11.勇者様は旗色がお悪い
「フハハ、フハハハハハッ! 四天王を退け、よくぞここまでたどり着いたな、勇者よ」
「二人しかいなかったけどね、四天王。しかし流石に大魔王までは不意をつけな……」
玉座にどっしりと座って待ち構えていた大魔王を見て、エルドレッドは途中で言葉を失う。明らかにマントを前後ろ逆につけている。勇者達の視線に気がついた大魔王は、いそいそとマントをつけ直した。
「フハハハハハッ! 四天王を退け、よくぞここまでたどり着いたな、勇者よ」
「まさかの仕切り直しっすか」
何事も無かったかのように台詞を繰り返した大魔王はパトリシアに目を止めると、高笑いをする。
「勇者に寝返ったか、パトリシアよ。なんと熱い演出をしてくれる。褒美をやろうではないか……〝燃えろ〟」
「きゃあああっ!?」
火の魔王であるパトリシアは、生半可な炎では傷つくはずがない。それなのに大魔王が指を鳴らし現れた炎は、その身を焦がす。
「パティ!! 〝水よ、断ち切れ〟!」
アイザックが放った水の斬撃を、大魔王は指先に炎をまとって打ち消した。傷一つ与えられずとも気を逸らすには十分で、その隙にパトリシアの消火を済ませる。
パトリシアはアイザックに抱きとめられて、今にも再発火しそうだった。一見元気そうだが、全身がところどころ炭化し、魔王の超再生力を持ってしても治りに時間がかかっている。その痛々しさを目に、アイザックが強く歯を噛む。
「はじめから首を狙ってくるとは、随分と焦っておるな勇者よ。そんなにパトリシアが大事か? あるいは、こうも早く我が前に辿り着いた理由にも繋がるか?」
「〝火よ、燃やし尽くせ〟」
「ぐあああっ!?」
返答代わりの魔法で、大魔王が炎に包まれた。
「やったか……!?」
「エル、それダメなやつだろ」
「フハハハッ! 我は魔王の中の魔王ぞ! その程度の魔法で倒せると思うな!!」
笑いながら炎を振り払った大魔王には、やけどひとつない。ひとしきり笑うと、大魔王はアイザックへ手を差し伸べるポーズをした。
「しかし、人間にしては見どころがある。どうだ、我と手を組まないか。世界の半分を貴様にやろう」
「へえ。具体的にはどういうことすか」
「貴様をミスティリオの王にしてやろう。そこのは使い物にならぬからな」
大魔王に視線を向けられ、エルドレッドはひぃっと悲鳴をもらした。他のものまでもらしそうな心地で、アイザックの返答を見守る。
「ダメ、です。勇者様っ……!」
「心配しないで安静にしていて、パティ。大丈夫。俺は世界の半分で満足するつもりはないっす」
「よく言ったアイザック! いや、うん……?」
「そういうことでお断りっすよ大魔王。俺はアンタを倒して! アルセルクも手中に収める!!」
アイザックは呆然とするエルドレッドにパトリシアを預け、改めて大魔王へと向き合った。
「よかろう、あの世で後悔するがいい。だが、貴様は我が相手するまでもない。そうだな、我が息子よ!」
「ルーくん……?」
「ハハッ、アハハハハッ!!」
ルーファスが魔王じみた笑い声をあげる。ゆっくりと大魔王の側へと向かいアイザックを振り返る仕草は、やけに芝居がかって魔王然としていた。
「まさか、あの男はルーファス・アルセルクだったのですか!?」
「何か知ってるのパトリシアさん? というか、今気づくなんて本当にアイザック以外に興味なかったんだね……」
「ルーファスといえば。魔王病未発症ながらも、大魔王様から教育を受けて育てられた、人であり魔王……!」
「えっ、それって結局ただの人間じゃ?」
「いいえ。彼は
エルドレッドにとって見慣れていたはずの彫刻のような顔が、途端に恐ろしく見えてくる。ルーファスは不敵な笑みを浮かべて大魔王の隣に立ち、アイザックを見下ろす。
「何も言わずともわかっておるぞ、我が息子よ。長きに渡る偵察、ご苦労だった。我が教えを授けたお前なら、必ず熱き展開をもたらしてくれると信じておったが……実に期待以上! さあ、存分に勇者と殺し合うがよい!!」
上機嫌な大魔王の言葉を受け、ルーファスが拳を構える。
大魔王戦においてもルーファスの足を頼る気でいたアイザックは、自分だけであと何発いけるか計算しながら魔法のイメージをつくる。
緊迫した空気の中、先に動いたのはルーファスだった。
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