10.勇者様は機嫌がお悪い
「どうしたんすか、王様」
「アイザック……寝ていなくて大丈夫なのか? なに、少し考え事をな」
魔王の屋敷の客室で、エルドレッドは窓を開けて夜風に当たっていた。
「いや、そんな窓際にいたら……〝水よ、切り裂け〟。他の魔王に見つかって襲われますよ」
「そういうことは先に言ってくれ!!」
アイザックは話している最中にも向かってきた魔王を撃ち倒す。エルドレッドが窓をぴしゃりと閉めた音に、眠っていたルーファスが身動ぎするが起きてくる様子はない。
パトリシアは女性ということで別室にいる。彼女は部屋割りが決まったとき、アイザックと同室になった二人を殺しそうな目で見ていた。
「なあ、アイザック。もしかして魔王とは共存が可能なのか? ジャックのような例もある。付き合い方さえ心得れば……」
「今しがた襲われていて何を言ってんすか。それにジャックも、パティだって、魔王は誰でもあの災厄の年にたくさんの人を殺してるんすよ。確執がそう簡単に解消されるとお思いっすか?」
「それは、そうだが……大魔王を倒せば、関係が変わるきっかけにはなるだろう?」
道中、エルドレッドはずっと考えていた。魔王たちは魔王らしさを追い求めるあまり、まるで死に場を求めているようだ、と。
ジャックは、大魔王がいる限り人間と魔王は分かりあえないと言った。それはきっと、大魔王が魔王らしさを勇者と戦うこととしているためだ。
「人だけじゃなく魔王サイドの心配なんて、王様はとんだお人好しっすね……なーんて、俺も十九年前の災厄とか言われても、正直産まれてないんでわかんないんすよね」
うなり悩むエルドレッドを見て、アイザックは寝てもクマの取れない顔をほころばせた。
「何気に王様が大魔王討伐できるって信じてくれていて嬉しいっす。さっきの言葉、忘れないでくださいね」
「え? それはどういう……」
意図を問おうにも、アイザックはベッドに戻ってしまった。悩んでいても仕方がないと、エルドレッドも横になる。
ここ、魔王の屋敷からアルセルク城はなんと目と鼻の先である。明日にはもう決着だ。緊張した頭に疲れた身体が勝り、やがてエルドレッドは眠りについた。
翌朝、もてなしてくれた魔王達に心からの感謝を込めて魔法をぶち込み、一行は城へと向かっていた。
「先導は任せろ。抜け道があるんだ」
ルーファスの言葉通り、一行は城壁の穴やら隠し通路やらをすいすい進み、魔王たちの目を潜り抜けてあっという間に城内潜入を果たした。
「一階の倉庫! こんな道があるなんて知りませんでしたわ。貴方は一体……」
「大魔王は恐らく三階の広間にいる。ここからは魔王を避けるのは難しいが、準備は大丈夫か?」
「昨日寝たので気合充分っすよ」
「ついに大魔王か。お腹が痛くなってきた」
そっと倉庫の扉を開き、様子をうかがう。
辺りに魔王はおらず、一行は通路をゆうゆうと進む。あまりの気配のなさに待ち伏せも警戒していたが、ふとどこからか騒がしい声が聞こえることに気がつく。
その場所、大広間をそっとのぞき見ると……
「いいか! 勇者が来たら我はこう! そしてお前はこうだ!!」
「フハハハッ、盛大に歓迎してやろうではないか!」
「大魔王様の元まで行かせはしまい!」
「フハハッ、フハハハハハッ……笑い方はこれで大丈夫であろうか」
魔王達が集まって勇者対策の話し合い中だった。気がつかれる前にそっと扉を閉める。
「よし、大魔王の元へ行きますか」
「なぜだろう、あわれむような相手でもないのに
「進むの速すぎたな、オレら」
城内をぐんぐん進み、二階へ上がっていく。そこでようやく、魔王と遭遇した。
「あれ? パトリシアさん、帰ってましたッスか…………まさか。それ、勇者……?」
「うそー! 聞いてないんだけどー!」
「赤銅の魔王に群青の魔王……! お気をつけ下さい勇者様、両者ともに四天王の一人です!!」
「了解、パティ。〝水よ、断ち切れ〟」
青年と少女の魔王との出会い頭にアイザックが放った一撃は、片や変化した腕に防がれ、片や水に変化してすり抜けられる。
「せっかちな勇者ッスね! 自分は赤銅の魔王ことソール! よろしく頼みますッス!!」
「群青の魔王ことアクア様よ! あたしの力にひれ伏しなさい!!」
ソールとアクアは勢いよく名乗りを上げたものの、それからなかなか動かない。
「自分、地魔法専門なんで城門前担当というか、城内だとほぼ使えませんッス! 接近戦まともに練習しときゃよかったッス……」
「なによ! あたしだって一階の中庭噴水前で戦う準備しかしてないもん!」
「〝火よ、燃やし尽くせ〟」
二人がこそこそ話しているところに、アイザックが火を放つ。燃え上がるソールに、アクアが慌てて水を出して火を消した。
「四天王ってだけあって、やっぱりそこらの魔王より丈夫っすね。でも……」
「アイザック? お前、怒っているのか……?」
普段が平坦なせいで目立つ、不機嫌そうな声音にエルドレッドが驚く。アイザックにしては珍しく、声を張り上げて続けた。
「俺って、こいつにはあんまり敬語使いたくないなーって気持ちで話してるんで、元気アピールでなんとかっす言ってるやつ無理なんすよね!! 〝火よ、燃やし尽くせ〟!!」
「そんな理由、酷すぎッス……! ぐはっ」
「え、お前、僕に対して……知りたくなかった……」
先程よりも激しい火力に、ソールは倒れる。エルドレッドにも飛び火し、心に火傷を負わせた。
「すっごーい! あたし、勇者の仲間になっちゃおうかな」
「おいアンタ。取り消せ、禁句だ」
「誰が誰の仲間になるですって? 群青の?」
ルーファスの忠告は遅く、ごうごうと燃える炎を背にパトリシアが微笑む。その目は全く笑っていなかった。
「えっ? なになに? パトリシアってまさかそういう? キャハハッ! おばさんのくせに勇者に恋とかウケるー!」
「〝火よ、万物を焼き尽くす力よ! 剣と化せ〟!」
「キャハハッ! 斬ってもムダムダ! あたし水だから……待って、熱すぎ。蒸発しちゃう。待って、待って、いやぁああっ!!」
同程度の実力で効かないはずだったパトリシアの魔法の威力に、アクアが悲鳴を上げる。その火力は一時的ながらアイザックのものも上回っていた。
「なあ、魔王の年齢って……」
「魔王病発症時で老化は止まってるんじゃねぇかな。要は実年齢と見た目で二十近く差が……」
「燃やされたいのですか?」
「いっ、いえ!」
「とんでもございません」
ルーファスとエルドレッドは熱気を前にしながら冷や汗をかいた。
四天王の二人を下した一行は、先は進み三階へと上がる。広間へと繋がる大きな扉からは、その奥で待つ者の圧が漏れ出ている。
大魔王はもう、すぐそこにいる。
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