助かる」


 アイザックは風を操り、自分とルーファスをふわりと浮かす。空を飛ぶ魔王と衝突しないように動き、たまに屋根の上で休みながら、二人はまだ日の高いうちにミスティリオ城へとたどり着いた。


「エルー。反乱の件対応してきたぜ。ほら、名簿」

「ご苦労だったルーファス、アイザック。そうか、まだ殺さないで済んだか……」


 執務室で大量の書類をさばくエルドレッドはげっそりと痩せていたが、その目は旅の頃より輝いて見える。


「そのうち半数くらいは『人間に反感を抱きながらも結局絆されてしまう系魔王』になるんじゃないすかね。早いとこ懐柔したいなら、少年少女とかおじいちゃんおばあちゃんとの出会いを演出すれば落ちやすいっすよ」

「僕は、勇者みたいな生贄を生み出すのは嫌だな。その出会いは自然であって欲しい」

「王様はロマンチストっすね……嫌いじゃないすけど」


 話している間にも、兵士が新たな魔王トラブルを報告に訪れる。増えた書類に、エルドレッドがもう取れそうにない眉間のシワを一層深くする。


「一旦メシでも食おうぜ、エル。このままじゃ死ぬぞ」

「ああ……そういえば朝食もまだだったな」


 エルドレッドは一度手を止め、執務室で軽食を取れるように手配する。その様子を呆れた目で見ながらも、ルーファスは椅子を持ってきて書類に手をつける。


「気になってたんすけど、どうして魔王の対処担当してるんすか? たまに王様が直接出てたりもしてますよね」

「あー、アイザック。それ聞かないほういいやつ」


 問いかけはたしなめられたところですでにエルドレッドの耳に届いており、動き出していた手がまた止まった。


「僕がギルバート大魔王討伐に同行していた間、予定外に王が不在だったわけだ。だがそれがな……」

「それが?」

「僕がいなくても全く問題なく回っていたんだ! 頼もしい限りだよちくしょう!!」


 臣下の有能さが誇らしくも悲しくて、エルドレッドは複雑な気持ちを乗せて自分のひざを勢いよく叩く。


「通常公務が回るって分かっちまったから、エルは新設の魔王対策やらされてるってとこだな」

「ああ、なるほどっす。魔王って肩書きに弱いとこあるし、適材適所ってやつっすね。お疲れ様っす」

「その……愚痴っぽくなったが、実はこの仕事そんなに嫌いじゃないんだ」


 意外な言葉にルーファスとアイザックが目をしばたたかせる。エルドレッドは語るのが照れ臭いのか頬をかいた。


「父上もアルセルクからの移民を受け入れたときは、文化の違いで問題が多発して大変だったと聞いた。今僕がしている苦労が父上と同じものかと思うと、解決するたび嬉しくてね」

「ハハッ、やりがいがあるのは分かったが、倒れる前にちゃんと休めよ?」

「そうっすよ、王様。長く休みましたし、今度は俺が頑張りますから」


 あんなに魔王に怯えていたエルドレッドがそんなことを言うとは、成長したものだ。二人が親心のような気持ちでほっこりしていると、突然に執務室の扉が壊れそうな強さで開かれた。


「エルドレッド様! 魔王が、魔王がっ!!」

「どうした、落ち着いてくれ」

「も、申し訳ございません……ご報告いたします。魔王フェビアンが全裸で城下を歩き回っております! 『これが我の美、我の魔王らしさだ』などと主張しており、私共では止められません!!」


 ルーファスはアイザックに現場へ向かうよう手で示すと、耳をふさぐ。


「前言てっかーいっ!! 異文化が過ぎるわ魔王のドアホーっ!!」


 久々に大声を張り上げたエルドレッドは、机にぐったりと突っ伏す。

 露出魔王はアイザックの手により直ちに捕縛された。しかし、感化された魔王たちの間で全裸徘徊がプチブームを起こし、執務室の机にはますます山のような書類が積まれるのだった。


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