12.勇者様は燃費がお悪い
「――――だろ」
「うむ?」
「んなわけねぇだろ! このクソ親父ぃっ!!」
固めた拳を大魔王へ向けて、ルーファスは殴りかかる。頬への一撃は岩でも殴ったかのように手応えがないが、大魔王の表情には物理的ダメージをゆうに超える衝撃が表れていた。
「アイザック! コイツに魔法が効かねぇのは自分を無敵だと思い込んでる万能感のせい、要は精神攻撃が効く! そっちはオレに任せてお前は最大火力をぶちかませ!!」
「ルーくん……! ありがとう!」
大魔王はしばし真顔で頬を撫でていたが、ふと怒りをあらわにルーファスへ襲いかかった。氷をまとった拳を、ルーファスはすんでのところでかわす。
「我は魔王の中の魔王となるべく! お前を育てたというのに!!」
「オレは人間だ! テメェのエゴに付き合わせてんじゃねぇっ!!」
大魔王の姿が、頭に角の生えた人型から変わっていく。みるみるうちに身長が伸び、角から爪先までのいたるパーツが刃物へと変わる。
右腕にあたる炎を帯びたブレードが、ルーファスの髪をかすめて焦がした。反対の氷を帯びた左ブレードは、回避したルーファスがいた地点をえぐり、石造りの床に易々と穴を開ける。
「なんでそんなに壮大な親子ゲンカしてんだよ。お前、3年も一緒にいて悩みなんかひとつも…………行けっ! かわせっ! ルーファスっ!!」
「どんな展開も笑っておられた大魔王様でも、許容できない裏切りが存在したのですね……なればこそ。もう、終わりにいたしましょう」
祈ることしかできない2人のかたわら、アイザックはルーファスの望みに応え得るイメージを練り上げた。
「〝光よ、剣と化せ〟」
輝く大剣が、魔法陣から引き抜かれる。両手で光の剣を構えるその姿は、正に勇者の名にふさわしかった。
「光魔法! 存在したのか!?」
「ははっ、俺も初めて成功してびっくりっすよ。大魔王のフィナーレを飾るに不足はないでしょう?」
「素敵です。流石は私の勇者様……!」
余裕そうに話しながらも、アイザックの額には脂汗が浮かんでいた。準備を確認したルーファスが、アイザックの前へと大魔王をひきつける。
「誰だ誰だ誰だ! 誰に惑わされた! ルーファス! ルーファスっ!!」
「見苦しいっすよ、ギルバート大魔王」
「貴様のせいかっ!? 勇者ぁあっ!!」
アイザックへとブレードが振り下ろされる。対抗するように斜めに振り上げられた光の剣は、ブレードごと大魔王の身体を両断した。
切断面は光の力に再生能力を阻害され、大魔王は真っ二つにされたまま地に転がる。
「見事だ、勇者よ……嗚呼、ルー…………すま、な……ぐふっ」
「――――ありがとう、アイザック。おやすみなさい、父上」
大魔王の姿が角の生えた人型に戻った。胴体が許しを求めるようにルーファスへ手を伸ばすも、その手は途中でぱたりと力を失い息を引き取る。
ルーファスは大魔王の目を閉じさせると、仲間に背を向けてひじを自分の顔に押しつけた。
「やった、倒した! 大魔王に勝ったぞ!!」
「喜ぶには少し早いっすよ、王様」
大魔王の絶命から少し遅れて、どやどやと魔王たちが駆け込んでくる。下の階からに留まらず、窓の外からも絶えることなく増えている。
全魔王が大魔王の死を感じとり、この場へ集まろうとしていた。
「大魔王様が倒されたか……ならば次はこの俺が大魔王として勇者を!」
「いいや、私だ!」
「我に決まっている!!」
魔王たちは口々に大魔王の座と勇者との対決の権利を主張した。
アイザックは光の剣を掲げると、上に向かって光線を放つ。光の剣が揺らぎ消えると共に天井が消し飛び、わずかな破片が空から降ってきた。
その威力を前に騒がしかった魔王たちが口を閉じ、沈黙が降りる。
「次は誰が大魔王かって? それは、大魔王を倒した俺っす。俺が勇者と大魔王を兼任します。俺にも魔王の血が流れている以上、その権利は否定させません」
「えっ、ちょっ、ええっ!?」
うるさくなりそうなエルドレッドに黙っているようジェスチャーし、アイザックは言葉を続けた。
「大魔王として全魔王に命ず。人間と共存しろ。このミスティリオ王に従え。自分の中に『非戦闘系な魔王らしさ』を見出せ!」
その命令に、勇者制度が生まれてから一度でもミスティリオへ侵入したことがある魔王たちの顔が、わかりやすく揺らいだ。それに感化され、アルセルクから一歩も出たことがない魔王もソワソワと落ち着きをなくす。
それでも、ギラつく目をした魔王の姿はゼロではない。そのうちの一体が、アイザックの前に飛び出した。
「人間風情が! 大魔王様を倒したからって調子に乗るな!」
「〝風よ、吹き荒べ〟」
魔王の腕がアイザックの胸ぐらをつかむより早く、魔王はねじ切れて死ぬ。
「戦いにしか魔王としての自我を見出せない者は、俺が勇者として相手します。でも、まずは共存を試してみるのも一興じゃないすか?」
圧倒的力を見せつけられた上に魔王心をくすぐられ、魔王たちの間で自然と声が上がった。
アイザック! アイザック!!
歓声は次第に大きくなり、全魔王へと広がっていく。
その光景を見届けると、アイザックの身体がゆっくりとくずおれた。ルーファスが慌てて支え、パトリシアがエルドレッドの手を借りながら心配そうに顔をのぞく。
「ハハッ。オレたちのユウシャサマは、一仕事終えた途端に一眠りか…………待て。おい! 息をしてねぇ!!」
「嘘だろアイザック……! 誰か! 元医者の魔王とかいないのか!!」
「勇者様っ! 勇者様ぁっ! いやっ、いやぁあああっ!!」
限界を超えたアイザックは、静かに眠る。色濃いクマの目立つその顔は、かすかに笑っているように見えた。
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